PARTⅣの2(35) 黒幕の正体は・・・ 

 逆のプロセスを辿たどって戻った。


 その途中の真っ暗な空間の中で、『もう一人の座敷わらしを助けるなんて本当にできるのかな?』と思った。


 謡は池の石橋の上に戻ってびっくりした。


 御殿が破壊され、そこら中から火の手が激しく上がっており、人影はなかった。池のある中庭の周囲も火で覆われていた。


 それでもどこかに逃げ道はないかと思って振り向いた。大柄な人の形をした黒光りしたものが炎の光を浴びながら橋を渡って迫ってくるのが見えた。


 謡は反射的に前に向かって橋を渡って逃げた。橋を渡って少し走るとすぐに炎の壁に阻まれて立ち往生おうじょうしてしまった。


 振り向くと、その者はどんどん近寄って来ながら全身にチラチラと炎を燃え立たせ始め、


 石油くさいにおいを漂わせながらあと2メートルというところまで迫ってきて、全身をにわかに燃え盛り始めた。


 謡は熱波ねっぱを浴びながら身をすくめ、恐怖に目をとじた。


 誰かに抱え上げられて、猛スピードで垂直に飛び始めた。その刹那せつな轟音ごうおんと共にあの者は爆発し大きな火の球となって広がった。


「危なかったな。間一髪だったよ」


 自分を抱えて飛んでいる者の声が聞こえた。神戸岩彦だった。彼は水平にコースを変更して飛び続けた。


「何があったの?」


「今の奴みたいなのがいっぱい襲ってきて、次々と自爆して火の玉になって、御殿を破壊し、火の海にしたんだ」


「みんなは?」


「大丈夫、酒呑童子達が非常用の別の洞窟を使って全員無事に避難させた。今は外で俺達を待っているよ。


 俺も途中まで一緒に行ったんだけど、君がいないのに気づいて、


 カリから『″″に会いに行ってて、橋に戻ってくるはずだ』と聞いたので急いで戻ったんだよ」


「ありがとうございました」

「礼には及ばないよ。さあ、みんなのところへ行こう」


 みんなが通ったのと同じ別の洞窟から人間界に戻るとそこは山の斜面の樹林地帯じゅりんちたいで、人間と鬼の仲間達が待ってくれていた。


 護衛の天狗達も連絡を受けて既に駆けつけていた。


 そこで、襲ってきた相手の正体について話し合った。


「あいつらは臭いや色からして、石油ゾンビとでも言うべき化け物じゃないかと思うのでござるが」


 酒呑童子が言った。謡も頷いた。


「そうですね。あたしが会って来た″″は、


 黒幕は金融機関の電脳ネットワーク全体が妖怪化したもので、アンチ″母″と言った方が正しいと思うって言ってました」


「そういう地球規模のお金の妖怪なら石油ゾンビなんて使い魔は楽勝に作りだせるね」


 2号入りリュックを背負ったヒカリが言った。みなも頷いた。


「俺は金色のゾンビみたいなのも見たぞ」

 岩彦が言った。


 かなりの数の人間や鬼も口々に「自分も見た」と言った。


「そいつは多分、ゴールドゾンビだろう。これもまた、″マザー″の作りだした使い魔だろう。やつは石油ゾンビを指揮してる感じだった」岩彦は言った。


 何人もの鬼や人間が、「自分もそう思った」と言った。


「そいつは洞窟の岩戸を開けるくらいの妖力も持っていたんでござろうな。


 ″″はますます力を蓄え、あいつらのような新手の使い魔も作りだせるようになったんだろうと思うのでござる。


 後ますます厄介なことが起こってきそうでござるな」酒呑童子は言った。


「しかし、どうやって場所を知ったんだろう。

 

 俺達はバスを警護してこっちに来る間中ずっと四方八方を探査してたんだけど、奴らの一味らしい妖気は全く感じられなかった」神戸剣彦は腕組みして目を閉じた。


「これまでに起こったことから考えて、″マザー″は電脳ネットワークを好き勝手に利用できる力があると思うな。


 携帯を持っている人間の位置はGPSでわかるから、この中の誰かの電話番号を把握はあくしていれば、居場所はわかるんじゃないかな。


 だとしたら、少なくとも洞窟の入り口までは辿れるだろうね。そこから先はある程度以上の妖力と感知能力を持っていれば ・・・」と奏は言った。


「謡ちゃん、さっきあなたは″母″に会って、″マザー″のことを聞いて帰ってきたんでしょ?」レイ子は尋ねた。


「ええ」

「私と母の会社、『マザー』っていう名前なのよ」


「ぼくもその『マザー』の社員だった。会長は、ぼくとレイ子さんの携帯の番号は知ってるはずですよね?」奏はレイ子に尋ねた。


 レイ子はうなずいた。


「勿論、知ってるでしょ。


 それで、私の母って、マネーゲームの神様として、世界の名うての金融家の人達からもあがめられてる位の人で、


 時々母の寝室にある我が家の家宝の前でぶつぶつ言ったり、『お告げをありがとうございます』とか言って拝礼している人だから。


 そういったことは私にも秘密にしてやってるんだけど、でもそういう時の母っていつもある種の忘我ぼうがの状態にあるみたいで。


 私がたまたま母に用があったりして寝室に行ったりしてもお構いなしにしやってるから、私、知らない振りをしてるけど、何度も目撃してるのよ。


 今こういうことになってふと思ったんだけど、私の母親って″マザー″の司祭なんじゃないかしら?


 そういうたぐいの人間がいるとしたら私の母しかいないように思えるし、″マザー″の力を借りてこれまでの実績を築いてきたんじゃないかって ・・・」


「家宝って、どんなものなのかな?」


 一徹が質問した。トミのことが語られていたので、気になって仕方がなかったのだ。


「大きな黄金のです。母はそれを寝室の壁際に天井から吊るしてるんですよ」


 レイ子が答えると、岩彦はハッと何か思い当たるような表情をして言った。


「それってまさか、俺が封印したはずの、ガメツカメの口の部分じゃ ・・・」

 一同はギョッとして絶句した。


高志は、


「レイ子や奏君だけじゃないだろう。今ここにいる人間の大多数はカードに入れ換わられたんだったよね。


 その時に携帯やカードの番号やら何やらを知られてしまってるんじゃないかな? 


 奏君が言っていたけど、携帯の番号がわかればGPSで居場所もわかるんだろ?


 これからのこともあるから、携帯は今すぐ電源を切った方がいいんじゃないかな?」


 と言った。一同は携帯の電源を切った。


 謡は切る前に密かにメールを一通だけ送った。自分に宛てて ・・・。



 東京渋谷区松濤の豪邸の自分の寝室で、


 銀金トミは天井から黄金のチェーンで吊り下げられている直径一メートルほどの黄金の環の前にひざまずきながら、″″の声を聞いていた。


「彼らは今携帯の電源を切りました。まあいいでしょう。他にも所在確認の方法はありますから。そうですね?」


 トミはうなずいた。


「では、そろそろ最終段階に入りましょう」

「わかりました。私のすべきことがありましたら、何なりと」


「ありがとう」

 そう答えながら″″は考えていた。


――今までありがとう。


 あなたは私のお告げに基づいて人選した専門家たちにデリバティブなどの金融商品やM&Aを次々に開発・普及させるなどして、


 本当に沢山の子供たちを生みだすことに貢献こうけんしてくれました。


 お陰で、目標達成のために十分な力を持つに至ることができました。私はここから先はもう私だけでやれます。


 でも、ギャラリーがいないのもさびしいから、あなたには今後もつきあってもらって、私のやることを見、言葉を聞き続けてもらうわ。


 もしかしたらまだ貴方にもお願いすることがあるかもしれないし。


 もう座敷わらしや、それが見える人間たちや、妖怪達が何をしようとも、結果は動かないでしょう。


 まあ、もうしばらくは遊んであげましょう。今度の新月の晩までは。

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