第15話 クロスオーバー:誉坂志保

 二階二棟のトイレの前にて、一郎くんの報告を耳にした。

「シホ、イチローがやられた」

「ええ、ちゃんと聞こえてたわ」

 一郎くん、ツッコミ役なのに妙に抜けてるから。

「一年三組の教室か」

「相手の位置が正確にわかったら、あとは渡り廊下を両方から渡ればいい。単純だけど、それが一番近道だから」

「そうだね」

「光啓の方は、城尾先輩を拘束してからの動きはないみてーだな」

「そうだね。それだけが救いかな」

 無線の件がバレていることを光啓くんに伝えると、城尾くんに勝利したという報告があった。

「私は単独でいい。ナナと録輔くんはあっちから向かって」

「一人で大丈夫?」

「大丈夫よ。それじゃあ、一棟で」

 静かに、けれど迅速に。逆方向の渡り廊下へ。

 敵のアシストが誰かもわからないままだけれど、一郎くんの情報は信頼できる。

 ナナたちの動きを見てから、私も渡り廊下を進む。走る必要はない。歩いてでもいいから、見落とさないようにするのが一番だ。

 一棟に着き、教室を端から見て回る。掃除用具入れも見たが、北条さんの姿は見付からない。トイレの中だって、人の気配なんてなかった。

 そうしているうちに、ナナたちとの距離も近付いてしまう。

 気を抜こうとした、そのときだった。

「ナナ! 後ろ!」

「シホ! 後ろ!」

 互いが互いの後ろを指差す。

 弾かれたように後ろを振り向いた。

階段の方向から人影が飛び出して、二棟の方に走っていった。

 ナナの後ろにいた人も、私の後ろにいた人も、両方とも同じ髪型で腕にリボン。

 私たちは目を合わせることなく、元来た道を逆走した。

 一体どこに隠れていたというの。教室は隅から隅まで見たはずなのに。

 しかし階段の横を通るとき、ようやく理解した。

 階段を一階とするか二階とするかのルールは設けられていない。階段は一階でもなければ二階でもない。一階にさえ下りなければいい。

 渡り廊下を全力疾走するが、鬼との距離は縮まらない。しかし階段とは逆側、左へと曲がっていった。これならば詰ませることも可能だ。

 ここが勝負かもしれない、慎重にいかないと。

 ゆっくりと、私もカーブを曲がった。

「いない……階段に隠れるという手段は使えない。つまりどこかの教室にいるはず」

「正解」

 近くのドアに手を掛けた瞬間だった。手をつかまれ、教室に引きずり込まれてしまう。

 盛大に尻餅をついてしまったが、今はそんなことを気にしてる場合ではない。

「北条さん……!」

 目の前でドアが閉められ、挙げ句に鍵までかけられた。ガチャンという鍵をかける音が、耳の内側で響いていた。

「これで二対二だな。副生徒会長も大したことない」

 捨て台詞のように言い残す北条さん。靴音だけを残して離れていく。

「ナナ、ごめんなさい。私も閉じこめられたわ」

 無線機を起動させ、ナナへと連絡を入れる。

『今どこ?』

「社会科教室。でも鍵をかけられてしまった。ナナはそっちでなんとかするしか……」

『わかった。なんとかしてみる』

 そこで、無線は途切れた。

 嘘の情報を流す必要がなくなった。それなら素直に無線として使うしかない。だが、使ったからどうなるというものでもない。私はもう自由に動き回れないのだから。

 こんな情けない姿、できれば誰にも見せたくない。

 床に視線を落とした。もうチームの一員として役に立てない。本当に私は一人だとダメなんだと、そう実感してしまった。

 しかし次の瞬間、ガチャンと先ほどと同じ音が目の前のドアから聞こえてきた。

「なぜ……お前が……!」

 北条さんの驚いた声も聞こえる。

「山田一郎、夢はかっこいい主人公なんだよ。こんなシチュエーション逃してたまるか」

 閉ざされたはずのドアが今、開け放たれた。

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