(6)


 呆れた表情の先生に怒られたのは、お風呂も上がってもう寝るだけになった頃。きっかけは、お風呂から上がってきた先生から、私が思いっきり目を逸らしてしまったから。


「あのなぁ、あからさまに意識しすぎなんだよ。そんなにされるとこっちまで意識するわっ」


「ごめんなさい……」


 怒られても当然といえば当然。私は、先生の部屋に帰ってきてから一度も先生の顔をまともに見れていなかった。それはもちろん、昨日を思い出してというのもあるけれど……理由はそれだけじゃない。


 藍が化粧水入れておいたと言っていたので、化粧水をさがしたら、しっかり…避妊具まで入っていたのだ。


 あの子ってば、あの子ってば、あの子ってば!!! ほんとにもうっ 先生がお風呂に入っている間に何考えてるの! とメッセージを送ったら、全く詫びれていないメッセージが届いた。


『あげるから一個くらい持っときなよ。あと、もう遅いかもだけど、ピル飲んでるのすぐには言わないほーがいいよ。そういうの知ると一気に適当になる男もいるから』


 “そう言うのを知ったら適当になる男”その言葉が目に入った途端に、心の奥が一気に熱を失った。きっと先輩は……そういうタイプの人だったのだろうと思い至ったから。


 藍は、今飲んでいる途中のピルのシートもちゃんと入れてくれていた。本当に実に優秀な妹だ。お泊りの準備にかけては。じっと今飲んでいるピルのシートを見つめる。今日飲むのが14番で、丁度半分飲んであることになる。私の周期では、26番を飲む日に生理が来る。


 色々な事が先生に筒抜けな私だけど、さすがにこういう話はしていない。


 私の月のものは、高校1年の2月で一旦止まってしまった。私が自分で思っていた以上に、私の心と身体は道又先輩の事がショックだったらしい。大学に行ってから再開したけれどいつまで経っても周期が安定しなくて。3ヶ月来なかったと思えば、生理痛が酷い上に2週間以上も続いたりして、大学にすら行けない時がある私を心配した母に受診を薦められて、婦人科に行った。


 そして基礎体温のグラフがガタガタで、ホルモンバランスを整えるためにピルを飲む事になった。今でも習慣で基礎体温は計ってるけれど、さすがに体温計までは入ってなかった。


 ピルのお陰で今の基礎体温はすっごく綺麗なグラフ。生理の周期はピルを飲んでいるから当然きっちりで、生理痛もほとんど無い。でも、これらの情報を活用するような生活に私は全く縁が無かった。


『まだ若いんだから、いつか子供を産むときのために治療しておいた方がいいのよ。子供が欲しいと思ったときにはじめても、手遅れになるかもしれないんだから』


 そう婦人科の先生に言われたときでさえ、自分はそんなものには一生無縁だと思っていたのに……その相手が先生だなんて。確かに私はずっと先生の事好きだったけど…… 先生への恋は、ずっと好きだなんて言葉にしたことも無ければ、実際に付き合う事なんて全く想定したことが無かったプラトニックなものだった筈なのに。


 6年ぶりに先生と会ったら、あっという間に付き合う事になって、距離が近くなって、正直頭がついていけていない。先生との間に時々漂う、甘い空気に流されて良いのかわからない。


 昨夜の先生とのことと、避妊具、そしてピル。今そういう雰囲気になってる訳でもないのに、私は先生の事をまともに見れないでいた。


「このくらい、覚悟して付き合ってるから気にするなよ。お前が、フツーに男と過ごせないのなんて7年前から知ってる」


 覚悟ってそれどんな覚悟なの、と思っているのを読んだように先生は言う。


「当分おあずけ喰らうのは覚悟の上だけど、別に俺、草食系とかそういうんじゃないから。その辺は…まぁ覚えとけ」


 あの、そんなにさらっと肉食宣言しないでくださいと思えど口に出せない。


「さ、寝るかな。お前ベッドで寝な」


「え?」


 思わず見上げると、先生は視線でソファを指す。


「俺は、こっちで寝るから」


「え、でも……」


「一緒に寝んの、お前怖いだろ」


 そんなこと無い、そう言いたいのに昨日を思い出すと不安になってしまう。だけど、先生に抱きしめてもらうのは凄く好きで、キスするのも好きで…… 昨日だって、あのまま先生に導かれるままに最後まで出来るんじゃないかとすら思ったのに。


「先生」


「ん?」


「ぎゅうってしてくれる?」


 そう尋ねると、軽く抱き寄せられられた。そのまま、先生の背中に腕を回してぎゅうとしがみつくと、頬を摺り寄せた先生の胸から聞こえる鼓動がいつもよりちょびっと早いのが判る。


 先生も緊張してたり……するのかな? 先生はいつも余裕そうに見えていたから、なんだか可笑しくてふふっと小さく笑う。


 やっぱり、好き。大好き。


「せんせ……朝までこうしてられる?」


「朝まで、こうしてたい?」


 耳元で低く響いた優しい声に、先生の腕の中で頷いた。


「何もしないから、一緒に寝ようか」


 先生の言葉に答える代わりに、ぎゅうっと先生にしがみついた。




 先生は、約束通り何もしなかった。


 ただ私のことをずっと、朝までずっと、抱きしめていてくれた。

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