8-4 絶対強者

 ペネロペの放った炎は灼炎と呼ばれ、その温度は一千度を越えていた。

 マグマにも匹敵するその炎は城の氷を溶かし、ボレロの体の周りを渦を巻くように燃え盛る。

「どうだ……?」

 ペネロペ達の作戦の第一段階は常にボレロの傍らにいるという執事とボレロを引き離すことだった。

 その理由は単純にボレロとペネロペの一騎打ちを邪魔されたくないからである。

 モーゼフの能力により分厚い土の壁で2人を分断、執事はモーゼフとダニーが、ボレロはペネロペが相手をする形にすることこそが作戦の要。


 ボレロの能力は氷、ならばその弱点となるのは炎と考えるのは普通である。

 どれだけ強力な能力者でも弱点は存在するし相性もある。


 炎を扱う能力者の中でも最高の力を持つペネロペに対しボレロの能力は最悪の相性と言っても過言ではなかった。


 渦巻く炎の中、ボレロの体が一体どうなったのか想像はつかないが無事でないことは確かだとペネロペは確信する。


 その時、突然炎の渦の中から何かがペネロペを目掛けて飛んできた。

 ペネロペは素早く反応しそれを避ける。

 ペネロペの後ろにある壁に刺さったそれは氷で出来た氷柱のようだった。


「ちょっとびっくりしちゃったわ、あなた案外良い能力持っているのね?」


 その声は紛れも無くボレロ・カーティスの声。


 その声がしたすぐ後にボレロの体を包んでいた炎の渦はボレロを中心に一瞬にして吹き飛んだ。

 中から出てきたボレロに特に変わった様子はない。


「これくらいじゃ殺れねぇとは思っていたがまさか無傷とはな」

「何言ってるの? あたしがこんなちんけな炎で死ぬわけ無いじゃないの」


 当たり前のようにそう言うボレロ。


「ちんけな炎ねぇ、言ってくれるぜ」

「あなた結構強そうね、本当はさっさと殺してお城を直そうと思ったけど気が変わったわ、あたしの遊び相手にしてあげる」

「ああ、そうかい、ならとことん遊んでやるよ」


 ペネロペは自身の手に炎を集めた。

 その炎は形を作り、次第に剣へと変わっていく。

 炎熱剣、ペネロペの力で作られたその剣は切るというよりは溶かす。

 その温度は六千度、太陽の表面温度にも匹敵し、ペネロペが持つ最強の武器であった。


「あら剣で遊ぶのね? それならあたしも」


 ボレロはペネロペがやってみせたように自分も氷の刀を生成する。


「フフ、刀で遊ぶのは100年くらい前に日本へ旅行に行った時以来かしらね」


 2人はお互いに向け走り始めた。

 炎と氷の刀がぶつかり合うその瞬間。

 ペネロペはボレロの無邪気で邪悪なその笑顔を見た。


 最強の炎使いペネロペ・センチェス、最恐の能力者ボレロ・カーティス、2人の戦いが始まった。



 ◇



 時を同じくして雅史達は森の端へとたどり着いていた。


「どうなってんだよこれ?」


 森は突然そこから無くなっており、まるで元々あった場所を無理やり切り取ってしまったような不自然な崖があった。

 その先は遥か先まで何も見えず、下も真っ暗で何も見えない。


「なぁ? この下ってなにがあんだ?」

「なにかしらね、ここが天国だって言うなら下には地獄でもあるんじゃないのかしら? なんなら試しに落ちてみる?」

「勘弁してくれよ、ただでさえ地獄みたいなもんなのによ……」

「はは、案外地獄の方がここよりマシかもしんないッスね」


 確かにここの方が自分にとって地獄よりもより地獄らしい場所なのかもしれない、そんなふうに雅史は思った。


 雅史達から少し先には氷の城の城壁があり、先ほどよりも近づいたその城はとても人間が作ったものとは思えないほど巨大で美しいものであった。


「そういやもし今俺達が敵に襲われたらどうすんだ? まともに戦えるのアーニャだけなんだろ?」

「もしも襲われたら私とこの変態野郎で戦うからあなたとオリビアは後ろで援護でもしてちょうだい」

「ちょ、変態野郎ってもしかして自分のことッスか!?」


 どうやらアーニャは自分の胸の事について触れた睦沢の事を許してはいないらしい。


「もしも雅史くんが怪我してもあたしが治しますのでどうか安心してくださいね」

「それはありがたいけどよ、援護って言っても俺特に何も出来ねぇぞ」


 雅史の唯一の武器と言えばアーニャに渡された小さいナイフだけである。

 そんなものだけでは能力者相手に何も出来ないのは雅史自身もすでに理解していた。


「仕方ないわね、ならこれをあげるわ」


 アーニャはそういって自身の能力で何かを取り出し、それを雅史に無造作に投げた。


「っと、助かるぜ」


 それは拳銃だった。

 アーニャが持っているものとは少し見た目が違う。


「それは特殊な弾を打つ事ができる銃よ、その弾なら相手の能力を一瞬だけかき消すことができるわ、もちろんA級以上の能力を相手にした時は効き目があるか分からないけれどね」

「いいのかこれ?」

「足手まといになられても困るもの」


 最初にあった時よりは信頼してくれた証なのだろうか? 雅史はその銃を見て少しだけ嬉しくなった。


「それより変態くん、この森を抜けるにはあとどれくらいかかりそうなのかしら?」

「もう変態でいいッスよ……、今のペースなら夜中には着きそうッスね」

「そう、なら何回か休憩を挟むと考えても明日の朝までには着きたいところね」

「そうッスね、いつボレロの奴が活動するかも読めないッスから」


 今のところボレロはその城を作った以外に目立った行動は起こしていない。

 それが不気味さをより際立たせていた。

 あんなに目立つ城を作ったのにも関わらず何も起きないというのは不自然すぎるのだ。

 

 雅史達は全員ボレロの真意が分からずにいた。

 しかしそれもそのはずである。

 当の本人はただくつろげる場所を作り、城に遊びに来る人間を待っていただけなのだから。


「ねぇみんな! あれ見て!」


 突然オリビアが城の方へ指を指した。

 雅史達はそのオリビアの声に反応して急いで城の方へ目を向ける。


「あれは……炎……?」


 それは巨大な城からその外壁を突き抜けて飛び出す真っ黒な炎らしきものであった。


「おそらくペネロペの黒炎ね」

「黒炎?」

「ええ、A級の炎使い、ペネロペ・センチェスだけが使えるという炎を超えた炎」

「炎を超えた炎? なんだよそれ」

「話によれば黒炎はこの世の全ての物を燃やし、同じ炎ですらも燃やし尽くすなんて言われてるわ」

「よく分からねぇがとにかくやべえ炎ってわけか、それがあの城で見えたってことはつまり……」

「まぁそういうことね、私たちは2人が相打ちにでもなってくれることを祈りましょうか」



 ◇



 【氷の城1階大広間】


 ペネロペは片腕を地面に付き、息を切らせながら勝利を確信していた。

 その体は煙をあげ、ペネロペの肌はところどころ溶けかかっている。

 自身が誇る最強の炎、黒炎。

 自らの命を削ることでやっと出せるその炎は確かにボレロを焼き尽くした。


 炎熱剣と氷で出来た刀での勝負はペネロペの負けであった。

 ボレロの刀に触れた瞬間にペネロペの剣は凍り付き砕けてしまったのだ。

 さらには剣を握っていた右腕までも一緒に凍り始めたのを見たペネロペはとっさの判断で自らの右腕を焼き切り全身が凍るのを防いだ。


 そしてまともにぶつかり合っても勝ち目のないとふんだペネロペは作戦の第二段階、この日のためにだけ30年間貯め続けた炎、黒炎をボレロに向けて放ったのだった。


「ハァ……やったぞ……セレナ……お兄ちゃんお前の仇討ったぞ……」


 思えば苦しい30年間であった。

 自分が町を離れている間に町は氷の世界へと変わり、唯一の家族であった8歳の妹はボレロ・カーティスに食われたと聞かされた。

 それからその復讐のために人生を捧げ、自身の能力を磨き、ボレロの情報を得るため汚いこともたくさんやってきた。


 長かった……本当にここまで長かった……


「おじさん大丈夫?」

「!?」


 顔を上げたその先にいたのは黒炎によって焼かれたはずのボレロ・カーティスであった。

 

「もしかしてさっきのでお終いかしら? もっと他にないの?」

「な、ど、どうして生きて……」

「さっきの黒い火のこと? あれならあたしの能力で凍らせただけよ」

「あ、ありえない、あの炎が凍らされることなんて……」

「もしかしておじさんあたしの噂知らないの? なんでも凍らせる氷の女王様って、あたしの力は町でも人でも炎でも、光だって凍らせることができるのよ?」


 自らの人生をかけて放った最強の炎、それが全く通じない。

 ペネロペはその現実をにわかには受け入れられなかった。


「なんかもう終わりみたいね、でも楽しかったわ。こんなに楽しんだのは久しぶりね! お礼にあなたはあたしの今日のメインディッシュにしてあげる」


 ボレロはペネロペの手に自分の手を重ねるとその体を徐々に凍らせ始めた。


「きっとクロードが素敵な料理にしてくれるから安心してちょうだい、そうでしょクロード?」

「もちろんでございますお嬢様」


 いつの間にかボレロの隣に立っている燕尾服の男。

 その両手に掴んでいるのはモーゼフとダニーの首であった。

 その首はなぜかペネロペの姿を見て口をパクパクと動かしている。


「あ、ああ、モ、モーゼフ、ダニー……」


 2人の首に手を伸ばそうとするペネロペだが、その手はもう動かない。


「バイバイ炎の曲芸師さん、夕飯でまた会いましょう」


 薄れゆく意識の中でペネロペが最後に思い出したのは妹の無邪気に笑う笑顔であった。

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