第30話:大妖④

「さて、大妖の御前とやら、今までの様にはいきませんよ!」


 脚の役割がはっきりした事で、その攻撃パターンは格段に予測しやすくなった。

 長い足の圏内では、付け根に飛び込まれた瞬間が最も攻撃し難くなる。

 霞は、全力の速度で包囲網内を飛び回り、脚の動きを翻弄する。


 そして、移動脚の一本に取りつき、小太刀を突き立てた。

 その背後から、攻撃脚が襲い掛かる。

 しかしその脚は、強力な呪弾によって弾かれた。


「私を忘れてもらっちゃ困るぜ?」


 脚の圏外から狙いを付けた霧子が、銃口を燻らせる。


「おのれ、こざかしい!」


 御前の口腔から、毒針が発射される。

 霧子はそれを、バックステップで回避しながら、次の銃撃の足場を計算に入れ、移動する。

 やがて霞の短刀の超振動が、脚の装甲を砕いた。

 まさに阿吽の呼吸で撃ち込まれる、霊銃弾。

 御前の移動脚が、また一本、崩れ落ちる。


「……あと、4本!」

「この調子でいくぞ!」


 二人の息はぴたりと合い、攻撃のテンポは上がっていた。

 しかし、御前は、腹の底に響くような、不気味な笑い声をあげる。


「……あと、何本と言うたかえ?」


 次の瞬間。

 残骸となった脚の殻を捨て、そこに新たな脚が生えて現れた。


「ち、再生かよ……」


 霧子が舌打ちをする。


「まだです、再生したての脚ならば!」


 装甲が柔らかい筈……と言いながら、霞が斬撃に移る。

 だがしかし、その一撃は、ものの見事に弾かれた。


「装甲の硬化など、一瞬よ……」


 御前の勝ち誇った囁きが、二人の耳に障る。

 瞬時に二本の脚を再生させ、再び完璧な索敵ネットワークが完成する。


「K! 何度でもやるぞ!」


 霧子が叫ぶ。


「はい!」


 霞が答え、再び移動脚の根元に取り付く。

 しかし、この再挑戦は、徒労に終わった。

 いくら落としても、無限に再生する脚。

 それは二人を徒に消耗させ、絶望の境地へ追い込んでいく。


 再生能力と言っても、無限ではない筈。

 生物ならば、瞬時の無限再生などありえない。

 霧子は、確信していた。


 そう、生物ならば。


 ここに至り、霧子はある根源的な疑問を抱く。


 今、自分たちが相手にしているこれは、果たして生物なのだろうか?


 生物ならば肉体がある。

 肉体があれば、破壊することが出来る。

 生物ならば、命がある。

 命があれば、殺すことが出来る。


 それが修錬丹師として今まで様々な化物を屠ってきた霧子の、基本スタンスだ。

 化物とはいえ、肉体を持ち、命を持つ。

 今まで戦ってきたのは、そう言う奴等だったし、何よりそれが正解だった。


 しかし、相手が生物でなかったら?


 千年を生きる生物がいるだろうか?

 地上18階から瓦礫と共に落とされ、無事でいられる生物がいるだろうか?

 一瞬で巨大な姿へと変化し、切り落とされた体を瞬時に再生させる生物がいるだろうか?


 大胆かつ場当たり的に見えても尚、霧子は冷静に戦ってきたつもりだ。

 しかし、敵はこちらの思惑をことごとく覆してくる。


「……私は、何と戦っているんだ?」


 生じた疑問が、霧子の思考を侵食し、破綻に導く。

 その亀裂が、霧子の集中を乱した。


 御前の第二の口から放たれる毒針。

 その一斉射が、霧子を正面から襲う。

 一瞬の硬直、それが致命的なミスとなり、霧子を追い詰めた。


「お姉さん!」


 霞が叫ぶ。

 我に返った時は既に遅い、毒針の直撃を受け、護符の結界が砕け散る。


 無防備となった霧子に向けて振り下ろされるのは、二本の脚爪。


「しま……!」


 霧子は思わず、目を閉じてしまう。


 一生の不覚だ、普段の自分なら有り得ないミス……何故、最後の瞬間に活路を見出すことなく、諦めてしまったのか。

 その一瞬で、霧子は、自らの死を受け入れた。


 生きている……。


 死を覚悟したはずの次の瞬間を自覚し、霧子はゆっくりと目を開く。

 そこにいたのは、霞だ。


「ぐ……大丈夫ですか、お姉さん……」


 霞は、霧子の前に立ちはだかり、御前の脚爪を文字通り自らの身体で受け止めていた。


「K……?」

「お姉さん……駄目ですよ、諦めては……」


 呆然とする霧子を振り返り、苦しげな表情を隠して目配せを送る。

 その腹部には、御前の爪が深々と刺さり、身体を突き抜けていた。


「K……お前、馬鹿! 何てことをするんだ!」


 我に返った霧子が、取り乱して叫ぶ。


「言いましたでしょ? アタシは助けられる命、その一粒を救いに来たって……」


 霞は、苦しみを抑えながら、霧子に笑顔を向ける。


「だからって……こんなやり方じゃ、お前が!」


 霧子は感情の高ぶりを抑えられない。

 こんな事態を招いた、己の甘さを心から悔いていた。


「アタシなら、大丈夫……それよりお姉さん、事今に至っては、常識はすべて捨てて下さい、敵は人智を超える者です……」


 そんな霧子を優しく包み込むように、霞が語りかける。


「常識を、捨てる……」


 霧子は、霞の言葉をなぞる様に呟く。


「はい、もっと本能に身を委ねて、闘争本能、殺戮本能……お姉さんなら、考える前に身体が動く筈です」

「しかし、それでは奴との差は埋められない……奴には、私の銃撃が通じないんだ!」


 霧子が悲痛に叫ぶ。


「破壊は出来てるじゃないですか、再生されるのなら、再生できない部分を攻撃すればいいんですよ」


 霞は落ち着いた口調で語り続けた。


「だが、どうやってそれをやる? 脚を崩せなければ、急所は狙えないんだぞ!」


 霧子が言う。


「お姉さんには、アタシが付いているじゃないですか、確かに相手は想像を絶する力を持った化物ですが、それはアタシも同じ事……私だって、ただの人間じゃありませんよ?」


 霞がそう言って微笑む。


「分かりませんか、お姉さん……脚爪が私の身体を貫いてから、敵は動きを止めているでしょう?」


 身体を貫いた脚爪を両腕で押さえながら、霞が問いかける。


「そういえば……」

「アタシが動きを封じているんですよ……そしてこれから、文字通りひっくり返します!」


 霞はそう言うと、渾身の力を籠め、体に刺さった脚爪を支点に、巨大な体躯を持ち上げ始める。

 御前の体躯が徐々に持ち上がり、移動脚が宙を掻く。


「ううううらあああああああ!」


 気合一閃、霞は100倍以上の体積はあろうかという巨体を持ち上げ、完全に転覆させた。

 その一連の光景の凄まじさに、霧子はただ息を呑んでそれを見つめていた。

 地響きと共に、地面に叩きつけられる、御前の本体。


「ほら、お姉さん、見えましたでしょ……急所!」


 霞がニヤリと笑う。


 霧子は、自分の頬を3発、思い切り叩いた。

 迷っている場合ではない。

 悲観している場合でもない。

 何より、負けた気になっている場合ではない。


 子供だと思っていた霞に身を守られ、あまつさえ戦う心まで教えられ、気恥ずかしい気持ちを噛み締めて、霧子の思考は、完全に通常状態を取り戻していた。


「K、すまなかった! 私がどうかしていた……!」

 霧子は小機関銃を捨てると、ヒップホルスターに仕込んだリボルバーを引き抜く。


「私は霧子……拳銃使いの仙道霧子……そうだよな、K!」


 霧子の瞳に、闘志が甦る。


 それは、百戦錬磨の修錬丹師、拳銃を使わせたら右に出る者はいない。

 鬼より怖いと恐れられた仙道霧子、本来の姿だった。

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