第6話 助言


 ソラは頭の中では迷っていたが、身体は自然と動いていた。足は勝手に動き、ある場所へと向かう。そして、そこへ近づくにつれ人は減り、ついには誰もいなくなった。


 廃棄された白い建物が立ち並ぶ、迷路。見慣れたその場所を迷うことなく進み、たどり着く。こんな短期間で二度も訪れることになるとは考えていなかったソラは、思わず苦笑した。


「仕方ないか……」


 ソラはそう納得すると、目の前の相変わらず暗い階段を下りる。そして、一段一段下りていくうちに、会話をする声が聞こえ始めた。一つは他人を小馬鹿にするような、染章の声。もう一つは、聞き慣れた沙夜の声。


「……?」


 朝早くに出かけた沙夜が、何故か染章のところにいる。恐らくは何かを相談しに来たのだろうが……


「……これは、珍しいどころじゃないぞ」


 基本的に、沙夜は染章を苦手としている。にも関わらず、ソラにも告げずにここを訪れた。よっぽどのことがない限り、そんなことはあり得ない。


「…………」


 ソラはその理由が気になり、気配を隠して室内の様子を窺う。どうやら気付かれていないらしく、染章と沙夜は会話を続けていた。


「ソラは…………なのよね」

「うん、それに…………なら、向こうから……さ」


 少し離れているせいか、所々聞こえない。かといって聴覚に力を集中すれば、染章に簡単に見つかるだろう。


 もういっそ出ていってしまおうか、ソラがそう考え始めたとき、染章のその言葉がハッキリと聞こえた。


「……僕は犯人を知っている」


 考えるよりも先に、身体が動く。隠れるなんてことは忘れて、沙夜たちの前に姿を現した。そして、その衝動を抑えずに叫ぶ。


「本当か!?」


 一瞬の沈黙。そして……


「……あちゃー」

「…………」


 額に手を置いて呆れる染章と、ソラの登場に目を丸くする沙夜。一拍後には、やってしまったという後悔が、ソラの心中を占めていた。


「……まあ、取り敢えず座りなよ」


 ソラは染章に勧められるままソファーへ腰掛ける。目の前には、沙夜。何故か目を伏せており、非常にきまりが悪かった。


 沙夜がソラに秘密で染章の下へ来る時点で、気付くべきだったのだ。沙夜にとっては、聴かれたくない話だったと。勿論、ソラばかりに非があるのかといえば、そうではないが。


 しかし、沙夜はひどく気に病んでいる。ならば、もう正直に言うしかない。


「あー……悪かった。大丈夫だ、さっきのところ以外は聴こえてない」


 ソラが気遣うようにそう言うと、沙夜はようやく顔を上げた。少し不安げな海色の瞳が、ソラを見つめる。


「……本当?」


 か細い声で尋ねる沙夜に、ソラは笑みを浮かべながら答える。


「ああ……ま、そこまで沙夜が心配することっていうのは気になるけどな」


 軽く言うソラ。しかし、冗談めかして放ったその言葉を聞いた沙夜の反応は、ソラの予想していたものとは全く違っていた。


「……ごめんなさい」


 消え入りそうな、謝罪の言葉。


 何に対しての謝罪なのか、ソラには分からない。が、沙夜のその表情は、冗談で済まされるような雰囲気ではない。それだけは、分かった。


「……沙夜、俺にはお前が何で謝ってるのか分からない。その話に対してか、俺に言えないことに対してか」


 ソラの言葉を聞き、沙夜はより一層表情を曇らせた。だが、ソラはそんな顔をさせたいのではない。


 だから、言葉を続ける。


「……まあ、でも。俺はそんなことは気にしない。沙夜が俺のことを考えた結果、そういう結論に行き着いたんだろ。なら、俺はそれに対してどうこう言うつもりはないさ」


 だから気にするなと、そう笑いかける。沙夜はその言葉を聞いて、ようやく微笑を浮かべた。ソラはそれを確認し、ホッとする。そして、先ほどからニヤニヤと笑いながらこちらを見る、染章へと視線を移した。


 非常に殴りたくなる笑顔を張り付かせている染章。しかし、さっさと話を進めたかったソラは、それについては何も触れず、本題へ。


「……さて、まあ本来なら俺はここに来るつもりはなかったんだが……」

「やっぱり? 沙夜ちゃんもそうだけど、君がこんな短期間で来るのも珍しいからね」


 染章はへらへらと笑うと、回転式の椅子でくるくると回る。カラカラと音を立てて回る椅子は、パソコン前で止まった。


「それで?」


 ソラを射抜く、染章の視線。それには、普段の染章からは考えられない、真剣味が帯びていた。


「お前、さっき言ってたよな、犯人を知ってるって。金は払う。教えてくれ」

「ああ、それだけど、別にお金は要らないよ。……それよりも、僕が犯人を知ってるっていうのはさっき聞いたから知ったんだよね。なら、ソラ君は最初、何故ここに来たのかな?」


 気前の良さに驚くと同時に、的確な指摘。ソラは、思わず呻く。やはり、こいつは侮れないと。


「はぁ……変なやつに会ったんだよ。面識もないはずなのに、相手は俺を知ってた。そして、忠告してきたんだ。急ぎ過ぎるなってね……自分でも、気にし過ぎだとは思うんだが……」


 ソラの話を聞いて、染章は考え込んでいる。今の話から考えられることなど、無いに等しいはずだが……。


「……ま、いいか。じゃあ、教えよう」


 結局自分の考えは隠蔽したまま、染章は話し始めた。


「そうだね、まずは性別から。相手は女、年齢はソラ君より一つ上の十八歳。多分、今頃は美人になってるんじゃないかなぁ……」


 ニヒルな笑みを浮かべながら嬉しそうに語る染章。犯人が女……しかも美人と聞いて、沙夜の肩がぴくりと動く。


「はいはい、で、理論武装レジストは?」


 ソラも内心では相手が女であることに驚いていたが。しかし、それをおくびにも出さず、話の続きを促す。


「さあ、僕も流石にそこまでは知らない。そもそも、僕が彼女と会ったのは、彼女がまだ理論武装レジストを発現していない頃だし」


 カラカラと回る椅子。


「まあ、実は僕も知っていることは少ないんだけど……彼女には、一つだけ異常な点がある。それはねーー人形」

「人形?」

「うん、そう、人形。彼女は人形が大好きなんだ。……それはもう、異常なほどにね。もしかしたら、それが彼女の理論武装レジストに関係あるのかもね」


 投げやりな言葉だが、その情報は重要だ。ソラは頭の中で、様々な能力のパターンを想定する。操作系、精神系、変化系。上げていけば結構あるが、それでもある程度は絞れる。


「……ま、僕は彼女より治安隊を気にした方がいいと思うけどね〜」


 いつの間にか棒付きの飴を咥えながら、モゴモゴと口を動かす染章。鋭い流し目は、真っ直ぐにソラを見つめている。


「そりゃ活動は活発になってるが……」


 しかし、その言葉にイマイチ納得ができないソラ。それもそう、今のところ何の問題もないからだ。確かに活動自体は活発になったが、見かけるのは下級兵ばかり。戦闘になったとしても、容易に対処できる。


 が、染章もそのくらいは理解している。言いたいのは、もっと別のことだ。


「そうだね。確かに問題ない。けど、意外とあいつらは狡猾だよ。なめない方がいい」


 口の端を歪め、言葉を零す。


「下手したら、上級兵まで来るかもね」


ーー上級兵。それは、治安隊の中でもかなりの強さを持つ人間たちだ。下級、中級、上級、特級。まだ細かな内分けはあるが、強さの順は、大雑把に言えばこれだ。


 単純に考えると、上から二番目。ソラなら倒せないことはないが、容易ではない。まして、複数となれば、敗北の可能性だってある。


 もし治安隊が犯人の居所を察知している場合、迂闊な行動は死に繋がるだろう。染章が伝えたいのはそれだ。


「焦って行動するより、地盤を固めろってか?」

「そういうこと」


 染章はニヤリと笑うと、口内の飴を噛み砕いた。


「……はぁ、どんどん面倒になってくるな、おい」


 ここ数日になって急増したため息をつき、ソラは目を虚ろにさせる。沙夜はそんなソラの様子を見て、たまらず苦笑。


「今日は一番コソコソしなきゃなんのか……」


 夜の偵察を想像し、ソラは更に憂鬱になる。上級兵がいることを想定した偵察。基本的には、いなければラッキー、もしいたならば撤退、という形だろう。

 

 無理に仕掛けて倒せたとしても、余計に戦力が強化されるだけだ。犯人側が全て倒してくれれば、ソラにとっても好都合なのだが……。


「ま、方針は決まった。後はなるようになるさ」


 楽観的な考えだが、こればかりは仕方ない。

 用事の済んだソラが立ち上がると、沙夜も一緒に立ち上がった。どうやら、ここにはもう用はないらしい。


「んじゃ」


 ソラは軽く手を振ると、家へ戻った。



♢♢♢



 背の高い建物の中でも、一際目立つその建物。治安局と呼ばれるその建物のある部屋では、一人の男が呻いていた。


「ふむ……」


 手に持つ報告書を眺め、思案する。最近、各所で起きている殺人事件。それには理論武装レジストが関わっている可能性が高く、ずっと調査していたのだ。


 そして、成果は出た。彼の手元の紙には、犯人が潜伏していると考える区画が書かれている。つまり、後は見つけて捕まえるだけだ。


 そう、それだけなのだが……。


「…………」


 男は悩む。誰をぶつけるべきか……。男の予想では、今回の犯人の脅威度は極めて高い。それこそ、上級兵、下手をしたら特級まで動かさなければならないほど。


 しかし、今の治安局にはそこまでの戦力は残っていない。運が悪いと言うべきなのか、丁度治安隊に対立する組織との抗争によって、上位陣は出払っていた。


 一応、特級は一人いる。しかし、それはあくまでも防衛のときの戦力として残しているのであって、迂闊に動かすのは不味い。もしそんなタイミングで攻め込まれれば、あっという間に治安局は落とされてしまう。


「致し方なし、か……」


ーー男は決意する。


 なるべく使いたくはなかった手札を使うと。


「はぁ……やり過ぎるなよ」


 一抹の不安を抱きながら、男は部屋を出た。

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