第1話〔5〕きざす春花

 

 

 

 

 

 アステルは思う。

 

 例えば、自分のしていることが、本当に良いことなのか。

 

ただ、余計なまねをしているだけなのではないか。

 

 身よりのない子を引き取る時、他家からたのまれてあずかる時、思いがけない理由によって迎え入れることになった時。

 

城主である彼は、常に善悪の定義と亜人の価値をはかりにかけて、答えの見えない独り議論で心をすり減らしている。

 

 今回だってそうだ。

 

 街で出会った、モモという少女。

 

亜人ではない彼女を引き取って、どうするつもりなのか。

 

メイドとして育て、あるじのための労働力に仕立て上げるつもりなのか。

 

果たして彼女は、それを望むだろうか。

 

かといって、自分の未来を択ばせるには、少女はあまりにも幼く、そして脆弱ぜいじゃくだった。

 

アステル自身も、彼女に充分な数の選択肢を提示してやれないくらいに、世界の何もかもが彼女に厳しすぎたのだ。

 

 ナーシサス・アレンビー大尉の言葉が頭に張りついて離れない。

 

 “亜人を調教して……売りさばく”。

 

 あの時はかっこうのよいことを言い返してのけたが、大尉の言わんとするところは、本質的には間違っていなかった。

 

妥協点とするならば、少女が世を知り、自分で自分のことを決められるようになるまでは、無条件で彼女の面倒をみるというのが最善なのであろう。

 

 そういった理由で、アステルはモモを城に招き入れようと決めたのだった。

 

 この夜、ただちに彼は、ニアを街へと差し向けた。

 

ただ本当に、単に眠っているだけなのではないかという、甘い期待もしてはみたが、モモの母親は街の地下を縦横に走る地下水道の一画で、遺体として発見された。

 

ニアは3人がかりでなきがらを、その夜のうちにメルヴィル城へ運びこんでくれた。

 

 モモの母親は、病死だった。

 

着ていた服は粗末なもので、所持金はほとんどなく、貧苦の様子がうかがえた。

 

遺品と言える物も少なく、唯一残されていたのは、高価そうな造りの銀のロケットのみ。

 

 身もとを証明する物が全くなく、そしてその尊顔を見たアステルの直感ということでもあったのだが、彼はこれらのことを伏せるようにと、ニアを始めとする近しい者たちに言い渡した。

 

どうも平民の出自しゅつじには見えなかったからだ。

 

娘と同じさくら色の髪に、やつれてはいたが美しく整った目鼻立ち、繊細な手指、すらりと伸びた白い脚。

 

これはもしかすると、どこか高貴な家柄の者だったのではないか。

 

だとすれば、やはり何か特別な事情があったのに違いなく、身もとが判明するまではむやみに口外せぬほうが得策であろうとアステルは考えたからだった。

 

 翌朝、食事をすませたあと霊安室でこと切れた母親と対面したモモだったが、今度は泣くこともなく、死というものの意味を理解しきれていないながらそれを受け入れた様子で別れの言葉をささやきかけていた。

 

 さらに2日後の夕刻、略式ではあったが葬儀をとり行い、なきがらを城の共同墓地に埋葬した。

 

アステルとモモと城兵長と、メイドたち、合わせて8人だけのごく小さな送葬。

 

 花をたむけ終え、墓碑の前でこちらに振り返るさくら色の髪の少女に、城主は告げるべき言葉をできるだけ丁寧に告げた。

 

 

アステル「モモ、今日からここが、君の家だよ。

ニアからよく学び、ルナをたのみにするといい。

城の兵が君の盾、城の子たちが君の友だ。

怖いことは何ひとつ起こらない。

私たちは、新たな家族として、君を迎えよう。

ようこそ、モモ、私たちの城へ」

 

 

 ルナが笑い、見習いメイドたちが笑顔を浮かべた。

 

 ニアがやさしくうなずき、城兵長が腰に手をついて胸を張った。

 

 

 

 尖塔せんとうに夕日がかかり、城壁が夕焼け色に染まる中。

 

 

 

さくら色の髪があわくきらめいて、

 

モモは初めて、ただし恥ずかしそうに、

 

子供らしい笑顔をふと咲かせるのだった。

 

 

 

 

 

── つづく ──

 

 

 

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