PARTⅢの13(31) 妖怪ガメツカメ1

 実はあちき達の世界にも、利息があって、そのためにみんなが苦しめられた時代があったのさ。


 利息のつくお金をあちき達の世界に持ち込んだのはガメツカメっていう妖怪だったんだ。


 ガメツカネとかカネツカメとか、そんな風に間違って言ってもあいつの本性を言い当ててると思うけど、


 ガメツイというのは強欲ごうよくなという意味、かめは壺の大きなやつ、ガメツカメは、ガメツイ甕という意味の妖怪なのさ。


 それで、幕末の話なんだけど、人の生き血を吸って大儲けしたさだという高利貸しの女がいたんだよ。


 貞は江戸の近郊きんこうの貧しい小作の農家の生まれで、八人兄弟の次女だったんだ。


 貞の親はとても貧しい小作農こさくのうで、一家は隙間風すきまかぜの吹き込むようなあばら屋に住んで夜は固まって眠り、


 ボロをまとい、食べるもにもこと欠き、高い年貢を取り立てられながら、朝から晩まで一家総出いっかそうでで働く毎日だった。


 貞には忙しい両親から愛情を受けて育ったという実感はあまりなく、


 そういう中で一歳下の妹のさきとはお互いに助け合い、それぞれを心の支えとし合いながら育っていったんだ。


 貞と咲はよく季節の花々を摘んで、お互いに髪飾りを作り合ったりながら遊んだ。貞は春に田んぼの畦に咲くタンポポが一番好きだった。


 貞はまばゆいばかりのたいそうな別嬪べっぴんで頭も賢く、咲は貞ほどの才色兼備ではないものの、それなりに器量良しで、性格のいい女の子だった。


 彼女たちは村を出たことはなく、村の外の世界のことはほとんど知らなかった。


 知っていることと言えば、奉公先でひどい目にあって逃げ帰った一番上の寡黙かもくな兄が、


「あんな奉公よりは野良仕事の方がましだ。金持ちなんて最低だ」


 と吐き捨てるように言うのを聞いたことがあるくらいだった。


 どうやら兄は奉公先で家畜よりひどい扱いを受け、いじめられて、逃げ帰ってきたようだった。


 少し大きくなってからは、年貢の取り立てにやってきた役人が貞をいやらしい目で見ながら、


「別嬪さんだから、江戸に行って女郎じょろうにでもなったら売れるだろうな」


 と言ったのを耳にして、親に「女郎ってなに?」と聞いたら、「そんなこと知らなくていい」と怒られた。


 それからまたしばらく経って、田んぼ仕事をしていたら、きれいな着物を来た美しい女の人を乗せた馬が村の道をやってきて来るのが見えたんだ。


「あれは、お嫁さん? 白い着物じゃないけど ・・・」

 と首をかしげたら、二番目の兄が、


「芸者だよ。この近くの出なんだろうけど、出世して、故郷ににしきを飾りに帰ってきたんだろう」と教えてくれた。


 そのあでやかな姿を見て、貞も咲も憧れて、


「ああいう着物を一度でいいから着てみたいな」などと言ったんだ。


 彼は貞に、


「お前は器量良しだから、江戸に行って芸者にでもなったら、お金稼いで、あんな風にいい着物も着られるかもな」


 とも言った。


 そこで貞は父親に言ったのさ。


「とーちゃん、あたいは江戸に行って、一花咲かせたい」


 って。すると父親は、


「いい加減にしろ、いくら別嬪だからって、無理だ。そんな着物で江戸を歩いたらいい笑いもんだ。つまらないこと言ってないで、しっかり働け」


 と怒った。しかし、内心では、


『貞の器量だったらできるかもしれない。できたら、貞を買ってくれる御仁ごじんがいたら、その方がこの子にとっても幸せなのかもしれない ・・・。』


 と考えていたようだった。


 食べるにこと欠く毎日では、親がそんな風に考えるのもしかたなかったとは思うけどね。


 そんなある日、たまたま村を通りかかった利助りすけという金持ちの若旦那が田んぼで仕事をしていた貞に目を止めたのさ。


 貞はその時妹の咲に田んぼ仕事のコツをてきぱきと伝授しており、それを見た利助は、


『別嬪のうえ、賢そうだ。こいつは掘り出し物かもしれない ・・・』と考えた。


 利助の家業は金貸しで、彼は趣味と実益をかねて、しばしば借金のカタともなりうる書画骨董しょかくこっとう鑑定眼かんていがんを磨いてきており、


 その目に貞が掘り出し物と見えたようだった。


 最初は下女にと思っていたが、見れば見るほどいい女に見えてきて、すぐに、


『嫁にしてもいい。この子は賢そうだから家業にとっても何かと役に立ちそうだし ・・・』と考えを変えたんだ。


 利助の父親の善衛門は少し前に病気で亡くなったばかりだったが、


 死ぬ前に、遠く離れた町に住む商家の親しい友人の娘と利助の縁談を進めてようとしていた。


 利助の住んでいる界隈かいわいではそのことを知っている者もいた。


 善衛門は、こう言い残して亡くなったのさ、


「自分が死んだらその娘を訪ねて嫁に取れ。見た目はあんまり期待はしないほうがいい。


 でも気立てはいいし、ちゃんとしつけもされているし、家も金持ちだから、うちには恥じない娘だと思う。


 話はもうつけてあるから、あとはお前が訪ねて行って、そうしろという遺言ゆいごんがあったと伝えれば大丈夫だから。


 外で遊んでもいいから、嫁は是非その娘にしろ」 とね。


 しかし遊び人で自己中心で姑息なところのある利助は、


――結婚するならこの子。磨けば光る玉だし。家はよくないのが欠点だが、


 そうだ、ちょうどいい、親父が嫁にしろと言っていた娘がこの子だということにしてしまえば、我が家の格にも傷はつかないだろう。


 とまあそう考え、その日のうちに早速貞の父親と会って持ち掛けた。


「あんたのあの器量よしで賢そうな娘さんを嫁に欲しい。支度金したくきんを五両渡すということでどうかな?」と。


 貞の父親は『いけすかないぼんぼんだな』と思ったが、利助の商売のことを聞いて、『家のためにも本人のためにもいい話かもしれない』と思って承諾しょうだくした。


 貞は家族と、特に咲と、涙ながらに別れ、利助は彼女を自分の家に連れて行ったんだ。


 利助の家に連れて行かれた貞は、利助の指示のもとにきれいに体を洗われ、髪の毛もきれいに結ってもらい、いい着物も着せてもらって、


 見違えるようになり、おいしいものも食べさせてもらえたのさ。


 そして半分監禁され、教育係をつけられて叱られたり叩かれたりしながらきびしい躾をされ、


 行儀作法なども叩き込まれ、茶の湯、読み書き、算盤そろばん、などを仕込まれていった。


 賢い貞は、これはいい生活をするために必要なことだと思って、まわりもびっくりするような速さで全てをこなし習得して行った。


 そのようにして、金持ちの商家の娘として通用するようになった貞に、利助は父の遺言のことを話した上で言い含めた。


「世間にはお前がその、父が俺に結婚させようとしていた娘だと言う。その娘としてお前は俺の嫁になるんだぞ。


 わかったかい? 水のみ百姓の娘だなんて絶対言ってはならないぞ」


 貞は承諾し、かくして貞は遠い町の商家の娘として利助の嫁になったのさ。


 妹のことだけは心配で心残りだったが、どの道もう村に帰ることはできないし、そのつもりもなかった。


 貞は読み書き、算盤については特に才能を発揮し、利助の代わりに彼の苦手な帳面をつけることもすぐにできるようになった。


 また、お金に興味を持った彼女はどんどん商売を覚え、利助に沢山の利益をもたらしてやるようになった。


 貞がいやしい身分の出であることを誰よりも知っていた利助は、思わぬ商才を発揮し出した貞に劣等感れっとうかん脅威きょういを覚えるようになった。


 独身時代と同様に玄人くろうと相手の女遊びを続けながら、貞を内心そういう遊び女と同列に置きながら、


 決して財布自体は預けることはせずに彼女の才能を利用するという、打算的ださんてきな結婚生活を続けたんだ。


 幼いころから金貸しの跡取りぼんぼんとして育てられた彼は、


 どんないい女も価値の高い書画骨董のようにモノとして扱うことしかできない人間になっていたのさ。


 結婚して一年ほど経ったある日、貞は妊娠した。


 それとほぼ同時に奇妙な位に腹が膨らみはじめ、妊娠初期にしては大きすぎる腹になってしまった。


 それは貞の生まれ育った村のあたりに特有の風土病ふうどびょうの症状だったんだ。それは腹がれてせ細り、やがて死にいたる病だった。


 利助は貞を評判の名医のところへ連れていった。そこで彼女は妹の咲と再会した。


 咲は貞と同じ風土病にかかり、両親が以前利助からもらった五両の一部を使って、その病気を治せるという評判のその名医にかからせたのだった。


 名医は姉妹のそれぞれに言った。


「この病気は海神草かいじんそうという珍しい薬草と二十三年物の朝鮮ニンジンと、あといくつかの漢方薬を調合した薬を使えば治る。


 高価なものばかりを調合するので、費用は二百両ほどかかる」とね。


 貞の薬代は利助が出すと言った。しかし、咲はあきらめて帰ろうとした。貞は妹を引きとめて言ったんだ。


「私の亭主は金持ちだから、お前の分も出してもらうようにするから心配しないで」


「そんな大金、あたしには分不相応すぎます」

「任せておいて。あたしが言えば、なんとかしてくれるはずだから」


 貞は早速夫にかけあった。。利助は最初、


「お前の身元がばれたら困るし」

 などと言ってしぶった。


 貞は、

「だったら私も家を出て実家に戻って一緒に死にます」

 と食い下がった。


 それは困ると思った利助は、


「わかった。薬は丁稚でっちに手配させてあしたにでも届けさせよう。妹には村に帰って待つように言ってくれ」


 と口約束したんだ。


 貞は早速丁稚のところへ行ってことの次第を話し、よろしく頼みますと頭を下げ、早速薬を飲んだ。翌々日、実家から「薬が届き、咲に飲ませた」と連絡があったんだ。


 貞は薬のお陰で半月のうちにすっかり病から回復した。しかし、病から回復した貞は、咲が死んでしまったことを知らされた。


 せめて葬儀に駆け付けたいと思ったが、利助に止められて行けなかった。


 貞は咲に薬を届けた丁稚の小僧が自分の顔をまっすぐに見られないことに気づいた。


 問い詰めたところ「実は、旦那様に言われて安いお腹の薬を医者にもらって咲さんに届けました」と言った。


 そして丁稚は次のようなことを告白したんだ。


「私も旦那様に、え、二百両の薬じゃないんですかと聞きました。そしたら旦那様は言ったんです。


『咲は貧乏人だ、人間じゃない。貞と違って俺には何の利用価値もない。二百両の薬なんてもったいなくて飲ませられるか。


 なんでもいいから一番安い薬を買って持って行け。


 どんな薬を飲んだって治らない時は治らない。でも、とにかく薬を渡してやれば、貞は俺に感謝して、ますます金儲けに励むだろう。


 このことは絶対に言うな。言ったら殺すぞ』と。


 このことを話したからには私はもうこの店にはいられません。金貸しの仕事なんて、私には向かなかったんです」と。


 そして、丁稚は出奔しゅっぽんした。妊娠していた貞は丁稚から真相を聞いたショックで倒れて流産した。


 利助にとっても楽しみにしていた跡取りが亡くなってしまったのさ。

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