地下の祭壇

「武器が欲しい」


 三年ぶりにシャバの空気を吸った俺がまず初めに口にしたのはその言葉だった。


『いや友よ、もっとこうなんていうか楽しいことを考えた方が楽しいぞ?』

「そんな暇は無いんだ!」


 封印をビー玉にしたことでマナが枯渇したのか、子猫くらいの大きさの子竜の姿になったダハーカに、俺はぐあっと右手を振り上げ熱弁する。


「そもそも人類と言う種は虚弱な戦闘能力を補うために武器を手に戦い生存競争を生き残ってきたのですよ! いくら俺が三年間みっちりとダハーカにしごかれて多少強くなったとはいえそれはヒト型してるやつに対しての徒手空拳の技術に過ぎないしそりゃ確かに棒術と剣術も教えてもらったけどあれは結局塔の中にあった棒と言う棒を特訓でへし折っちゃったからダメだしもっとちゃんとした武器が無いと俺はこの危険な森で生き残る事が出来ないと思われるわけで当方としましては即刻なんか武器を要求します」

『その心は?』

「どうせならかっこいい武器あった方がテンション上がるよね」


 笑顔でそう告げる俺。色々言ったけど本当の所はそんな感じだ。いやね、かっこいい武器があると不思議とやる気がわいてくるっていうかね。せっかく夢にまで見た異世界に来て冒険しようっていうんだからかっこいい武器は必要だと思うのですよセンリさん的にはね。ほらやっぱりこういうのは形から入るのが一番だと思うし。


「……うわあ」


 何だねその眼は。何か言いたいことでもあるのかねブックマン君。俺はそんな抗議の意味を込めてキッとブックマンを睨みつける。


「いや、二十八の男が目を輝かせて『かっこいい武器がいいー』とかほざいているのを見るのは何とも言えない切なさを醸し出してくれるナとか考えてヨォ……」

「年齢の話はヤメテ」


 現実を思い出してしまうので。何で異世界に来て辛い思いをしてやっと冒険が始まるのかと思った矢先に現実を突きつけるのは非人道的だと思います。俺が涙ながらにそう反論するとブックマンは「気持ち悪イ」と言って笑った。もうやだこの子。


『武器か、それなら鉄の木を削って木刀を作るというのはどうだ?』


 ダハーカは俺の肩にとまって、右の羽でびしっと一本の大木を指さした。鉄の木、たしかロビンソークルーソーで出てきたアホみたいに頑丈な木の事だったか。いや、この世界の鉄の木が俺の知ってるのと同じっていう確証もないんだけどさ。ともかく鉄並みに硬そうな名前だし、それだけ硬いなら木刀の素材としても申し分ないし木刀っていうのも中々に良いかもしれない。まあ鉄並みに硬かったら削りようがないんだけどな。

 そんなこんなでいろいろ考えていると「投石紐スリングなんていいんじゃナイカ、ハゲ」と、ブックマンがやたら失敬な感じで進言してきた。スリングって、あの石とかを投げるのに使う投擲武器の事だろうか、あと禿げてねえし。


「何でスリングなんだ?」

「マスターが持つ攻撃方法の中で一番強力なのがビー玉だからってところダ。簡単にに言えば」


 いや、だからなんでだよ。俺は怪訝そうに顔(表紙?)をしかめて見せた。するとブックマンは「これだからハゲは」と鼻で笑う。おい、それ以上はハゲがかわいそうだろう。俺は別に禿げて無いんですがねという余裕をたたえた瞳で静かにブックマンを見つめていると『ああ、なるほど!』と俺の肩で小さな友人がはしゃいだ。何が成程なんだろう。首をかしげていると、ダハーカは楽しそうに俺の耳元で口を開いた。


『友よ、硝子細工師マーブルメイカーは物とか魔法をビー玉にしたり戻したりできるんだろう?』


 そう笑って可愛らしい白い顎で目の前に落ちていた岩を指した。あ、あー。うん、なるほどこれはスリングあったら強いですね。俺はひたすらに感心する。つまるところブックマンの提案はこうだ。

 俺のビー玉は掛け声、もしくはビー玉を作るときの設定で戻すことができる。ビー玉のサイズはどれほどの巨岩を使おうが一律サイズで重さも均一。それを利用し、ビー玉に変えた攻撃魔法ないしは岩などを相手に投げつけて元に戻してやれば、ビー玉の加速で相手にぶち当たる。失速は無い。なので投擲の威力を手っ取り早く上げられるスリングが適していると言ったのだ。こうして考えると、硝子細工師、とんでもないスキルだ。


「ああ、スリングは便利そうだな」

「……はんっ」

「くらえ」

「あいた」


 俺が静かにデコピンをかますとブックマンはそう声を上げてこちらを睨んできた。この子本のくせに痛覚とかあるのかよ、どういう仕組なんだ。まあそれはともかく、スリングは今ちょっと作れそうにないので街かなんかに行ったときに買うなりなんなりするとして、今は弾に使えそうな岩をビー玉に変えておくとしよう。まあ適当なのを【|捕縛≪キャッチ≫】して、後は【複写コピー】して増やせばいいだろう。俺はとりあえずそう決めてダハーカを肩から下ろし、先ほどダハーカが指した岩に手を当ててビー玉に変える。


 なぜか足元が崩れ落ちた。



  ♦♦♦ ♦♦♦ ♦♦♦



「おーい、生きてるかお前ら……」


 俺はよろよろと立ち上がって言った。いやまさかね、まさかちょっと地面から出てたくらいの岩が実は地面の奥の方まで広がる巨大な一枚岩だなんて思わないって。

 どうやら俺はかなり深いところまで落ちてきてしまったらしい。空を仰ぐと地上がかなり遠くに見える。と、上の方からぱたぱたと羽をはばたかせてダハーカが飛んできた。


『だ、大丈夫か友よ! なぁ! 大事ないよな! ないよな! な!』


 どうやら俺がいきなり目の前から消えたことが余程ショックだったらしく、ドラゴンの綺麗な青色の瞳にいっぱいの涙を浮かべて俺の胸に飛び込んできて、そうまくしたてた。かわいい奴め、たとえ相手がドラゴンでもここまでなつかれると嬉しいものである。俺は「大丈夫に決まってるだろ」と言ってダハーカの柔らかい羽毛の背中を撫でた。


『……いやだ』


 ダハーカは何かを呟いて俺の服に短い爪を立ててきゅっとしがみついた。


『どこかに行っちゃ、いやだよ……友よ』

「……ああ」


 ぶるぶると震える子竜を抱きしめながら、俺は今更ながらにダハーカがこれまでどんなふうに暮らしてきていたのかを思い出した。最強の魔物だ何だと言われようと、ダハーカの態度は明らかに子供のそれだった。英雄スラエータオナが自分よりはるかに強いダハーカを封印できたのは、きっとダハーカがまだ生まれたばかりだったからだろう。生まれたばかりなのに四等神格と言うダハーカを畏れ、八千年前の英雄は何も知らないダハーカをあの塔に閉じ込めたのだ。特に深くは触れなかったが、あそこには、大量の本が置いてあった。ダハーカは八千年の間、ずっとあそこで本だけを読んで生きてきたのだ。ずっと一人で。心は子供のまま、身体だけは成竜になり、ずっと友達が出来たらと、この塔の外の世界に行けたらと思いを馳せながら。ずっと。

 俺はきつく唇をかみしめた。大昔の連中が一体何を思って、ただ強く生まれてしまっただけのダハーカを封印したのだろう。何故、昔は貴重だったであろう本をあんなにたくさん塔の中に置いたのか。それはせめてもの罪滅ぼしのつもりなのかもしれない。だが、少なくとも、ダハーカを封印したことについては絶対に許せない。絶対、絶対にだ。俺はぎゅっとダハーカを抱きしめ直す。


「一人になんてしねぇよ、俺たち友達だろ?」

『……うん、私とセンリは友達だ!』


 そう笑うダハーカ。それを見てとりあえず安心したので、俺はダハーカを肩の上に乗せた。ところで、ここは一体何なのだろうか。足元を見ると、明らかに何者かの手が加わったであろうと思われる石畳の道が続いている。どうやら、あの一枚岩は何かのだったようだ。通路の様に延びる石畳を目で追うと、暗くてよく見えないが祭壇のようなものがあるのが分かった。

 俺は辺りを見渡し、崩落の時に落ちてきたであろうスイカ大の石をいくつか掴んでビー玉に変えてポケットに詰め込み、「ちょっとここに入っててくれ」とダハーカを服の中に押し込んだ。『わぷ』とダハーカが俺の服の胸元から首だけをにゅっと出した。


『どうしたんだセンリいきなりこんな……ハッ! まさかこれが気の通った友人たちのするというとかいう奴か!? 本で読んだぞ!』


 はうあぁぁと何やら感銘を受けるダハーカ。何か勘違いしているようだが、単純にこの先に何かあって逃げなくちゃいけなくなった時に置いてかないようにしたかっただけなんだけど。というかあの本棚にあった本、意外と俗っぽい内容というね。本当、何を考えてあの本を置いたんだろう。そんなことを考えながら俺は通路に足を踏み入れた。

 ひどく埃っぽくて湿ったにおいがする。まあ地下なんだからそれも仕方ないのだが、少し息苦しいのはどうにも我慢できない。空調が整備されていないのだろう。もしくは、空気穴をさっきの崩落で潰してしまったか。どちらにせよ長居はできそうにないので足を速めた。

 薄暗い中で注意深く壁や床、天井などを観察しながら歩く。どうやら罠の類は通路に仕掛けられていないようだ。しかしこの石の敷き詰め方、異世界だからか俺の知るどれとも違う。それに石自体も奇妙な違和感を感じさせる。成程これが異世界という事か。

 しばらく一本道を歩いていると、通路に入る前に見た例の祭壇の部屋に着いた。が、何かいかにもトラップとか隠し通路とかがありそうな感じだ。


「ブックマン、この部屋の間取りとか敵とか知りたいんだけどなんかいい方法あるか」

「あるっちゃあるがヨ。人に聞く前に自分で考えようとか思わないノカ、あ?」

「あるなら普通に教えようか」


 なんでいちいちこうなんだよ。あれか、悪口を言い続けないと爆発でもするのか。そういう生物なのか。俺がそんな目でじっと見つめると、「全く、低能め……」とブックマンはパラリとページを開けた。そろそろ泣いてもいいかな。泪を以てすべてを洗い流す権利を私に下さい。

 と一通り悲しみを噛みしめたところで、やはりページは白紙だった。左手をかざしてページの記述を呼び出す。すると、本の上に、青く『状況理解』の文字が浮かび上がった。ああ、何かいつの間にか覚えてた『硝子細工師』の進化条件になったやつか。


「この『状況理解』はハゲでも理解できるように説明すると、文字通り周囲の状況を把握、理解するスキルダ。類似スキルの『サーチ』と違って、このスキルはという事に重点が置かれてイテ、自分の技量に応じて把握した情報を余すことなくできる。スキルの進化に伴いスキルの影響範囲、把握および理解の対象となる事柄は増えるわけダガ、今のサバンナヘッドの『状況理解』はまだ一度も進化してイネエから、メートル法単位で半径十メートル以内の地形と生息生物の把握しかできナイ。まあそれでも不毛の頭皮には過ぎた能力ですが」

「へ、へぇ」


 丁寧な解説はありがたいが、罵倒の言葉をきっちり盛り込んでくるあたりに謎のこだわりを感じる。まあそこら辺の事についてはどうにもならないので諦めるとして、『状況理解』で索敵してみることにした。いやまあどうやって使うのかもわからないんだけどさ、多分聞いたらまたハゲ呼ばわりされるから適当にやってみよう。こういう時は大体スキルの名前を口にすればいい様な感じだろう。


「『状況理解』」


 ……何も起こらなかった。やっぱり違ったのなと苦笑いすると、頭の中に突然この地下空洞の情報がなだれ込んできた。時間差で発動されるのは何なんだろう。びっくりした。俺は頭の中に入ってきた情報をもう一度整理し直して、今来た道に向かって走り出す、しかし。


「くそ! やられた!」


 俺は通路をふさぐように現れた鉄の扉をガンと叩いた。やはり祭壇の部屋に閉じ込められてしまったようだ。

 俺が『状況理解』で手に入れた情報はいくつかあるが、要約すると、この地下空洞は【反逆者の祭壇】という一種の神殿で、【霊装リベリオン】とか言うマジックアイテムを祭っている場所らしい。だが問題はその後に手に入った情報の方で、何でもこの【霊装】はこの世界に一定数しか存在しないアイテムらしく、使があるのだとか。そして、その試練と言うのが、


「ああくそ、もう出てきたか」


 振り向かずにそう呟く、振り向けばその瞬間に試練が始まると直感で理解したからだ。ずぶの素人でもわかるこのぴりついた空気感、逃げ出したくてたまらないが、この扉をビー玉に変えたところで逃げ出せやしないだろう。この先は俺が落ちてきた穴、つまりは断崖がある。登れないことは無いがそこまでの時間があるとも思えない。どうにかしてこの試練を切り抜けなければいけないらしい。


「ダハーカ、俺が良いって言うまで出てくるなよ」

 

 友達との約束だからな、と付け加えて、首をかしげるダハーカをそっと近くの岩陰に座らせる。最強の魔物だというのに、生まれてすぐにあんな塔に閉じ込められて外敵のいない生活を送っていたからだろうか、ダハーカは警戒心とかそういうのが培われていないんだろう。この殺気に気付けていない。いや、気付いていてもそれが殺気だと理解していないのか。ともかく、今のダハーカは俺より弱いので戦わせるわけにはいかない。

 だがまああれだ。後ろに立ってるやつはあんまり長い事待つ気は無いらしい、何かをゆっくりと振り上げる音がする。


「なあブックマン、どっちからくると思う?」

「『状況理解』で見た獲物の持ち手からして、右ダロウナ。俺様を盾代わりにして戦う事をお勧めスルゼ。防御力には自信があるンダヨ、これでも」


 そうか、と頷いて俺は勢いよく振り返り、

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