馬上槍試合

 ヴラマンクが目覚めてから、およそ1か月。


「だ、大丈夫なんですか、陛下?! 200人と馬上槍試合ジョストだなんて!」

 ペギランの切羽詰まった声が、居館きょかんの一室で鎧を着ていたヴラマンクの耳を打つ。


「せっかく騎士らしい体つきになったのに、どうしてお前はそう気が小さいんだ」

 ヴラマンクのあきれた様子に、ペギランは「でもォ」と口ごもる。


「いいから黙って見てろ。体は子供でも、この中の誰より長い間戦い続けてきたんだ」

 王城の中庭には、近隣の貴族から呼び集められるだけ呼び集めた騎士たち200人が揃っていた。これから、彼らの実力を見るべく、馬上槍試合ジョストを行うのである。


「でも……、そんな小さい体で、あんな大きな馬上槍を持てるんですか? 馬のあぶみに足は届きますか? ──私が抱き上げて乗せて差し上げるべきでしょうか」

「ペーギーラーンー?」

 思わず怒りをこめてにらむと、ペギランが慌てて「すすすいません」と両手をふった。


「はぁ。一応、この半月で、ひと通り馬上の動きはさらっておいた。馬上槍なんて腕で持つんじゃなく体で持つもんだ。今朝、今の体格に合う鎧も届いたことだし、大丈夫だろ」


「でも……。それでも、心配です。馬上槍試合ジョストだなんて、記録によれば何人もの死者を出していた競技じゃないですかぁ」


「……まぁ、殺さないようにうまくやるさ」

 ペギランの心配をはぐらかし、ヴラマンクは居館の扉を開ける。


 ヴラマンクにはむしろ、模擬戦争メレ馬上槍試合ジョストがすたれていたことが驚きだった。訓練にもなるだけでなく、名誉も得られる、まさに『一つの石で二つに当てるフェール・デュヌ・ピエール・ドゥ・ク』競技なのだが。


(これも時代ってやつなのかねぇ)


 そう思いながらヴラマンクは馬上槍をかつぎあげた。


       †   †   †


 居館を出ると、鎧姿の男たちの視線が、一斉にヴラマンクへと注がれる。


「子供じゃないか」「嘘だろ」「もっとこう」「小さい」「美男子って聞いたぞ」


 伝説の王を前にしながら、騎士たちは遠慮がない。

(興味津々、という感じだな)


「静粛に! ……静粛に!」

 ペギランが騎士たちの前に立ちはだかり、両手を広げた。だが、気の弱さが見て取れるのだろうか、騎士たちはペギランの静止にも一向に耳を貸す様子はない。


 呆れてペギランを見つめていると、大柄な騎士が一人、騒ぐ騎士たちの前に進み出た。

「え~、オホン。諸君、静かに」


 それだけで、騎士たちのざわつきが嘘のように静まる。

(ほう。なかなか……)


 大柄な騎士はルイよりも明るい白髪交じりの茶色の髪を眉ほどでそろえて、真ん中で分けている。長身のペギランよりもさらに背が高く、190オングルはあるだろう。ヴラマンクの位置から見上げると、鼻の穴がよく見える。


「いやぁ、まったく。近ごろの若いもんは、行儀がなっておりませんなぁ……」

「そう言ってやるな、デグレ」


 ぼやく長身の騎士は、サングリアルの大主馬だいしゅめ、デグレ・ボーフォールである。この大貴族が声をかけてくれたおかげで、国中から騎士の半数を集められたようなものだった。


「何をおっしゃる。王こそ、この中の誰よりもお若いではないですか」


「見た目だけはな」


「羨ましいことですなぁ……。寝れば寝るほど若返るなんて、ねぇ。わしも王みたいに十年でも二十年でも眠りこけてみたいもんですなぁ」


「ほう……?」

 どこか含みのある言い回しに、ヴラマンクはまなじりをつりあげる。


「こんな、子供が、ねぇ? ペギランどの。伝説のサングリアル国王だと。わしは、一度見ただけじゃあ、ちいっとも、信じられんでねぇ……」


「な、何をおっしゃいます、デグレ卿! 私が毎日お世話をしていたのですから、間違いありません! この方はサングリアル国王、ヴラマンク陛下でございます!」

 ペギランが上ずった声で答えた。


「いや、信じないわけじゃないんだよ。ただ、ご威厳というかなんというかねぇ……」


「おい、お前。本人を前にして、言いたいことを言うもんだな?」


「いやいや、これは王。失礼をいたしました。しかし、わしも今まで50年ばかり生きてきましたが、先日初めて王にお会いしたときの驚きたるや。いやぁ~、ありゃ、たまげた」


 ヴラマンクが額に青筋を立てていると、ペギランが駆け寄ってきて耳打ちする。

「へ、陛下! デグレ卿は、一つのことが気にかかると、いつまでもぼやき続けてしまうご性格なのです! どうか、ここはお怒りをお鎮めになって……!」


「ふん。まぁ、見ていろ」

 ヴラマンクは鼻を鳴らすと、近くにいた馬に跳び乗った。


「サングリアルの騎士たちよ。今、この国は危機にさらされている! 仇敵ダンセイニとの停戦条約は、あと3年で終わる。その前に我がサングリアルは強固な軍隊を作り上げ、これを迎え撃たねばならない」


 再び、騎士たちがざわつき始める。

「まさか」「嘘だろ、そんな」「来るわけない」「おい、美男子って聞いたぞ!」


 ヴラマンクはそれを無視し、声を張り上げた。

「なので、今日は諸君らの実力を見せてもらいたい。鎧は貸してやるから、馬上槍を持ち、順番に並べ。誰からでもかかってきていいぞ」


 ペギランから自分の身長よりも長そうな木製の槍を受け取り、右わきに抱え持つ。鉄製のかぶとを装着すると、視界が一気に狭くなった。


 急造の競技場は、馬同士がぶつからないようにと、腰ほどまでの高さのさくで左右に区切られている。柵の両側を馬で突進し、手に持った槍で相手を落馬させれば勝ちである。


「どうした、誰もかかってこないのか」

 ヴラマンクが問うが、騎士たちは遠慮しているのか誰も名乗りを上げない。


「怪我をさせちゃいけないと遠慮してるなら、心配はいらない。俺は負けないからな」

 その言葉に、小さくさざめくような笑い声が響く。


 ヴラマンクはさらに続けた。

「よぉし、分かった。俺を落馬させたら褒美を取らせよう。城の酒樽さかだるでも、財宝でも、好きなものを持って行けい!」


 騎士たちのざわめきは大きくなったが、誰も動く気配はない。


 しばらく黙って待っていると、隣にいたペギランがおずおずと前に進み出た。少し意外に思いながらうなずくと、ペギランは馬に乗って、かぶとの面金めんがねを下ろす。

 互いに槍を顔の前に立て、デグレの合図を待った。


 心地よい緊張が体のうちにみなぎっていく。


 緊張が最高に高まったとき、デグレの持った旗がばっと振り上げられた。


 ヴラマンクは馬の腹を拍車はくしゃで叩き、一気に最高速に乗せる。槍の柄を右のわきにぎゅっと抱え、左手側から迫る相手の胸に狙いを定めた。一方、ペギランはまだ狙いがついていない様子だ。


 充分に近づいたとき、ようやくペギランもヴラマンクの胸に狙いを定めた。

(だが、遅い)


 体を低くして、頭から相手にぶつかって行くように槍を突きだす。ペギランの槍は小さくなった標的にふらふらと迷い、的をしぼれない。


 そして──、ペギランの胸骨の中央に、ヴラマンクの槍がぶち当たった!


「ふっ!」

 次の瞬間、ヴラマンクはほんのわずかだけ槍を引いて、衝撃を右わきから自分の体へと引き込んだ。


 あぶみを踏みしめて足から馬の体へと衝撃を逃がすのと同時に、巧みな槍さばきで、今度は相手の体を優しく押すように槍を当て、そのまま馬で突き抜ける。


 それはすべて、全速の馬が交差する一瞬の出来事だった。


 下からすくい上げられるようにして、ペギランの体が浮かび上がる。

 騎士は綺麗な放物線を描いて大きく飛んだかと思うと、どすんと音を立てて尻から地面へと落ちた。


「えっ、え?」


 ペギランは何が起きたかすら分かっていない様子で周囲を見渡している。あまりに鮮やかに飛ばされて、もしかすると痛みさえ感じていないかも知れない。


 馬上槍試合ジョストの槍は簡単に折れて衝撃を拡散させるように出来ている。しかし、ヴラマンクは驚異的な技で、木製の槍を折ることさえなく、相手を弾き飛ばしたのだった。


(木製の槍とは言え、折ったら侍従卿じじゅうきょうどのに嫌味を言われてしまうからな)


 騎士たちはあまりの技に動揺を隠せないでいる。

「次! 誰か挑戦する勇者はいるか!」


 ヴラマンクが叫ぶと、デグレに尻を叩かれた騎士が1人ずつ前に押し出されてきた。


「よし、じゃあ、稽古をつけてやる。行くぞ!」

 ヴラマンクは気合いの声を発する。──すぐに、次の相手も鮮やかに突き飛ばされた。


「いいか、お前ら! 自分が乗っている馬を『敵の近くまで早く行くための乗り物』だとしか思ってないんじゃないか? 馬は兵器だ! 突進の勢いを槍に乗せろ!」


 次の騎士も、まるで木の葉が舞うかように簡単に飛ばされる。


「何のためにお前らの鞍にあぶみがついてると思ってるんだ! 足をふんばれ! 全身で槍を固定しろ! 一度狙いをつけたらふらふら迷うな!」


 次の騎士もあっさりと飛ばされ、尻もちをついた。デグレにどんどん押し出されて、騎士たちが次々とヴラマンクに挑みかかってくる。


「よく聞け! 馬は兵器だ! 槍の勢いを何倍、何十倍にも高めてくれる! 高いところから戦えば、歩兵の剣は届かない! 攻守両面に優れた移動する要塞だと思え!」


 そう叫びながら、ヴラマンクは焦る気持ちを抑えられないでいた。

(こんな基本から教えなければいけないとは)


 果たして、条約が失効する3年後までに騎士の訓練は間に合うのか。

 その日、ヴラマンクは1本も槍を折ることなく、200人の騎士全員を弾き飛ばした──。

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