第14話 全力

「ここがじじいが言ってた目的地の森か?」


「そうじゃ、シンプローブの森。この奥に目指す場所がある」


「ひさしぶりだわね。ここに来るのも主に会うのも」


『そっか、アズマもミリアも何十年と来てなんだっけ。

 ボクもそうだけどその間の記憶がないからなんだかおかしな感じ』


『たしかにそうじゃな』


『いいわよね、ほーちゃんは歳を取らなくて』


『ミーちゃんだって若いじゃない、エルフなんだし』


『まあそうなんだけど』


「ここから先は、魔物のレヴェルがぐんと上がるからな。

 心してかかるのじゃぞ」


「どうせ俺をこきつかうんだろ?」


「そうとばかりも言っておれんということじゃ。

 タツロウだけでは捌ききれんじゃろう。

 というわけで、ミリアも頼むぞ」


「えっ、ああ、うん……」


 実際のところ、タツロウのレベリング(レベル上げというなの単純作業)も兼ねて、ここまでの魔物はタツロウが一人で倒してきた。


 アズマとミリアは見ているだけである。傍観者である。


 それでタツロウのレベルも上がり、身に着けた剣技スキルもそこそこ洗練され、そこらの冒険者レヴェルには使える前衛にはなっていたが、この森に巣食う魔物の強さを考えるとかなりこころもとない、物足りない状況であった。


 かといって、いたずらに時間を浪費するのももどかしく、またタツロウのレヴェルだけ上げていればよいか? というとそういうわけでもなく。


 いよいよ、総力戦で臨む決意なのである。


「どうした? ミリア? なんか様子がおかしいが」


 タツロウがミリアの表情に生じた陰のようなものを敏感に察知する。


「ああ、ちょっとね。暗いなーと思って。うんそれだけ。

 大丈夫……、大丈夫のはず……」


「そっか、頼りにしてるからな。

 まだミリアの魔法は見たことがないからな。

 期待している。」


 などと話しながら3人は進んでいく。


「ふむ、さっそく厄介な魔物が出てきたようじゃわい」


 ふとアズマが立ち止まる。


「新種か?」


 これまでに出会った魔物以外の種類という意味でタツロウは尋ねた。


「ああ、ジュエルゴーレムじゃな。

 それが3体。

 強固な宝石が主体となった魔物じゃ。

 物理攻撃、特に斬撃が利きづらい。

 タツロウの剣ではちと苦しかろう」


「といっても、俺にはこれしかねーからな。

 じじいの聖剣なら歯が立つのか?」


「これくらいの魔物が倒せんで魔王の相手が務まるか。

 聖剣の力を侮るでないぞ。

 ほれ、もうそこまで来ておる。

 ミリア、すまぬが……」


「わ、わかってるわ。

 接近されるまえに迎撃して、数を減らす。

 攻撃を受けるリスクを減らす。

 初歩の兵法よね」


 ミリアが杖を構え、魔法を唱える。


「食らいなさい! 聖なる光条ホーリー・レイ!!」


 ミリアから光線が迸り、現れた魔物を貫く。

 ジュエルゴーレムの一体は即座に蒸発して消えていった。


「すげえ!」


「ほんとにすごいのはここからじゃ」


 アズマが期待と懐かしさを込めて見守る。


 威力はそれほどでもない――とはいえ、それは最終決戦レベルで考えた時の話で魔物相手には十分な攻撃力を誇る――ミリアの聖なる光条ホーリー・レイであるが、その魔法の凄さは、持続時間にある。

 要は光線を出したまま斜角を変えられるのである。

 周囲に誰も巻き添えを食う仲間がいなければ……という制約はあるものの、360度の範囲をほんの数瞬で攻撃することも可能であるのだ。


 かつて共に魔王の城を目指して戦っていた時、大量の魔物に取り囲まれた際に何度も助けられた魔法である。


「あっという間に2体目も!」


 タツロウが驚嘆する。

 そして、そのまま横薙ぎに角度を変えていく光線は3体目も瞬時に焼き殺すか……と思われたのだが……。


「あとはお願い!」


 とミリアが、突然魔法を中断させてしまう。


「なんじゃ?」


「とにかく、残りはお願い!」


「タツロウに修行をさせるということか?

 じゃが、タツロウの剣では……」


「じゃあアズマでもいいから!」


「ご指名だぞ、じじい」


「ふむ、ジュエルゴーレムの短所は動きが鈍いところじゃ。

 今の儂でも余力を残して戦えるから、さほど厄介な相手ではないが……」


 ミリアの様子をいぶかしみながらもアズマは剣を構えて前に出る。


『行くぞ、ほーちゃん』


『なんだかんだあって、目覚めてから初めてだね。

 ボクの力を発揮するの。

 前は直前で腰を痛めたから』


『それを言ってくれるな。

 今度からはああならんように用心する』


 アズマは気を高める。

 アズマの気が聖剣に流れ、聖剣がその気を増幅していく。


 さらに、聖剣からアズマに気が逆流してくる。それはアズマが本来持っていた気の何倍もの力を持った密度の高い気である。

 そして、それをアズマがさらに聖剣へと流し込む。


 そうすることで、聖剣に気が満ちてゆく。

 加速度的に、アズマと、そして聖剣に流れる気の量が倍増していく。

 それが、あらゆる魔物を、魔物のみならず、あらゆるものを斬り裂く力となるのである。


『もう、張り切りすぎだって。

 ジュエルゴーレム相手にこんなに力溜めなくてもいいでしょ』


『すまん、久しぶりでの、加減がわからんかった』


「す、すげえ。感覚でしかわからねえが、じじいに、聖剣に力が満ちていくのがわかる」


「あれが、聖剣ホシクダキの力よ。

 己の気、すなわち生命力を攻撃力に転化するの。

 そしてホシクダキはこの世界のあらゆる生物、あらゆる物質、この世界の全ての力を集めることができる。

 いわばエネルギーの集積装置でもあるのよね」


「さて、こんな相手に剣技を繰り出すまでもない」


 言いながら、ジュエルゴーレムに向ってアズマは剣を上段に構えて振りかぶる。

 ジュエルゴーレムとの距離はまだあり、剣の間合いではない。

 ないのだが。


「せい!!」


 気合一閃、アズマは剣を振り下ろした。

 目に見えぬ衝撃派が刃となり、離れた魔物を両断する。


「こんなもんじゃな」


 アズマが剣を納めて言う。


「これが聖剣の力……」


「どうじゃタツロウ、見直したか?」


「ま、まあな。でもじじいの力じゃねーんだろ?」


「聖剣を制御するのも能力のひとつじゃ。

 おそらく今のタツロウが聖剣を継承したとしても、あそこまでの威力を出せるようになるのはしばらくはかかるはずじゃ」


「とにかく、魔物は倒したし、さっさと進みましょうか。

 それとも一旦休憩する?

 その方がいいかもね」


「俺は何にもしてないからこのままでいいぞ」


「儂もじゃ」


『あのね、アズマ……』


『なんじゃ? ほーちゃん?』


 アズマが尋ねるがほーちゃんはしばらく黙りこむ。


「アズマ、ちょっと話があるんだけど」


「ミリアもか?」


「なんだ、行かないのか?」


 タツロウが首を傾げる。


 ほーちゃんと、ミリア。

 なにやらわけあり顔である。もっともほーちゃんの顔は見えないが。


「話は後じゃ!」


 突然アズマが振り返る。


「新手じゃ。今の戦闘を嗅ぎつけられたかのう。

 この森の魔物は好戦的で困るわい。

 同じく、ジュエルゴーレム3体。

 ちまちま戦っていたら、新たな魔物を呼び込むことになってしまうじゃろう。

 ミリア、出し惜しみせずに片を付けてくれ。

 さっさと倒して先へと進む」


「あの……。ちょっとあたしは休憩の方向で……。

 アズマに任せるわ」


「なに? まあ、儂一人でもやれんことはないが……」


『ごめん、無理』


『なんじゃと? どういうことじゃ? ほーちゃん?』


『あのね、急激に負荷がかかっちゃったから、ちょっと休憩クールタイムが必要みたい』


『それは……儂が制御しきれんかったせいか?』


『それもあるけど、やっぱり元々本来の力が戻ってないわけだし、そもそも今のボクって本調子じゃないんだよね』


『なんと……』


「すまぬ、ミリア、そういうことだ」


 ほーちゃんとの念話はミリアにも届いていた。


 それが聞こえていないタツロウは首を傾げるが、無視してアズマがミリアに請う。


「それなんだけど……。

 あたし、さっきので魔力使いきっちゃのよね」


「なんと!?」


「おいおい、あのマヌケな魔王軍の幹部のエンキーネみたいなこというなよ。

 冗談だろう?」


 事の重大さが呑み込めないタツロウは、おどけて言う。

 そもそもにして、まだピンチというピンチはスライム軍団戦ぐらいしか経験していないタツロウはこの世界をイージーモードだと認識していたのである。

 適当に戦えばレベルは上がるし、スキルを使えば魔物も脅威ではない。


「ほんっとにごめんね。

 そういうわけで……」


「おいおい、俺かよ?」


「無理じゃ、タツロウにはジュエルゴーレム相手なぞ……」


「じじいも無理なんだな?」


「面目ない話じゃが……」


「ちっ、しゃーねーな。

 いっちょやってやるか」


「無茶じゃ、一旦退くぞ!」


 だが、ジュエルゴーレムは既に視界に捉えられている。


 ここまでの戦闘――戦う相手戦う相手、着実に仕留めてレベルを上げてきた――で気を良くしているタツロウはまさか自分が苦戦するなどとは思ってもいない。


 ジュエルゴーレム目がけて突進していく。


「装甲が固いってんなら、まずはそこを!

 食らえ! アーマーブレイク!!」


 それは、タツロウのプレイしていたゲームでダメージを与えつつも防御力を下げるというスキル技である。


 かくしてタツロウの振るった剣は……。


 ジュエルゴーレムの体を捉え……。


 キーーンと乾いた音をたて……。


 根本からぽっきりと折れてしまった。


「ま、まじか……」


 手に残る痺れを噛みしめながら、折れてしまった剣を眺めながらタツロウは呟く。


 ジュエルゴーレムは3体とも健在である。

 タツロウが一撃をみまった対象もダメージを受けた様子もなくぴんぴんしている。


「ほれみたことか!」


「あーあ、てんでダメねえ」


『うーん予想はしてたけど……』


「そういうデカい口は役に立ってから言いやがれ!」


 タツロウはさすがに武器を失っては、戦闘を継続できないことを悟り、さっとジュエルゴーレムの間合いから飛びずさる。


 そして、アズマに向かって言い放つ。


「その聖剣なら折れることはないだろう。貸せ!」


「いや、折れることはないじゃろうが……。

 聖剣の使い手が儂である限り、タツロウでは本来の力が発揮できん。

 相手が普通の魔物であればまだしも剣のキレ味で対処もできるが、相手は堅いゴーレムじゃ。

 打撃武器としてしか通用せぬぞ」


「打撃武器のスキルも用意してある」


『いやだよ! ボク!

 絶対タツロウに渡したらダメだからね!』


『うむ……しかし』


「タツロウ、一旦退くぞ!

 聖剣はお主を拒んでおる」


「なら、無理やりにでも言うことを聞かせてやるさ。

 なんたって俺は勇者なんだからな!」


 タツロウはアズマの手から無理やり聖剣を奪い取る。


『いやー!! アズマー! 取り返してよ!』


「持った感じは普通の剣と同じだな……」


『ほーちゃん、タツロウに力を貸してやれぬか?』


『そもそも、今はその力が発揮できない状態なんだって!』


『そうじゃった』


『それに、無理だって! なんかこの人怖い』


「さてと、じじい以上に使いこなしてみせるぜ」


 聖剣を手にして勢いづいたタツロウは、自分に酔いつつあった。

 まわりの目もきにせず聖剣の刃に舌を這わせる。


『やだ! 気持ち悪い!!』


「行くぜ!!」


 タツロウはジュエルゴーレム相手に駆け出した。


『やめてー!! 犯される!』


 ほーちゃんの絶叫を、アズマもミリアもただ聞いて趨勢を見守ることしかできなかった。



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