貴族の誇り


 直接的な攻撃手段を持つ“魔風士ゼフィール”を倒したことで、ダンセイニ軍と多少は善戦ぜんせんできるようになったものの、数が圧倒的に違いすぎた。

 ポラックを仕留めるために乱戦に持ち込んだことで、騎兵の機動力もまた削がれる形となっていた。

 もはや有効な策もなく、ただただ絶望的な兵力差をこらえ切るしかない状況だ。


「ペギラン! 指揮を任せる! ポラック以外の“長命将軍ロンジェ・ヴィテ”は砦の中だ。少なくとも“王樹竜アルブル・ドラゴン”使いをどうにかしないことには、こっちに勝ちの目はない。俺が乗り込んで、息の根をとめる」


 ヴラマンクの指令に、若き大献酌だいけんしゃくは悲愴な声を発した。

「い、嫌です、陛下! 私もお供させて下さい!」


「ダメだ。ただでさえ、王である俺が姿を消すんだ。貴族は安全なところで高みの見物でもしているのだと、味方の目には映るだろう。誰かが先頭に立って指揮をとらなきゃ、士気はがくんと落ちる。

 今は死に物狂いで戦っているが、一度でも士気が萎えたら、それだけで全軍が瓦解がかいするかもしれない。──だが、砦にいる“長命将軍ロンジェ・ヴィテ”は“魔風士ゼフィール”だ。同じ“魔風士ゼフィール”じゃなきゃ戦えん」


「それでも、離れません。陛下! 私は“大献酌だいけんしゃく”です。王の警護が本来の務め。陛下から離れるわけにはまいりません!」


「聞き分けてくれ、ペギラン。今は大主馬だいしゅめがいないんだ。軍を任せられるのはお前しかいない。それに、“魔風士ゼフィール”同士の戦いに、お前を連れていくわけにはいかない」


 だが、ペギランは強い意志をのぞかせる瞳をそらすことなく、主君を見つめ返した。

「承れません。陛下。私はあなたをお守りできなければ、生きていく意味はありません。大貴族と言われたのも今は昔。ローザン家はただただ、王の世話をするためだけに存続してきた家柄にすぎません。軍も、サングリアルの命運も、陛下のお命に比べたら、私にとっては露ほどの価値もないのです。

 例え留め置かれても、こっそりと後をつけます。軍の指揮にはどなたか別の方をお当てください」


 そこに、アテネイを股の間に乗せたルイの馬がやってきた。

「王さま、ボクが指揮を執りましょうか。若輩者ではありますが、役職の上では侍従卿じじゅうきょうです。彼らの命を預かることなどできませんが、ともに命を賭けることでなら、彼らも受け入れてくれるやも知れません」


「だ、ダメだ! お前は連れていく。ルイ」

 ヴラマンクは上ずった声を出した。


「なぜです? ボクはペギラン卿ほど剣は使えません。今必要なのは、賭けることのできる命でしょう。ならば、ボクのほうが適任です」

「それは──」

 ルイに責めるように見つめられ、ヴラマンクは押し黙る。


「お、おーさま、あの」

 ──その時、ルイの馬の上で、アテネイが切羽つまった顔で語り始めた。


「ろ、ロシュシュアール家は、貴族の家柄です。父ちゃんは一度は道を踏み外したけど、それでも、貴族の“誇り”を取り戻して、今はサングリアルために尽くしています。──お願いです、おーさま。おーさまが、このあいだまで盗賊だったような父ちゃんのことを、信じられないのは分かります。だけど、どうか父ちゃんに、汚名おめいをそそぐ、機会を──」


 ヴラマンクは即断した。


「分かった。──ありがとう、アテネイ。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいだ。全軍の指揮はパルダヤン卿に預ける。今は一刻を争う事態だ。これ以上、議論で時間を食いつぶすわけにはいかない。──ルイ、ペギラン、アテネイ。俺と来てくれ。最後の戦いだ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る