PARTⅣの7(40) 座敷わらしの叫びが聞こえ

 新月の晩になっていた。巨大な金の甕の、広い円形の底の中心のあたりに三百六十三人の凍結した人間達が円形に置かれていた。


 その円の中には、銀金トミがいた。トミは今、″″の別ボディとして使われていた。


 彼女は凍結している謡の前に歩いて行って、手の平から、自由自在になんにでも用いることのできる金の気を出して謡を解凍した。


 眼をあけた謡は目の前の女に尋ねた。

「あなたは? ここは?」


「私は″マザー″です。ここは東京の巨大な甕の底です」 


 謡は頭上の、金の光に満ちた虚ろな空間を見上げて、納得した。


「私は今、トミの体を借りてあなたに話しています。あなたは私にメールをくれましたね?」


「届いたのね ・・・」


 謡は大江山でみんなと一緒に携帯の電源を切る前、ひそかに、自分に宛ててメールを送った。″″がそれを読むことを期待しつつ。


「ええ。私は部下達にあなたたちをみな殺しにするように指令していたのですが、


 あれを読んで気が変わって、殺すのはやめにしました。


 あんなだいそれたメールを書いた人間の顔を見てみたくなったから」


 謡はそのメールにこう書いた。


【″マザー″さん、あたしは仲間や私達の家族達と一緒に必ずあなたを助けます】


「人間のくせして、よくもあんなこと書けたものですね。それで、どうやって私を助けると?」


「さあ、まだそれは ・・・ でもまだ時間はありますから」


「オホホホホ、あなたってなんて思い上がったおバカな子なんでしょ。


 そもそも私が助けなど必要としているわけなどないでしょ?


 でも、面白いから、あなたと最後のゲームをしましょう。


 私が全てを呑みこむ前に私を助けることができたらあなたの勝ち。できなかったら私の勝ち。


 私が勝ったらあなた達は宇宙もろとも消滅します。私も消滅しますけどね。


 ことわっておくけど、助けてもらいたいなんて一切思ってはいませんからね」


「そうですか ・・・。でも何であなたは全てを呑みこみ、自分も消滅しようなんて?」


「それは ・・・ いいわ。あなたにだけは教えてあげましょう。


 この世界の全ては私がお金を通じて作りだし、育てたものです。つまり、全ては私の子。


 でも、その子供達があまりにも醜くて、生んだのが可哀そうになってきて、それで、


 子宮しきゅうの中に戻してあげようと思ったのよ」

 

 彼女はさびしそうに言った。


死宮しきゅうに、戻す?」


 謡にはそういう書き言葉のイメージが浮かんでいた。彼女の中に怒りがこみ上げて来た。


「ちょっと待って下さい。そりゃあ、確かにあなたの子供だと言えるものは今の世界にはいっぱいあるでしょう。


 でも、この世界の全てをあなたが創り、育てたわけじゃありません」


「そんなことはありません、だって、私は神ですもの ・・・」


「子供をほろぼす神なんて、いません」

「いますよ、ほら、鬼子母神きしぼじんっていうの、知らないの?」


「鬼子母神はもともと羅刹女らせつじょで、羅刹女だった時には確かに子供を食い殺したけど、神様になってからは子供と安産の守り神になったはずです」


「それはあなたの解釈です。もともとは子供と安産を守っていたのが、神になってからは子供を食い殺すようになったんです。


 神である私の言うことです、間違いはありません」


「・・・」


 謡は『狂ってる、あまりにも狂ってる』と思った。なんでこんなに? よっぽどひどい目にあったんじゃ?


 そう思った時、体中がひどく苦しく悲しくなって、謡は顔を伏せてその場にうずくまった。″″はそれを見て嘲笑うように言った。


「あら、あんた、恐れ入ってひれ伏すなら、もっとちゃんとそうしなさいよ。


 それともあんた、あたしが恐くなってビビッてチビったのかなあ? いい大人してるくせして、ハズいな~」


 謡は相手の言いようにひどく子供っぽいものを感じながら、顔を伏せたままわれ知らず涙を流していた。


 その細胞は確かに、凍え死ぬほどのひどく寂しく冷たく悲しいものを感じていた。


 謡はますます苦しくなって体をくの字に曲げ、胸を押さえた。


 にわかに体が凍えてきて、ブルブルと激しく震え始め ・・・ その時、彼女は確かに心の眼で見た。


 茫漠ぼうばくとした暗い虚無の中心に封印されてほとんど凍結しながら、


 涙にならない涙を流し、声にならない声を上げて泣き叫んでいる、ミイラのようにからびやせ細った体の真っ黒な座敷わらしを。


 その叫びは宇宙全体に響き渡っているように、謡は全身全霊ぜんしんぜんれいで感じていた。


――今までなんで感じられなかったんだろう、こんなすざまじい叫びが。


 あんなにやせ細った、凍えた体。でもまだ生きてる、かろうじて生きている。死なせちゃいけない、絶対に助けなくちゃ。


 謡は苦痛と冷たさに激しく身悶みもだえ、涙を流しながらながらそう思った。


 後半の「でもまだ生きてる、かろうじて生きている ・・・ 死なせちゃいけない、絶対に、助けなくちゃ ・・・」は言葉になって外に漏れ出た。


 己自身で封印した己の虚しさと寒さと孤独を全く感じられなくなっていた″″には、それは他人ごとのように聞こえていた。


彼女は謡の言葉を手前勝手てまえがってにまぜかえした。


「あんたに今死なれちゃゲームができないでしょ。あんた、自分自身を助けた方がいいんじゃないの? あははははははははははははははははははははははははははははははははっははは ・・・」


 ″マザー″はおちょくるような口調でそう言って、うずくまって苦しみながら涙を流している謡を嘲笑あざわらいながら見下した。


 しばらくして、謡は涙を拭いながら立ちあがった。″″も元の大人の口調に戻って言葉を発した。


「さきほどから外には妖怪達も勢ぞろいしているようですね。じゃあそろそろ、最後のゲームを始めましょうか」


 ″マザー″はトミの体から離れ、トミはその場に倒れ込んだ。


 外はすっかり暗くなっていた。″″は金のかすみを用いて、ゲームを始めるために必要な最後の準備に着手した。

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