PARTⅢの9(27) 家族再会、大江山

27 二親


 バスは夜の中を走り続けた。謡の隣の助手席に座っているレイ子は反対側の隣に座っている奏に話しかけた。


「桂泉荘の火事の時のニュースに、あなたが出てたのを見たけど、あの時に謡ちゃんと知り合ったのね?」


 奏が桂泉荘の火事のあとに会社をやめてから、二人が顔を合わせたのは楽天人が初めてだった。


 レイ子と奏はあの緊迫きんぱくしたあわただしい空気の中で挨拶を交わし、


 その時彼女は彼に「こんなシチュエーションで再会するなんて。奇遇ね」と声をかけ、奏も「ええ」と答えたが、


 それ以上の話をする余裕は今までなかった。


「そうなんです」

「私、あの時謡ちゃんが紹介した記念写真に写っていた座敷わらしが見えたのよ」


「そうだったんですか。いや、ぼくは座敷わらしのお陰で助かったんですが、


 写真の座敷わらしも、ぼくを助けてくれた座敷わらしも、同じ座敷わらしで、それがあの子ですよ」


 窓側に顔を伏せてすやすやと眠ったままのその子を指さした。

「そう」


 ニュースで見た写真ではどんな顔をしているのかわからなかった。


 楽天人から逃れてバスに乗るまでの間はあわただしく、その顔に興味を持つ余裕もなかったし、そばに行く機会もなかった。


 バスに乗ってからも席は離れていたし、今は向こうを向いて眠っているので見えなかった。


 レイ子は彼がどんな顔をしているのか見たかった。

 

 彼女は網棚の上の水色のリュックをあらためて見上げた。それのことも、ひどく気になっていた。


――わざわざ起こすわけにもいかないから、あとで起きたらじっくり見てみよう。リュックのことも、その中のヌイグルミのことも聞いてみよう。


 そう考えたりしているうちに、他のみんなと一緒に眠ってしまった。


 誰もがひどく疲れていったがなかなか寝付けなかったので、神戸岩彦は二台のバスの運転手以外の者達に睡眠すいみんの気を送って眠りに就かせたのだった。


 そして運転手達には元気と覚醒かくせいの気を送り、自分は周囲に神経をとがらせて空を飛んでいる仲間の天狗達と共に警戒けいかい態勢たいせいき続けた。


 バスは東名高速を走り、米原まいばらジャンクションから北陸道に入り、


 舞鶴市を経て、朝の七時少し前には無事に目的地に到着した。神戸岩彦はみなを起こした。


「どこだね、ここは?」

 一徹は神戸岩彦に尋ねた。


大江山おおえやまですよ」

「大江山って、あの?」


「そうです。鬼の酒呑童子しゅてんどうじで有名な、あの大江山です。今からその酒呑童子のところへ行くのです」


 岩彦の言葉にバスの中がサワザワし出した。


「え、酒呑童子って鬼の大親分でお姫様をさらってその血の酒を飲んだり肉を食らったりしたっていう、あの?」


「冗談じゃない。そんな危ない奴のいるところに行くっての?」


 そういう声を聞いて謡や大浜キャロラインもひどく不安になった。


「大丈夫、酒呑童子は俺の大の親友で、そんなこと絶対にするような奴じゃ決してありません。


 その手の話は、歴史と同じで、時の権力者が自分に敵対する者や逆らう者を悪者に仕立てるために勝手にでっち上げたものである場合が多いんです。


 俺達だって、今頃、頭にコウモリのついたメディアの連中からとんでもない極悪逃走犯のグループとして報道されてるかもしれないじゃないですか? 


 ここはどうぞ俺を信じて下さい」


 神戸岩彦はそう言った。みんなも彼のいうことを信じてみようという気になった。


 バスはひなびた神社の入り口に停車していた。


 運転席の窓の向こうにある「鬼嶽神社」と書いてある鳥居のあたりを眺めた謡は手を振り、隣の補助席に座っているレイ子に、


「おとうさんが今乗ってきます」

 と教えた。


 謡は眠る前に携帯で到着までのおおよその時間を調べたうえで、高志に電話して、落ち合う場所とその時間を伝えておいたのだった。


 レイ子も目をやると、例の時代遅れのマッシュルームカットに無精ヒゲを生やした高志が歩いて近づいてきて、バスに乗り込んできた。


「高志さん」

 レイ子が声をかけた。高志は顔を向け、びっくりしてたたずんだ。


「レイ子か?」

「そうよ、ホントに久しぶり。ご免なさい、あれ以来何の連絡もしないで」


「こっちこそ。元気そうじゃないか」

「あなたも」


「しかし、どうして? 君も座敷わらしを見たのかい?」

「そう。桂泉荘のニュースで紹介された写真の中に見たのよ。それで色々あってここに来たってわけ」


「おとうさん、おかあさん達、カードに取って変わられて大変だったのよ・・・」 

 謡は手短かにここに来るまでのいきさつを話した。


「高志さんも座敷わらしが見えるんでしょ?」

 とレイ子が尋ねた。


「ああ、ずっと前にあの旅館に泊まった時に初めて見てね ・・・」

「そうだったの。ところで、あなたはカードに取って換わられなかったの?」


「ああ、俺はクレジットカードなんていまだもってただの一枚も持ったことはなかったからね。


 銀行のカードは一枚だけ持ってたけど、失くしちゃって、新しいカードが郵送されて来るのを待ってるところだったんだよ」


「それって、とってもあなたらしいわね。今後生き残るのってこういう人かも」

「おう、ありがとう」


 レイ子と高志は顔を見合わせて笑った。バスの中のみんなも笑った。


 みながひとしきり笑い終えた時、謡の脇から、


「お帰り、とうさん、かあさん」

 という声が聞こえた。


「え?」 

 声に聴き覚えがあるような気がしたレイ子はそちらを見て思わず息を呑んだ。

「ま、まさか ・・・ あなた、ヒカリちゃん?」


 それは自分と母親のトミとで、交通事故で亡くなったあの子につけた名前だった。


「そうだ、ぼくだよ、ヒカリだよ、座敷わらしになってはいるけど、かあさんの息子のヒカリだよ」


「ほんとだ、ヒカリちゃんだ」

 レイ子はわれ知らず頬に大粒の涙を流し始め、


「ご免なさい、ほんとうにご免なさい」

 とあやまり始めた。


「いいんだよ、もう気にしないで。それより、抱っこしてよ」


 そう言ってヒカリは座席の上に立ちあがって謡の膝を超え、手を広げたレイ子の胸に飛び込んだ。二人は強く抱きしめ合った。


「おかあさん、あったかいよ。いいにおいだよ。会いたかったよ」

「あなたもあったかいわ。ありがとう。本当に優しい子ね」


 高志は目の前に展開する光景をぼうっと眺めていたが、ようやく口を開いた。


「とうさん、かあさんって言ってたけど、俺の子なの?」


 レイ子はヒカリを抱きしめたまま答えた。

「そうよ。別れてから妊娠に気づいて。ご免なさい」


 ヒカリも頷いた。


「そうなんだよ、ごめんねおとうさん、二人がぼくの前にそろった時までは、ぼくがおとうさんの子供だってことは言うまいって決めていたんだ。


 おかあさんはぼくを見れば誰だかすぐわかるけど、おとうさんはぼくのことを知らなかったでしょ?]

「ああ」


「だから二人が揃う前に言っても、おとうさんは信じられないだろうと思ったから ・・・」

「そうだったのか ・・・ でも、ヒカリは座敷わらしなんだろ?」


「うん。でも、ぼくは座敷わらしになる前は人間の子供だったんだよ。おとうさんとおかあさんの間に生まれた ・・・」


「じゃ、あたしの弟なのね?」

 謡はびっくりして尋ねた。ヒカリは、



「そうだよ、おねえちゃん」

 と笑いながら答えた。


 神戸岩彦が済まなそうに言った。


「劇的な再会に水を差すようで大変申し訳ないんだけどが、今は先に進まないといけないので、その続きはあとにしてもらえませんか」


「あ、すみません」

 高志とレイ子は同時に同じセリフを口にしながらあやまった。


「いや、こっちこそ。じゃ、とにかく行きましょうか。さあ、みなさん、バスから降りて下さい。


 俺の仲間が警護していますから安心して、でも、油断しないで歩いて下さい」


 神戸岩彦の指示に従って、一同はバスから降りて、二列縦隊にれつじゅうたいで神社の裏手の登山道を登り始めた。


 レイ子はヒカリが背負っている水色のリュックを見て『やっぱり ・・・』と思って涙を流した。


 それは彼女がヒカリに買ってあげたリュックだった。


 ヒカリはそれがお気に入りで、いつでもそれを背負ってお出かけし、轢かれて亡くなった時にも背負っていて、


 小さなお棺の中に遺体と一緒に入れて荼毘に付し、一緒に燃えて煙になったはずのものだった。


 家族のある者達は歩きながら携帯で「急用で帰れなくなったけれど心配しないで」などと連絡を取っていた。


 三十分ほど登ると大きな洞窟があり、【大江山洞窟】という標識があった。神戸剣彦は兄の岩彦に、


「自分たちはこの山の山中でどこか適当な場所を見つけて待機しているから、何かあったら連絡してくれ。すぐに駆け付けるから」


と言って飛んで行った。岩彦はみんなに言った。


「ここから入ります。暗いので、灯りの使える人はそれを点けて、俺について来て下さい」


 一行は神戸岩彦のあとについて洞窟に入った。しばらく行くと、広くて天井の高いホールのような場所に出た。


 洞窟はそこで行き止まりになっていて、そのホールのような場所の一番奥には高さ五メートル、幅三メートルほどの岩戸のような感じの一枚岩があった。


「普段はここから先には、人間は行けません。でも、俺は開ける呪文を知っています。開いたらついてきて下さい」


 岩彦はそう言って、呪文を唱え始めた。すると岩戸は轟音を立てて横に移動して開いた。

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