3豚 デブ過ぎて椅子壊れた

「……え?」


 魔法学園における従者の仕事は仕える貴族の身の回りの世話に限らない。

 学校における雑事の一部も従者が担っているのだ。そして魔法学園に通う生徒たちに家柄という格があるように、従者にも使える主人という格があった。

 貴族の子弟が自分より格の低い主人に仕える従者の女の子に声を掛けることがある。

 しかし、シャーロットに声を掛ける生徒は滅多にいない。

 嫌われ者でありながら、クルッシュ魔法学園第二学年一の権力者。

 豚公爵こと俺の従者だからだ。


「いやだからシャーロット―――」


 俺は本日の授業が終わった後、シャーロットを自分の部屋へと呼び出した。


 整えられたシルバーの髪に意志の強そうな黒い瞳。まるで氷の美女みたいで滅茶苦茶可愛いなおい。

 ぶひぃ……と思わず俺はため息が漏れそうになった。


 けれど、シャーロットのメイド服は所々汚れている。

 アニメを見ていた俺はその理由を知っていた。

 従者の中でも格があるが、この嫌われ者豚公爵の従者ということでシャーロットは影で地味な嫌がらせを受けているのだ。


「スロウ様、今、なんとおっしゃいました?」


 シャーロットは目を真ん丸にして、俺を見つめた。内心をあんまり外に出さないシャーロットがここまで表情を露わにするのはとても珍しい。


「明日から朝食の用意をしなくていいと言ったんだ。食堂で皆と一緒に食べることにするからぶひ」


 ううう、食堂のご飯では腹が一杯になるかな……。

 つい弱気になってしまう……いや、ダメだ! ダイエットすると決めたんだから! 身体についた脂肪を減らさなければ!


「……分かりました」

 

 シャーロットは恭しく礼をして、俺の部屋を出ていった。

 魔法学園では授業の時間帯が終わり、皆が思い思いの時間を過ごしている。

 俺はいつも通り、男子寮四階の自室に籠っているけどな。 

 男子寮は五階建てになっており、最上階には王族。四階に階級の高い貴族。三階はそれほど高くない貴族。二階は階級の低い貴族。一階は平民が住んでいる。

 階が上がるほど、部屋が大きくなっていくんだ。

 一階の平民の部屋など、個室じゃなくて一つの部屋に二人か三人が押し込められていると聞いたことがあった。

 通称、タコ部屋だ。

 

「ぶう……ぶう」


 俺は上半身裸になって筋トレを開始した。


「ぶぅ……ぶゥゥゥゥゥぅぅ」


 だけど腕立て伏せが一回も出来ないぞ。おい、どうなってるんだ豚公爵! 筋肉無さすぎだろ! そして、お腹がぐーっと鳴いた。いつもは二回もお代わりする昼ご飯をお代わり無しで過ごしたからだ!


 やる気を出すために俺は鏡の前に立った。

 そこには巨漢のデブがいた。


「ひでえ……」


 俺の望みはシャーロットの隣に立つことだ。

 こんなデブがシャーロットの隣に立っちゃいけない。目標は細マッチョだ。

 今までの豚公爵の気持ちも分かるけど、あいつは一人で突っ走りすぎたのだ。友達もいない、信頼出来る友人もいない。誰からも馬鹿にされ、それでも心を強く持つ。

 俺が代わりにお前の望みを叶えるぞ。

 本当は今すぐにでもシャーロットを苛める奴らを叱りにいきたいけど、元はと言えば全て俺が悪いのだ。

 シャーロットが俺の従者であることを誇りに思えるぐらい、俺は立派な人間になろう! アニメの豚公爵はシャーロットが好きという意味限定では良い男だったかもしれないけどそれ以外はダメダメだった!

 立派な人間になったらシャーロットと結婚出来ないって豚公爵は考えていたみたいだけど、そんなことはないと俺は思う。豚公爵は誰にも頼らなかった。自分の思いを誰かに伝えるなんてあり得ないと豚公爵は考えていた。


「……」


 心の内を伝えたらシャーロットと離れ離れにされてしまうと豚公爵は思っていたみたいだけど、そんなことはない。少なくとも協力してくれる仲間はいるはずだ。今は疎遠になった俺の騎士達を思い出す。

 色んな人を頼りながら、頑張ってみよう。

 奴隷に落ちて、シャーロットを主人公に取られるなんて絶対に嫌だ。

 よし、そうと決まれば筋トレだ!

 暇があったら身体を鍛えるぞ!

 シャーロットの隣に立つために、人生の軌道修正をするぞ!

 




 朝、心配そうな顔をしてシャーロットは俺を見送る。


「……行ってらっしゃいませ、スロウ様」


 俺は男子寮の階段を下り、外に向かって歩き出す。

 生徒達やその従者が俺を珍しそうに見ていた。


「豚公爵だ……」

「もしかして豚公爵が食堂に行くのか?」


 俺は気にせず、食堂として使われている大広間がある建物へ向かうのだ。





 大勢の生徒たちが長机の席についている。さて、俺はどこに座ろうか。身体が大きいから誰かの間に挟まれるのは嫌だな……入り口近くの隅っこに座ろう。


「どっこいしょっと」


 やばい、椅子からはみ出してしまいそうだ。俺、太り過ぎだろ。

 ぷぷぷ、余りにもでっぷりとした光景に思わず笑いそうになった。


 やっぱり俺は豚公爵! ダイエットしなきゃな! というか、この椅子いきなり壊れたりしないよな? 大丈夫? 

 席に着くとすぐに誰かの従者が俺に食事を運んできた。


「うまうま、うまいうまいうまい」


 俺はすごい勢いで食事を口に運んでいく。

 もぐもぐもぐもぐ。


「もぐもぐもぐもぐ、あれ?」


 食器が空になった。ちょっと量が少なすぎじゃないだろうか。一瞬で食べてしまったぞ。

 味付けも薄いし、他の生徒達はこの味や量で満足しているのか?

 俺は辺りを見渡して、生徒達の顔を眺める。……な、なに!? 俺と目が合うと、皆は頭を下げたり、友達と喋っていてもそそくさと食器を片づけに行ってしまった。かなり傷つく反応だ。

 ……まだ腹が減っているのだけどどうしようかな。


「デニング様。宜しければこちらをお食べ下さい」


 ずいと俺の目の前に朝食が乗ったお盆が置かれる。

 おっ、何かおべっか使うやつが来たぞ。綺麗な金髪の美男子だ。えーと、こいつは確か俺と同学年で……子爵の次男坊だったな確か! アニメにも出てこなかった生徒だ。


「僕はビジョン・グレイトロードと言います。お見知りおきを」


 どこからか誰かの舌打ちが聞こえた。何かこの金髪も俺と同じように嫌われてるみたいだな。でもその度胸は買いたい。この空気の中、よく俺に話しかけて朝食を献上する気になったな。

 大広間でお喋り声がしなくなる。皆が俺とこの金髪に注目しているようだ。


「……デニング様?」


 豚公爵の心が腹が減ったと叫んでいる。全くこいつは……。だからダメだろ! ダイエットするって誓いはどこにいったんだよ!

 俺は席から立ち上がり、金髪の生徒に断りを入れようとして。


「俺はこれで充分だ。ありがとう……う、うわ! うわあああああ!!!! あああああああああああ!!!!!」


 椅子が壊れて床に転げ落ちてしまった!

 大広間が一瞬静まり、すぐ大爆笑に包まれた。やばい、滅茶苦茶恥ずかしい。くそ! 笑うな! 俺はダイエット中なんだぞ! 


「……」


 ゆっくりと立ち上がり、周りを一睨みすると波が引いたように静かになる。


「俺はお腹一杯だ……」


 そう言って、大広間から外に出ていく時に俺のお腹がまたグーと鳴った。

 途端に中から聞こえる大爆笑。

 俺は真っ赤になりながら、男子寮へと走り出した。

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