3-1 恐怖

 ゲーム開始から約2時間、雅史はある場所を目指して歩いていた。

 今のところ運良く他の参加者には出会ってはいないが常に周囲に気をつけながら先に進む。


 雅史が目指しているのは先程大きな爆発音がした場所だった。

 ゲーム開始からまもなく今まで聞いたこともないような大きな音を聞いた雅史はやはりこれは現実なのだと思い知らされたと同時にこのゲームの脅威についても再確認させられた。

 あの爆発が兵器なのか能力なのかは分からないがあの音の中心にいれば無事でいられないのは確実。


 今のところ武器になるようなものなど一切持たない雅史はその音を聞いた瞬間すぐさまそこから遠ざかろうと思い、その音から真逆の方向へ歩みを進めた。

 しかし歩き出して思ったのはこのまま逃げてばかりではいずれ他の参加者に殺されるという不安だった。

 他の参加者に比べて圧倒的に情報が少ない雅史は機会があれば少しでも他の参加者の情報がほしいところ。


 あれだけの音ならば恐らく様子を見にいく人間も何人かいるだろう。

 そしてその人間は自らの腕に自信を持つ強者達が多いはず。

 確かにリスクはかなり大きいが、上手く行けば相手の能力などを確認できるかもしれない。

 それになにより相手によっては味方になれる可能性もある。


 雅史は散々悩んだ結果その場所に行くことにした。


 少しでも危険だと感じれば即退避、もしも運良く仲間になれそうな奴を見つけられれば交渉。

 可能性は低いがあてもなく彷徨い続けてもいつ襲われるのか分からない上に、一人では対処の仕様がない。

 雅史は期待と不安を胸に慎重に進んでいた。


 しばらく歩くと先程の音の中心地と思われる場所に着いた。

 そこは雅史が想像している以上に異常な光景だった。


「嘘だろおい……」


 思わず声が漏れる。

 学校の校庭一つ分もあろう巨大なクレーター。

 そこには何もなく、ただただ歪んだ地面が広がっている。

 まるで巨大な森にぽっかりと穴が開いたように広がるその光景を見た雅史は恐怖しか感じなかった。

 もしこれがこのゲームの戦いの後ならば自分など本当に何も出来ないだろうと。


 しばらく放心していた雅史だったが離れた場所から誰かの叫び声がするのと同時に我に返った。


(近くで誰かが戦っている?)


 一瞬悩んだが雅史はそれを確かめに行くことにした。

 叫び声は森の中からで、森の中なら死角も多く隠れながら様子を見ることも可能だと思ったからだ。


 雅史は先程よりも慎重に足を進める。

 少し歩くと話し声が微かに聞こえ、さらに歩くと人影が見えた。

 雅史はギリギリその影を視認できる近くの茂みに音を立てず身体を隠す。


 そこにはメガネをかけた男と少年、そしてその二人の前に倒れるように男が一人。

 倒れている男は右足から血を流していて負傷しているようで、どうやらニ人に追い詰められているようだった。


「あなた運が悪いですねぇ」


 メガネの男は楽しそうに問いかける。


(日本語……日本人か……?)


「た、頼む、見逃してくれ!!! 俺はあんたらを敵だなんて思ってねぇんだよ!!!」

「ならなんでさっき私達の戦いをコソコソ覗き見してたんですかねぇ? あなたの視線が気になって取り逃がしてしまったではないですか」

「違うんだよ! お、俺達はこのゲームを崩壊させようと仲間を探してただけで!!!」

「ほう、でしたらあなたのチーム全員の名前と能力を教えていただけませんか? そしたら仲間になるのも考えてあげましょう」

「それは……できない……」

「答えられませんか? でしたらあなたを信用はできませんねぇ」


 メガネの男は懐からナイフを出すと倒れている男の足にナイフを構えた。


「あ、それでしたら代わりにあなたの能力を教えていただければ見逃してもいいですよ」

「……本当だな?」

「ええもちろん、私は交渉で嘘はつきませんから」

「……分かった。俺の能力は自分の目を───」


 ブシュっと男の右足から血が吹き出す。


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 メガネの男は相手の話を最後まで聞くことなくナイフを男の右足、怪我をしている全く同じ場所に突き刺したのだ。


「おっとすみません、よく考えたんですがそもそもあなたの口から出た能力の情報なんてあてになりませんしね。これじゃ交渉になりません」

「き、貴様ぁぁぁぁぁ!!!」

「ほらほらそんなに怒らないでくださいよっと」


 メガネの男は刺したナイフを一度抜き、今度はそのナイフを男の右目に素早く突き刺した。


「あ゛っ!!! あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「こーんどーはこっちっ」


 続いて左目にナイフを突き刺す。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 両目から血の涙を流すようにのたうち回る男をまるでゴミでも見るような目で見下ろすメガネの男。


「さぁてと、お遊びはこのへんにして作業に入りますか、ファフニール君、見張りよろしく頼みますね」

「はーい」

「ご、殺してやる!!! 殺してやる!!!」

「随分元気ですねぇ、ですがその元気、顔の皮剥がしても続けてられますかねぇ?」


 男の頬にナイフの刃を当て歪んだ笑みを浮かべるメガネの男。


「ひっ、や、やめてくれぇ、た、助けて──」

「駄目です」


 そうにっこり微笑んだメガネ男の次の行動を見るに耐えるものだった。

 泣き叫ぶ男を押さえつけ、顔の輪郭に合わせるように丁寧にナイフなぞらせる。

 まるでリンゴの皮でも剥ぐような手軽さで顔の皮膚を剥がされる男は声にならない叫び声を上げ、暫くするとその声すらも出なくなっていった。


 雅史は一連の行為が終わるまであまりの凄惨さに身動きをとることができなかった。

 少しでも動けば瞬時に気づかれる、そんな予感をぬぐいきれなかったのだ。


「さてこんなところですかねぇ」

「それまだ生きてるの?」


 少年がヒューヒューと虫の息である男を指さす。


「まぁギリギリ? といったとこでしょうかね。これを見た時のニ人の反応が楽しみですねぇ」

「ほんとリアンは悪趣味だね」


(狂ってやがる……)


 確かにこのゲームのルール通りにするなら相手を殺すのは仕方ないのかもしれない。

 だがどうみても今のは楽しんでやっていた。

 皮を剥がれた男だってこのゲームを壊すためと言っていたし、それが嘘だったとしてもあそこまでする必要はない。

 雅史はこのゲームのルール上、どうしても凄惨なものになるとは予想していた。

 しかし想像と現実とでは大きな差がある。

 今起こったことは雅史の想像の遥か上の出来事。

 まともな感性を持つものならば決して正気ではいられないほどの出来事だった。


「さておニ人がここに来るまではまだ時間もありますしこの木の上で待機でもしてますかねぇ。お願いしますファフニール君」

「はーい」


 そう返事をすると少年の背中から自身の身長ほどもある翼が生えてきた。

 そしてそのままメガネ男の腕を掴んだまま飛び上がり、木の上に姿を消した。

 

 ここしかない。


 雅史はニ人が消えたのを確認すると急いでその場から離れた。

 慎重に慎重に慎重に。


 そしてある程度離れた距離になると無我夢中で走った。

 少しでもあの場から離れるために。

 走っている最中に同じように走っている男女の二人組を見つけたがもう様子を見ようとも思わない。


 雅史はひたすら走った。



 ◇



 どれほど走っただろうか。

 体力の限界まで走り続けた雅史は気が付くと川辺に着いていた。

 辺りを見渡し、何も以上がないことを確認するとそこでやっと足を止め息を整え始める。

 

 息が整い始め、体に酸素が行き渡ると先程の光景を思い出し思わず雅史はその場に嘔吐した。


(夢でも何でもない……これは殺し合いだ……)


「くそったれ……」


 なんで自分がこんなことに巻き込まれてしまったのだろうかと雅史は嘆くが、嘆いたところで状況は変わらない。


 吐瀉物の中に食べ物などはなく、出てくるのは胃液だけ。

 これがミカエルの言っていた霊体になるということなのだろうと雅史は思った。

 少し冷静になってきたところで雅史は木に寄りかかり、目を瞑った。

 次の行動を起こすにしても精神と体力を整えることがまずは最優先、それを怠れば待っているのは死。

 自分が生き残れるためには今何をすればいいのか、雅史はそれを落ち着いて考え始めた。




 雅史が目を開けたのはそれから暫くした頃だった。

 ハッと目を開け、自分がいつの間にか眠っていた事に気づく。


「おいおい、我ながらなんて呑気なんだよ……」


 今襲われたら確実に死んでいた。

 自分の迂闊さに呆れながら再度警戒しつつ辺りを見渡すと川辺には先程までなかったものがあった。

 飛び上がるように立ち上がった雅史は慣れない手付きで拳を作る。


「人……?」


 そこには白髪の人間が倒れていた。

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