第6話:妖檄舎の人々②

 帝都東京、その北東区下十条4丁目の一角に、築60年は越えようという、おんぼろアパートがある。

 木造二階建て、内廊下の建物に、6畳間が全8室、一階に居間を兼ねた台所と、共用の風呂場・トイレを持つ、木造板壁の建物。

 そこを一棟借りして、妖檄舎という組織は活動していた。

 組織と言っても、構成員は霧子を含めてもたったの5人。

 その妖檄舎の全員が、中庭で草を食む牛の姿を、困惑した表情で囲んでいた。

 そこに、タクシーのドアが閉まる音が響き、霧子とKが帰って来くる。


「は、は、花子―! こいつめ、賢い奴だよう、この子は! 主なくとも使命忘れず! ちゃんと目的地に着いているなんて……」


 牛の首に飛びつき、頭を撫でるK。


「本当、主でさえ迷っていたのにな。牛の方がアタマ、良いんじゃないのか?」


 その背後に、霧子のあきれ声が、容赦なく投げかけられる。


「あう……」


 図星を突かれ、Kはしゅんとなる。


「まあ、まあ! 何はともあれ、主人の子が来てくれて良かったわ。このまま牛だけ残ったら、どうしようかと……」


 その場の空気を察し、話題を切り替えていくのは、妖檄舎の社長、大賀吹絵だ。


「ねえねえ、この子、和牛? 何ランクなのかなー?」


 中庭に牛が出現するという事態に全く動じず、おっとりとした口調で少女に話しかけるグラマラスな美女は、正宗菊。


「それよりさ、牛車の中身が気になるな、僕は。仙境からの補給物資なんでしょ?」


 メタボリックな巨漢、海堂二郎が、コーラを飲みながら気楽に笑う。


「夜中の訪問は、非常識であるが・・・・・・何か訳があったのか?」


 濃紺の作務衣を粋に着こなした細身の男、小鉄六郎が、Kをたしなめる。


「おお……」


 一度に大勢の大人に囲まれ、萎縮する少女、K。

 霧子が、助け舟を出す。


「でな? これが電話で話した、仙境から来た童子、名前は……K、匿名希望だそうだ」

「あ、はい、只今紹介に預かりました、Kです、よろしくお願いします!」


 少女は緊張した面持ちで、ぺこりと頭を下げた。


「妖檄舎の社長、大賀吹絵よ。よろしくね、Kちゃん」

「医療担当の正宗菊だよ? よろしく~」

「僕は霊具の整備担当、海堂二郎クンです。よろしくな、Kちゃん」

「書家・・・・・・いや、行政書士の、小鉄六郎だ。君を歓迎する」

「・・・・・・てな訳で、事態は一応、収まる所に収まった訳だ。積もる話は、明日にしようぜ?」


 霧子がそう言って、大きな欠伸をした。


「そうね、もう四時過ぎだし・・・・・・そうしましょう」


 吹絵が、答える。


「でも牛・・・・・・また逃げないかな~?」


 菊が唇に人差し指を沿え、首をかしげた。


「それなら大丈夫です、物干しにでも繋いで置けば、大人しくしてますよ」


 Kが答える。


「そっか! じゃあ、安心ね~」


 菊はそう言って、子供のような笑顔を浮かべた。


「よし、じゃあ、一同解散! また明日、ね?」


 吹絵が、パンパンと手を叩き、それを合図に、妖檄舎の面々は、それぞれの部屋に引き返していった。


「あの、私はどうしたら・・・・・・」


 困惑する少女に、霧子が優しく答える。


「お前はとりあえず、私と同部屋だ。嫌なら、明日にでも別の部屋を用意してやる」

「いえ、嫌なことなんかないです、お姉さんと一緒が良いです!」

「そっか」


 霧子は、にっと笑って見せた。


「だがな、その前に・・・・・・」


 二郎の肩を、がっと掴む。


「な、なにかな? 霧子」


 引きつった表情で、振り返る二郎。


「・・・・・お前、私のプリンを喰ったな?」


 霧子が凄みを利かせた。

 肩を掴む握力が、徐々に上がっていく。


「は、はい、すいません、霧子・・・・・・さん」


 ビビりまくる二郎に対し、霧子は、言った。


「夜が明けたら、一番で草月に行って、黒松10個、買って来い」

「え、でも、あそこは、朝からものすごい行列が・・・・・・」

「買ってくるよ、なあ? それとも、強制人間ポンプで、腹の中のもの、今すぐ全部リバースさせるか?」


 霧子が、恐怖の笑みを浮かべ、二郎の水落を、ドスンと叩く。


「い、行って来ます・・・・・・」


 二郎は観念して、黒松という甘味を買ってくる事を、約束した。

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