41 めーるとおしらせ
『「メエエエエエエエッル!」
「メーーーーーーラッ!」
「エレクトリック・メールのコーナァァー!!」
「いえ~い!」
「はい。長きにわたってお送りしてきましたこの万遍マンデー、ついに。ついに! リスナーからのメールが届きました!」
言いながら、文面に視線を走らせる。いくつかの漢字に村田Dが振り仮名を振ってくれている。あとは、文面の下の方が大きく丸で囲まれて『ラジオネーム』と書いていて――。
「でかしたキョーヘー! 本物のリスナーからのメールなんだろうな!?」
えっと、と一瞬の戸惑いを瞬きで打ち消した恭平は。
「ラジオネーム……『けつ毛はねこ』さん……」
「はは、センスある! センスのあるリスナーだ!」
目を輝かせるユリカの前で、恭平は罪悪感を噛み殺す。だって仕方ないじゃ無いか。いくら彼女がスリルを愛しているとしても、さすがに『オシリソノミ』ちゃんは危険すぎる。尾張さんが変な感じになったら、他のリスナーに申し訳ないし。
だからごめん『
「『キョーヘー君、ユリカちゃん、こんばんは』」
「こんばんは!」
「『二人への質問があります!』」
「さようですか! 遠慮なく!」
「『二人はとっても仲がいいですが、付き合ってるんですか!?』」
テンション高く問いかけたオシリソノミちゃん(CV長江恭平)の瞳の中で、ユリカちゃんの眉間がみるみる狭くなっていき。
「……ん?」
「いや違う違う、尾張さん。アレアレ」
「…………あぁん?」
顎をしゃくった相方に、恭平は声を潜めて。
「『付き合ってないわーっ』て奴。付き合ってないわーって言って」
「なんでだよ。なんで私がそんなこと」
「付き合ってないでしょ? 俺達、ほら、ね?」
「付き合ってないけどさ。なんだよそれ? 嫌な予感しかしないぞ。言いたくないからな、私は」
「いやでも、ね? ね、じゃあ尾張さん俺と付き合ってる? 付き合ってんの?」
ユリカの深いため息がマイクにのって。
「……ちっ。つきあってないわー」
「『はい、ありがとうございます。私はユリカちゃんの『付き合ってないわー』が好きでラジオを聞きはじめました。もう一度聞けてうれしいです』」
「…………クソが」
ソノミちゃんの純粋無垢な笑顔に、性格と口の悪い女子高生が糞をぶっかけた。
「『大好きな番組が終わってしまうと聞いて、寂しいです。ラジオの事はよくわからないのですが、兄がたくさんメールを送ったら続くかもと言っていました。本当でしょうか? 頑張って駄洒落も考えました。行きます、伊豆でアイスを踊り食い』……」
「え、え、え? え? なに? 駄洒落? え? 今なんか質問あったよな?」
「『柔道部の先輩がヘイジュードを歌ってる』」
「先輩は? 先輩どこ行ったん?」
「『バレー部にハレーすい星が落ちました。ハ~レ~』」
「『ハーレー』じゃない! 自転車のチューブ持ってこい!」
思わず吹き出してしまったユリカの突込みに、恭平も笑って。
「あはは、古っ! 昔ね、彗星が通る時地球が一瞬真空になるから、チューブに溜めた空気で生き延びるって言う都市伝説があったんですよ~」
補足した相棒に向けて、ユリカはぴっと指をさし。
「ていうか、そう言うコーナーじゃないから! なんなんだよ、はね子!?」
参った顔の女子高生に、恭平は心の中で『君の友達だよ』と思いつつ。びっしりと愛で埋め尽くされたメールの続きに目を落とす。この際駄洒落は適当に省略して、と。
「えっと……『ユリカちゃんが変な事を言って、長江君が
振り仮名サンキューとディレクターに感謝しつつ。
「ああ、ハネコちゃんはあんまりラジオとか知らないのかな? これはびっくりじゃなくて突込みって言うんですよ~」
とにこやかに言ってみたが。
「あはは、びっくり。確かにキョーヘーのは突っ込みっていうかびっくりだな」
「ええ? なんかこのメール思ってたのと違うよ、尾張さ~ん。もう俺最終回でテンション下がるわぁ~。ああもう全部夢だったんだよな~、そこそこ楽しいトークやってるつもりだったのになぁ。笑われてたんだぁ、そっか~、まあ知ってたけどね。何ですか? わかってましたけど? 本当はこんなの全部VRでさ、周りで白衣着た連中がくすくす笑ってたんだろ? 知ってんだよ、俺。え? 知ってんだぞ俺はよぉ。あいつ突っ込んでるつもりでびっくりしてるよって笑ってたんだろーが! んだこらお前ら出て来いよ! 知ってんだぞ! 全部ぅ!」
「怖い怖い怖い! やめてキョーヘー! 小2の頃の家庭を思い出すからっ!」
笑った。大げさなくらいに。本当は本当にちょっとびっくりしたから。
「あはは、ごめんごめん。マジか、すげえごめん。複雑な環境で育ったんだもんね」
「あああお酒を飲んだお父さんが帰ってくるぅ! お母さん逃げてぇ」
「笑えない、笑えないよ尾張さん! 謝る謝る、この通り、俺が悪かった! ああもう相方のどこにトラウマスイッチがあるか分かんないよ、俺には」
「あはは。わーいびっくりした。ほんとに変な事言ったらびっくりしたぞ!」
嬉々としておかっぱを揺らすおかっぱ娘に小さく舌打ち。
「ええと、で、要するにリスナーの意見として、終わってしまって寂しい、と。もっと続けて欲しい、と。こういう意見が来てるんですよ!」
「プロデューサーは来てないけどな」
「そう、なん、です! なので終わりま~す。ごめんね~」
「続きませぇ~ん」
酷い顔で言う相方を笑いながら。
「君の願いは叶いませぇ~ん」
「大人の力を思い知ってくださぁ~い」
「お金を出してる方が正義なんでぇ~す」
調子に乗って顔と言い方で遊ぶ二人に、『おいおい』とディレクターから突込みが入る。
「あはは。さすがにこれは申し訳ない。ふざけすぎました。まあ、ほんとはすごく嬉しいです。続けて欲しいって言ってもらえて……もちろん、僕達も続けたいです……よね? うん。でも、まあね、もともと六回って話だったんで――」
恭平はゆっくりとトーンを下げて語りだし。
「僕らの中では、終りって訳じゃないんで。一端、一端ね。一度休止って形を」
「いつか帰って来るし」
空気を察した相方も、しんみりおふざけに乗っかって。
「うん。そう、いつになるかは分からないけど、きっと――」
言いながら『このままコントに入って、最後に、勝手に続けますという御報せを――』と考えた恭平の計算は。
「最初は、一時間喋るなんて難しいなって思ってたけど、始まってみたら、ホントに毎回楽しくて――?」
「うんうん。誰のおかげ? 誰のおかげで?」
目を閉じ、腕組み、頷く相方の頭の横から伸びて来たディレクターの手と、そのニヤけ面に遮られ。
受け取った紙を両手で握り。
「……えっと……うん。リスナーの……いや、尾張さんだな。うん尾張さんのおかげで、俺は楽しかったよ」
計算を組み立て直しつつ、ゴールの変わったコントを続け。
「……キョー……ヘー……」
様子が変わった事を気にしながらも、探り探り乗って来る相棒に感謝の笑みを浮かべ。
「そういう、俺達が楽しい、リスナーも楽しい。スタッフも楽しいって言う、この時間が終わってしまう事が、凄く寂しいんですけど」
「プロデューサーは楽しく無かったわけだけど」
いらぬ合いの手に、ちょっと吹きだす。
「で、いろいろと、尾張さんと話し合ってきたんですけど。来週どうしようかとか、勝手にウチラでやっちゃえばいいとか……」
「うん、うん」
「で、決まりました! 僕達、今週の日曜日、イベントをやります!」
「……ん?」
「今週日曜に行われる『青空フェスティバル』という商店街のお祭りで、場所はこのスタジオ!時間は十四時開演予定! 出演者は、世織さんと、各曜日のパーソナリティ! 入場は勿論、無料です!」
「……え? 日曜? 打ち上げじゃ――ええええっ!?」
「詳細は番組のホームページと、水曜以降の各番組でお知らせします!」
「え? え? なんで?」
「さらにさらに! このイベントにたくさん人が集まったら、番組が続くかもしれません!」
「マジで!? お母さんでもいいの!?」
「一人! せめて友達全員呼ぼうよ」
「……友達……?」
「そう、友達。言っても本当は結構いるっしょ?」
「えっと……ん」
ん、と言いながらユリカは恭平を指差した
「ああ、まずは俺ね。うれしい~。で、うん、ディレクター、アスカさん、ヨイトさん…………ね~」
「う、うるさいな! 私の友達はリスナーなの! あとこれに来てくれた奴が全員友達な!」
「あはは、うっわ、出た、友情の押し売りだ」
「友達なら全員来てくれるよなっ! 私のピンチに、美味しいお菓子を持って駆け付けてくれるんだよなっ!」
「あはは。ううぅ……小腹すいたな~、軽くお菓子食べたいな~って言う大ピンチに」
「そう、その絶体絶命のピンチにな」
ケラケラと笑い合い、それからディレクターに促されるまま、もう一度お知らせを繰り返して。
流れた雑ヶ谷音頭を軽く弄り、思いつくまま飛び火する様なフリートークを繰り広げ、初めてのコーナーに四苦八苦したり、『けつ毛はねこさん』ことオシリソノミちゃんやその他数名から来たメールを崇めたり貶したりなんかして馬鹿みたいに笑っている内に、最終回はあっと言う間に過ぎてしまった。
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