第3話 ラン・ラン・ラン

 痛快爽快だった。


 俺の選んだ道は間違っていなかった。と確信したりしなかったり。

 ツインテール大成功!! 髪の色がピンクってのがまた素晴らしい。

 白髪はくはつ神官も捨てがたかったが、やはりメインヒロインはピンク髪というのが俺の偏った嗜好であったりする。うん、偏っているのは承知千万だ。


 ほとんど会話を交わしていないが、ツインテールメインヒロイン候補――アリーチェ――に対する恋心(ほぼ妄想)は膨らむ一方だった。


 神殿を逃げ出した俺の針路を塞ぐ者はほとんどいなかった。


 大通りを走り――それがほぼ最短距離だったのだろうけど、狭い路地なんかに入って破壊の限りを尽くさないように配慮して先導してくれたアリーチェには感謝した――街の入り口(出口?)にまで到達する。


 その途中で蜥蜴人間みたいなのが足にまとわりついて来たり、人の背丈ぐらいはある狼的なモンスターやら、やっぱり爬虫類っぽい魔物的な奴が凍える息を吐きかけてきたり。

 と、ほそぼそとした抵抗はあったが、痛みも冷たさも感じない。

 それらの雑魚キャラに構う必要すらなかった。

 ただ、走るだけでそいつらは蹴散らされたのだ。

 加えて、ツインテールちゃんの乗る飛竜が炎を吐いて俺の針路を拓いてくれる。

 余計なお世話ではあるが、躓いて転ばないようにという気遣いなのかもしれない。

 気の利く少女だ。


 俺はただただ走っていた。

 なんとなく、最強という二文字を手に入れてしまった自分を意識しながら。

 そう、現時点で、異世界召喚の瞬間から俺は最強なのだ!

 まあ、俺自身の力ではなく乗っている? ロボットの力なのだが。



 ◇◆◇◆◇



 黒い巨体ガイアスが走り去っていくのを確認したナルミアは、精神を集中させた。

 頭の中に、円を描き、その円を呪文様で埋めていく。彼女の意思の力で紡ぎだされるのは召喚魔法陣。この世界の人間がただ一つ持つ戦うための術。


 彼女の目の前で人型の光が収束していく。


「はいな! ご主人たま!

 おびでしょうか!?」


 光は、ひとりの少女――のような何者か――に姿を変えた。


「用があるから喚んだに決まってるじゃないの、ミクスっ」


 ミクスと呼ばれた少女は、手を叩いて応じた。


「それはごもっともなご意見で!」


 かけあい漫才を繰り広げる二人。いや二人と一匹。


 ナルミア・アフェットは、召喚士同盟スクエリアに所属する一級召喚士。

 高い戦闘力を誇る亜人を呼びだせる希少な存在だ。

 おっとりとした表情を浮かべていることも多いが、それは見た目だけに過ぎない。さらに言うならば、若干の幼児体型気味ではあり派手さもないが、男好きのする風貌。清く正しい交際向きな清楚系おっとり少女――性格はその限りではない――である。

 18歳になったばかりの彼女は、自らがび出した幻獣、ミクスに命令を下す。


「逃げてった黒い奴は、アリーチェがついてるから大丈夫だとは思うけど。

 敵の新戦力の力を測るチャンスなのよっ」


「はにゃ? 新戦力……。

 金髪のお兄たんライオールがまたなんかやらかしたんでしょうか?」


 喚び出された側の幻獣、ミクスは耳をぴょこぴょこさせながら、ナルミアに問いかける。そう、ミクスは人と同じような容姿をしているが、れっきとした人外なのである。種族的な意味でも、その生命の根源的な意味でも。


 彼女の姿は半裸に近い。

 獣人タイプのミクスは、猫と人間の混血のような姿をしている。亜人にカテゴライズされた他の幻獣たちに比すると飛びぬけて人間の割合が大きいが。

 胸と腰の部分はビキニの水着のようにふわふわの毛皮で覆われている。それ以外はごく普通の肌色の素肌を晒している。寒かろうが暑かろうが。オールシーズン。


 召喚の標準オプションとして鎧や武器を携えて姿を現す幻獣も多いが、ミクスに限って言えばその限りではない。

 後は手首から先と足首あたりから下が猫――というよりは巨大なネコ科肉食獣――そのものだが残りの部分は人間と変わらない。耳と尻尾を除いては。

 オレンジと黒のメッシュの頭髪から覗く耳は彼女感情に応じて様々な動きをする。

 もっともその動きのパターンと彼女の感情を結びつけるのは主人であるナルミアにとっても容易なことではなかった。


「百聞は一見にしかずっ」


 ナルミアがミクスに視線で合図する。

 ミクスがナルミアの視線を辿る。


「うおぉぉぉ! でかい、でございます!

 ご主人様!!

 まさか、あれの相手をしろと!」


 ミクスの視線の先には、歩くと走るの中間の動作で迫りくる二体の巨大な姿があった。 ガイアスを追う赤色のファイスと青色のマーキュスである。

 幻獣と言えども、そのほとんどが人間と大きさが変わらないか小さい。

 例外としては、アリーチェの飛竜などの存在がごくわずかにいるだけである。

 ミクスが、甲機精霊マキナ・エレメドのでかさにおののくのも無理は無い。


「そうっ」


 こともなげにナルミアは言い放つ。


「どっちかだけ……ってわけにはいかないのにゃ?」


 二体同時に相手をするのはミクスと言えどもさすがにきつい。


「できればどっちも引き受けて欲しいんだけどっ」


 ナルミアは妥協を許さない。そんな主人の性格を知り、慣れ親しんでいるからこそ、ミクスは、


猫缶cat food二つで引き受けました! のにゃ!!」


 一体、ひと缶の計算だろうか。猫缶ふたつの二つ返事。


 叫びながら、ミクスが四足歩行でファイスとマーキュス目がけて駆けていく。

 実際は二本脚で走った方が早いのだが、四足で走ると全力感が醸し出せるという理由から、ミクスはやっつけ仕事じゃないのにゃよということを表現するために、たびたびこの走法を使う。


「ミクス! 邪魔しないでください!!」


 アクエスがミクスを視界にとらえて、足を止める。


「その声は……、アクエスたん?

 立派なお姿に?」


 半ば意味不明なつぶやきを放ちながらもミクスはマーキュスの足を駆け上ると頭部に飛び蹴りをみまった。

 が、マーキュスの体はおろか頭すらもびくともしない。

 幻獣の中では、最上位に属する戦闘能力を持つミクスであっても、甲機精霊マキナ・エレメドの高い防御力を貫くことはできなかった。


「アクエス! 雑魚にかまうな!

 ガイアスを追うんだ!」


 ゼッレがファイスを駆りマーキュスを追い越しながら叫ぶ。


「そっちはゼッレにゃ?」


「『たん』付けで呼ぶな!!」


 自らの逆鱗に触れられ、先ほどのアクエスへの発言は遙か彼方に追いやってゼッレもミクスに対峙する。


 ファイスに追い回されながらもミクスは器用にその両足の間を走り回り、蹴ったり殴ったりひっかいたりと攻撃の手を休めない。

 挙句の果てには気弾のようなものを放って執拗にその装甲にちょっかいをかけ続ける。


「かまってるのはあなたでしょう!?

 あとでライオール様に報告しますからね!」


 アクエスは、ゼッレに向って叫ぶとミクスを無視して先を急ごうと踏み出した。

 ライオールへの告げ口を恐れたのか、我に返ったゼッレもミクスを追うのを止めた。


「すまんな。そういうわけで。

 お前らの相手をしている暇はないんだ」


「にゃな! 敵前逃亡!

 任務完了です。ご主人様」


「そんなわけないでしょう!?

 追うのよっ!」


「マジで!? にゃ?」


「今作戦の要旨は敵の足止めとその戦力の見極めよっ」


「かたっぽうは完璧に果たすことができました。にゃ!」


「完璧?」


「ミクスじゃあれにはかすり傷一つ付けることはできないにゃ。

 魔法使っても無理だったのにゃから……」


「じゃあ、無駄と知りつつ少しでも足止めするっ!!」


「ご、ご無体な……」


 遠く離れつつある二体の巨人をどこか間の抜けたやりとりで見送る一人と一匹。

 ナルミアはミクスに追えと迫るが、ファイスとマーキュスは既に遙か彼方へと遠ざかりつつある。


「そうはさせねえ!」


 ナルミア達の前に現れた新たな人物。

 放っておけばナルミア達は追跡を諦めて、立ち去った可能性が高かっただろう。

 にもかかわらず、誰にとっても何の意味もなさないタイミングで横槍を入れてしまう面倒な人間が約一名存在した。


「また厄介なのが……」


 ため息をつきながらナルミアは、巨人たちを追うのを完全に諦めた。心の限りに。

 アリーチェに先導されて走って行った黒の機体の機敏で自然な動きを見る限りにおいては、未だその動きにぎくしゃくとした違和感が醸し出される青と赤の機体に追いつかれる可能性は少ないだろう。

 それにアリーチェもついていることだ。あっちのほうは心配なし。

 問題はこっち。


 目の前に現れた新たな敵の相手を適当にこなして――ミクスにこなさせて――頃合いを見計らって引き上げることにしよう。と彼女は考えた。

 彼女らの前に現れたのは帝国の自称新鋭召喚士のハルキである。

 異世界では珍しい黒髪で、自身はそれを誇りにしている。

 姓は無い。本人が覚えていないのだ。

 ナルミア、ミクス、それにアリーチャも含め、同盟の召喚士にとって因縁深い相手である。 


「ミクス。相手してあげて。

 猫缶追加でひとつ上乗せするからっ」


「了解にゃり! 裏切りものにして最弱の召喚士!

 相手にとって不足だらけにゃ!」


 ファイスとマーキュスに対して手も足も出なかったつい今しがたの状況を棚に上げてミクスは叫ぶ。


「裏切ったのはそっちだろ! それに、『最』の後に続くのは『強』!

 一字違いで大違いだ!

 俺こそが、最強にもっとも近い男。

 帝国随一の最強さいつよ召喚士、その名はハルキ。

 またの名を、漆黒の召喚士サマナー


 ハルキが胸を張って見栄を切る。召喚士としての腕前はともかく、二つ名の命名センスには、恵まれていないようだ。


「誰があなたを裏切ったのよっ!」


 と言い返すナルミアに、


「あんな不味い飯を食わせておいて。

 あれが裏切りでなければなんなんだ!

 馬を射んとすれば、まずその将から!」


 ハルキは手で鉄砲の形――いわゆる田舎チョキ――を作るとその銃口をナルミアに向ける。


「食らえ! 百烈蒼丸ガトリング・ブルーブレッド!!」


 ハルキの指から、濃紺の弾丸が無数に――それこそ三桁に近い数の丸い弾が――放たれる。


「ミクスっ!!」


 ナルミアが叫ぶと、ミクスは一瞬にしてハルキとナルミアの間に現れた。

 召喚からの解放と再召喚。それを瞬時に行えば、瞬間移動のような芸当ができるのだ。

 自在に使いこなせる召喚士はわずかだが、ナルミアはその中に位置する実力を持っていた。

 己の役割を心得たミクスが弾丸をその体で受け止める。


「相変わらず卑怯にゃ!」


 召喚士が喚びだした幻獣に比べ、召喚士自身は驚くほどに非力で無力である。

 この世界の人間には魔法などという便利な芸当は使えない。

 使えるのはただ幻獣を喚びだす召喚術である。

 ならば、幻獣を討つのではなく召喚士を狙う。召喚士の意識や命が失われれば、喚びだされた幻獣は、この世界で存在し続けることができないのだから。

 それ自体は理にかなった行動ではあるのだが、この世界で戦う者たちにとっては外道の用いる戦術と認識されていた。

 騎士道や侍の魂といった崇高なものではなく、一般道徳としての問題である。


 しかし、それを教えられつも。

 外道を外道としりつつも意に介さないのが、最強を勝手に自負するハルキという人間である。


「卑怯も度が過ぎれば最強の修飾になるんだよ!」


 ナルミアへの攻撃が不発に終わるのを見て取ったハルキは新たな技の構えに入った。

 。


紺碧の巨大砲ネイビー・バスターキャノン!!」


 ハルキの両腕にエネルギーが充てんされる。それは巨大な砲弾と化してミクスへと射ち出された。


 背後には主人であるナルミアが居るために躱すことはできない。

 それを計算に入れてのハルキの攻撃は、卑劣でこそあれ効果は高い。


「うう、うにゃあ!!」


 全身をバネにして砲弾を弾き返そうもするも叶わず、ミクスの体が逆に弾かれナルミアもろとも吹き飛ばされる。


「ミクスの本気を見せてやるにゃあ!!」


 飛び上がるように立ち上がり、気合を溜め始めたミクスを、


「ミクスっ!」


 ナルミアが御する。ここら辺が潮時だろう。

 ハルキはリスクを冒してまで、倒すべき相手ではない。現時点では。

 戦略的にも戦術的にもこの会戦は、毛ほどの価値を持たないのだ。

 それを忘れるナルミアではない。


 ナルミアの命令はミクスにとって絶対だ。


「退くわよっ!」


 その号令を機に、ミクスはナルミアを抱えて走り去った。


 姿形は人とほとんど同じでも幻獣であるミクスの身体能力は人間であるハルキのそれを遙かに凌駕する。


「おい! 逃げんな!

 待て!!」


 ハルキは遠ざかるミクスに向けて指から弾丸を乱射するも、ミクスの速度はそれすらも上回る。


「くそ! 覚えてやがれ!」


 追う術を持たないハルキは相手を撤退に追い込んだにもかかわらず捨て台詞を吐くのだった。

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