第19話
ギルド会館二階レストラン。普段は一階の大衆食堂とは違い静かに食事がおこなわれている。
だが今夜は違い、騒がしい。中央の席を陣取る四人の男女の集団、他に客はいない。貸切にしてないにもかかわらず、席に座っているのは彼らだけである。来たものは皆、集団の内の一人の様子を見て逃げ帰ってしまった。
「アハハハハ!もっと呑みな、大金が入ったからねえ、今宵はアタシの奢りだよ。さあさあ、遠慮するんじゃないよ」
一本で一般的な四人ぐらしの家庭が一月余裕で暮らせるほどの値段のワインをグラスに注ぐことなく口をつけて呑んでいるのはAランクのギルドメンバーであるリリス。他の人間が逃げ帰る原因であり、彼女の前のテーブルには今のんでいるものと同じくらいの価値のワイン数本やおつまみが並べられている。
酒をのんで元気なリリスとは対照的に残りの三人の様子はすぐれない。
「もうヤダよー、許して、本当に許してください。助けて、アークさん」
テーブルに突っ伏して酔いつぶれているのはBランクのギルドメンバーのジーナ・クルト、今飲んでいるメンバーの中では酒を呑んだ経験が少ないらしく最も酷く酔っている。先ほどからずっと隣に座っているアークに助けを求めている。
「流石に、妾もここまで呑んだのは久しぶりじゃな。いくら高級な物とはいえ、酒は酒。酒に強い自覚はあるが、ちときついのう。アーク、おぶって宿まで運んでくれ」
背もたれに体を預け、豊満な胸を強調するかたちになっているのはシキノ。頬が紅潮しており、艶やかな視線をアークにむけている。
「……はあ、リリスさん」
アークは一度ため息を吐き、四角いテーブルの目の前に座っているリリスに声をかける。
アークは勇者達との戦いの後、暫くジーナに訓練をつけた。その後ギルドに戻ったところでリリスと合流し、リリスがお金が入ったため、ご飯を奢ってくれるということなのでついていき、この惨状になっていった。
「なんだい、アーク。夜のお誘いかい?アタシはウェルカムだよ」
アーク達は三人以上に呑んでいるにもかかわらず、リリスは酔っている様子がまるで感じられない。
「いや、そうじゃなくて。本当、なんでそんなに飲んで酔わないだよ」
「こんなのアタシの血みたいなものさ、酔うはずがないね。それで本題は?」
「そろそろお開きにしましょう。ジーナがもう限界みたいです。これ以上はヤバイ」
「ああ、そうだねえ」
リリスは持っていたボトルに残っていたワインを全て呑み干し、口元を手で拭った。
「よし、お開きだ。会計はアタシがしとくから、アンタ達は先に店の外に出てな」
「た、助かった」
「ああ、本当にムカつく!なんなの、あれ!」
時間を巻き戻すこと数十分、ギルド会館とは別の食堂に勇者一行はいた。
イライラしながら、持っていた木のコップをテーブルに叩きつけたのは笹野花梨。
「あまり怒るなよ花梨、只俺たちが弱くて、あいつが強かったって話だろ……でも流石に凹むよなあ。其れなりに自身があったんだが、魔法使いに武術で手も足も出ないなんてなあ」
溜息を吐く一条厳、アークと戦った際に一撃も入れられなかった事が余程堪えたのか、あまり元気がない。
「それに最後のはわけがわからねえよ。斬られたのに斬られてない。気絶して、気づいた時には木陰に運ばれていたんだよなあ」
光劔に斬られたはずの腹を抑えながらしみじみとつぶやいた。
「あれは魔法かしら。学び始めてから日は浅いけどあんなのがあるのね。上には上がいるのはわかってたけど、高すぎるのよ」
やるせなさそうに言葉を吐くのは道明寺咲。
「確かに…………アークは強い」
今までここに来てから沈黙を貫いていた叶斗が言葉を放った。叶斗を見る三人。
「けど、僕たちも強くならないといけない。誰かを殺すためじゃなく、僕たちが生きるために…………僕はもっと強くなるよ、皆を巻き込んでしまったからね」
俯きながら、懺悔するように喋る叶斗。
「なんだよ、気にしてんじゃねえよ」
バンバンと快活に叶斗の肩を叩く厳。少し悪くなった雰囲気を和ませるために明るく振舞っている。
「そんな話はとっくに終わってるだろ。召喚されたのはお前だけじゃない、俺たちにも何かしらの役割があるはず。それに俺たちの仲じゃねえか。運命共同体、そう思っているのは俺だけなんていう悲しい事はないだろ?」
「厳……そうだね。少し鬱になってたかな。ゴメン、先に宿に戻ってて。少し夜の街を歩いてくるよ」
叶斗は席を立ち上がると、そのまま店から出て行った。出て行くその足取りはどこかよろついていた。
「それじゃあ、ジーナを送ってくる。先に戻っておれ」
「アークさあん、まらお元気れえ」
会計を済ませ、会館でリリスと別れること数分。酔って呂律が回らなくなったジーナを宿屋に運ぶため、シキノと別行動をとることになったアーク。その手にはリリスにお土産として渡された最高級品のワイン。
「さて、どうしたものか」
ワイン片手に夜の街を歩くアーク、ふと空を見上げれば満点の星空。幼いころから見ているそれに大した感動は抱かない、慣れ親しんだものにすぎない。
このまま宿に帰ってシキノが戻ってくるのも良い。けれど今晩はそうする気にはなれなかった。酔いたいわけではないが、あと少しばかり呑みたい気分でいる。
暫く歩くと川沿いの通りに出た。川には美しく満月が写し出されている。向こう側に渡るために橋に差し掛かったとき、橋の中間地点の欄干に寄りかかる人を見つけた。
「どうした随分とシンでる顔をしてるじゃないか、勇者さん」
「アーク……随分な例えだね。それがこの世界の流儀かい?」
顔だけをアークの方に向けて返答する勇者叶斗、普段は明るく前向きな青年なのだが、今は珍しく悪態をついている。
「いや、例えじゃないな。今の面はシンでいる。戦っているときのお前はイキてたよ。一人か?仲間はどうした?悩み事か?」
「まあ、そんなところさ。一人で星を見てた。こんな空、元の世界では見れない。あっこは無駄に明るい」
夜空を見上げながらポツリと呟く叶斗。そんな叶斗の隣にアークは移動した。
「そうか、お前らの世界も大変そうだな…………ワイン飲むか?この世界の最高級品だが」
叶斗にワインが見えるようにしながら問いかける。アークからの誘いに考えること数秒後。
「是非、あまり酒には詳しくないけど、それでも良いなら」
「構わん、俺もそこまで詳しくない。飲みたかっだが、相手がいなかったんだよ」
「そうか、君は詳しい人だと思ってたんだけどね。それでグラスは?まさか直飲みじゃないよね?」
叶斗からの質問にアークは笑う。
「そんなのはこうして作るんだよ」
アークはワインボトルを持っていない手で魔法を発動させる。掌に魔法陣が現れ、そこから少しずつ水が溢れ、形どりながら凍っていく。十秒もしない内に氷のグラスが作られた。ガラスで作られているものと遜色のないそれに叶斗は感嘆する。
「成る程、魔法使いらしい方法だね」
叶斗もアークを真似して氷のグラスを作った。しかし、出来上がった物はアークの物と比べるのも失礼な程に不恰好だった。
「ははっ、やっぱり君みたいにはいかないね」
叶斗は自嘲気味に笑った。
「最初はそんなものさ、俺も上手くいかなかった。だが、魔法の鍛錬を積んでいくうちにできるようになったのさ」
アークは叶斗をフォローするように微笑みながら喋った。そんなアークの様子を見た叶斗は信じられない物を見たような表情をした。
「君が僕に優しくするなんて、珍しいね。明日は土砂降り?」
「貴様は俺をなんと思うか?」
アークは叶斗を軽く睨みつけながら返答する。そんなアークを見るのが面白いのか、叶斗は楽しそうに少し笑った。
アークはワインボトルのコルクを抜いて、二人分のグラスにワインをなみなみに注いだ。
「それじゃあ、何を祝福して乾杯しようか。特にはないなあ」
迷うアーク。
「別に無くてもいいんじゃない。そんな堅い席でもないわけだし」
叶斗からの答えに、アークは納得した。
二人はグラスをそっと上に持ち上げると、互いの目を見ながら乾杯と呟いた。
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