第4話 余 韻


健作たちバンドメンバーは、楽屋に引き上げて楽器を片付けると客席に繰り出した。

客席は周りがかろうじて見える程度に照明が灯り、いまだ覚めやらぬ熱気を鎮めるかのように、ミルト・ジャクソン・カルテットとスィングルシンガーズの軽快なジャズがスピカーから小さく溢れだしている。


「光彦、今日は来てくれてありがとう。」

「よう健作、今日のお前の演奏、輝いてたな。後半の一曲目の Shiny Stocking は良かったぜ。」

「ああ、ありがとう。あれはうちのバンドの十八番だからね。」


健作はあちこちのテーブルを巡って挨拶しながら、客席の奥へと向かった。

そこには、すでに修が智子と話していた。


「典子さん、智子さん、こんばんは。」

と健作が声をかけると、典子は一瞬目を輝かせて微笑みながら顔を上げた。

「健作先輩、お疲れ様でした。今日は素晴らしい演奏ありがとうございます。

なかでも最後の Feel So Good にはグッときちゃいました。

そうそう、今日ここでトモちゃんとばったり会ったんだけど、同じサークルなんです。」

「えっ、智子さんもうちの大学の学生だったの?」

「はい、経営学部の2回生です。ノリとは、テニスサークルで一緒なんです。」

「なぁーんだ、世間て狭いもんだねぇ。おい修、このこと知ってたのか?」

「いや、俺もさっきここで聞いてビックリさ!」

「そうだったんだ。」健作は典子の隣に腰掛けると、話しを続けた。

「いやこれは本当に奇遇だね。ところで典子さん、今日の演奏はどうだった?」

「はい、最後のアンコールの Feel So Good がフリューゲルホルンじゃなくて、フルートアレンジだったのがちょっと驚きだったけど、あれ、今日の中で最高でした。」

「ありがとう。チャックマンジョーネが大好きで、あの哀愁をおびたブラスの響きを木管のフルートで表現出来ないかなんて考えてチャレンジしたんだ。選曲が成功したかな。」

「あれはまた聴きたいです。」

「ありがとう、うちのバンドの新たな十八番だね。典子さんは、今でもフルート吹いてるの?」

「いいえ、今は楽器もないし高校卒業以来吹いていません。今日の先輩の演奏を聞いて、また吹きたくなっちゃった。」

「そっかぁ、もしよかったら俺の昔使っていたフルート貸してあげるけどどうする?」

「え、本当ですか、ありがとうございます。」


「なぁ、健作! 」と、修は意を決したかのように手を上げた。

「今度みんなで食事でも行かないか!?」

「そうだな、典子さん、智子さんどう?  みんなでおいしいものでも食いに行こうか!?」

「私は良いけどトモちゃんはどう?」

「私もOKよ。おいしいものには目がありませ~ん。」

「じゃ、じゃぁ決まりだね。いつにしようか。」

修は、変に上ずった声を出して機関銃のようにまくしたてた。

健作は、「今度の金曜日なんかどうかな。俺バイト無い日なんだけど。」と答えると、「私はお店休むから良いよ。ノリは?」と智子が答えた。

スマホを開いて日程を確認していた典子は

「私も大丈夫。おいしいものを食べるのが楽しみです。」と答えた。

「じゃあ、金曜日の5時に本館ロビーで待ち合わせようか。修もそれで大丈夫だよな?」

「俺がだめな訳ないだろう!」

と修が答えると、典子も智子もうなずいた。

「じゃ、そういうことで。場所とかは俺たちにお任せでかまわないよね。

なんか食べたいものとかある? そうそう、食べられないものも教えといてくれる?」

「私は・・・そうだなぁ、特に食べられないものは無いから、当日のお楽しみで良いよ。」

と智子が答えると、典子は

「それって面白いね。当日までどんなおいしいものが食べられるのかシークレットのお食事会なんて楽しみ。」

期せずして4人から笑みがこぼれると、健作は席を立った。

「それじゃあ、この後メンバーで反省会があるから失礼するよ。

修、そろそろ行かなくちゃ。」

「ああ、そうだな。智子さんも典子さんも今日は来てくれてありがとう。」

健作が右手を差し出すと、みんなで握手をして分かれた。


健作と修は話しながら楽屋に向かう廊下を歩いていた。

「良かったな修、智子さん来てくれて。」

「ああ、後半の途中まで智子さんがどこにいるのかわからなくて、落ち着かなかったよ。」

「ははは、ウソ付け!!」と健作は修の頭を小突いた。

「お前のドラムスは、前半からノリノリで切れ味鋭い日本刀のようだったぜ!」

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