30 全力で笑おう



「ほーい。曲、三分ね」


 ミキサーのヨイトさんが上げた声に被せる様に。


「あはは! 相変わらず変な歌っ!」

 多分、番組が始まった頃なら真っ先に脹れっ面で文句を垂れていただろう尾張ユリカがテーブルの向こうで手を叩いて笑っている。プロデューサーの手前、今日は大人しくしている様な事を言っていたはずなのに。


 それを見て、恭平もダハハと笑った。


 そんな二人に左手の横長小窓から何かを言いかけたプロデューサーを、ディレクターが目線で止める。その奥からノートパソコンを脇に置いたアスカさんが素敵な笑顔で『お前ら面白えよ』と声を掛けてくれて、ファンキー世織は何故か柱が真ん中に在る平べったい舞台の上で雑ヶ谷音頭の真っ最中。


 楽しい、と思った。すごく。何だか全部が、物凄く。


 伝わってるかい? この楽しさが。ヘッドフォン無しじゃまともに社会と触れ合えないダメな同胞よ。

 聞こえてるかな? 尖がった馬鹿共のノイズそのもののお喋りが。スマートでクリアなそこの貴方に。

 感じてるかな? ここで俺達が笑う度に、胸の中の得体の知れないモヤモヤが震えるのを。

 ペットボトルの水を煽りがてら、照明を吊るすための鉄パイプが走った天井に笑いかける。


 これでいいんだ。分からない奴に、これで駄目だと言われて終わるなら。


 今日を入れてもあと三回。もしかしたら今すぐにでも打ち切りになるかもしれない番組だけど。どうせ終わるなら、全力で楽しんでやろうと。その姿を、その会話を、聞いている人達に楽しんでもらえたら幸いです、と。

 ――だから。


 ディレクターから、キューが出た。


 ――せめて精一杯声を張って。


 飛んでいけ。どこかの知らない誰かのとこへ。願わくば、こんなふざけた大騒ぎを夢中で聞いているどうしようもない馬鹿の元へ。


「~~っ、雑ヶ谷情報の、コーナーっ!!」

「いっえ~い!」


 マイクを挟んで向かい合う相方の一挙手一投足を、長江恭平は誰よりも早く、大きく、笑い続けた。



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