34 メールを呼び込もう

 19時00分03秒


「あはは! いやー、尾張さんは凄いな。三秒のオープニングの間に七つの毒を吐くんだね、ほんと」

「ぅぉーい!! 言うな言うな! この場にいない人の悪口を言うのはフェアじゃないんだからな!」

「その通り! 今尾張さんはこの場にいないスタッフの悪口を言ってたんだもんね! あ、こちら雑ヶ谷放送局、雑ヶ谷の魅力を万遍なくお伝えする万遍マンデーです! じゃあ、点呼! 1、長江恭平!」

「おいバカやめろ! 点呼はまずいって!」

『2!』

「2じゃぬぁーい、ディレクター!! ハイ、私が尾張ユリカだ! で、だ。キョーヘー! 今日は大事なお知らせがあるんだよなっ!!」

「台・本・通り! さあ、いないスタッフは誰だぁ?」

『3!』

「うおおおい! アスカーッ! お前えええ!」

「あはは、さあ、男の声が2つ! 最後の声はミキサーのヨイトさんなのか、はたまた我らが美人プロデューサーなのか~?」

「……4っ!」

「女! 女の声だ! あっれ? プロデューサーさん、ちょっと見ない内に随分とコンパクトサイズになられまして」

「うるさあぁい! お前らぁ~、私はこの場にいる奴らはみんな仲間だと思って正直に悪口を言ってたのにぃ~」

「ごめんねえお嬢ちゃん、おじさん達はお金をくれる人の味方なんですよ~。で、今日はそんなおじさん達から大事なお知らせがありまぁーす。しかも2つもあるんだよぅ。嬉しいね、お嬢ちゃん?」

「……」

 小さなお嬢ちゃんはぷくーっと頬を膨らませ、沈黙による抗議を表明する。サイレントストライキと言う奴だ。

 というわけで、一人やたらともっちゃりした声を作った恭平は。

「んふふ、お嬢ちゃんはおじさんのお知らせどっちが聞きたい? ふたっつ、ふたっつあるのぉ、おじさんのお知らせ。んふふ、右と左どっちがいいのん?」

「んぁっ! やめろ変態! ぞわっとするわ! でも金のお知らせでお願いしますっ!」

「金の? 金のお知らせ? じゃあ凄いの言うよ。あのね、僕達今日から――」

「いや待て! その前に地下の幼子達を解放しろ、この変態神父が」

「神父! 神父って! 実際に起きてそうな事言うのはやめてね尾張さん! またアーカイブ消されちゃうよ!」

 例によって脱線し始めた二人のトークの合間、苦笑いのディレクターが『早くお知らせを』と指で合図をしているのが見えた。

 すると、珍しくそれを見逃さなかった相方が。

「お! 良し、じゃあキョーヘー! さっさとメール募集のお知らせをしろ!」

 どうだと言わんばかりに胸を張って進行台詞を口にした。

 笑う。弾けた様に。

「言っちゃってる! あはは! 鼻膨らませて! 俺の大事なお知らせの内容言っちゃってるよ尾張さん!」

 その言葉でやっと気づいた相方は、ハッと目を見開いた。

「うっ、うるっっっさああああああああい! 今のは違う! 今のはそう言うボケなんだからなっ!」

 真っ赤になって両手を振り回す相方を散々に笑い、目尻の涙を拭った恭平は。

「いやー、面白いなあ尾張さんは。あはは、それ俺が言うおしらせですがなーつって」

「馬鹿馬鹿! だから違うと言っとろうがっ! 今のはアレだっ! なんていうか……アレだっ! アレなのっ! おい! スタッフは笑ってないで仕事しろっ! 今からメールが来るからなっ! 一杯! 一杯来ちゃうんだからなっ!」

「あはは。あーかわいい。真っ赤になって、尾張さんはかわいいなあ」

「うっさいボケッ! 可愛くないっ! いいか、私が可愛かったのは五歳までだっ!」

 ドンッとテーブルを叩く音がスタジオに響き渡る。

「いやいや、まだまだ可愛いって! だってちっちゃい女子がわちゃわちゃしてんだもん、そりゃ可愛いよ、いやー尾張さん狡いわー。分かってやってるんでしょ?」

 ニヤニヤ笑う恭平に乗っかって、スタッフブースの中の元劇団員共が、『可愛い~♪ 『『可愛い~♪ 『『『可愛い~♪』』』とハーモニーを重ねながらユリカを順番に指さし始めた。

「だあああっ! やめろおぉ! 私はチビでブスなのっ! だからスタンディングオベーションをするんじゃなああいっ! おるぁっ、メールじゃキョーヘー! さっさとスタッフが書いたメールを読んで、今週こそちゃんと『こういうの募集してます』って言えぇえっ!!」

「痛い痛い痛あはは! メールを投げないでください! スタッフが書いてくれたメールを投げないでくださいっ! 痛って! ペンを縦に投げんじゃねーよ!!」

 伸びやかな絶叫と共にビュワビュワ飛んでくる物体から目を守りつつ、ディレクターの『おしらせぬき直メールで』というカンペを読んだ恭平は、最初のメールを手に取った。

「ええっと、という事で本日最初のメール! ラジオネーム『栃木のおっさん』こと村田ディレクターから頂きました!」

「良し来た! いちごのおじさんだ!」

 俄然盛り上げようと声を張った恭平に合わせて、相方もウオーッと両手を上げた。

「『ユリカちゃん、キョーへー君、今晩は!』」

「今晩はっ! 尾張ユリカちゃん、十五歳ですっ!!」

「『毎週楽しく聞いています――』」

「趣味はお菓子作りですっ!! よろしくお願いしましゅっ!!!」

 可愛い成分を全力で振り絞った偽アイドル的自己紹介に、舌先で歯の裏を舐める。タイミング的にはあと一回くらい、軽いの・軽いの・大きいので『嘘だろ!』的な突っ込みを――そう考えながら、恭平は。

「『雑ヶ谷放送局の他の番組では、先週からメールを募集している様ですが――』」

「吉・川・晃・司が、大・好き・ですっ!!!」

「いやいや尾張さん尾張さん」

「なんでありましゅかっ!?」


 全力で敬礼をするすユリカに、恭平は。


「うん、早い。あと『絶対嘘じゃーん!』て言いづらい。吉川晃司さんは」

「申し訳ありません! おじさん世代に気に入られたい一心でワタクシ心にもない事をッ!」

「それを言うなって言ってんの」

 多分それが個性うりなのだろう、ビシッと敬礼を決めた偽アイドルの横から、ディレクターが『キッカワ世代はもっと上だよ』とアピールして来るのは無視するとして。

「いやね、勿論ユリカちゃんが番組を盛り上げようとしてくれてるのは分かるの。分かるんだけど、ちょーっとテンション落としてもらっても良いかな?」

 恐れ入る感じで申し上げると、相方は『ハッ』と息を飲みそれから今にも切腹しそうな顔を作って。

「すっ、すみませんっ! 私はただ、良かれと思ってっ!」

「うんうんうんうん。それはもう十分伝わってるのね、ただそのちょっとね。ああ全然全然、そうじゃなくて、本当にありがたいんだけど、ちょっとだけ――いやいやいや全然! 全然カッターを取出す場面じゃないんだけど、もうちょっと何て言うの……ユリカちゃん、普通に出来るかな?」

「私は普通ですぅっ! 先生は私がおかしいって言うんですかぁ!?」

 感情がクライマックスに達して半べそをかき始めてしまった少女ユリカちゃん(仮名)に、どうやら教師だったらしい恭平は困り果てて。

「ああ、いや、違うんだよユリカちゃん。そう言う意味じゃ無くて」

「大人はみんなそう言うんです! 先生も――ラジオネーム『栃木のおっさん』先生だって、どうせそういうメールを送って来たんでしょっ! 私の頭がおかしいって言いたいんでしょうっ!」

 ちょっと笑う。このままいくのかよ、と顔で笑いつつ『知らねえからな、任せるからな』と一瞬視線を送り、手書きのメールに目を落とし。

「えっと、じゃあ『栃木のおっさん』先生から頂きました。ええと、『こんにちは、お二人に相談があります――』」

 だが。

「何でも聞いてくださいぃ!」

 ユリカちゃんはまだ泣き叫んでいる。

「『実は、最近バイト先の若い女の子に嫌われているような気がしています』」

「先生バイトしてたんですかああああっ! お金が無いと辛いですよねええええ!」

 しつこく叫ぶ相方に、恭平はちょっとイラつきつつ。

「『周りの話を聞く限り、どうやらバイト先で三番目くらいに可愛い女の子が『あの人(小生のことです)私の事を狙ってる』と言いふらしている様です。実際こちらにそのつもりは一切無いのですが、そのせいで他の子にも避けられている感じがします。恭平君、ユリカちゃん、どうしたら小生は一番可愛い子と付き合えるでしょうか? アドバイスをお願いします』――だってさ」

 どこから突っ込もうかと内容を確認していた恭平の前、ユリカちゃんは。

「まず、名前が良くない」

「……ん? ユリカちゃん?」

「貴方位の年齢の殿方が、年下相手におじさんと自称するのは、女子からすると距離を置かれている気がするから良くないぞ」

「? ユリ……尾張さん?」

 困惑する恭平の前、尾張さんは真面目な顔で。

「言うなれば、昭和の不良礼賛漫画に出て来る様な『俺は馬鹿だから難しい事は分かんねえ』等の台詞と同じだ。自分を卑下する事で相手との間に壁を作り、コミュニケーションを拒絶している。言う側は格好つけているつもりだったり、おどけだったり、客観的に見えています的なアピールのつもりかもしれないが、実際に言われた女子は、あ、この人には恋愛対象として見られていないなと思い、じゃあいいやとばかりに以降つれない態度をとる。わかる? 女ってそう言うモノなの」

「……っと、尾張さん?」

 滔々と語る彼女の顔を見つめた恭平を、ユリカは掌で制しつつ。

「もしどうしてもそれを言わなくてはならないのなら、『もう、おじさんなんだから~』と相手に乗っかってほしいのか、『そんな事無いですよ』と言って欲しいのか、それとなくそのスタンスを相手の女子に伝えて置くのが肝心よ」

 言い終わり、すっと目を細めて両手を腿に乗せ鎮座ましました相方に、恭平は『え~っ』と小さく引きながら。

「尾張さん、尾張さん」

「何だ?」

「んっと、あのね……つまんない」

「ん?」

「『ん?』 じゃなくて、あれ? え? わかんない? これほら、スタッフが書いた嘘メール」

「うんうんうん。嘘メール」

「で、この番組、バラエティ」

「番組、バラエティ」

「そうそう。……ね?」

「ん?」

「……ん?」

「あぁん!?」

「いや、なんで切れてんだよ」

「何で切れてるはおかしいだろ! 私はリスナーの相談に親身になったふりをしつつ、こっそり面白駄洒落を散りばめただろうが!」

「……マジで!? えっ? 全っ然気付かなかったけど!?」

「あーもー、なんだよキョーヘーは。それでも私の相方か? 駄洒落言って損したぁー」

「いやこれは申し訳ない。えっ? ちなみにどこ? どん位入れた?」

 真剣に困惑したふりをする恭平に、相方はちょっと笑いながら。

「二百五十」

「にっ……にひゃくごじゅうぅ!? えっなにそれ? もう全部? 全掛け? 全文駄洒落ってありえんの?」

 驚く恭平の正面、ユリカはニヤリと笑いながら。

「そうだそうだ、ダブルソーダ。キョーヘーは気づかなかったカニ?」

「ん? あっ! 今! 今、気付かなかったカニ? と言いながら、尾張さんが右手をチョキチョキしてるぞ~!? これはまさか、何かの駄洒落かぁ~? ……カニ? いや違う! 分かった!! 駄洒落じゃ無いっっ!! ノー駄洒落だっ!!」

 全力で叫びつつ相方の顔を指差すと、彼女はニヤリと笑いながら。

「さすがだ、キョーヘー。今私の右手は、世界にたった一匹になってしまったウサギさんを表していた」

「あ、悲しい。じゃあその子もすぐ死んじゃうね、寂しくて」


 小さく乗っかってみると、相方は深く頷いて。


「良し、ディレクター、こいつの家族を解放してやれ」

「そんなに!? え? そんなにだったの、今の? あっぶね~、愛ちゃん、俺やったよ!」

 喜ぶ恭平に、ユリカは楽しげに肩を揺らしながら。

「愛ちゃん誰?」

「母親、母親。長い入り江の様に複雑な愛、と書いて長江愛と申します」

「成程そうか。しかしもう愛ちゃんは旦那じゃ満足できないからだ――」

「おいやめろ! 母親のそう言うのは一ミリも考えたくないんだよ!」

 クワッと目を見開きながら相方の言い出しそうだと思っていた言葉を制止する。するとユリカはケラケラ笑って。

「ああ、そうか。すまんすまん、家はホラ、あれだから。ついな」

「ああ、まあ、君んとこは、アレだけど」

 相方がニヤニヤと笑って頷く間に、恭平は続けて真面目なトーンで言葉を埋めていく。

「ね、種違いの幼い御兄弟が、ね」

「そうそうそう。だからまあ、確実にアレなんだけど」

 何故か心から楽しそうな相方の笑顔を正面から喰らって、思わず吹き出しながら。

「じゃなくて! 尾張さん! リスナーのね、メールを募集しますよって言いたいの! 俺は! 俺はそれだけ言えたら良かったの!」


 笑う相方にパンパンと手を叩きつつ、恭平はふと閃いて。


「あ、ていうか、それ募集する?」

「ん?」

「うん、今のにしよう。えっと、じゃ、リスナーの皆さんは、何でもいいから雑ヶ谷の――っていうか、一回曲! 曲行ってください、ヨイトさん! で、スタッフは集合~!」

「オーちょっと待て! ヨイトが居たら、私がプロデューサーのわ――」


 かなりギリギリのタイミングで、雑ヶ谷音頭が尾張ユリカの自白を掻き消してくれた。


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