ゆりコメ!

ひな+たま

プロローグ

 告白は、される方が緊張するんじゃないか?

 する側は心の準備ができている。でも、される側にすれば急展開だ。

 講義が終わって教室から出た瞬間、「来てください!」と、わけも分からず引っ張られてきたのは人気のない校舎裏。勢いに飲まれたせいで状況が理解できたのはついさっきだ。

 等間隔に奥まで続くケヤキ並木のあいだで、小柄な女の子が顔を赤らめながら、じっと決意をこめた眼差しを向けている。

 聞こえるのは、春風に揺れるケヤキのざわめきだけ。

 葉ずれのかすかな響きに包まれる中、時がただ過ぎていく。

 ここにきた後、彼女は何かを言おうとして、そこで黙ってしまった。

 無言の時間が息苦しい。だけど、こちらも何も言えず、目をそらせない。

 向けられたまっすぐな瞳から、必死で言葉を探している少女の真剣な思いが伝わってきたから。

 顔立ちの整った彼女は、美人という言葉が似合う容姿ではない。

 大きくつぶらな瞳も、小柄できやしやな体つきも、つややかな腰まで流れる黒髪も、どれもこれもキレイではあるけれど、それ以上にれんって言葉が浮かんでくる少女だ。

 おかげで、彼女は大学生なのだけれど、高校生どころか中学生に見えてしまう。

 そんな子と向き合っていると、じわりじわり緊張感がこみ上げてきて。

「あ、あのっ……、聞いてほしいことが、あるんです、けど……」

 言いながら彼女は、語尾を不安げに沈めてしまう。

 視界の端、彼女の小さな手が震えているのが見えて、こちらまで緊張のあまり顔が熱くなってくる。

 不意に、ケヤキが音高くざわめき、遅れて風が二人のあいだを走り抜けた。

 涼しい風に長い黒髪を揺らした彼女は、春の風に背中を押されたように、決意をこめたまなしを見せる。

「気持ち、伝えたかったんです。わたし、あなたのことが、好きです」

 手も胸も顔も熱い。息が詰まりそうだ。

 それでも懸命に口を開く。

 言わなければ、ならない。

「ありがとう。でも、ごめん。応えられないんだ」

「……はい。そう、なんですね」

 つぶやいて、彼女は笑った。その表情に胸がしめつけられる。

 まるでこちらの返答を悟っていたかのような、おだやかで優しい笑顔だった。

「ありがとうございます。わたしの気持ち、聞いてもらえただけでうれしいです」

 温かくて、でも、かすかに震えた声から、好きでいてくれたことがはっきりと伝わって――自然と口を開いていた。

「ごめん、だって、俺」

 心を決めて言葉を切る。

 本気の思いに嘘なんかで答えたくなくて、そこからは演技抜きにした。

「いや、俺じゃなくて……、私、女だし」

「ほんぁあっ?」

 彼女が発したのは、奇怪かつマヌケな声。

 なんだ今の。

 胸の内からゾクリときあがる疑問をいったん押さえ、言葉を続けた。

「う、うん。男みたいな服を着てるけど、女だから」

 もう声を低くはしない。演技抜きだと明らかに女性としか言えない声音になる。

 そんな私の発言に、「ほっ、ほっ、ほっ?」とふたたび不可解な言語を発した彼女は、いきなり意表を突く速度で私の両肩をガッとつかんできた。

「なっ、なにっ?」

「ほんとに、女の、ひと……?」

 彼女は元から大きい目をさらに見開き、顔をおもむろに私の眼前にまで「近い近い近い近い近い!」寄せてきて、こっちも肩をつかんでむりやり離す。

 コイツ、やばい。

 何度か教室で見かけた中学生みたいなかわいい子、としか認識していなかった彼女の不可解な行動に、さっきまでとはまったく違う意味で胸が高鳴ってくる。やばいぞコイツ。

 現状を客観視すれば、校舎の裏で二人の少女が、手をおたがいの肩にのせながら見つめあっているところ。私はともかく、相手はまぶしいくらいにかわいい女の子なので、その光景はまるでドラマか映画のワンシーンのよう。

 だが、こっちは全力で突き放し、向こうは全力で引き寄せてくる、そんなある意味食うか食われるかの瞬間なのだ。

「ご、ごめんなさい。動揺しちゃいました。やっぱり、ほんとに、女の人なんですね」

 やっと納得したのか、彼女は小さくつぶやき、私の肩をつかんだ手から力を抜く。

 よほどショックだったのか、何かを考えこむように宙を見上げた彼女は、ぽかーんと口を、女の子として見せてはいけないレベルのまぬけ顔で開けきった。

「え、えっと、大丈夫?」

 あまりの表情についやってしまった。なんてことだ。うっかり気づかいの言葉をかけるなんて。迷わず手を振り払って逃げるべきだったのだ。

 彼女は私の言葉に、「大丈夫、でしょうか……?」と自問する。知るか。

 突然、ハッと目を見開く少女。

 ゆるみきった顔が一変し、世界の真理を探求する哲学者のごときマジメなものになっていく。深刻そうに眉根を寄せた少女は、その肩に置いたままだった私の手に視線を向け、なぜか鼻を近づけてひくひくと動かし出した。

「ん? なにしてい……。においなんてがないでよ!」

 その叫びにも動じず、おおぅ、彼女は私の手の周囲にただよう空気を小刻みに吸いこんでやがる。

 指一本すら動かなかった。驚愕の異常事態に固まる私を前に、くんくん連発から最後に深呼吸でしめて満足げに目を閉じる少女。

 そして、なにかを理解したようにうなずいて私を見た。

 向けられた瞳は、晴れやかでまっすぐなもの。

「はい、大丈夫です。女の子でも、大丈夫です」

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