第3話 ヲタク系女子


『俺も……お前のことが、好きなんだよね』

「-っ!!」

おっ……おっ……落ちた!!

ついに落ちた!!

画面の向こうで顔を赤らめる彼の姿に、私の手が歓喜で震える。

そして、手の中にある携帯ゲーム機を落とさないように、小さく片手でガッツポーズをする。

やったああ!

これで全キャラ攻略だああっ!!

ここが教室じゃなかったら、完璧叫んでるのにぃ……

私はグッと唇を噛み締め、天井を仰いだ。

そう、今は授業中。

クラスメイトは、真面目にノートをとっている。

だけど、窓側の1番後ろの神席である私は、先生の話を右から左に聞き流し、机の下で新作の乙女ゲームに熱中していた。

(乙女ゲームとは、「プレイヤーが女性主人公となり、攻略対象である男性キャラクターと恋に落ちる」というゲームの総称である)

それにしても、今回のは難しかったなあ……

初めて選択ミスするかと思ったけど、なんとか今回もノーミス。

流石、私。

そう思って、私がほくそ笑んでいると……

「広瀬ー、広瀬歩夢(ひろせ あゆむ)-」

「は、はひっ!」

突然名前を呼ばれ、私はガタッと立ち上がる。

うわ、声裏返った、はずかしっ……

「次の文、読んでみろー」

「え……」

やばっ、なんも聞いてなかった!

次って何?!

ってか、今どこやってんの?!

「えっと……」

私が軽いパニックになっていると……

「P67の3行目」

「え?」

ポソッと隣から声が聞こえてきた。

振り向いてみると、隣の席の茶髪男子がニッと笑っていた。

「ゲ……」

その顔を見て、私は眉を顰めた。

だって、この人は……

「ホラ、早く読まなきゃ怒られちゃうよ?」

「!」

そ、そうだ、嫌になるのは後後!

とにかく今は、教科書に向き合わないとっ……



------------------------

「歩夢、あんた、まーたゲームやってたでしょ」

昼休み、目の前でお弁当を広げている、友達の斎藤美彩(さいとう みあ)ちゃんが言ってきた。

「て、てへっ」

「てへ、じゃないわよ」

美彩ちゃんがジトッと目を向ける。

「まったく。小さくてお馬鹿でヲタクなあんたが、なーんでまた学年1プレイボーイの男子に告白されたのかねえ」

「う……」

はあっと美彩ちゃんはため息をつく。

私はチラッと教室の真ん中で友達に囲まれている、茶髪男子を見た。

彼の名前は、戸張翔(とばり しょう)。

学年で1番モテる、いわゆるモテ男。

男子にも女子にも人気があって、彼の周りにはいつも人がいる。

だけど……チャラい。

そのチャラい系モテ男の戸張くんに、私は昨日告白された。

『俺、広瀬の事が好きなんだ』

放課後の教室で、夕日に照らされる中、イケメンからの告白。

なんてベタなシチュエーション。

乙女ゲー(乙女ゲームの略称)だったら最高に燃える。

いや、萌える。

だけど、ここは現実。

事件は画面の向こうではなく、リアルで起きているんですよ。

「で、モテ男から告白された、ヲタク女子の歩夢さん?お返事はどうするんですか?」

「そんなの決まってるじゃないですか」

私は美彩ちゃんの目を真っ直ぐに見た。

「私が恋するのは画面の向こうだけ。三次元はお断りです」

キッパリと言いのけると、美彩ちゃんはまた、深いため息をついた。

「やっぱ、残念だわ、あんた」




お弁当の中身が無くなった頃、美彩ちゃんがまた口を開いた。

「でも、戸張のビジュアルって、歩夢好きそうだなって思ったけど、付き合う気にはならないんだ」

「二次元の好みと、三次元の好みは別なの」

私は、空になったお弁当箱を片づけながら、話を続けた。

「確かに、乙女ゲーの中に戸張くんみたいなのがいたら、速攻で攻略しにいくね。すごいタイプだもん」

戸張くんは、秀才ですごく優しくて紳士的、らしい。

おまけに、高身長で茶髪、純日本人なんだけど、ハーフみたいな顔だち。

女の子がときめく条件が全てそろったパーフェクト男子だったから、彼は1年生の時から有名だった。

だけど、ここはあくまでリアル。

だから私は、2年生になって隣の席になるまで話した事も無かったし、興味も無かった。

これが攻略キャラだったら、私だって全力で落としにいってたよ。

「二次元ではOKでも、三次元じゃアウトなんだ」

「もちろん。二次元は二次元だからいいのよ」

「めんどくさい……。あーあ、さっきの台詞聞いたら、戸張ファンの女の子達、激怒するだろうねえ」

美彩ちゃんは頬杖をついて、困った様に笑った。

「それで?いつ返事するの?」

「……今日、また呼び出されてる」

「あらまあ、戸張も案外せっかちなのね。頑張ってー」

ヒラヒラと手を振る美彩ちゃんに、今度は私がため息をついた。

「そういえば、歩夢の三次元の好みって、ちゃんと聞いた事ないかも。どんな人?」

「黒髪、黒ぶち眼鏡で、いざという時頼りになる日本の男子って感じの人」

「あー、うん。そりゃ戸張と正反対のタイプだね」



放課後、私は呼び出された屋上へと向かっていた。

それにしても、なんで屋上……

昨日も思ったけど、ベタすぎるでしょ。

あーあ、早く家に帰って同人誌読みたいんだけどなあ……

(同人誌とは、同好の士が資金を出し作成する、同人雑誌のこと)

「……まあ、断るだけだし」

さっさと返事して、ちゃっちゃと帰ろう。

私は1人でウンウンと頷きながら、屋上の扉を開けた。

「わあ……」

そこには、沈みかけの夕日と、真っ赤な夕焼け空が広がっていた。

綺麗だなー……

「あ、来てくれたんだね」

「!」

すると、少し前に立っていた戸張くんがこちらに振り向いていた。

「戸張くん……」

彼はゆっくりと私に歩み寄った。

そして、私の前まで来ると、照れた様に頬を掻いた。

「ありがとう、ちゃんと来てくれて。それで、その……さっそくで悪いんだけど、返事を聞かせてくれるかな」

「あ、はい……」

え、何その顔。

ちょっと眉を下げて困った様に笑うその感じ。

二次元だったらドストライクだよ、君。

だけど……

「えっと……戸張くんの気持ちは嬉しいんだけど、君みたいな人は私なんかと付き合うべきじゃないと思うよ?なんというか……明らかに人選ミス、だと思うし……」

「え……」

「だから、ごめんなさい。あなたとは、お付き合いできません」

そう言って、私は頭を下げた。

長い長い沈黙。

やばい、いつ頭上げよう。

ていうか、なんで戸張くん何も言わないの?

もしかして、今の返事で傷つけすぎた?

もうちょっと考えて言えば良かった?

ああ、これだから三次元の恋はめんどくさい……

そんな事を思っていると……

「っくくっ……あーっはっはっは!!」

「え?」

戸張くん、笑ってる?

驚いて顔を上げると、戸張くんがお腹を抱えて笑っていた。

どういう事……?

「いやー、まじかよ。まさかフラれるとは思わなかったぜ」

戸張くんはうっすら浮かんだ涙を、指先で拭いながらそう言った。

予想外の反応すぎて、私は頭がついていかない。

「えっと……え?」

「あーあ、初めてフラれたなー」

そう言って、戸張くんは頭の後ろで手を組んだ。

い、いやいや、ちょっと待て。

これが紳士的男子のフラれた後の反応か?

どう考えても違くない?

紳士ならもっとこう……

『そっか、ありがとう』

みたいな事言って、少しくらい哀愁漂うもんなんじゃないの?

少なくとも、いきなり爆笑はしないでしょ。

「たいていの女子はOKくれるんだけどな。断ったのはお前が初めてだよ」

お前、って……口も悪くなってるし。

でも、断ったってことになってるなら、もう帰っていいかな。

同人誌読みたいし。

「あの、じゃあ、私これで失礼します」

そう言って、私がドアノブに手を掛けようとすると、

「待てよ」


―――ドンッ。


戸張くんに後からドアに手をつかれた。

「え……」

「お前、おもしれえな」

「は?」

振り向くと、戸張くんの顔が思ったよりも近くて、少しびっくりした。

「こんな完璧な男子を演じてる俺に、目もくれねえなんてな。お前、今までの女子とは違えな」

「……あの、とりあえず離れてくれる?近い」

グイグイと彼の体を押しても、戸張くんは一向に離れてくれない。

流石、男の子、けっこう力あるのね……

「へえ、この距離も何ともねえんだ」

「気持ち悪いだけだから、さっさと離れて」

そう言うと、戸張くんはサッと体を離した。

「ますます気に入ったわ……」

「気に入ったって……」

すると、戸張くんは私の眉間に人差し指を立てた。

「ちょ、何して……」

「1年」

「え?」

「1年で、俺に惚れさせてやるよ」

そして、そのまま戸張くんは、ツンッと人差し指で私の眉間を押した。

「ぬおっ……!」

その反動で、私は体ごと少し後ろによろけた。

い、1年で惚れさせてやるだあ?!

「……っていうか、キャラ変わり過ぎでしょ。何その俺様発言。戸張くんって、紳士的な人だって聞いてたけど?」

私は眉間を押さえながら、そう言った。

「あ?あんなの作ってんに決まってんだろ。その方が色々ウケがいいしな。こっちが本当の俺だよ」

「はあああ?!」

何それえ!!

そんな漫画みたいな事あるの?!

「まあ、とにかく、俺、有言実行主義だから。1年間、覚悟しとけよ」

ニッと意地悪そうな顔で、戸張くんは笑った。







【戸張翔から挑戦状をもらったよ。どうする?】


   〔喜んで受けて立つ〕


  →〔いやいや渋々了承する〕



※この選択肢に、拒否はありません。



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