ファング・ラビット

「あの集落です、ボス」

「……ああ、そうか」


 煩わしいな。ファット・バニーの群れのリーダー、ファング・ラビットはその狼の様な巨大な体躯を揺らめかせて眼前に当然の如く並ぶ六体のを睥睨した。

 ファット・バニーは十体以下の群れを作って行動し、そのリーダーに上位種のファング・ラビットを据えるものと思われているが、それは間違いである。ファング・ラビットは、その長い耳と強靭な脚力から角兎ホーン・バニー種と思われがちだが、彼らは奉仕種族と呼ばれる特殊な系統の月兎ムーン・ラビット種であり、その性質は獰猛な角兎種と違い、どちらかと言えば白狼種や影狼種と呼ばれる狼系の魔物に近いもので、理性的で計算高く、何よりも強い主の下に使えることを至上の喜びとする。

 それに対し角兎種であるファット・バニーは残忍な性格で、強者の庇護を受けて弱者の肉を貪り食う野蛮な種であるのだが、全く持って哀れなことに月兎種は角兎種のに選ばれてしまったのだ。

 彼ら角兎種は、自らの使えるべき強者たる主を求めある程度の配慮はあれど、手当たり次第に強そうな魔物に戦いを挑む月兎種に、外見の類似をネタにすり寄り、月兎種の『おこぼれ』に預かっているという訳だ。

 殺しても殺してもしつこく我が物顔で突いてくるので放っておいたらすっかり部下のような口ぶりである。ファング・ラビットは苛立ちを隠そうともせず、その兎と言うにはあまりに長く強靭な尾で地面をたたいた。

 この害虫どもは、なぜこう恥もせずに人の仲間面が出来るのだろうか。絶対なる忠誠を以ての行動であれば奉仕種族として、認めてやらないこともないというのに、こいつらと来たら付いてくることで他の魔物に対して偉そうにできるだとか、食い物に困らないとかいう理由で付いてくる始末。ファング・ラビットの持つ固有スキル『読心』によって、いざとなれば敵に差し出し見捨てて逃げるつもりであるという事も分かっていたが、殺しても別の連中が来るだけ。半ばあきらめていた。

 『彼』は新鮮な獲物の肉をむさぼることしか考えていない六体の害虫に向かって、「いけ」と小さく命令した。

 その言葉を待っていたと、喜び勇んで飛び出していく六体。『彼』は憂鬱そうに満点の星空を見上げた。無数の星々の生命の煌きの中で、ひときわ輝きを放つ月。『彼』の種がかつて暮らしていた白銀の大地。眩い太陽の輝きを浴びて輝くことしかできない、星。あの美しく儚い夜空のペンデュラムの様に、輝ける主の下に仕える事だけが望みであり希望であった。だが、太陽の光を浴びるあの星は、今ではあんなに遠くなってしまった。

 無意味、無意味なのだ。きっと、意味など等に喪失した。かつては主を求めて行っていた襲撃も、今では害虫どものエサやりの為の狩りに成り下がってしまった。あんな弱い魔物の集落に、求める主等いるわけがないというのに、無駄だというのに、今の自分はそれを行う。

 ただただそれが虚しくてたまらなかった。悲しくてならなかった。

 今宵は満月、月兎種たる『彼』の力が最も高まる晩だというのに、『彼』の気分は暗く沈んだままだった。


 ――害虫の断末魔の叫びを聞くまでは。


「⁉」


 月兎種は耳が良い。それは戦闘行動に特化したファング・ラビットたる『彼』も例外ではなく、今の惨めな音は害虫が頭を砕かれ殺された音と、その悲鳴だ。

 『彼』は目を凝らす。見ると、集落は最早集落としての形を成していない。あれは人間の街で見かけた、防護柵バリケードだろう。それ以外にも、様々な罠らしきものが見受けられた。

 たしかあの集落に住んでいるのは、ゴブリンの下級種ロウゴブリンの筈だ。確かに彼らは貧弱な体で身を守るために、ゴブリンよりも知能が高かったはずだが、それも所詮はゴブリン基準。気に留めるほどでもないと思っていたが、どうやら違ったらしい。

 興味を示した『彼』は、マナを用いたスキル『索敵』を用いて集落の中にいる敵を一人ずつ調べ始めた。


(おかしい、どれも普通のロウゴブリンばかりだ。これだけの罠を敷ける知能がある個体は……いや、まて、何故だ)


 『彼』は自らのスキルが示した反応に眉根を釣り上げた。


(何故人間がゴブリンの中に紛れている?)


 これは異常な事だった。確かにゴブリンと人間は敵対してはいない。お互いに利が無いからだ。しかし、だからといって協力的でもなく、互いに不干渉であるのが普通なのだ。しかし、何故か人間がゴブリンと共に、しかも戦闘の指揮をしているようにも見えた。

 と、『彼』は違和感に気付いた。人間の反応と、あと一つ異質な反応を示すものがあったのだ。『索敵』から、『鑑定』に切り替え、その反応をよく観察する。

 それは本のような形をしていた。それは意識と自我を持っていた。そしてそれはまぎれもなくであった。


「自我を持つスキルだと……⁉」


 ありえない。それはあり得ないはずだ。ゴブリンと人間が共闘する以上に、ありえない。それに、この感覚、これはまるで。いや、そんなことは不可能だ。振る舞うとしても、スキルツリーに侵入することはできない。あれは創造神にしか干渉できない。すると、あれは本当に生きたスキルだというのだろうか。

 もっとよく観察しようと目を凝らし、。一キロ以上離れたこの距離で、『潜伏』を使って森の中に潜んでいた自分と。

 驚愕し、いったん引こうとしたところで、人間は何やら小さくつぶやき、左腕の籠手のレバーを引いた。そしてもう一度『彼』は驚愕する。あれは、まさしくあの輝きは。


「れ、霊、装……」


 守護者を打ち破り、認められた資格者しか使用することのできない『神の奇跡』の一つ。それが今目の前にあるのだと、『鑑定』は告げていた。

 一度目を大きく見開き、『彼』は満面の笑みを湛えた。この人間なら、理解不能のスキルを持ち、霊装をその身に纏うこの人間なら、見事自分を打ち倒すことが――太陽となることができるかもしれない。

 『彼』は喜びの叫びを上げ、奮然と走り出した。

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