2.既知との遭遇

「百合ちゃん、今週末は帰って来られないってー」


 何気ない亜季あきのその言葉は、大和にとって死刑宣告に近かった。


 ――放課後の事である。

 夏彦の部活動が休みの日は、もう一人の幼馴染である亜季と共に、三人で下校するのが大和の習慣であり、その日も同じ面子でとりとめのない話をしながら、家路へとついていた。

 中学まではここに百合子の姿もあったのだが、四人が揃う事はもう無い。その事実がまた、大和の心に暗い影を落としていたのだが、そこにきて、追い打ちをかけるかのように百合子不在の話題を出す亜季の言葉には、しかし悪気は全くないのだ。


「おサムライって忙しいんだねー」

「……まだ学生のはずだがな」


 大和が知っているサムライについての数少ない事実の一つに、「サムライは職業ではなく資格である」というものがある。

 サムライ――国家霊刀士の資格を持つ者の多くは、養成学校を卒業後に警察や自衛隊、関係省庁などに就職するのが常だと言う。通常は、高校ないし大学卒業と同時にサムライとしての資格を得るのだが、百合子は例外的に学生の内に――しかも最年少記録を更新するという異例の早さで、その資格を得たらしい。


「あー、でも資格持ってるだけでも、何か課外活動みたいな事をやらされるって言ってたよ?」

「……そうなのか」


 自分が見栄を張って百合子自身にサムライの事を尋ねあぐねている間に、亜季は色々と聞き出していたらしい事を知り、大和は再び暗澹あんたんたる気持ちになった。


 夏彦と亜季は、共に大和と百合子の幼馴染だ。家がすぐ近所という事もあり、幼い頃から一緒に登下校したり休日は共に遊んだりと、四人で行動することが多かった。

 比較的大人びた夏彦や真面目な百合子とは違って、亜季は良い意味で「普通」の女の子だった。ショートカットに野暮ったい黒縁メガネがトレードマークの小柄な彼女は、どこか小動物を思わせる雰囲気を持っていた。そのせいか、周囲からはマスコットキャラ扱いされているが、本人はなんとものんびり屋なので気にした風も無く、それが実に和やかな雰囲気を作り出す。優秀過ぎて、時に敬遠されがちな百合子にとっては一緒にいて落ち着ける、数少ない気の置けない親友の一人だった。


 思えば、百合子自身だって劇的な環境の変化に、戸惑いやプレッシャーを感じていないはずはないのだ。気遣い屋の亜季の事だから、そういった百合子の状況を察して、今までと変わらぬ態度を貫いているのかもしれない。

 そんな簡単な事に今更気づき、大和の自己嫌悪はますます深くなっていった。自分はと言えば、つまらない見栄から、むしろ百合子との間に距離を取ってしまっていたのに、と。


「……ありゃりゃ、これは重症だねー」

「ああ、重症だね」


 表情を暗くしていく大和の様子に、夏彦と亜季は顔を見合わせ苦笑いするしかなかった。

 本来の大和はもう少し快活かいかつな少年である。多少自己評価が低いきらいはあるが、物怖じせず人見知りもせず、仲の良い友人も決して少なくない。

 だが、高校入学以来――百合子と進路を違えてから――の大和は、事ある毎に落ち込んでふさぎ込んでしまう、何とも扱いの難しいセンシティブな少年と化していた。

 そんな大和を、夏彦と亜季があの手この手で元気付けるというのが、ここ最近のお決まりとなっている。今日も、何か気の利いた言葉をかけようと二人がタイミングを探っていると――。


「やーまーとー!」


 やや遠くから、亜季に輪をかけて間延びした口調で、大和を呼ぶ声がした。


「あ、薫子かおるこちゃんだー」


 道の向こう、大和達の自宅方向から、一人の女性がブンブンと手を振りながら歩いてきた。

 年の頃は二十代後半位に見えるが、ほんわかとした表情と身に纏った雰囲気からはそれよりも若い印象を受ける。ゆるふわ系のロングヘアがまたその雰囲気を助長し、美人というよりは可愛い系の――それもとびきり可愛い女性だった。


「あー……?」


 彼女の姿を認めた大和の表情が、更に曇っていく。その原因は、彼女自身ではなくにあった。


「薫子ちゃん、どうしたのその格好?」

「へへーん、可愛いでしょ? 今の職場の制服なの」


 大和達の所へ辿り着いた女性――薫子は、亜季の問いに自慢げに答えながらクルリとその場で一回転した。それに合わせて、ふわりと舞うやや短いフリル満載のスカート。

 その光景に、亜季は「可愛い~」等と無邪気にはしゃぐのだが、大和の表情は対照的に固く冷たいものになりつつあった。


 大和は知らないが、薫子が着ているのは、とある有名洋菓子店の売り子の制服だった。薄いピンクを基調としたフリル満載のエプロンドレスは、そのスカートの短さもあいまって、やや扇情的に見える。

 こんな格好で街中を歩いていたら、世の男共の多くは思わず振り返り、だらしなく鼻の下を伸ばすだろう。薫子のような美人だったらなおのことだ。


「どう、やまと? 薫子ちゃん可愛い? 可愛い?」


 を作ってアピールする薫子だったが、大和の反応はかんばしくない――どころか、頭痛に苦しんでいるかのように頭を抱え始めた。そして――


「ア……」

「あ?」

「アホかー!!」


大和の絶叫が辺りに響き渡った。


「ちょ、急に大きな声出したらご近所迷惑でしょー!」

「叫ばずにいられるか! このアホ女!」

「ひ、ひどーい! 亜季ちゃーん、やまとが薫子ちゃんいじめるー」

「おー、よしよし。大丈夫ー、大和くんも照れてるだけだから大丈夫だよー」


 大和の剣幕を前に、亜季にしがみつき助けを求める薫子だったが、その二人のやりとりのわざとらしさが、また大和の怒りに火を注いだ。


「亜季! 甘やかすな! 付け上がる!」

「そんな、子供じゃないんだから……。大和、少し落ち着こうよ、ね?」


 何やら周囲の住宅から視線さえ感じるようになり、流石に夏彦が止めに入るが、大和の絶叫は止まらない。


「――がそんな恥ずかしい格好して歩き回ってて、落ち着ける奴があるか!?」

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