第6話 サレンダー

 フオンが産まれてから数日後の日曜日、カナダから来たという初老の男性が、グエン夫妻の元を訪ねてきた。

 彼は自分が能力者であること、そして、産まれたばかりの彼女がその力を受け継いでいることを告げたのだった。


 そして、彼女が真に覚醒したそのときに、「守護者」の居場所がわかるということ。

 それは力を受け継ぐものの守護者であり、精神的なパートナーであること。


 彼らが自分達の能力をどのように使うか、また、能力を受け入れ伸ばして行くかどうかは、まったくの自由であるということ。



 さらに、男性は言った。


 この力は、歴史上 表立って使われてはいない。それは、その力を吹聴した能力者が少なかったせいだろう。


 書物などが残っているわけでもなく、力の継承が行われる度に口伝えで聞かされてきたことしか、わからない。これはおそらく、次の継承者がどの国に現われるのかが分らないことが関係しているためだと思われる。


 そして何より、この力の使い道さえよくわからない。


 だが、連綿と続いてきたこの力を途絶えさせるのは忍びない。

 私には大したことは出来ないが、修行によって、また、この娘の資質によっては、その能力を大きく伸ばすことが出来るかもしれない。



 両親は、当然信じなかった。

 だが、その初老の男性は、彼らの目の前で能力を使って見せたのだった。


 宙で組み合わせた空の両手に、なみなみと水が溜まってゆく様を。



 両親は目を疑った。

 だが、トリックなどは何処にも無いようだった。


 男性は、手のひらに溜めた水を静かに地面に流してから、言った。


「ごらんのとおり。この能力とは、水を操る力です。」





「ちょっと待ってください」


 隆太は思わず遮った。

 大きなハンマーで頭を殴られ、冷たい手で心臓を掴まれたような気がした。頭がグラグラする。隆太は思わずテーブルに肘をつき、目を閉じて俯いた。



「大丈夫ですか?」


 水沢が心配そうに言った。こちらを覗き込んでいるようだ。

 向かいの家族もこちらを心配そうに見ている気配がする。


 だが、隆太は顔を上げることが出来なかった。

 恐ろしい予感がしていた。イヤ、それは予感ではなかった。


 俺は、このあとどうなるのか、知っている……




 大きく息をついて頷くのが精一杯だった。


 こちらを気遣い、彼女は声を落として言った。


「フオンちゃんの力を見ていただきたいんです」



 駄目だ。やめてくれ……

 こんなわけのわからないこと、俺は関わりたくないんだ。帰してくれ……


 そう言いたかったが、声が出て来なかった。話し方を忘れてしまったかのようだ。

 かわりに、ノロノロと視線をあげた。



 水沢に促され、娘は隣の父親を見上げた。

 父親が励ますように頷くと、娘は目の前のグラスをじっと見つめ……



 じわじわと、徐々にグラスの中の水が増えていった。


 しばらくして、水が溢れそうになった時、父親が止めさせた。




 その間、隆太は虚ろな目でグラスを眺め続けていた。

 4人が自分の反応を待っているのは承知していたが、何も返せなかった。

 誰とも目を合わせないまま、テーブルに両肘を置き、手で顔を覆った。


 痺れを切らしたのか、水沢が口を開いた。

「……名前はそれほど重要ではありませんが、この力は」



「サレンダー」

 ため息と共にボソリと呟いた言葉に、4人が息を飲んだのがわかった。



「……どうして、その名前を?!」

 水沢が、動揺した声を上げる。



「……夢でみたんです。つい、さっき」


 隆太は諦めたように顔を上げ、背もたれにドサッと寄りかかった。

 だが、目線は伏せたまま、溢れかえりそうなグラスの周辺を漂っている。


「夢の中で、小さな女の子がグラスを見つめていて……その……フオンちゃんだったかどうかは憶えてないけど」


 水沢が通訳する。


「それで、頭の中に言葉が響いたんだ。『サレンダー』って。」



 両親は興奮した様子で何か囁きあっている。


 ベトナムの言葉など全く知らない隆太だったが、娘が満足気に言った言葉はなんとなくわかった。



「ほらね♪」


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