1話

 少しばかり試験当時の自分を恨みながら二年生の教室のある三階に上がっていく。確かに一年のクラスメイトには秀才や天才みたいな人間がいたし、よく質問もしていた。だが自分としてはとてもではないがAクラスの実力があるとは思えない。

 すると、階段を上がってすぐの所にAクラスがあった。

「おいおい、何だこれは?」

 正直、素直にそう思ってしまう。まず広さが違う。一年の時に比べて最低でも三倍、もしかするともっとかもしれない。これだけでも自分の教室の概念から十分に逸脱している。

 いやいや、もしかしたらただ広いだけかもしれない。きっとそうだ。

 そんな希望は扉を開けた瞬間に脆くも崩れ去った。

 天井はガラス張り、絵画に観葉植物、個人にリクライニングシートとぱっと見ただけでも教室に不相応なものが並んでいる。

 なんだこれは? 俺の部屋より豪華なんだが。こんな環境で集中できるのだろうか。

「あれ?もしかして宮下君?」

 自分のこれからの学校生活に一抹の不安抱えながら呆然としていると、後ろから声をかけられる。

「あぁ、木下さん。おはよう」

 声をかけてきたのは木下優子さん、元クラスメイトでよくわからないところを質問していた女子だった。

「驚いた。宮下君ってAクラス入れるほど成績良かったかしら?」

「自分が一番驚いてるって。よほど進級試験の出来が良かったらしい」

「でも大丈夫なの?歴史はともかく、ついてこれるの?」

「善処します。まぁまた一年間お願いします、木下先生」

 もぉ調子いいだから、と言いながら木下さんは彼女の席(俺の席の隣だった)に座る。

「と言うかココまでくると逆に集中できないな」

「そうかしら。此処にいる人たちは今までの成績が評価されているのだし、当然じゃないかしら?」

 木下さんはすごいな。もう順応してるらしい。

 そうこうしていたらクラスメイトも集まってきていたようで、チャイムが鳴り学年主任の高橋先生が入ってくる。

「皆さん進級おめでとうございます。担任の高橋洋子です。よろしくおねがいします」

まあ丁寧なことで。

「この教室の設備は学習資料はもちろん、冷蔵庫の中身も学園が支給いたします。ほかにも何かあれば申し出てください」

 ここは高級ホテルか何かか?というかもう隣で木下さんが紅茶を淹れてるんだが。

「まず、クラス代表の紹介です。霧島翔子さん。お願いします」

「……はい」

 そういって前に出てきたのは霧島さん、これまた俺の一年のときのクラスメイトで、よく木下さんとともに問題を聞きに行っていた正真正銘の天才。Aクラス代表なのだから学年主席だ。美人で何かと男子は話しかけられずに居るらしいが、話してみると結構楽しい人だ

「……霧島翔子です。よろしくお願いします」

 まあ霧島さんはどっちかって言うと無口だからかそれだけで引っ込んでしまった。

「では、まずは自己紹介からしてもらいましょう。廊下側の人からお願いします」

 と、新年度恒例自己紹介が始まっていく。といっても顔なじみが結構いるので聞き流す程度だが。

「……はい、では次、宮下君お願いします」

おっと俺の番が回ってきたようだ。

「はい。元B組の宮下です。得意科目は歴史と英語、趣味は読書です。よろしくお願いします」 

「はい、ありがとうございます。では次の……」

 ふぅ、こんなもんか。

 実は俺は学校ではミリオタであることを隠している。

 まあこの日本という国では軍事=悪という考えが敗戦から根付いている。国防を考えるべき政治家などさえこの考えで、自衛隊の交戦規定が決まっていないくらいだ。

 その考えが一概に悪いとは言わないが、そんな所で自分が軍事に興味がある、などと言えば大体の結末は見える。

 やれ「ネトウヨ」だ、過激だ、犯罪者予備軍だといわれるのがオチだ。

 現に中学ではいろいろ苦々しい経験も多かった。

 などと思っていると、最後の一人が自己紹介を終えるところだった。

「皆さん終わりましたね。では皆さん。これから一年、霧島さんを代表に協力し合い、研鑽を重ねてください。これから始まる『戦争』で、どこにも負けないように」

 『戦争』か。ずいぶんとばっさり言うのな。

 『試験召喚戦争』、この文月学園が導入している言ってしまえばテストによる教室の奪い合い制度だ。テストの点数に応じた能力を持った召喚獣でクラス単位で戦闘する。

 公式見解としては「これにより生徒同士の競争を高め、学力向上を図る」とのことだ。

 俺としても、これが面白そうでここに進学したのだが。

 テストの点が直接戦力になるこの制度上、現時点においてこのAクラスは二年に置ける最高戦力ということになる。現に周りを見ても「当然自分たちが勝つ」といわんばかりに、皆一様に自信満々にうなずいている。

 俺は正直、この状況にかなりの不安を感じた。


 これが『戦争』というのなら。


 戦力と勝利はイコールではないのだから。





 などと偉そうなことを言っている時期が自分にもありました……

 時は流れて今は一時間目が終わった小休憩。そこで俺は机に突っ伏していた。

 何でってやはり授業の進行が早い。体感として一年の二倍以上だ。

「だいじょうぶ?ついてこれてる?」

 横を見ると木下さんが呆れ半分苦笑半分といった表情で声をかけてくる。

「何とか。だいぶ全力疾走だけど」

 西村先生の言ったとおりついていけないわけではない。だが少しでも気を抜くとどんどん先に進んでいくので、全く気が抜けない。因って大変疲れる。

「あはは。だいぶ疲れてるね」

 不意に後ろから声をかけられ振り返ると……

「えっと、確か工藤さんだったかしら」

「そう、工藤愛子。愛子でいいよ。で、彼はどうしたの?」

「……たぶん授業についていくのがやっとで疲れてる」

 おう霧島さん厳しいっすね。つか、何時からいました?

「……大丈夫。私たちは仲間。分からない事があったら聞いて。」

 霧島さんの頼もしい言葉とともにチャイムが鳴り次の授業となり高橋先生が入ってくる。

「皆さん、Fクラスが先ほどDクラスに試召戦争を仕掛けました。教員はそちらに回るので、自習をしていてください」

 早くも戦争を吹っかけたクラスが居たようだ。

『Fクラス?!』 

『あの馬鹿共何してるんだ!!』

 クラスのみんなもかなり騒がしくなる。

「あの馬鹿何してるのよ……」

 木下さんまでぼやいている。

「あの馬鹿ってFクラスに知り合いでも居るの?」

「はあ。双子の弟がね」

 ああ演劇部に居るとか聞いたことあったな。

「というよりFクラスは自滅したいのかしら?今やったら戦力差は歴然じゃない!」

 まあ普通はそう思うだろう。 

 だがそれは同時にDクラスの戦力も振り分け試験の時のままだから、今Dクラスなら一教科90~120点くらいだろう、と敵の戦力も予測しやすいだろう。それはひとつの利点と言えなくもない。

 Fクラスが圧倒的不利には変わりないが。

 すると、出て行ったと思っていた高橋先生が声をかけてきた。

「宮下君。学園長があなたを呼んでいます。付いてきてください」

「自分ですか?」

 はい、といって先生は教室を後にしようとする。

 俺は木下さんからの視線を食らいながらも、急いで先生と共に教室を出た。

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