PARTⅠの7 自殺的記者会見

I大学でのレポートを終えた謡は正門の外に戻って携帯をチェックした。


着信履歴の一番上に森野泉からの着信があったので、早速かけてみた。呼び出し音二回で、彼女が出た。


「泉さん、ごめんなさい、すぐにコールバックできなくて」


「いいえ。今、見てましたよ。本当にあの火事のあと、おかしなことばかり続きますね」


「ええ。そう思います」

「それで、私に聞きたいことってどんなことでしょう?」


「はい、それが、火事の晩のことなんですけど、確かあの時、爆発音がして目が覚めるまでご家族三人とも眠ってらしたんでしたよね?」

「ええ」


「それで、目が覚める前、泉さん、ご主人、もみじちゃんがそれぞれどんな夢を見ていたか教えていただけないかなと思いまして。なんか、変なことを聞いてるように思われるかもしれませんが ・・・」


「いいえ、よくぞ聞いて下さいました。変なのはそれこそ私達があの晩見たその夢の方なんですから・・・」


「それで、それはどう、変だったんですか?」

「それがね、三人共同じ夢を見ていたんですよ。変でしょ?」


「変、というより不思議な話ですよね。どんな夢だったんですか?」


「天井から金のコウモリが沢山やってきて座敷わらしに襲いかかるんですが、座敷わらしは石になって身を守り、あの部屋の人形たちが一斉にコウモリ達をやっつけて撃退する夢だったんですよ」


「えっ。あ、そうでしたか・・・。ありがとうございました。また、お聞きしたい事や教えていただきたいことがありましたら、お電話させていただいても構いませんか」


「どうぞ。ところで、あなたもあの晩座敷わらしを見たんでしょうか?」 

「はい」


「じゃあ、私達、座敷わらし仲間なんですね。どうぞ今後ともお願いします」

「こちらこそ」


 電話を終えた謡は腕を組んで考えた。


――奏さんも森野さん一家も、夢の中で金のコウモリを見ている。


奏さんの夢では金のコウモリはインターネットのサイトの棺桶から出てきて畳の下、つまりわらしの間に消え、


森野さん一家の夢ではコウモリ達はわらしの間で座敷わらしを襲ったけど人形達に攻撃されて天井に逃げ、


そして奏さんの夢では金のコウモリ達は下から戻ってきた ・・・。


奏さんの夢の中と森野さん一家の夢の中で、話がずっと続いている。これって、本当に夢なのかな?


 正門前に立っている謡の前を、顔見知りもそうでない者も含めて、沢山の学生達が学内から出て歩いて行く。


バイトに行く者、遊びやデートや買い物にいく者、家に帰る者、みな何もなかったように通り過ぎる。


尋ねればみんな「妙な夢を見ていたみたいだ」などと答えるのだろう。


でも謡と彼女のレポートの視聴者達は確かに見たのだ。


謡はJBCの報道局へ行き、山岡ディレクターと次の「学生レポーター、謡が行く」の企画内容についてミーティングをした。


既に、東北地方の民話や民間伝承にまつわる一連の観光スポットや旅館や神社や飲食店やみやげ屋などのレポートはオンエアーされていたが、


彼女があの晩のゼロアワーニュースで「座敷わらしの宿、火事」のレポートをし、続いてパチンコパーラー主婦殺到現象を報道したため、


何故か不思議・不可解なネタに出くわすレポーターとしての彼女の評判はこのところどんどん高まりつつあった。


それに加えてきょうもまた午後のワイドショーで学生の携帯等による有料ゲームや出会い系サイトへの没頭現象をレポートしたことへの反響が短時間のうちに沢山あった。


そういう流れを踏まえて次の企画の内容も決めた方がいいと、山岡も謡も考えていた。


「ほら、さっきのレポートの〆めとして、君、言ってたじゃない、


『パチンコパーラー主婦殺到現象とこの現象には同じ根があるように感じます。今まず第一に必要なのは、これらの現象の根が何か、どういうものか、はっきり見極めていくことではないでしょうか』


って?」


「ええ」


「これまでに撮ってある映像素材も活かしながら、専門家のインタビューなんかも集めて、


君の言う『その根』って奴について現時点で出来る限り見極めをつけてみようか?


そんな企画で行くのが、自然な流れに叶っているし、視聴者のニーズにも叶っているんじゃないかな?」


「あたしもそれがいいと思います」


「よし、じゃあ、あしたまでに、


どういう専門家のインタビューを取るか、


ほかにどんな素材を集めるべきか、


今までの素材を活かすことも含めてどんな構成で行くか、


それぞれ考えてきて、それをあしたすり合わせて企画を決定しよう」


「了解です」


 ミーティング終了後、謡と山岡はそれぞれのパソコンを使って、インタビューすべき専門家を誰にするか決めるためにインターネットで情報を集めた。


そうしているうちに、報道局内が何やらザワザワし出した。スタッフの一人が緊張した面持ちでやってきて、山岡に言った。


「山岡さん、聞いてますか?」

「何を?」


「JBCの全くあずかり知らぬところで、


 ゼロアワーニュースの大浜キャスターがこのあと六時半から緊急記者会見をやるというプレスリリースがマスコミ各社に少し前に一斉に送られたようなんです」


「うちには送られて来てないのか?」


「ええ、ぼくも知らなかったんですが、ABNの報道の友人から『少し前にそういうリリースが来たけど、なんの記者会見なの?』という問い合わせの電話があって ・・・。


 ぼくの他にも、報道局長をはじめとする何人かにそういう問い合わせの電話があってみたいで、一気に話が広がって、『なんだよ、それ、寝耳ねみみに水じゃあないか』ってみんなザワザワし出したんですよ」


「ほんとに?」


「はい。大浜キャスターの事務所に問い合わせたところ、


 事務所の社長も担当マネージャーもそんなの初耳だと答えたそうで、


 それが本当なら彼女が独断で記者会見を開こうとしているということになるので、


 なんでそんなことをするのかって、みんな首を傾げてるんです」


「そうか。で、何の会見なんだい?」


「それが、


『詳しくは会見の席でお話ししますが、とにかく衝撃的な告白になります。この間良心の呵責かしゃくに苛まれ、また最近では許せない思いにかられ、もうこれ以上秘密にしていることができないと思い、お話しする次第です』


 などとリリースには書いてあったそうで。


 大浜は今人気急上昇中の人気キャスターの一人ですし、


 あえて民放の夕方のニュースの時間帯に会見をぶつけてきているからにはそれなりにインパクトのある告白を、


 それも良心の呵責云々と書いているところから恐らくはスキャンダラスな告白をするに違いないと、


 各局各社は彼女の会見に大いに期待しているようです」


 その時報道局のファックスのところから、女性局員が、


「今、大浜キャスターの記者会見のリリースが入りました」

 と叫ぶのが耳に入った。


 局員はみな、そちらに注目した。アナウンス部長がとよく通る声で叫んで指示した。

「それ、今すぐたくさんコピーして。誰か、コピーを局長以下主だった人達にもって行って。あとの人で、リリースが必要な人は自分でコピーを取りに行って」


 女性局員はファックスを持ってコピー機のところに走って行って「とりあえず五十枚取りま~す」と叫んでコピーを取り始めた。


 男性社員の一人が出来上がったコピーを十枚ほど手に取って局長以下の主だった人間達に配りに行った。


 リリースを必要とする者、読みたい者はコピー機のところへ行って並び、それを入手した。


 山岡も並んでコピーを入手し、戻ってきて謡に見せ、

「告白ってなんのことだと思う?」

 と尋ねた。


 謡は文面を見ながら答えた。

「さあ、あたしには見当がつきませんが。山岡さんはわかりますか?」


「あるいは、というのはある。君はまだ聞いたことがないかもしれないけれど、最近キャロにはある噂があるんだよ」


 山岡は彼女をキャロと呼んでいた。


「噂ですか? 妻子ある男性と付き合ってるとか?」

「ああ、そんなところだ ・・・」


 謡は、山岡がちょっと辛そうな表情でそう答えたのを見逃さなかった。


「相手は誰ですか?」


「それは ・・・ まあ、そのことが本当だとしても、彼女がなんで今記者会見してそれを公けにする気になったのかがわからない。


 彼女のキャリアにとって今は大事な時期なはずだし ・・・」


 大浜キャロラインには、JBCの平日午後九時五十四分からのニュースショー、ニュースプライムタイムの次のメインキャスターに抜擢される可能性が大きいという噂もあった。


 そのニュースショーはテレビニュースでは現在視聴率第一位を維持しており、そのキャスターに就任する以上の栄誉はないはずだ。


 そういう意味で山岡は『今は大事な時期なはずだし ・・・』と言ったのだ。


「まあ、とにかく、彼女の記者会見を聞いてみよう」

「わかりました」


 謡と山岡がそんな会話を交わしていたころ、報道局に大きなニュースが飛び込んだ。



【JBCの敵対的買収問題で中国系のファンド、CIFに対して共同戦線を張って対抗していたアメリカ系のファンド4社が、


 彼らの全保有株を現時点の株価の一割増しの価格でCIFに譲渡することで合意し、


 あした午前十時にその譲渡が実行される。


 これによってJBC敵対的買収問題は収束し、JBCはCIFの支配下に入る】


 そういうニュースだった。


 これはJBCが明日以降中国系ファンド、CIFの支配下に入るということを意味した。


 日本のキーテレビ局が中国資本の支配下に入るのは前代未聞のことであり、その意味で世界的にも大きなニュースだった。


「中国資本の支配下に入ったら、JBCはどうなるんでしょうか?」

 謡は山岡に尋ねた。


「そうだな、まあ、上の方は入れ換わるんじゃないかな。あとのことはそうなってみないとわからない。


 ぼくもそういうことの知識も経験もないから、それ以上のことは言えないけど、


 まあ、現場の人間はぼくも君もみんなも今と変わらずにやっていけるんじゃないかな」


「それならいいんですけど。でも、なんでJBCの買収なんか?」

「マネーゲームのターゲットになって、ファンドが儲かるからやるんだろうね」


「マネーゲームですか? なんでそんなにお金儲けが必要なんでしょうか?」


「ぼくにはわからないね。人間が独りで使えるお金、必要なお金なんて、そう多くはないはずなのに ・・・ なんで連中はそこまで金儲けに執着するのか?」


「あたしにもさっぱりわかりません」


 午後四時五十四分にイブニングニュースが始まり、【JBC敵対的買収問題収束。JBC、CIFの支配下に】のニュースはトップで報じられた。


 他のテレビ局もこの時間帯のニュースのトップに同じニュースを報じた。


 そして午後六時半から都内のホテルの会場で大浜キャロラインの記者会見が超満員の各局各社の記者やレポーター達の前で始まった。


 各局のニュースはライブでそれを中継した。


 カメラのシャッター音の中、グレーのスーツに身を包んだ大浜キャロラインは告白を始めた。


「本日は皆さま、お忙しい中をお集まりいただきまして本当に申し訳ありませんでした。


 ご案内にも書きましたように、この間良心の呵責に苛まれておりましたことを今から告白させていただきます」


 大浜キャロラインは淡々とそこまでしゃべって、いったん言葉を切った。


 記者やレポーターは固唾を呑んで次の言葉を待ち、テレビカメラは決定的瞬間の表情をとらえようと彼女の顔をアップでとらえた。


「実は私、一年ほど前から妻子ある男性とお付き合いしておりました。


 私の現在のポジションもその方のお陰で得られたと言ってよいものです。


 その方のお名前は、JBC報道局長の石原豊さんです」


 会見場にどよめきが起こった。それが鎮まるのを待って、大浜は続けた。


「石原さんはご存じのようにハンサムで物腰の柔らかい知的な紳士で通っており、私は慕わしく思えるようになってしまいまして、


 奥様やお子様に大変申し訳ないと思いながら、皆様の目も忍んでお付き合いして参りました。


 幼いころに父を亡くした私は、彼に父親を求めていた面もあったと思います。


 しかし、最近になってからなんですが、石原さんが私に冷たく接しているように感じられることが度々あったので、


 不安を覚えて専門家に依頼して調べてもらいましたら奥様以外の別の女性と二股でお付き合いしている事実が判明致しました」


 会場がまたもやどよめいた。


「それは他局、DX局の夕方の報道イブニングラインのキャスター、中谷リオナさんだったのです。


 この事実を知った時、私も生身の女として嫉妬と怒りがこみ上げて参りました。


 それで、ここで私は皆様にあらためてお詫びしたいことがあります。


 というのも、


 ご案内には『この間良心の呵責に苛まれ、また最近では許せない思いにかられ、もうこれ以上秘密にしていることができないと思い、お話しする』と書きましたが、


 本当のところ今回の私のこの告白の動機は結局は中谷リオナさんに対する嫉妬しっとと、私を裏切った石原さんに対する怒りと、その二つに尽きます。


 その点で皆様にご案内した内容に嘘があり、心からお詫びしたいと思います。


 私は嘘つきのみにくい女でした。本当に申し訳ありませんでした」


 大浜は深々と頭を下げた。シャッター音が次々と響き渡った。


 大浜は頭を起こした。その目からは涙がポロポロとこぼれ落ちていた。シャッター音がまた響き渡った。


「公共の電波で活動する立場にありながら、今、私は自分の嘘つきさと醜さが恥ずかしくてなりません。


 せめてものおびとして、これまでレギュラーのキャスターを務めさせていただいてきましたゼロアワーニュースを自ら降り、


 謹慎きんしんさせていただきたいと考えております。


 そしてこの場をお借りして、ずっとだまし続けてきた石原さんの奥様やお子様にもあらためてお詫びさせていただきたいと思います。


 本当に申し訳ありませんでした」


 大浜は再び詫びを入れ、続けた。


「思い返せば、


 私は報道の世界に活動の場を求めて、


 少しでも世の中の皆様に伝えるべきこと、伝えなければならないことをお伝えすることを通じてお役に立ちたいと言う純粋な気持ちでこの報道の世界の門をたたき、


 日々努力を重ねて参りました。


 努力すれば必ず自分のキャリアもアップすると思って報道の世界を歩み始めました。


 しかし、皆様ご存じのようにこの世界にはいろいろと裏もあることをだんだんと身にしみて知るようになり、


 またこの世界には才色兼備のライバル達も沢山おり、単に努力を重ねるだけではダメなのではないかという不安に駆られるようになり、


 そんな時に石原さんとご縁ができたのでした。


 ハンサムで優しく知的なイメージの石原さんを憎からず感じていた私は、


『つきあってくれればいろいろと面倒を見てあげることもできる』


 と言う言葉にもつい誘惑されて不倫関係を持ち、


 それを続けることによってゼロアワーニュースのキャスターのポジションを得、


 彼から、次はニュースプライムタイムのキャスターの椅子をにおわされてもいました。


 しかし結局は彼に裏切られた事実を知るに至り、


 自分を裏切った石原さんに対する怒りと、中谷さんに対する嫉妬からこの記者会見を開きました。


 私は本当に自分自身が醜いと思います。


 そして、勝ち組と負け組という言い方で言うならば、私は負け組です。


 私に勝って石原さんの心を奪っていった中谷さんがニュースプライムタイムのキャスターをすることになってもしかたありません。


 でも、こういう裏の体質はこれまでのテレビの世界にはよくあることのように感じています。


 さきほど、JBCが中国資本のCIFの支配下に入ることを私も知りました。


 新しいJBCが始まることでしょう。


 その新しいJBCは、


 私のような嘘つきで醜いマスコミ人や石原さんのような表裏のあるマスコミ人とは、


 はっきりと決別して欲しいと心から願っています。


 この女は何を言ってるんだとお思いかもしれませんが、これは私の本当の気持ちです。


 この記者会見がマスコミ人としての私の自殺行為だということはよくわかっています。

私は嘘つきで醜いマスコミ人としての私を皆さんの前で自殺させます。


 でも、その自殺する私の遺言として最後に言わせて下さい。


 これからマスコミ人になるみなさん、今マスコミ人として活動しているみなさん、


 どうぞ私のような嘘つきで醜い道を歩まず、


 無理に出世なんかしなくてもいいから純粋に仕事に生きて下さい。


 これで私は終わりです、死にます ・・・」


 そう言った大浜キャロラインはいきなり意識を失ってその場に倒れ込んだ。

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