第4話 勇者の資質

「あ、ああ……そんな……!」

「勇者様……!」


 鮮血と怒号と、慟哭が絶えぬ戦場――だったはずの城下町は今、数刻前の激戦が嘘のように静まり返っている。

 反乱軍の兵達は、皆一様に絶望の色を表情に滲ませ――ある者は目を伏せ、ある者は両膝をついて落胆していた。

 対して、傭兵団の面々は下卑た笑みを浮かべて舌舐めずりをしている。この先の展開を、今か今かと待ち侘びている表情だ。


 そんな両陣営の視線は、城下町を一望できる王室のバルコニーに集中している。

 彼らの眼前には――三人の人影。


 その中央には、赤毛の巨漢――マクシミリアンの姿が伺える。彼の両脇には、公女クセニアと公国勇者グーゼルが立っていた。

 ――性奴隷の如し、扇情的な衣装を身につけて。


 小さな布で大事な部分だけを隠したあられもない姿で、首を鎖に繋がれた彼女達の姿を見せつけられた反乱軍は、誰の目にも明らかなほどに戦意を喪失していた。

 この光景は――彼らの支えだった公国の誇りと希望が、傭兵団の手に落ちたということを意味しているのだから。


「野郎ども! 反乱軍の諸君! 見えるかな、彼女達が!」

「ウオォーッ! 見えるぜ団長ォーッ!」

「ついにやったなァァ! オレ達の勝ちだァァ!」

「とうとうあの生意気女をモノにしてやったぜェ!」


 荒くれ者達はグーゼルとクセニアの肢体に粘つくような視線を注ぎ、歓声を上げる。そのケダモノ達の雄叫びに、反乱軍の女性兵達は先ほどまでの勇猛さが嘘のように萎縮していた。


 そんな彼女達の姿を見下ろし、グーゼルは鎮痛な面持ちを浮かべる。クセニアはその横顔を、心配そうに見つめていた。


「グーゼル……」

(ダタッツの……言う通りだった。私がこうなったばかりに、あの子達は戦う勇気を――勝つ希望を見失ってしまった。私の軽率な行動が、反乱軍を……クセニア姫を……公国をっ……!)


 今になって、自分がいかに自分自身を軽んじていたかを思い知り、グーゼルは唇を強く噛み締める。何もかも、手遅れになってしまったと。


「さァて。じゃあオレ達マクシミリアン傭兵団の勝利を記念して……あんた達二人には、オレの慰み者になって貰おうか」

「くっ……下衆がっ!」

「……」


 そんな彼女の懺悔を他所に、マクシミリアンは二人の胸を無遠慮に撫で回す。その厭らしい感触にクセニアは顔を顰め、彼を罵倒するが――グーゼルは心を折られたまま、反応を示さない。


「ほぉ。さすがに熟れてるなァ、このカラダは。やっぱこれくらい実ってる方が好みだぜ」

「あぅっ……ああっ!」

「グーゼル! マクシミリアン、あなたっ……!」


 そんな彼女に目をつけたのか、マクシミリアンは狙いをグーゼルに集中させる。首筋や頬を舐め、胸や腹、腰周りや尻、脚を撫で回し、思うままに彼女の肢体を蹂躙していった。

 クセニア以上に豊満な胸を、形が変わるほどに強く揉みしだき、その先端を指先で撫でる。黒い髪とは対照的な白い肌を、舌先で味わうように隅々まで舐め回す。


 その度に荒くれ者達は歓声を上げ、女性兵達は悲鳴を上げる。クセニアも、何もできない事実に耐えかね、目を伏せていた。


「う、く……ぅん……」

「へへ、いいねぇ。これだから略奪はやめられねぇ。さて――そろそろ、あんた達のカラダを皆に見てもらおうぜ?」

「……!」


 すると――マクシミリアンの手が、二人の胸を辛うじて隠している布を鷲掴みにする。彼の膂力を考えれば、少し手に力が入るだけで簡単に破けてしまうだろう。

 その先に待ち受けているであろう光景を予想し、傭兵団は怒号にも似た歓声を上げ、反乱軍からは悲しげな声が響いてくる。


「や、やめなさい!」

「やめっ――!」


 グーゼルとクセニアの反抗も虚しく。胸を隠す布が、紙切れのように破かれた。


 ――と、誰もが信じて疑わなかった。


 しかし。


「ぎゃあぁ!」

「なんだてめっ――ぐぎぃあ!」


 マクシミリアンの背から、傭兵達の悲鳴が聞こえた時。赤毛の巨漢は布から手を離すと、表情を一変させて振り返る。

 感じたからだ。ただならぬ、強者の気配を。


「……話に聞いたことがある。かつて、帝国将軍として名を馳せていながら、不要な略奪を繰り返す余り帝国から追放された騎士がいたと」

「……!」


 悲鳴が聞こえた方向――玉座の間から、男性の低い声が響いてくる。聞き覚えのあるその声に、グーゼルはハッとして振り返った。


(そんな……どうして!? あんなに……あんなに酷いことを言ったのに! 許されるはずが、ないのに!)


 そして――彼女の視界に、ボロ布で作られたマントを纏う男の影が現れる。


(どうしてよ――ダタッツ!)


「その男は大陸を放浪し、ならず者達を掻き集め、一大傭兵団を組織したという。――そして今。その男は帝国勇者の名を騙り、帝国の影響下にない国々を相手に略奪を繰り返している」

「ほう、よく知ってるな。――何者だ?」


 その影に向かい、マクシミリアンは一気に間合いを詰め、斧を振り下ろす。ボロ布の男はそれをかわすこともなく、手にした鉄の盾で受け流すと――鮮やかにジャンプし、距離をとった。


「何者でもない。そう珍しくもない、流浪の一戦士だ」

「珍しくない、だと? オレの攻撃を凌げる奴がか? 嘗められたものだな」


 マクシミリアンは額に血管を浮き上がらせる。怒りに任せ、水平に振るわれた斧の一閃は空を裂き――ボロ布の男は、マクシミリアンの頭上を飛び越して背後をとった。


帝国式投剣術ていこくしきとうけんじゅつ――飛剣風ひけんぷう!」


 刹那。男は腰から剣を引き抜くと――大きく上体を捻り、手にした剣を矢の如き速さで投げつける。一角獣ユニコンの幻影を、その刀身に纏わせて。

 そして、切っ先はマクシミリアンの頬をかすめ、彼の視線の先にある壁に突き刺さった。


けんの……かぜ……」


 人間の業を逸した、光速の投剣。その一閃が生む風に頬を撫でられたグーゼルは、唇を震わせ――呟く。


「……」


 一方。自らの頬に手を当て、マクシミリアンは自分の手を見やる。そこには、久しく見ていない自分の血があった。

 すると彼は一転して冷静になり、ゆらりと振り返る。その眼は――狂喜に歪んでいた。


「……オレも知っているぞ。三十年前、帝国勇者が使っていた、伝説の対空剣術」

「……」

「遥か昔。魔王の配下である飛竜に対抗するため、当時の帝国騎士が編み出した帝国式投剣術。大砲や投石機の発達に伴い、廃れて行った古代の剣技であるそれは、三十年前の戦争で久方ぶりに実戦で使われた」


 体ごと向き直り、マクシミリアンは高らかに斧を振り上げる。この瞬間を待っていた、と言わんばかりの悦びを、全身で表現するように。


「……帝国勇者、あんたの手でな!」


(帝国勇者!? ダタッツがっ!?)

(どういうことですの!? あの殿方が、帝国勇者!?)


「……その呼び名は捨てた。三十年前にな」

「抜かせ! オレは待ち侘びていたんだ。力こそ正義という理念を体現したあんたに会って、あんたを超える。そうすりゃ、オレが正義だ。オレが絶対だ! 誰もオレに逆らえねぇ!」


 そんな彼に対し、男は冷静な面持ちのまま、するりとマントを脱ぎ――鎧を纏う、逞しい肉体を露わにする。一角獣を模した鉄兜の先端が煌めき、首に巻かれた赤マフラーが、その弾みでしなやかに靡いた。

 その男――ダタッツの全貌を目の当たりにして、マクシミリアンはさらに興奮するように口元を吊り上げた。一方、グーゼルとクセニアは、本物の帝国勇者だというダタッツの姿に、目を奪われていた。


「あんたは三十年前に死んだと言われていたが……オレは信じちゃいなかった。帝国騎士団にいた頃は、どれだけ成果を上げても言われたものさ。『帝国勇者の伝説には敵わない』とな。本当にそうなら、一度や二度の戦争であんたが死ぬはずがねぇ。だから騎士団を抜けてでも、あんたを探し続けたのさ。オレがこの世界で一番強くて、一番正しいんだってことを、証明するために!」

「それで、わざわざ帝国勇者を騙ったと?」

「ああそうだ。偽物が好き放題暴れてるって知りゃあ、きっと本物が成敗しにやってくる――ってなァ。現に、こうしてあんたが現れた! この時を、オレは待ち侘びてたんだ!」


 真の姿を現したダタッツを前に、マクシミリアンは斧を振り回して襲いかかる。だが、中年の戦士は鮮やかな身のこなしでそれをかわし、防戦に徹していた。


「あんたを殺せば、帝国勇者の座はオレのものだ。そして、オレこそが正義になる。力こそ正義、力こそ勇者なんだからな!」

「違う。ただ戦うことに秀でているだけの者は、強者であって勇者ではない」

「……!」


 その時。ダタッツが発した言葉に、グーゼルは思わず顔を上げる。


「勇者とは。その生き様を以て、今を生きる人々に希望を灯せる者のことを言う。力などではない。その者の勇気が人々を動かすから、その者は――勇者は尊いのだ」

「なにをわけのわからねぇこと、抜かしてやがる!」


 マクシミリアンの一閃をジャンプでかわし、ダタッツは壁に突き刺さったままの剣を引き抜く。そして再び、飛剣風と呼ばれる投剣術の体勢に入った。


「確かに自分はかつて、力こそが全てであると――己の行いで表現してしまった。帝国勇者が、勇者を穢してしまった」

「ダタッツ……」

「だからこそ。そんな自分だからこそ。今を生きる本当の勇者に伝えたいのだ。――勇者の資質は、力などではないのだと。人を動かす、優しき心にあるのだと」

「……ッ!」


 グーゼルは、その言葉を耳にして――感極まった表情を浮かべ、頬に雫を伝わせる。

 ようやく理解したからだ。なぜ彼が、自分をあれほど気にかけていたのかを。


(ダタッツは……私に、同じ轍を踏ませないために……!)


 彼女の横顔を見遣るクセニアも、それを察して――その涙には、気づかぬ振りをした。そして、彼女のために剣を振るわんとしている戦士の姿に、熱を帯びた視線を送っている。


 そう。彼女は、気づかぬ振りをするためにグーゼルから視線を逸らしていた。だから、気がつかなかったのだ。

 瞳に希望の炎を取り戻した彼女が――鎖を引きちぎろうとしていることに。


「け、優しき心!? ヘドが出るぜ! 血も凍る非情の帝国勇者が、なにを今更綺麗事ほざいてんだ!」

「お前のような男が正しさを語ろうというのだ。綺麗事の一つも言いたくなろう」

「面白れぇ。だったら証明してみろよ、オレの納得するやり方でなァ!」

「……やむを得ぬか」


 そして――再び、ダタッツの手から光速の剣が射ち放たれる。だが、今度はマクシミリアンも完全に反応していた。

 構えた盾で、飛剣風の一閃を受け止める。グーゼルの猛攻で装甲が弱っていたためか、弾くことはできず、そのまま盾に突き刺さってしまったが――その切っ先は、貫通するまでには至っていない。

 これでダタッツは得物を失った。マクシミリアンはその事実から勝利を確信する――が。


 その時にはすでに――ダタッツは姿を消していた。


「なっ……! ど、どこに――ッ!?」


 刹那。ふと見上げた上方には――こちら目掛けて飛び蹴りを放つダタッツの姿があった。


「上だとォォ!?」

帝国式対地投剣術ていこくしきたいちとうけんじゅつッ――!」


 彼の蹴り足は、盾に突き刺さった剣をさらに押し込むかのように――柄頭に命中する。

 その衝撃に押し込まれた切っ先は、そのまま盾の中を直進し、取っ手を握る持ち主の手を貫いて行った。


「――飛剣風ひけんぷう稲妻いなづま』ァッ!」

「ぐがぁあぁあぁああッ!」


 盾を貫く一閃で、腕を串刺しにされたマクシミリアンは、悶絶してのたうちまわる。その光景に、クセニアはダタッツの勝利を確信して笑顔を浮かべる――が。


「……!?」


 息を切らし、片膝をついている彼の姿を目にして、表情を変える。明らかに、消耗している様子だ。


「……少しばかり、年甲斐もなくはしゃぎ過ぎたようだ」

「ぐ、ぎっ……く、くふふ。やはり年には勝てないか? 古代の遺物! どうやら、最強の座は――真の勇者の座はオレのもののようだな! まだオレには、右腕があるぞ!」


 マクシミリアンは貫かれた左腕をぶら下げたまま、右手に握った斧を振りかざし、ダタッツに襲いかかる。間一髪、それをかわしたダタッツは、すれ違いざまに盾から剣を引き抜くと、再び彼と相対した。


「あぐっ! ……無駄な抵抗をッ!」

「マクシミリアン。一つ思い違いをしているぞ。自分を倒したところで、最強の座も真の勇者の座も、手に入らぬ」

「けっ、負け惜しみか!?」

「事実を言っているだけだ。その座が欲しくば、勇者として自分を超えた者に勝ってみせろ」

「そんな奴がどこにいる!」

「――お前の後ろだ!」


 ダタッツはマクシミリアンの頭上を飛び越すように、持っていた剣を山なりに放り投げる。激しく回転しながら落ちていくその一振りを――こちらに向かって疾走してきたグーゼルがキャッチするのだった。

 彼女は自力で鎖を引きちぎり、拘束から脱していたのだ。


「おぉおぉおおおおぉッ!」

「てめぇか! 大人しく飼われていればいいものを――ッ!?」


 だが、グーゼルの剣はすでに見切っている。それを自負していたマクシミリアンは、己の勝利を疑わなかったが――


「はぁッ!」

「なっ――にィ!?」


 ――鎧も服も脱がされ、盾も取り上げられたことで却って身軽になり、さらにダタッツの激励を受けて気勢を取り戻したことで。彼女はマクシミリアンの見立てを遥かに凌ぐ疾さを発揮していた。

 さらに、今のマクシミリアンは片腕しか使えない。斧一本では彼女の連撃を捌くことは出来ず――彼の全身に次々と傷が入って行く。


「ぬがぁああァァァ!」

「あうっ!?」

「許さねぇ! この場で叩き斬って晒し首にしてやる!」


 だが、まだマクシミリアンを打ち破るには足りない。彼は憤怒のままに斧を振るい、風圧で彼女を吹き飛ばす。

 鎧を失い、身軽になっている彼女は容易に転倒し、床の上を転がって行く。


「くっ――あんっ!?」


 そんな彼女に猛烈な勢いで迫るマクシミリアン。その巨大な敵を目前にして、グーゼルはなんとか立ち上がり――臀部に当たる、冷たい感覚に思わず振り返った。


 そこには――マクシミリアンに弾かれ、床に突き刺さったままの剣があった。彼女は、自分の愛剣と迫る仇敵を交互に見遣る。


(一か八か、この一閃に懸ける! ダタッツ、もう一度だけ……私に力を貸して!)


 そして、意を決するように勇ましい瞳でマクシミリアンを射抜き――右手に握る剣を水平に構える。


「その技は見切ってるぜェエェエエッ!」

公国式闘剣術こうこくしきとうけんじゅつッ!」


 巨大な斧が、勇者の頭上に振り下ろされて行く。そのさらに先――巨漢の懐へと踏み込んだ時、彼女の手元を狙う蹴りが飛んできた。

 いかに速さを増しても、その弱点は克服できず――彼女は再び剣を弾かれてしまう。


「もらったァァァ……ァッ!?」

「――二連にれんッ!」


 だが。マクシミリアンは気づかなかった。それと同時に、彼女の左手に二本目の剣が握られていたことに。


征王せいおうけぇぇえぇんッ!」


 そして、一撃目と全く同じ軌道を描く、二撃目の横一閃が――マクシミリアンの肉体を上下に両断する……かに見えた。


 だが、彼女の剣は彼の巨体を切り裂く寸前。微かに、刃が肌に触れる程度のところで――二連征王剣は、その一閃を止めてしまうのだった。


「……」

「ひ、ひひ……っ、ひぁあ……!」


 時が止まったかのように、険しい表情のままマクシミリアンの腹に剣を当てるグーゼル。そんな彼女に対し、先程まで高圧的だった赤毛の鬼は、別人のように萎縮していた。

 やがて尻餅をつき、股間から湯気を上げる彼を、公国勇者は彼に着せられた扇情的な衣装のまま、冷酷に見下ろしていた。

 ――斬るまでもない、と言わんばかりに。だが、その眼差しの奥には、勇者だけが持ち得る「優しさ」の色が滲んでいた。


「マクシミリアン。貴様を、逮捕する」

「……は、はいぃ……」


 その問答を目の当たりにして――反乱軍も。傭兵団も。この戦いの勝敗を悟るのだった。


「や……やった! 勇者様が、グーゼル様が勝ったァァァ!」

「公国万歳! クセニア姫万歳っ! 勇者グーゼル、万歳ぃぃい!」


 今までの落胆が嘘のように、反乱軍の兵達が沸き上がっていく。一方、指導者を失った傭兵団は、恐怖に顔を歪め――我先にと戦場から逃げ出して行く。


「ボ、ボスが負けた! そ、そんな……ありえねぇ!」

「逃げろ! 奴ら本物の……本物の化け物だァァァ!」


 悲鳴を上げ、這うように城下町から逃走する傭兵団。そんな彼らの後ろ姿を見送り、反乱軍はさらに高らか歓声を上げた。

 その声に反応するように、街に囚われた人々も顔を出してくる。今まで奴隷のように傭兵団に働かされていた国民達は、ようやく反乱軍にいる家族との再会を果たしたのだ。


「父さん! 母さぁんっ!」

「オリア! オリアか! 無事でよかった……! ありがとう、本当にありがとう!」

「よく生きていてくれたわ……。あなたは自慢の娘よ、オリア!」

「父さん、母さん……う、うわぁあぁん!」


 女性兵達は、喜びの涙で顔をくしゃくしゃにしながら、武器を捨てて愛する家族の胸に飛び込んで行く。長く封じ込めていた喜びという感情を、人々はようやく解き放つことができたのだ。


「……ふぅ」

「よくやった。やはり、君こそ本当の勇者だ。グーゼル」

「あ……戦士様……!」


 そんな人々を暖かく見下ろすグーゼルとクセニアに、ダタッツは纏っていたボロ布マントを被せる。彼のために作られただけあってサイズは大きめであり、彼女達二人の身体がすっぽりと収まっていた。


「……あなたも、その一人じゃないの? 本当の帝国勇者さん」

「自分は、そう名乗るには手を汚し過ぎた」

「そうかな。――私は、汚れた手には触れないのだけど」

「えぇ。私も……」


 ダタッツのゴツゴツした硬い手を、グーゼルとクセニアは愛おしげに握り締める。その温もりを肌で感じ、硬い表情のままだった彼は、初めて頬を緩めた。

 そして、喜びに涙する民衆に視線を移す。グーゼルとクセニアも、その光景を瞳に映し――十年間の戦いの終わりを、実感した。


「本当の勇者は、人々に希望を灯すためにある。――あなたの教え、私はきっと忘れない。ずっと……忘れないわ」

「グーゼル……」

「そうだな。……君にしか、できないことだ」


 そんな彼女の力強い宣言に、クセニアは顔を綻ばせ、ダタッツは強く頷いて見せた。


 やがて、そんな彼らの前に――眩い光が差し込んでくる。

 その煌きは、公国の夜明けを祝福するかのように……暖かく、この世界を包んでいた。


 ――そして。朝日が昇り、青空が晴れ渡る頃。


 この国を救った英雄である、戦士ダタッツは――何処ともなく姿を消した。

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