第6話 決戦

「それじゃ、ちょっといってくるかな」


 タツロウがスライムに向って駆け出した。若さゆえの勢いであろう。

 その表情には不安はほとんど浮かんでいない。


 とはいえ。

 スライム群の先頭との距離は、既に数十メートルという位置だ。


 下手に動かずに、群れに飲まれるよりは、自分から攻めていくというのは、正しい選択でもあった。


「おらあ! アークスラッシュ!!」


 タツロウの振るう剣は弧を描き、スライム3匹ほどを沈黙させる。


『調子にのってるだけのことはあるね』


『あれも、なにがしかの力が込めれれているのじゃろうか?

 アークスラッシュなどといかにもな技名じゃが』


『うん、威力も増加しているみたいだし、攻撃範囲も剣の長さを超えてるみたい。

 劇的ってわけじゃないけどね』


『やはり、勇者として選ばれただけのことはあるか』


『ボクはそれでもあんなやつに使われるのは嫌だけどね』


『まあ、ほーちゃんの気持ちはわからぬでもないが……』


『それより、ほら!』


 ほーちゃんに言われるまでもなく、アズマも気持ちを切り替える。

 タツロウは、スライムたちとうまく距離を取りながら、なんとか戦えているようである。

 本来のタツロウのレベルでは苦戦するはずなのだが、一撃で、しかも複数匹を纏めて仕留められるというのが大きいのであろう。

 今のところノーダメージである。

 この分なら、しばらくは――うまくすればスライムの半分程度は蹴散らすぐらいの間は――持ちそうであった。


 となれば。

 アズマは自分の役割。

 その実力は未知数ではあるが、おそらくはスライムなどを軽く凌駕する難敵。

 エンキーネへと視線を移す。


「ああ! あたしの大事なスライムちゃんたちが~!!

 ちょっと、あんた! もう!」


 エンキーネは空中で旋回するとタツロウに向って降下を始めた。


「待て!」


 そのタツロウとエンキーネの間に聖剣を携えたアズマが割り込む。


「もう! またまたお邪魔が……。

 !?」


「久しぶりじゃのう……」


「ああ、お久しぶり……ってあんた誰よ!?

 あんたなんて知らないわよ~。

 だけど……。

 その手にしているのはまさか……」


『やっぱり気付くよね』


『そうじゃのう。

 これで退いてくれたらいいのじゃが』


『そうはいかないみたいだよ』


「ちょっと、聖剣じゃない!

 ホシクダキじゃない!

 なんてあんたがそんなの持ってるの?

 聖剣の復活って時間がかかるんじゃないの!?

 ひょっとして今度の勇者って……?

 こんな素敵なおじい様なの!?」


「素敵かどうかは知らんがな。

 それに、より正確に言うのであれば。

 儂は新たな勇者ではない。

 少しばかり事情があって、未だ聖剣の所有者ということにはなっておるがの」


「…………。

 !?

 まさか、あんた。

 アズマ?!」


「そうじゃ。魔族であるお主らとは違い、普通に歳を取るもんでな。

 こんな年寄りになってしもうたが。

 覚えていてくれて光栄じゃと一応は言って置こうか」


「いやん。若い時はそこそこイケメンだったけど。

 いい歳の取り方したじゃない。

 結構好みのタイプ……って、はっ!

 そんな場合じゃないわ!

 わたしの可愛いスライムちゃん達が……」


「じゃから、待てと!」


 タツロウに向けて振りかえろうとするエンキーネを言葉で制する。


 全盛期であれば、さっと飛びかかって斬りかかってという一連の動作が難なく行えたアズマであったが、ブランクと腰痛から、できれば急激な運動は避けたいところであった。


「そうね。ここで会ったが百年目……って言いたいところだけどさすがにそこまでの時間は経ってないわね。でも、何かの因縁か。

 相手してあげるわよ。

 だけどね、今のあたしには負けられない理由タナキアからのチューがあるのよ」


「それは儂とて同じこと……」


 かくして両名はにらみ合う。


 アズマの想いとしては。

 あまり走ったり跳んだりの過激な運動は避けたいものなのである。

 腰痛をこじらせてしまえば、どうしようもなくなるのであるからして。

 しかしながら、本来の力は戻っていないとはいえ、自らの手には聖剣がある。

 できればカウンター一閃で、エンキーネに一太刀浴びせ、できることならそれをもって撃退したいという待ちの戦術を選択していた。


 エンキーネとしては。

 さすがに彼女も思い出していた。

 自身の今の実力がスライム相当であることを。

 アズマが止めてくれなかったら、タツロウの元に飛びかかって、下手すれば一撃でやられてしまいかねない状況だった。

 それが避けられて良かった、日頃の行いのせいねなどと考えていた。

 しかしながら、避けられた不運はおいておくとして。

 今もなお、ピンチといえばピンチなのである。


 目の前にはかつて自分を幾たびも苦しめ、そして愛する魔王を倒した勇者が聖剣とともにあるのだ。

 かつてのアズマが放っていたようなオーラ、威圧感はそれほど感じないものの。

 おそらく聖剣も魔王タナキアと同じく本調子ではないことぐらいはさすがの彼女も見抜いては居たが。

 それでも今の自分と比するに、かなり危険な相手であることは間違いなさそうなのである。


「どうした? かかってこんのか?」


「うるさいわね!」


 そんなわけで。

 双方ともに簡単には動けない。


 が、双方ともに、早く片付けないといけない理由が存在した。


 アズマはアズマで、タツロウが心配だ。

 今は順調にスライムを倒しているが、さすがに100匹全部を倒しきることは不可能であろうと踏んでいた。

 なんとか支援に回りたい。


 エンキーネとしては……。

 アズマを排除して、スライムの支援に回ろうと思ったのだが……。


「あれ? でも……。

 まかりまちがって、あたしがアズマに勝てたとして……」


 自分でまかりまちがってなどと言うのもおかしな話だが。

 エンキーネは気付いてしまう。

 スライムをばったばったと切り捨てている若者。

 はたしてあれに勝てるであろうか? と。


 しかし、エンキーネには切り札が存在した。

 そもそも彼女は剣を持って戦うタイプではない。

 護身用として、一応剣は携えているものの。

 本来の戦闘スタイルは、魔法によって相手を殲滅するものなのである。


「きゃはは。

 あたしとしたことが。

 釣られちゃうところだったわ!

 喰らいなさい!」


 エンキーネが腕をアズマにかざすと、彼女の掌から炎が巻き起こる。


邪悪なる炎イヴィル・フレイム!!」


 彼女の掌から巻き起こった炎が、アズマを襲う……かに見えたのだが……。


「ああ! もう! うっかりしてたわ!

 あんたなんかこれで十分よ!

 邪悪なる火イヴィル・ファイア!!」


 今度は一回り小さな火球がエンキーネの掌から生じ、アズマに向かって飛翔した。


『アズマ!』


『わかっておる!』


「ふん!」


 アズマは聖剣を己の前にかざし、火球を受け止める。


『熱っつ!』


『大丈夫か? ほーちゃん!?』


『うん、これくらいはね。

 だけど、アズマじゃないけど、ボクも衰えたもんだよ。

 これくらいの魔法を完全無効化レジストできないなんてね。

 それより!』


「ふふんだ! 思い知った?

 こんどはあっちよ!」


「タツロウ!」


 アズマが叫ぶ。


 が、タツロウはスライム相手に必死に戦っているところである。

 声は届けども、その意を理解する余裕も、また時間も無かった。


邪悪なる火イヴィル・ファイア!!」


 エンキーネがタツロウに狙いを定めて火球を撃ち出した。


「あっつ!」


「大丈夫か!?」


「いやまあ、熱いのは熱いが……。

 アークスラッシュ!!

 動けなくなるほどじゃない」


「余裕をかましてられるのもどこまでかしらね」


 再びエンキーネはタツロウに向かって攻撃を意図している。


「ちぃ!」


 アズマは、エンキーネに向かって駆け出した。

 おじいちゃんとはいえ、そこそこの速度である。

 もっとも、気ばかり焦って本気で走れば、体がついてこず、足がもつれて転倒する危険もしみじみと感じているために、6割程度の速度ではある。


 それでも、エンキーネの行動を阻害するには十分であった。


「うっとおしいわね!

 邪悪なる火イヴィル・ファイア!!」


 エンキーネはすぐさま狙いをアズマに変更して火球を撃ちだした。


「せい!」


 アズマはそれを難なく剣で受け止める。


「聖剣のサビにしてくれよう!」


 アズマがエンキーネをその間合いに収めようとしたとき。


「付き合ってらんないわよ!」


 とエンキーネは飛翔する。


「逃げるのか!?」


「馬鹿おっしゃい。

 こっちにはこっちの闘い方があるってだけだわ。

 あなたの距離に付き合ってたって不利なだけだからね」


「こしゃくな!」


『だけど、空に逃げられたら打つ手なしなのはどうしようもないね。

 今のアズマは攻撃魔法も使えないし。

 あのまま、空からタツロウが狙われたら……』


『儂が魔法を全て無力化するしかないか。

 ほーちゃんは大丈夫か?』


『うん、それは大丈夫だと思う。

 気になるのはどうして、低級魔法である邪悪なる火イヴィル・ファイアばっかり使ってるのかってことだけど』


『確かにな』


 言いながら、アズマは6割の速度でタツロウの援護に向っている。

 エンキーネといえば、これ幸いとタツロウを魔法で攻撃するのかと思いきや、空中でなにやらぼーっとしているのであった。


邪悪なる炎イヴィル・フレイムの威力だったら、そもそも今のレベルのタツロウが耐えられないかもしれないし、ボクだって無駄に力を消費しちゃうと思うんだ』


『あやつ、エンキーネは余裕をかまして遊んでる? いや、儂らをいたぶる気なのじゃろうか?』


『それにしても今も攻撃の手を休めて。

 スライムなんて幾らでもいるから、倒されても平気なのかもしれないけど。

 あっちはあっちで様子が変だね』


 念話をしながらも、アズマはタツロウの元へとたどり着く。


「ああ、じじい。来てくれたのか?

 そりゃ! アークスラッシュ!」


「順調なようじゃの」


「ああ、おかげさまでな。

 だがこうも数が多いとさすがに疲れてきた。

 アークスラッシュ!!」


 今更ながらではあるが、タツロウの繰り出しているアークスラッシュというのはタツロウがプレイしていたゲームの技で、攻撃範囲が120°くらいある便利なものである。

 複数の敵に一度に攻撃できるのである。


 とはいえ、スライムは密集しているわけでもなく、一度に巻き込めるのはよくて3匹程度ではあった。その攻撃範囲もさすがにゲームのとおりに120°とはいかず、90°少々といったところである。


「今はまだ撃たれてないが、あいつの魔法が厄介だな」


「そう思ってここに来たのじゃ」


「おう、じじいが受け止めてくれるのか」


「出来る範囲でじゃがな。

 それとじじいではない、師匠と呼べ」


 アズマがエンキーネを警戒し、タツロウが相変わらずコツコツとスライムを倒していく。

 そんな時間がしばらく流れた。


 しかし一向にエンキーネは魔法を撃ってこないのである。


 エンキーネはといえば。


「どうしたもんかしらね」


 と、心の中では頭を抱えながら今後の動向について思案していた。

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