第7話 黒にもっとも近いブルーへ

「初めまして、わたしはナルミアっていいますっ」


 深々と頭を下げる少女はそれはそれで可愛かった。

 なんだろう。見た目には清楚でおしとやかっぽいのに口調がはきはきしてて、そのギャップ萌が分水嶺で揺蕩たゆたっている。


「で、こっちが……」


 ナルミアの召喚によって彼女のかたわらが輝き、少女の姿に収束する。


「はいにゃ! お喚びでしょうか?

 御主人たま!!」


「そのくだりはもういいから」


 と、アリーチェに機先を制されて、


「ミクス。紹介するわっ。

 新しい救世主、シュンタよっ」


 とナルミアがミクスに状況を説明する。

 状況と言っても単に自己(他己か?)紹介をしているだけだ。


 俺達が今、居るのはヴェストラッドの小さな宿屋の一室――もちろん俺の分とアリーチェの分とは別に部屋をとってある――だ。


「これはまた……真っ黒黒じゃないですかにゃ?」


「しょうがないでしょ。

 どういうわけだか、そうなっちゃうんだから」


 アリーチェが答えるが何のことだかうっすらとしかわからない。

 小首を傾げた俺を見て、


「シュンタには話してないの?」


 と、ナルミアがアリーチェに問いかける。


「なんとなくね……」


 とアリーチェは言葉に詰まる。

 しばしの沈黙。


 状況を打破するのはミクスだった。


「アリーチェたんは、救世主熱望症という病気なのにゃ!

 古代から伝わる文献に載っている召喚術で、この世界を救う人間を別の世界から呼びよせるのが趣味とも言うお人」


「えっ!? 他にも何人もいるのか?

 俺みたいに喚び出されたって奴が?」


 沢山居たとして、どこで何をやってるんだろう。

 俺のポジションって唯一無二の絶対救世主っていう立ち位置じゃなかったら少しばかり残念な状況になる。


「そんなにいないわよ。シュンタの他には一人だけ。

 で、そいつも黒い髪と黒い目をしてたんだけどね」


 アリーチェが思い出したくもないという口調で言う。


「喚びだした恩も忘れて、帝国に寝返ったのにゃ!」


「で、さっきから気になってるんだけど……。

 いきなり現れたこの耳の生えた生き物お方は……?」


 文字通り、何もないところから現れたのだから人間ではない可能性が高い。

 召喚獣、こっちの呼び方では幻獣?

 でも、耳や尻尾や恰好に多少おかしなところはあるが、それ以外は人間にしか見えない。


「ああ、このミクスはわたしのパートナーっ。

 スクエリアでは五本の指に入る幻獣よっ」


 とナルミアが言うと、ミクスが満足そうに胸を張る。


「ということは、それを喚びだせるわたしも、スクエリアで、いえ、世界でも5本の指に入る召喚士ってわけなのよっ!」


 ナルミアも負けじと胸を張る。

 ひとしきりその体勢で間をとってから、ミクスの顎に手を入れて撫で回す。

 ミクスは撫でられてごろごろと喉を鳴らしている。尻尾もゆらゆらと揺れる。耳もぴょこぽぴょこ。


 ミクスという獣人? は……。

 詳細を述べるのは別の機会としてここでは避けるが、外見だけを見る限りではセクシー要員?

 中身は、ちょっと足りない娘っぽいが。


 幻獣にもいろいろいるようだ。

 怪物モンスターみたいなものから、蜥蜴人間、アリーチェの飛竜。

 みんな違ってみんなそれぞれに素敵だ。


「五本にゃ? ライオールたん、アリーチェたん、ゼッレたん、アクエスたん……」


「次はわたしでしょっ?

 っていうか、ゼッレやアクエスの幻獣よりミクスのほうが強いじゃない!?」


「でも、ゼッレたん達は、なんかとんでもない幻獣を手に入れたのにゃ……」


 とんでもない幻獣……。

 甲機精霊マキナ・エレメド。ファイスとマーキュスのことだろう。

 俺の持つガイアスと唯一……唯二か? 互角に戦える巨大ロボ。


「せっかく和平への道が繋がりかけてたのにね……」


 アリーチェが憂いを込めた表情を浮かべて呟いた。。

 経緯は少しだけ聞かせて貰った。


 そもそも……、戦争状態にあると言っても、それは互いの主張が食い違っているだけで、帝国フラットラント同盟スクエリアも戦争そのものを望んでいるわけではない。と多くの人は認識している。

 どうして戦端が開かれたのかは知らないが、それは些細なきっかけだったという。

 だから、お互いに一時休戦を行う機会を得ようと考えていたりもする。

 ああ、平和じゃないって面倒なことだ。


 で、今現在の状況としては、帝国も同盟もお互いに積極的に相手を攻めようという動きは影を潜めて膠着状態に陥っている。

 いやまあ、それって良いことなんだから『陥る』というのは適切な表現ではないかもしれないが。

 とにかく、話し合いを持つチャンスというか、それにふさわしい時期であったというのも事実。

 なのに……、甲機精霊マキナ・エレメドの召喚を行って戦力の飛躍的な拡大を図る帝国軍。

 召喚士を育成したり――それはスクエリアでもやっていることだが――、戦略上の重要拠点に要塞を建設したりと、交戦の姿勢、戦力の増強を図るスタンスは崩していない。

 要塞を築くのは自衛のためでもあり、スクエリアとしてもあえて手出しはしなかったらしい。

 それを黙認することで、相手を交渉のテーブルに着かせることも出来るだろうとの判断だ。アリーチェがそれをしたのか、スクエリアに居るというお偉いさんが決めたのか知らないが。

 スクエリアとしては、休戦への道を繋ごうとしていた。

 が、帝国はそれを裏切った形だ。

 甲機精霊マキナ・エレメドは、潜在的どころではなく、かなり目に見えた形での脅威となる。スクエリアにとって。

 過ぎたる力は人間の欲を刺激して新たな争いの火種となる。とはアリーチェの言。


 そんなこんなで、なんとなく世界情勢に詳しくなりつつある俺だった。全部アリーチェの受け売りっちゃあ受け売りだけど。

 世界史の授業なんかよりはよっぽどためになるし、覚えやすい。


「で……、挨拶もそこそこなんだけどっ。

 早めに街を出た方がいいと思うわよっ」


「そうにゃのら!

 ハルキの奴が、追って来ているはずなのにゃ!」


 その名を聞いて、まさかな……という思いが胸を掠める。


「とどめを刺しておいてくれなかったの?」


 と、半ば真顔でアリーチェがミクスに言う。


「人間相手は好きじゃないにゃ」


 とミクスはそっぽを向いた。


「というわけで……」


 とアリーチェが俺に向き直る。


「荷物はまとまってるでしょう?」


「ああ」


 荷物と言っても、この世界に来たときに着ていた服やら、この街で買った着替えやら――ついでにそれを入れるカバンやらも買った――が多少あるぐらいで、大した量ではない。


 ナルミア達が合流してくるのを待つためにほんの数日ほど滞在した町だったが、どうやらこれでお別れのようである。


 次なる街へ向かう。


 その途上には、なにがしかの困難や障害、新たなる戦いが待ち受けていそうで……。




 という予感は、半ばあたり、半ばはずれた。


 次の街への途上と言えばそうなのだが、宿を出たところで待ち構えていた者が居た。


「ひゃっはー!!

 全滅全滅!!

 水色扇弾幕アクアブルー・デスエリア!!」


 待ち構えていただけではなく、明らかな悪意をもって攻撃を仕掛けてくる。


 突き出した腕の間から、放たれた無数の粒状の物体が……。

 宿を出た直後の俺達――アリーチェ、ナルミア&俺――を襲う。


 それを食らわずに済んだのは、アリーチェが俺の体を突き飛ばしてくれたからに過ぎない。

 マシンガンの弾幕のように放たれる攻撃は途切れることなく、執拗に俺達を狙うが、アリーチェが喚びだした飛竜に遮られる。


 翼を広げた飛竜を盾にしながら、


「こんな街中で!!

 何を考えてるの!」


「卑怯にもほどがあるっ!

 ミクスっ!!」



 アリーチェとナルミアがそれぞれ叫ぶ。


「さっきぶりだにゃ!

 えっとお……?」


 再び姿を現したミクスにナルミアは、


「見りゃわかるでしょっ!

 ハルキよハルキ!

 街中で飛竜なんて暴れさせたら被害が大きいわ。

 それでなくても召喚士に対する風当たりが強くなってきてるっていうのにっ!」


 その大声での不満を最後まで聞くことなく、ミクスは飛竜の陰から躍り出た。


 飛竜を撃ち続けていた弾幕音が途絶えた。


 敵――追っ手? それは俺の旧知の人物である可能性が高まっている――の相手をミクスが務めてくれているのだろう。


「ここは、わたしたちミクスに任せてっ!

 アリーチェはシュンタと一緒に先へ向かってっ!」


 では、何のために合流したのか? という疑問がよぎったが、まあそれはおいておいて。


 飛竜の召喚を解除したアリーチェが走りだすのを俺も追った。


 走りながら……、ミクスとやりあう相手の姿を見て確信する。

 ちゃんと顔が見えたわけじゃない。

 髪型だって変っているだけど……。

 あいつは、あいつを俺が見間違えるわけがない。


 丼ノ上どのうえ温生はるき

 俺の……元の世界での無二の親友……だった。一年ほど前までは。


 ハルキ……、やっぱり生きていた……。こっちの世界で……。

 なのに……なんで敵同士なんだ……?


 しかも、卑怯キャラって……。



 ◇◆◇◆◇




 走りゆくアリーチャとシュンタを見届けながら、ミクスはハルキと交戦状態に入った。

 ミクスの召喚主であるナルミアは、その場に居座りながらも安全地帯へと避難する。

 物陰から一人と一匹の戦いを見守る。


「食らえっ! 俺の新技!!

 疾走するオーバードライブ・蒼の奔流ブルーストリーム!!!!」


 ハルキが振り上げた手を振りあげ、下ろす。

 その先には、長く蒼い鞭のようになったゲル状の物質。


 鞭の先端がミクスを打ち据える。


「名前にゃ見かけにゃ変わっても、やってることは同じだにゃ!!」


「そうよっ! ミクスっ!

 基本的に馬鹿の一つ覚えなんだからっ!!」


「ごちゃごちゃとうるせー!!

 食らえ!!

 疾走するクロスド・蒼の奔流のブルーストリーム・無限交叉オーバードライブ!!!!!!!!」


 大仰な名前だが、それまで一本だった鞭を両手から伸ばし二本に増やしただけである。

 絡み合う二匹の青い蛇――比喩的表現――ミクスの体をしたたかに打ち付けるが、致命的ダメージには至らない。


「ペシペシペシペシッ、うっとおしいにゃ!!」


 ミクスが気弾を放つ。直撃してもハルキの命を奪わないように威力は加減してあった。

 が、ハルキは、


「ふんっ!」


 と気合一発。

 腹から、青い球体を放ち、気弾を相殺する。

 そして後悔する。


(しまった……。

 ついとっさに蒼の奔流オーバードライブじゃない技で回避しちまったが、二本の鞭を手元に戻してらせん状に絡みあわせて気弾を防いだ方が、かっこよかったんじゃあ……。

 名付けて……『絡み合う蒼の奔流スパイラル・ブルー』とか)


 そんな、ハルキの思惑を知ってか知らずか――、どうでもいい迷いを生じて動きを止めたハルキの隙をついてミクスが突撃を敢行する。

 遠距離からの攻撃では、ハルキの防御を崩すことは難しい。

 かといって接近戦に持ち込めばなんとかなるという問題でもないのだが、この時のミクスはそれを選択した。


 待ってましたと言わんばかりに、ハルキは二本の鞭でらせんを描く。

 それをもってミクスに対するバリケードを築く予定だったが、発動のタイミングが遅れたためにミクスを巻き込む形になった。


「結果オーライ!!

 お前は、俺の蒼い奔流の監獄ブルーストリーム・ジェイルに捉えられた!!」


「結果オーライってどういうことなのよっ!」


「ご主人たま……。

 残念ながら、ミクスはここまでのようですにゃ。

 こう、がんじがらめにされてしまったら身動き一つとれませんにゃ……」


「はっはっはっ!

 正義は勝つ!!」


 誇らしげに胸を張るハルキだったが、次の瞬間。


 体中を覆う蒼い鞭に囚われたミクスの体が消滅する。

 そして、ハルキの背後に現れた。


 幻獣だからこそ為し得る、それを喚ぶものが一流の召喚士だからこそ為し得る瞬時の召喚解除と再召喚による瞬間移動である。


「貰ったにゃ!!」


 ミクスが、ハルキの後背から首筋に向けて手刀を放つ。

 それは単なるチョップであってもミクスの身体能力をもって放てば一撃必殺の最終奥義となりえる。相手が単なる人間なのであれば。


 どすん……、と鈍い音を立ててミクスの手刀がハルキのうなじを捕えた。


「一丁上がりにゃ!

 殺すには忍びないから、これはここにほおっておくにゃ!」


 崩れ落ちかけるハルキの体を見下ろしながら、ミクスはナルミアに完了報告を……。


 だがハルキの体が地面との抱擁を交わすことはなかった。


ってえな!!」


「まさかっ!

 ミクスの一撃を生身で耐えて見せるなんてっ!!」


「ふっ!

 まさか、この俺の力をここまで引き出せる奴がライオールの他にも居たとはな!!」


 ハルキは、鞭を消し、新たな武器を喚んだ。

 ハルキが構えるは両手で抱えるのがやっとという巨大大砲。


「俺の名乗る最強が、自称ではないってことを教えてやる!!

 茄子紺のインディゴ・不可避巨大砲弾バスターキャノン!!!!」


 砲口から、その名の通り、直径数メートルに及ぶ弾丸が発せられる。

 その色はもはや紺を通り越して、黒に近い。


『絶対に逃げられない』……。

 それは意味する。ミクスに向かう砲弾。それの持つ威力。

 躱せば、街への被害は甚大なものになるだろう。

 ならば、ミクスに取れる策は一つだけ。

 自らの魔力を限界まで消費してでもそれを受け止め、可能であるならば虚空へと弾き返す。


「うぅぅぅぅぅ、うにゃあ!!」


 が、ミクスの気合もむなしく、踏ん張りきれずにミクスの体は吹き飛んだ。

 それでも砲弾の軌道を――瞬時の機転で――水平方向への軌跡から地面へ向けて飛ぶように修正できたのは僥倖。ミクスが一級の戦闘センスを持つ幻獣であることの証左だ。


「ミクスっ!!」


 ナルミアが危険を顧みずに物陰から飛び出して、ミクスへと駆け寄る。

 抱きかかえる。


「ふんっ!!

 旧知のよしみだ。

 とどめは差さねえ。

 回復したらまた何度でもかかってくるんだな。

 返り討ちにしてやんよ!!」


 ハルキはナルミアとミクスに背を向けて歩みだす。


 幸いにして命に別状はないようだった――それはハルキが手加減をしたのか、単にミクスの才能と能力がそれを紡いだのかはわからなかった――が傷つき倒れたミクスに呼応してほとんどの魔力を使い果たしたナルミアにはハルキの背中を見つめることしかできなかった。

 もうひとつ出来ることといえば。

 シュンタの才能、ガイアスの性能を信じてハルキを撃退することを願うことだった。

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