第2話 ハローワーク

「起きろ! タツロウ!」


 朝早くから、アズマは王城内でタツロウに与えられている彼の私室を訪れていた。

 ニートな生活を送るタツロウであったが、侍女たちの世話もあって部屋はそれほど汚れてはいない。スナック菓子などもこちらの世界にはないので散乱しようがないのだ。


「ああ~?」


 間の抜けた声でタツロウがベッドから返してくる。


「ほら、起きろ!」


 アズマはタツロウの布団を引きはがした。

 さすがに、タツロウもそこで目を覚まし、


「朝~? ってかさっき寝たところなんだけど」


「忘れたのか? 今日から儂と行動を共にするという約束を?」


「あ~、なんか言ってたな~」


 そうなのである。

 聖剣であるほーちゃんに一芝居打たれて、アズマは再び勇者として旅をするということになってしまったのであった。


 だが、アズマの年老いた体ではとても魔王を倒すことなどできない。

 かといって他の騎士や冒険者たちに迷惑をかけるわけにもいかず仲間を募るのも気が引けた。

 それに、恥ずかしい話ではあったが彼にもプライドがあった。老いて力を失った姿をまだ若くて実力のある連中に見せたくなかったのである。


 そういうわけで、聖剣を携えて旅に出ることは引き受けたものの、交換条件としてタツロウを連れていくということを王を始めとする国の重鎮に認めさせたのだった。

 ゆくゆくはタツロウを鍛えて勇者として擁立し、自分は身を引くつもりである。

 アズマの実績や王からの信頼はそれを簡単に受け入れさせることができた。

 俗にいう二つ返事である。


『ほんとに連れてくの~?』


 アズマの背に背負われたほーちゃんが念話メッセージ気怠けだるそうに聞いてくる。

 ほーちゃんはほーちゃんで、昔の溌剌はつらつさが失われてしまっているようだった。

 聖剣というのは持ち主の影響を受けるということであるから、半分以上はアズマのせいであろう。


『そうじゃ、今は資質が足りなくとも、勇者召喚によって選ばれたのは事実。いずれはその才能を発揮するじゃろう。それになにより儂よりも若い。いざという時は”アレ”もあるしな』


『ああ、”アレ”ね。そうだね。”アレ”のためにも誰か一人連れてくほうがいいのか。

 まあ、アズマがそう言うんだったらボクも積極的な反対の立場を取ることもないけど』

 念話でひっそりとやりとりしつつ。

 その後もだらだらと渋るタツロウをあの手この手で急かしながら朝の支度を整えさせたのだった。


「忘れものはないか?」


「忘れ物っつっても俺の私物ってほとんどないし……」


「そうか、ならば結構じゃ。魔王を倒すまで戻ってはこれんのじゃからな」


「ちょっと待て! どういうことだ!」


「なんじゃ、聞いておらんのか? この部屋からは引き払う。もう王城にはお前の居場所はないのじゃ」


「じゃあどこで暮らすんだよ!?」


「王都の外れに儂の家がある。しばらくはそこで暮らすことになるじゃろう。

 じゃが、どうせ旅暮らしになるからの。王都に留まるのはある程度の実力が身に付くまでのわずかな時間じゃ」


「旅? 旅なんてしたくないぜ!?

 確かに、あんたと一緒に過ごすようには言われたが……」


「あんたとはなんじゃ!? 師匠と呼べ!」


「はあ? 師匠!?」


「そうじゃ、儂はお前が勇者となるまでの教育係になるのじゃ」


「却下だ! まっぴらごめんだね」


 タツロウは従う気がないようだ。だが、こういう時のためにちゃんと手は打ってあるのがアズマという人間である。


「ほれ、これを見るのじゃ」


 言いながら一枚の紙片をタツロウに向けて差し出した。

 それを見たタツロウの目の色が変わる。


「従わなければ打ち首ってどういうことなんだ!? しかもあのガキのサインまで……」


「王に向ってガキとはなんじゃ!? それだけでも不敬罪で投獄もんじゃぞ」


「あいつならそんな無粋なことはしねーよ。

 はあ……、それにしても……。

 この快適な暮らしとはお別れか……。

 で、どこ行くんだ?」


 あっさりと気を切り替えたタツロウを見てアズマが一瞬言葉を失う。

 タツロウの目の色が変わったのは気のせいだろうか。ぶつくさと文句を言う気怠い表情から一転、瞳に輝きが灯ったような……、そうでもないような。


 気を取り直してアズマが告げた。


「とりあえずは冒険者ギルドじゃ。

 聞けばまだ冒険者登録も済ませておらぬらしいからのう」


「ああ、ギルドね、ギルド。

 で、俺の旅の支度はこれか……」


 と、タツロウは部屋の隅に立てかけてあった小ぶりのリュックを背負った。

 王が手配して用意させたものである。アズマに頼まれて最小限の旅支度を整えさせたのだ。

 そばには鍛えた鋼の片手剣も置かれていて、タツロウはそれを腰にぶら下げた。


「やけに素直じゃの?」


「ああ。殺されるとわかってまでごろごろしているわけにもいかないしな。

 それに、どうせチート有り、ハーレム有りのハッピールートなんだろう」


「チート……な……」


 アズマが日本で生きていた時代には無かった単語であるが、これまで何度かタツロウと話している中で聞いてなんとなくの意味や概念を理解した言葉である。

 アズマにとっては、中世ファンタジー的異世界というのはせいぜいコンピュータゲームで遊んだ程度の知識、思い入れしかない。

 アズマがこの世界に召喚されたのは1990年頃、彼がまだ15歳の時であった。

 当時のゲームはグラフィックがしょぼく、リアリティなどかけらもない時代である。


 タツロウは今、17歳。召喚される前は2015年を生きていたという。アズマの知らない日本の未来だ。

 異世界では時間の流れが異なるのか、日本での25年がこっちでは40年以上になっている。

 ともかくその間に日本では文明は発展した。

 ネットやコンピュータなどは大きく進歩し、またエンターテイメントの世界も一変している。

 例えば小説を素人が書いて投稿できるようなサイト。

 その中でチートとかいう特別な能力を授かって異世界に行くような小説が溢れかえっているのだという。

 聞けば聞くほどアズマの境遇と似たようなもので、親近感は覚えたが、多少の憤りは感じないわけでもなかった。


 アズマは苦労もせずに能力を身に着けたわけではないし、チートにかまけて楽をして魔王を倒したわけではなかったのである。

 だが、タツロウにとっては、まさにゲーム感覚であり、そのネット小説に入り込んだ気分なのだろう。

 その甘い考えはおいおい正すとして、今は機嫌を損ねないことを優先すべきだとアズマは考えた。


「なんにせよ、やる気になってくれたのはいいことじゃ。ならば、気が変わらぬうちにさっさと行くぞ……」


 アズマはタツロウを伴って王城を後にした。


 王都は王城を中心とした円――正確には歪な12角形――を為すような作りになっている。円だと考えれば直径は2kmほど。そこに1万人ほどが暮らしている。

 ギルドがあるのは、中心と街を護る外壁の中程あたりである。


 歩きながらもタツロウはキョロキョロと周りを見渡していた。


「なんじゃ、そんなにもの珍しいのか?」


「いや、俺、城から出るの始めてだからな」


『ニートのかがみみたいな奴だね』


『まあ、そう言ってやるな。これからいろいろ経験して吸収してくれればよい』


「なんかうまそうなものも売ってるんだけど、そういえば俺、金とか貰ってないけどな」

「一応、支度金支度金は出ておるが、その使い道は儂に任せられておる。必要なものがあれば買ってやるが、これからは欲しいものは自分で稼いで使うのじゃ」


「なにそれ!? その労働思考!? これだから、団塊の世代ってやつは……」


「団塊世代は儂よりももっと上の世代のことじゃぞ。

 儂は、西暦で言うと1975年生まれなのじゃから」


「どっちにせよ、ジェネレーションギャップだな。

 じじいと話はあわねえが、まあ軌道に乗るまでは付き合ってやるよ」


 じじい呼ばわりする若造に怒りを覚えたが、反論は飲みこんでギルドまで歩いた。


「なんか、見るからに想像どおりだな……」


 ギルドには入ってのタツロウの第一声はそれだった。

 オンラインゲームでの経験や、それ系のアニメ化された作品の視聴経験がそう思わせるだろう。

 ある意味では長年この世界で暮らしているアズマよりこういった世界や施設への親和性は高いのかもしれない。

 アズマが初めてギルドという単語を聞いた時はギルド? 何それ? 美味いの? といった感じだったがアズマはそれをなんの説明もなく理解したのであるのだから。


「とにかく並ぶぞ」


 アズマ達は召喚者とはいえ、恰好は普通である。タツロウの黒髪が珍しいといえば珍しいが皆無ではない。

 アズマも若い頃は顔が知れ渡っていたが、今では隠居の身。髪も白髪だらけでグレーになっている。

 多数の冒険者に紛れて注目されることもなかった。たまに視線が向けられるのはどうせこんなじじいが何しに来た? という好奇心からであろう。


 しばらく待つと順番が巡ってくる。


「お待たせしました。ご用件は?」


 小柄な受付嬢が二人に向って尋ねてくる。


「冒険者登録をお願いしたい。儂とこいつの二人じゃ」


「じじいもか?」


「ああ、一度冒険者証は返却したからの。改めて登録しないといけないんじゃ」


「再登録となると、過去の実績は引き継げませんが?」


「かまわん。再出発じゃからのう」


 受付嬢が渡してきた用紙に二人がそれぞれ記入していく。


「得意魔法とか武器とかそんなのは書かねーのかよ?」


「ああ、そういった情報はギルドにとってはどうでもいい。

 実績さえ積めばな。じゃが、冒険者証には記録される。

 いわば、ステータスのようなもんじゃ」


「はいはいっと。じゃあこれで……」


 結局タツロウが書いたのは名前と年齢ぐらいのものである。魔王の存在はまだ一般には伏せられているため、王家との繋がりなども書けるはずもない。


「えっと……、タツロウさんと……。…………アズマ……さん!?」


 受付嬢の目が変わる。

 彼女はその名を見てかつての勇者に思い至ったのだろう。記憶する限りでは年齢においても見た目と一致している。


「わけあって再び剣を取ることになったのじゃ。じゃが、あまりおおっぴらにはしたくない。

 このことはできればしばらく伏せておいてくれぬかの?」


「あっ、はい……」


 受付嬢の目には、好奇心とそして若干の疑いも含まれていた。すべてを信じたわけではないらしい。

 だが、彼女はてきぱきと職分はまっとうする。


「ではこちらがそれぞれの冒険者証となります」


 登録料も払い、アズマとタツロウはギルドを後にした。




「なんだ、ギルドで依頼を受けるんじゃないのかよ?

 お使いとか採集系とか」


「そんなことをちまちまやっている暇はない。それに魔王を倒すのにギルドのランクを上げたところでそれほど意味を為さんからな」


 と、たどり着いたのは王都のすぐ外である草原である。


「さてと。ここなら人目も気にせずともいいじゃろう」


 アズマはタツロウに対して『鑑定』スキルを発動する。敵を知り、己を知ることが戦いの第一歩なのである。


「ふむ、なるほど……」


「なんだ、じろじろ見て?」


「いや、お前さんの能力を見ておったのじゃ」


「ああ、スキルか」


 アズマから見てタツロウの長所はこの世界の裏事情、つまりはステータスやスキルといった概念に慣れ親しんでいる点である。アズマ本人は理解するまでにいろいろとパッシブとはなんぞや? デバフとはなんのことか? と四苦八苦したために若干羨ましくもあった。


「さよう」


「で、ぶっちゃけどれくらいの強さなんだ?

 っていうかそのスキルの使い方教えてくれよ」


「教えたところでスキルを身に着けていないタツロウには意味がない」


「はあ? じゃあどうやって取得するんだ?」


「スキルというのは聖剣の加護があって初めて習得できるものじゃ。

 儂から聖剣を譲り受けることが先決じゃ。

 まあ儂のパーティに加わっておれば得られれないこともないじゃろうが、それにしても自然と身に付くものではなく、相応の試練を乗り越えることが必要じゃがな」


「面倒くせーな。まあじゃあスキルはいいよ。一旦は。

 ステータスのほうはどうだったんだ?」


「現時点では可もなく不可もなくというところじゃの」


「はあ? チートは?」


「なんでもかんでもチートに頼ろうとするな。

 じゃが、タツロウは儂と同じくレベルという概念が存在しているようじゃ。

 戦えば戦うほど強くなっていくじゃろう。

 それがチートだといえばチートじゃな」


「じじいのレベルは幾つあるんだよ?」


「儂か? 儂は99まで上げたぞ」


最高レベルカンストってことか。じゃあ俺は?」


「戦っても居ないのに、レベルが上がっているわけないじゃろうが。

 もちろん1じゃ。じゃが、スライムでも数匹狩ればすぐに上がっていくじゃろう。

 手始めにスライム一匹でおるところへ案内するからの」


 と、アズマは歩きだす。彼の持つ能力スキルには魔物の種類や数を感知できるものもあり、手ごろな相手を自由に探すことができるのであった。

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