第11話 ガイアスおつ?

 仕切りなおして改めて1対1という状況。

 ファイスを首尾よく下し、目的は果たせたというのに、あえて火中に飛び込んだ。

 この心境、自分でもよくわからない。だが、何かが変わり始めている。それだけは感じた。


 ガイアスVSマーキュス。


 先ほどの失敗――同士討ち、フレンドファイアの危険性――と同じ轍を踏まないために、ライオールはファイスを降りている。

 他の帝国軍の召喚士兵士達と固まっている。そしてすぐその脇には同盟側のアリーチェとナルミアがいる。


 呉越同船的な状況。だが、やはり道徳観に秀でた人種なのか、皆が紳士的で争いが起こりそうな気配はない。普段は激しい戦闘を繰り広げている両陣営だというのに。

 衆目はただ、俺とアクエスの決闘に注がれている。。


 その、戦い。

 既に始まっている。始まってはいるが……。

 攻撃に出ているのはマーキュスのみ。ガイアスは、先ほどのファイス戦の序盤と同じく無為にダメージを蓄積していくだけだ。


 俺のストレスは溜まる一方。


 一戦目ではまだ、相手がライフルを持ち出したあたりから緊張感も増して戦い甲斐もあった。結果として勝ちをおさめたことへの爽快感もあり、一旦ストレスは吹き飛んだが。


 マーキュスは延々と、距離を取って苦無くない投擲とうてきという、地味な戦術を繰り返している。延々と。飽きることもなく延々と。


 そのイライラが俺に不満を、心の内をそのままに叫ばせていた。


「結局、お前も逃げるばっかりかよ!

 えらそうな口を叩いておいて!」


「そちらこそ!

 そうやって減らず口を叩いていられるのも今の内だけですわ!」


 アクエスの口調には自信がみなぎっている。負ける要素は一つもないと言わんばかりだ。


 その間も、苦無がガイアスにコツン、またコツンと命中し続ける。

 アクエスが苦無を同時に出せる(召喚できる)のはせいぜい2~3本のようだが、命中――あるいは回避されたなどの消費を――したと思ったらその苦無の召喚を解除する。

 そして手元に新たな苦無を召喚して次の攻撃に備えるというプロセスを踏んでいるという。

 いわば無限に使用できる遠隔攻撃用の武装だろうと、戦う前にアリーチェに聞いた。


 威力は大したことはない――それは俺が甲機精霊マキナ・エレメドに乗っているからであって、他の幻獣ではこの苦無一本のダメージですら致死性らしい――が、鬱陶しいことこの上ない。


 そして、何とか捕まえようと、距離を詰めようとあがいてみてわかったことだがマーキュスの行動速度、移動の素早さはガイアスを凌駕していた。

 どことなく鈍重なフォルムを持つガイアスは如何に、<HRSS>のサポートがあれどもその性能以上の移動速度スピードを俺に与えてはくれない。


 短距離走をやれば確実にガイアスはマーキュスに破れるだろう。


 となれば持久戦。俺が、ちくちく攻撃に敗れて魔力を尽かしてしまうのが先か。

 アクエスが苦無を召喚するだけの魔力を失ってしまうのが先か。


 だが、アクエスの口からこぼれた奥の手の存在が気にかかる。

 ブラフではないだろう。


 あの場面でありもしない『第弐段階の武装の力』なんて言い出す必要性は全くなかった。

 俺がその謎の武装に立ち向かい、それを見極め、打ち破るのを望んで交渉に乗っかって決闘を受けるなんてアクエスとしては想像もしていなかったはずだ。

 あれはおそらく、ライオールを説得するのに必要な材料だっということだろう。


 そして、計算高い知謀に富んだ――とアリーチェからも聞いた――ライオールがアクエスの申し出を受け入れた。俺との決闘を許した。

 ということは、勝算は帝国あちら側にある。



 地味で盛り上がりに欠ける戦いを続けながら。

 俺は飛来する苦無速度になれ始め、その軌道を見極めつつあった。元々直撃しても大したダメージにはならないが、それでも多少の不快感と、徐々にではあるが魔力が消費してしまっているという情報を得ている。

 少しでも勝率を高めるために。

 そして、今後のため。次の戦いのため。

 ガイアスの性能を引き出し、操縦に慣れるために。


 苦無を避けるという無駄なあがきをしてみたり。

 腕で叩き落とすことを試みたり。


 何度も試みては実行するうちに、避けることは無理でも2回に一回ほどは弾き返すことができるようになった。


 それも、俺の持つ反射神経や判断力の賜物たまものではない。

 飛んでくる物体を見極め、叩き落とすというイメージを膨らませることで。

 体をどう動かせばいいかがわかる。と同時に体が動く。自動オート手動マニュアルのはざかいの挙動。

 ガイアスの<HRSS>の効果によるものだとわかる。


 動体視力も向上しているはずだ。高速で飛んでいるはずの苦無の弾道が、着弾地点がなんとなくではあるが見えるのだ。認識できるのだ。


 それでも性能差はいかんともしがたい。

 一対一で戦う以上、どんな相手にも相性はあると思うが、こと中遠距離からの遠隔攻撃を続けられる限りにおいては、ガイアスとマーキュスの相性は最悪だ。

 もちろんガイアスに分が悪い。


 戦いは持久戦にもつれるかと思われた。

 ちゃんと飯を食って置けばよかったと。場違いな後悔をする。

 アリーチェの不味い飯(あれから何度か食わされた)ではなく、この異世界の名物料理を。


 コツン、コツン。

 苦無をガイアスが叩き落とす。もう何十本目になるだろうか。いい加減に飽きてきた。


「おいっ!?

 結局我慢比べかよ? いつまで続けりゃ気が済むんだ!?」


 俺はマーキュスを追うのを諦めた。これを続けている限り俺に勝ちはない。

 向こうは魔力の扱いに慣れない俺と違って自分の魔力量ぐらいはわきまえているだろう。

 苦無を投擲する、あるいは甲機精霊マキナ・エレメドを操るだけの魔量が尽きそうになったら、温存するなり適当な言い訳を付けて決闘を中止するなり。

 負けないための方策は幾らでも取れる。

 なんせ、自慢じゃないが俺からの攻撃を食らう見込みはないのだから。

 アクエスからすれば、必勝、悪くて引き分けといういわば勝ち戦。


「負けを認めるのですか?」


 アクエスが、マーキュスに苦無を投げさせるのを中断して聞いてくる。


「ふざけんじゃねえ!」


 俺は言い返す。戦う力が残っているのに負けを認めるのは馬鹿のすることだ。

 諦めたらそこで勝負は終了なのだから。


「では、戦いを継続しましょう」


 マーキュスが投擲用の苦無を構えた。


「ちくちくちくちく……

 ちくちくちくちく削りやがって!」


 投げられた苦無を振り払いながら、頭を回転させる。物理的にではなく、思考の領域で。

 こういう時ってのは……。


 あったはずだ。相手が捕まえられない、敏捷性で遙かに上回る相手への逆転の秘策。

 記憶を辿る。俺が人生で学んだ知識を総動員だ。

 今までに見たアニメ。読んだ漫画、小説。


 第一案は却下だ。使えればしめたものだったが。あれは闘技場など戦いの舞台が限定されている場合。

 いわゆるちゃぶ台返し。地面に値する土台、つまりは闘技場の舞台を根こそぎひっくり返すという作戦。

 それで相手をひるませつつ、動きを封じてその隙に逆転する。

 思いついた瞬間に却下した理由は至って簡単。

 なぜなら、ここはひっくりかえせるような舞台の上ではない。下にあるのはただの地面。この惑星の中心へと連続して繋がっている。ずらしたりひっくり返したりできる代物ではない。


 ならば、地面を動かすことができないのなら、その地面を通して振動を伝えれば?

 それも残念ながら使えそうにない。幾ら甲機精霊マキナ・エレメド、ガイアスが圧倒的なパワーを持っていたとしても。

 巨大地震に匹敵するほどの、地面を大きく揺るがすだけの衝撃を与えられるパワーはさすがにないだろう。

 それにあのマーキュスの身のこなし。多少の振動ではバランスを崩すなどして隙を与えてくれそうにない。


 あるいは……。

 こういったケースでは、逆転する側のキャラ達は常に劣勢に立ちながら相手に気付かれないように布石を蒔いているのだ。

 鋭利で切断力に富んだ糸で結界を張っていたり、地面に相手の足を捉える罠的なものを仕掛けていたり。

 

 それか、なんとかかすり傷を負わせ――それすらこの状況では難しいが――、その後しばらくしてその時に仕込んであった毒が回ってくるとかいうパターン。


 残念ながら、どれも実行不可能だ。


 そもそも毒的な武装や目に見えない糸どころか、棒切れの一本すらない。

 甲機精霊マキナ・エレメドに毒が効くかも不明だし。


 と、天啓が走る。


 困ったときの……合言葉は丸太だ。


 加工された丸太なんて都合よく落ちているわけはないが、天然木ならそこらじゅうに生えている。

 無策で時間を浪費するよりも。

 駄策であれ、希望に、わずかな勝機に賭けるほうが、今の俺にはふさわしい。精神的にも負担は減る。


 俺はガイアスを手近にある木に向って走らせた。


「いきなり背を向けて!

 逃げるのですか!?」


 アクエスがガイアスの背中に苦無をぶつけてくるが知ったこっちゃない。


 木を引き抜き……。振り返る。

 マーキュスへと向き直る。

 これで、形成逆転だ。のはず。


「お前にいいようにやられるのもここまでだ!」


 が、即席の丸太を構えて意気込んでみたものの。


 そこで、はたと気づいた。

 そもそもガイアスが扱える程度の長さ(高さ)の木を持ったところでリーチの長さを補えるわけではない。マーキュスの射程はその何倍もの距離を持っているのだから。

 それに、これを投げつけたところで簡単に躱わされてお終いだろう。

 仮にそこらじゅうに生えている木をすべて使う勢いで何本も投げ続けたとしてもだ。

 丸太が万能なんていうのはやはりフィックションの世界だけの話だったのか。


「何を考えての行動かわかりませんが、ずいぶんとおマヌケな姿をしておりますわ。

 鏡でもご覧になっていただきたいぐらいに」


 アクエスが呆れたように言う。

 マーキュスの手には既に苦無は握られていない。

 

 アクエスの声には未だそれほど疲労は感じられない。

 魔力が尽きかけてる――もう一本たりとも苦無を召喚できない――ってわけじゃないだろう。温存しているのか?


 それとも……。


 だいたいこういう時の予感というのは悪い方に当たる。


「あなたの負けです」


 唐突にアクエスが言う。


「はあ? 何言ってんの?」


 俺は返す。精一杯の強がりだ。


「ごらんなさい。わたしの足元を」


 その誘いに乗ったところでアホが見ーるーとは言われないだろう。

 その隙をついて攻撃したりもしないはずだ。

 この世界の住人は、正々堂々が好きなようだから。

 俺は素直に従った。

 ただの地面。ガイアスやマーキュスの足跡が残っているだけ……のはずの地表にいくつもの線が、筋がひかれている。それってとどのつまりは……魔法陣が描かれていた。


 一体いつの間に? 戦いながら次の展開への布石を打つって……俺が考えていたことなのに。逆を取られた?

 苦無に対応するのに夢中になりすぎたか……。と自らの行動を悔やんでも遅い。

 おそらくそのあたりのことも計算に入れて、苦無で俺の気を散らせていたのだと考えるべきだ。要は策略にまんまとかかってしまった。

 このまま無策で敗れる? それは嫌だ。


 かといって、今から走って行って魔法陣の上で暴れて文字や模様を消す努力を試みるのもかっこ悪い。


 俺は最期の手段に出ることにした。

 逆転への道、その1。


 相手の攻撃を受けてみせる。受け切ってみせる。ただそれだけの単純明快な作戦。


「よかろう! どんな技なのか、武器なのか知らないが!

 このガイアスの装甲! 貫けるものならば貫いてみせよ!」


 これでフラグが立ったはずだ。

 どうせ、この状況でアクエスが放つのは大技に決まっている。

 大量の魔力を消費するはずだ。

 それを一度凌ぐだけでいい。それで俺の勝ちが決まる。

 アクエスは魔力が尽きて戦えなくなると相場は決まっている。


「ここで負けを認めるのならば、悪いようにはしません……。

 などとは言いませんよ?

 その自信、打ち砕いて差し上げましょう。

 もしや命を落とすことがあっても。

 わたしを恨まないことだけをお約束ください」


 なんか、めっちゃ本気っぽいが。それに余裕綽々っぽいが。

 やっぱりやめて降参するとはとても言えない雰囲気だ。そもそも悪いようにはしないとは言わないつもりらしいし。

 ここで「いや、恨む!」とか答えたらどう会話が発展するんだろうか。

 だが、それは俺の心に反する言葉だ。


「恨みもしねーし! そもそも負けや……死にやしねーよ!」


 何の根拠もなく、ただ甲機精霊マキナ・エレメドの性能と俺のポジション、ポテンシャルを信じて。

 ガイアスの両足で大地を掴む。仁王立ちにする。

 衝撃だろうが、氷の雨だろうが、なんだろうが。耐えきって見せる!




 ◇◆◇◆◇




「シュンタ!?」


 アリーチェがシュンタの無謀とも言える行為、態度に警鐘を鳴らす。


「見ててくれ、俺の才能を! その片鱗を!」


 どこから沸いてきた根拠であるのか? だが本人はいたって真面目に言っているようだ。


 現在のシュンタはヒーロー街道一直線であった。

 アリーチェも、ナルミアも、そして万一に備えて喚びだされたミクスもそれが自意識過剰からくる過信のみに裏付けされた悲しい幻想でないことを祈るばかりだった。


「ほえ面かかせて差し上げますわ!

 大洋のオーシャンズ・囁きウィスパー!!」


 アクエスの喚声とともに、地面に描かれた魔法陣が輝き始める。

 そしてそこから、膨大な量の水が湧き出てくる。

 囁きなどという呼称とは裏腹に。その水量は途方もないように思える。


「ただの水じゃございませんわ!

 触れるものの魔力を奪う魔性の水。

 水流に飲まれて、全ての力を吸い尽くされなさいませ!

 大洋のオーシャンズ・囁きウィスパー!!」


 湧き出た水が束ねられ一本の水流、さながら荒れ狂う竜となってガイアスを襲う。


「くぅぅ!!」


 シュンタはガイアスの両足を踏ん張り懸命にこらえるが、じりじりと後退していく。

 そしてその間にも少なからぬ量の魔力を消費していることを実感として悟る。


「ダメにゃっ!」


 突然ミクスの叫びが響いた。

 が、それはシュンタはもちろんマーキュスを操るアクエスにも届かない。


 耳にしたのは同盟と帝国のそれぞれの甲機精霊マキナ・エレメドに搭乗していない召喚士たちのみ。


 しかし彼らも、ミクスの言葉の意味を即座には理解できていなかった。


 初めにその兆候に気が付いたのはアリーチェだった。


「まさか!」


 そして、コンマ数瞬の時を経てライオールが、続いてナルミアやゼッレも事態を悟る。

「暴走か!?」


 ライオールが叫んだ。


「アクエス! 技を中止しろ!

 このままでは……」


 ライオールの制止もアクエスには届かなかった。


 荒れ狂う水の竜は根本付近から二股に別れ、一首は変わらずガイアスへと向かっているが、もう一首は、行先を決めかねるようにぐねぐねとうごめいている。


 鎌首をもたげた水流ウォータードラゴンが、マーキュスの背後へとまわり……。


 マーキュスの後背から襲い掛かった。


「きゃ!?」


 ひとつめの水竜を制御しガイアスへと着弾させ続けることに神経のほとんどを裂いていたアクエスは、とっさに受けた背後からの衝撃に対応しきれなかった。


 マーキュスは激しい水の勢いに押され、ガイアスがいる方向へと向かって弾き飛ばされる。


 マーキュスとガイアスが、衝突したそのタイミングで制御を失った水竜は、その威力を増し、二本が合わさり再び一本の竜となって、ガイアスもろともマーキュスを遙か彼方まで運んでいく。


「なんて威力……なの?

 これが……甲機精霊マキナ・エレメドの……。

 それもたった第弐段階の力だなんて……」


 アリーチェはなんとか冷静に自身の胸を言葉にしたが、


「にゃ……」

「「「…………」」」


 ほかの面々はほとんど言葉を失っている。


 その中でライオールのみが現況を分析してひとりごちた。


「アクエスの描いた魔方陣が大地の奥底に眠る力を呼び覚ましたのだろう。

 一介の召喚士には無理でも、|甲機精霊≪マキナ・エレメド≫の力を借りればそれができる。

 見事操って見せれば盤石だったが。

 初披露が実践であるというのはさすがのアクエスにも荷が勝ちすぎたか」


 シュンタとアクエスの未来を案じる者たちの中で。

 ゼッレのみが場違いな言葉を口にする。


「ライオール様。僕も、ファイスを扱うのに慣れてしまえばあれだけの力を?」


 ライオールはそれには答えることをせず、ただガイアスとマーキュスの行方を目で追うのだった。もっともすでに両機とも視界からは消えてしまっているが。


 そして、帝国、同、それぞれの陣営ががそれぞれに深い懸念を抱き始めた。

 マーキュスとガイアスが飛ばされた勢い、距離を考えるに。

 かなり遠くまで飛ばされてしまっている可能性が高い。


 そしてその方向は、ガイアスとマーキュスの行き先は、『魔の森』と呼ばれる、強力な魔物たちが潜む領域。

 通常はよほどのことがあったとしても誰も足を踏み入れることのない地域へと繋がっているように思えた。

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