第18話 火猫

「あいや! 待たれい!!」


 アズマと赤猫が、まさに激突をしようとしていたその寸前。


 これまた真っ赤な火の玉が両者の間に割り込んだ。


とうちゃん!?」


「ヒノ殿!」


「ヒノっち!」


「ヒノさん!?」


「???」


 タツロウを除いた全員がそれぞれに思い思いの名を呼ぶ。


 やがて、巨大な火の玉は、炎の勢いを減じていき、その正体が露わになる。


 見た目にはライオンのような猫のような。虎のような猫のような。豹のようであり猫のようである。

 とにかく肉食ネコ科動物のような姿。どことなく家猫感が混じっているのが愛嬌か。

 大きさはそれこそライオンほどであろう。


 たてがみを見ればそれは見る者に獅子を思わせる。ライオンさんガオーである。

 が、顔はどことなく猫っぽく――山猫と虎の中間ぐらい?――、赤猫と同じくその毛並は燃えるような真っ赤である。


「これ、ヒノジロー、アズマ殿に失礼であろう!」


「だって父ちゃん!」


「だってもへったくれもない!

 さあ、一刻も早く、みなびよ!」


 父であり、師であるその人物(ライオン? 精霊?)にそう言われてしまえば、赤猫ヒノジローもそれ以上盾つくのをやめて素直にぺこりと頭を下げた。


「ごめんなさい」


「いや、大事にならんで幸いじゃった。

 あの力でぶつかれば、どちらか、あるいはお互いがただでは済まんかったじゃろうからのう。

 ところでヒノ殿、こちらは?」


 と、アズマはヒノさんに向き直る。


「あらためて挨拶をせい、ヒノジロー」


 ヒノさんに促されて、ヒノジローは居住いを正す。


「えっと、初めましてなんだぜ。僕はヒノの息子のヒノジローだぜ!」


 と再びぺこりと頭を下げた。口調は激しく、物腰は柔らかく。


「なんとっ! ヒノ殿にご子息がおられたのか?」


「生まれたのはつい数年前である。

 なんとも腕白に育ってしまった。

 ご迷惑をおかけしたこと、我からも謝罪いたそう。

 堪忍してくだされ」


「あたしは別にかまわないわよ。

 それより久しぶりねヒノっち」


「おお、ミリア殿か、変わらぬ姿で元気そうである」


『ヒノさん久しぶり。ちょっと事情があってそっちのタツロウにはまだ念話の事伝えてないからそこんとこよろしくね』


『おお、ホシクダキ殿。

 ご健在のようですな』


『まあね、いろいろあるっていえばあるんだけど』


「ヒノジロー殿にはお初にお目にかかる。

 儂が、元勇者のアズマ」


「で、あたしが大魔法使いの極光、ミリア・エル・レイアットよ」


「んで、俺が新たな勇者のタツロウだ」


『あとボクがホシクダキね。ほーちゃんでいいよ。

 あとさっきも言ったけど、念話のことはタツロウにはまだ話していないから』


「よろしくお願いしますなんだぜ」


 三度みたびヒノジローは頭を下げた。


「っていうか、精霊って子供を生めるのか?

 母親は……?」


 タツロウがふと思いついた疑問を口にする。

 獅子のような虎のような猫のような父に、見るからに猫の息子。

 とくれば、母親も見てみたいと思わないでもなかったのである。


「息子といっても我の分身、分裂体のようなものである。

 したがって母親なる存在はいない。

 精霊というのは長い時間を生きていると、核が濁り、本来の力を発揮できなくなるのでな。

 ときおり……といっても数千年のスパンであるが、こうやって新たな体を生み出してそちらへと力を移していくのである。

 それがたまたまこの時期にやってきたのである。

 今はヒノジローと我とで力を分け合っているが、いずれ我は消滅し、我の力や記憶はヒノジローに受け継がれるのである」


「そういえばそんな話もあったわね。

 生きてるうちに、それに大精霊のそんな時期に遭遇するとは思ってなかったけど」


 ミリアが関心したように漏らした。彼女とてエルフであるためにその寿命は一般人から比べるとけた違いとも言えるほど長い。

 とはいっても数百年レベルである。

 数千年に一度、それも世界に数えるほどしかいない大精霊の世代交代となるとやはりなかなかお目にかかれないイベントには違いなかった。


「ヒノ殿。実は頼みがあってきたのじゃ。

 話を聞いてくれんかの。できればまた儂に協力していただきたいのじゃ」


 あらたまってアズマがここを訪れた目的について切り出した。


「うむ、なんの要件かは薄々わかるのである。

 まずは、場所を移そうか。

 ここでは落ち着いて話もできんのである。

 ついて参るのである」


 そういうとヒノさんは巨躯を揺らしながら歩き出した。


 その後ろをヒノジローがちょこちょことついていきアズマ達もそれに続く。


「なあ、もう隠密スキルは使わなくていいのかよ?」


「ああ、ヒノ殿はいわばこの森の主じゃからな。

 手出ししてくる魔物もおらんし、おったとしても返り討ちにあうのが目に見えておる」


「心配無用。この森で我に歯向かう魔物などおらぬわ」


 ヒノさんは自信満々に、牙を剥いて答えた。




「やはり、魔王が復活を遂げておるのであるな?」


「そうなのじゃ。そして新たな勇者として選ばれたのがこのタツロウなんじゃ。

 といってもまだ聖剣の所有者は儂のままなのじゃが」


「いずれは俺が受け継ぐんだけどな」


『ホシクダキ殿? それは? 一体どういうことになっておるのであるか?』


『うーん、ボクにもはっきりしないんだけど、元の勇者のアズマがまだ生きてるからね。

 ボクの持ち主がまだ更新されてないんだよ。

 だから暫定なのか正式なのかわからないけど、ボクの所有者はアズマのまま。

 タツロウは勇者としてなんか特別な力はもっているっぽいんだけど、聖剣の勇者ではないって状態なんだよね』


『聖剣といい、我の力の継承といい、これまた厄介な時期に魔王は復活したのであるな』


「というより、魔王はそれを狙って復活を早めたみたいなのじゃ。

 聖剣が力を蓄える前に一気に制圧してしまおうという作戦でおったようでな」


「だけど、その分、魔王もどうやら力が戻っていないっていう間抜けな状況になってるみたいだけどな」


 タツロウが言い添えた。


「なるほど。では頼みというのは我に力を貸せということであるな?」


「そうなのじゃ。

 弱体化した魔王であれば、大精霊の力を借りれば十分うち滅ぼせるじゃろう。

 なので、もう一度力になっていただきたくこうして訪ねてきたわけじゃ」


「心得た」


「おお! 了承してくださるか?」


「かつての友であるアズマ殿よりの頼みごと。聞き入れぬわけにはいくまい。

 ましてや魔王の復活となれば世界の危機である。

 大精霊である我はたとえ一人でも魔王の討伐へと向かうぐらいの気概はあるのである」


 と、話はまとまりかけたように思えたが。


「待ってよ! 父ちゃん!」


 と口を挟んだのはヒノジローであった。


「どうした? 我が留守の間、森を守護するぐらいのことはできよう。

 それとも寂しいか?」


「寂しくなんてないぜ! じゃなくって、アズマさんの力になるのは僕じゃだめなのか?

 僕だって、父ちゃんと同じくらいには成長したんだぜ」


「どっからどうみても、親父のほうが強そうだけどな」


 とタツロウがこぼし、ヒノジローに睨まれる。


「見た目は小っちゃくてもな! もうじき父ちゃんの力を抜くんだぜ!

 今だってもういい勝負できるんだぜ!」


 ヒノジローは体をぶんぶんと振り、その体中から炎を立ち上らせた。


「どうみても、昔のヒノっちのほうが強かったけどね」


 とミリアが呆れたように言うが、


「そういうわけでもないのである。ヒノジローの言うことはおおむね正しいのである。

 我の力は今、二分にぶんされておる。

 実際に、ヒノジローの力は我と同レベルにまで成長しておる。

 といっても、我の力が衰えたというのを加味しての話ではあるが」


「なんと。ヒノ殿もかつての力を失っておるのであるか?」


「力が減じているとはいえ、痩せても枯れても大精霊。

 力になれることには間違いはない。

 それに、いずれヒノジローが我を超える精霊となるのである。

 失ったのではなく、分け合っているのである」


「確かに、ヒノっちの力の半分もあれば今の魔王には十分だとは思うわね。

 同じ火属性の使い手であるエンキーネだって圧倒できるくらいに」


「僕が力になるんだぜ!

 いいだろ? 父ちゃん!?」


「ううむ……。しかし、森の守護の役目もあろう?

 旅に出たいという気持ちもわからんではないが……」


 しばしヒノさんは考え込む。


 ヒノジローの考えは理解できる。というよりも自らの分身のようなものなので、自分の若いころを思い出せばほとんど同じ思考となるのである。


 確かにヒノジローはまだ幼く、好奇心も旺盛だ。刺激を求めて旅に出たがるのは仕方がないことに思えた。


 しかし、ヒノさん、ヒノジローには大精霊としての役割がある。

 それは、この地を守護すること。


 特に意味もなく、たまたまこの地にヒノさんが過ごしているのではない。

 この世界の火を司る魔素の流れはこの森に集約されており、その流れを見守り、乱れた時には流れを正すのもまた大精霊の努めなのである。


 元々はヒノさんが管理していた魔脈の流れであるが、今はその管理をヒノジローに委譲していた。


「ここに居ないと守護できないってわけじゃないぜ。

 父ちゃんだって、アズマさんと旅に出た時には遠隔地から制御できてたんだぜ。

 僕にだって、もうできるんだぜ!」


「そうであるのか?」


「確かに。ヒノジローに言うとおりではある。

 それに我も居ることであるし、それが旅に出せぬ理由にはならぬのは正しい」


「だろ? 父ちゃん。行ってきてもいいよな!」


「アズマ殿はどう考える?」


「俺は、そんなちっこい頼りない猫より親父のほうが頼りがいあると思うけどな」


「お前には聞いてないぜ!」


 と、タツロウにヒノジローがかみついた。比喩的表現のかみつきではあるが、実際に今にも飛びかからんという表情である。


「これ、そんな調子では任せることはできぬのである」


「まあまあ、ヒノ殿。タツロウの言い方も悪かった。

 ヒノジロー殿が腹を立てるのも無理はない」


「お気遣い感謝いたす。

 で、そのお心は?」


「儂が決めてしまってもよいのじゃろうか?」


 とアズマは、ミリア、タツロウに向う。ついでにほーちゃんにも念話で


『よいのかのう?』


 と確認を取った。


 特に異論はないようであり――タツロウは少々ふてくされ気味ではあったが――、アズマが決定権を握った。


「ヒノ殿とヒノジロー殿が同等の力を持っているのであれば、そこはどちらでもかまわんというのが本音じゃ」


「今は多少我のほうが勝っておるが、ヒノジローが我を超えるのは時間の問題である」


「となれば、本人の意思を尊重したいと思う。

 とはいえ、ヒノ殿ともう一度旅をしたくはあるが……」


「うむ、我もアズマ殿の力になりたいとは思っているのである。

 が、しかし、ヒノジローの気持ちもわかるのである。

 それにいずれは我は退く身。

 これより様々な経験を積むには我よりも若い世代のほうがふさわしかろうなのである」


「ってことは父ちゃん?」


「ああ、認めよう。ヒノジロー。

 一緒に行ってアズマ殿の力になって差し上げろ!」


「やったぜ!」


 ヒノジローが体全体で喜びを表すように飛び跳ねた。


「よろしくな!」


「頼むのじゃ、ヒノジロー殿」


「ヒノジローでいいぜ!」


 そんな様子を見ながら、タツロウは、


「腰痛持ちのじじいに、小じわを気にする魔法使いに猫か。

 なんか、魔王を倒しに行くメンバーには到底思えないのは気のせいか?」


 と、己の実力もわきまえずぼそりと呟くのであった。

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