20

 大通り。でも通行人は俺と早見と焼死しかいない。車が走らない路を俺達は作戦会議をしながら歩いていた。


「あいつらとやり合うにあたって一つ提案がある」


 焼死が言う。


「爆死と俺、即死とお前たちで分けよう」


「分けるって……戦闘を?」


「そうだ。爆死は乱戦に得意だろう。俺も不得手ではねえが、さっきの戦闘で能力を殆ど使っちまったから残ってない。つまり戦場が複雑になればなるほどこっちが不利だ。いくら人数で優っていても能力で負ける。だから、戦闘になり次第俺が爆死を引き受けるから、即死はお前たちで倒してくれ」


「二手に分かれるのはいいけれど、焼死はそれで――」


「分かったわ。それでいきましょう」


 早見が俺の声を遮る。


「早見、でも焼死はもうまともに戦えないんだろ? それで爆死とどう戦おうっていうんだ」


「彼のことは彼が一番わかっているでしょう。その彼が自分から爆死を引き受けると言ったのだから、それでいいと私は思うわ」


「と言っても……」


「へっ、嬢ちゃんの方が物分かりいいじゃねえか。つまり、そういうことだ。爆死は俺が引き受ける。それが一番やりやすい。即死も強敵だろうしな。二人がかりでやりゃなんとかなるだろうよ」


「……わかった。そうしよう」


「おうよ。任せな」


 胸を張って自信ありげに焼死はそう言った。焼死にこう言われると安心して任せられるような気がした。


「ところで、焼死。少し、訊いてもいいかしら。貴方の、狂化のことなのだけれど」


「――!」


 突然、早見が焼死に訊く。


「へえ、気になるか?」


「個人的なことだから、あまり良いことではないとは思うのだけれど、気になった、から。普通狂化というのは凍死の司者のように全身にかかるものらしいのよ。死亡のショックは脳に貼り付くものだから。でも貴方は右手だけだった。何か、あったのかと」


「確かに、言われてみるとそう思う。死んだ時のことを訊くのは褒められたものではないと俺も思うけれど、よければ、教えてもらえませんか」


「おいおい、そんな改まることじゃねえぜ。俺は気にしねえよ。むしろそんだけ気を遣ってくれたのが嬉しいくらいだ。……そうだな、どっから話すべきかな」


 焼死は顎に手を当てて考え始めた。そして、暫く考えたのち、彼はゆっくりと口を開いた。



「――俺には弟が一人、いた。



「名前は和希。年が離れた弟だった。親の再婚でできた義理の兄弟だったんだが、不思議と気が合った。あいつはインドアで俺はアウトドア、趣味も違うし嗜好も違う。体質だって違った。あいつは病弱で運動をすればすぐに音を上げた。ジムに通おうって俺が言っても意地でも利かなかった。でも仲が悪いわけじゃなかった。本当に、不思議なことに価値観が似ていて、喧嘩をすることは滅多になかった。


「ある日、和希を誘って休みの日に旅行に行った。なんでだっけな。気まぐれだったと思う。温泉でも入らねえかって言ったんじゃなかったかな。いつもは気乗りしない和希も珍しく行く気になって俺達は二日間くらいの旅行に行ったんだ。


「んで、一日目の夜のことだ。旅館で飯を食って風呂に入って、寝ていた。そうしたら、突然激しい揺れに襲われた。地震だよ。かなりのもんだったからニュースにもなったんじゃねえかな。ともかく、激しい揺れだった。その揺れで俺は飛び起き、慌てて旅館から飛び出した。地震の時に建物の中に居続けるのは危険だ。必死だったさ。


「それで、俺は無事に旅館から出ることができたんだが、気付けば和希がいない。そん時に思い出したのさ。あいつは寝覚めが悪いんだ。一度寝れば中々起きない。もしかしたらまだ旅館の中で寝ているんじゃないかと俺は思った。やばい。なんで俺は一人で出ちまったんだろうと旅館に引き返そうとしたところだった。


「燃えていた。旅館が。真っ赤に。俺でもわかる惨事だった。旅館の奥から火が出ているんだろうという煙の出方だったが、既に炎は旅館を取り囲むように広がっていった。


「手遅れだ。一瞬で理解した。起きた時に和希も起こして二人で脱出しようとすれば間に合ったかもしれないのに。そう思った。でもそう考えた時にはもう火の手は旅館全体に広がっている様だった。


「誰かが叫んでいた。大きな声で。でもその声も気にならなかった。俺は走った。手遅れだと思ったが、実際はそうじゃないかもしれない。もしかしたら、まだ間に合うのかもしれない。和希もこの事態に気付いてこっちに向かっているのかもしれない。そう思うと、体は止まらなかった。


「旅館の中に入ってみると、案外中にはまだ火が回っておらず、ぱちぱちと音は聞こえるが進めなくもなかった。俺は一目散に俺達が寝ていた部屋に向かった。


「その時だ。また激しい揺れが起きた。余震ってやつだな。俺はその揺れに足を取られて転んだ。起き上がろうとしても柱が俺の上に倒れてきて起き上がれない。


「これはいよいよ無理だなと思ったら、目の前に和希がいた。具合が悪そうに突っ伏した和希がそこにいた。手を延ばせば届くかもしれない距離だった。


「俺は右手を精一杯伸ばした。和希の体にけがはなく、目を覚ませば逃げられるかもしれない。俺は柱に押しつぶされた体を限界まで這いずってでも右手を伸ばした。



「でも――届かなかった。



「そもそも、手を延ばすタイミングを間違えていたのさ。最初に地震が起きた時に和希も連れて行けばよかったんだ。ただそれだけでよかったんだ。それだけでよかった筈なのに――俺は選択を間違えた。自分が助かりたいがために、それだけのために和希を置いていった。その所為で、俺は、


「どれだけ伸ばしても右手は届かなかった。俺の目にはずっと、無力な男の右手が映っていた。どうやっても届かない愚かな男の右手だった。……だからなのかもしれないな。俺の狂化が右手だけだったのは。本当はそうじゃないことを知っていながら、右手の所為にしかできなかった奴を、表していたのかもしれないな」



「……っ」


 何も言い様がない。なんてものを訊いてしまったのだろう。俺はそう思った。かける言葉がない。絶句。おそらく表情も引きつっている。予想以上に受け止めきれない話だった。でも、当たり前なんだ。ここにいる人は、ここに居た人達はみんな死者だったんだ。その人たちが語る死の間際なんて、壮絶でない筈がない。


「……確かに、貴方は選択を間違えたのかもしれない」


 早見が口を開いた。


「確かに貴方は最初、逃げたのかもしれない。でも、貴方は戻ってきた。火の点いた旅館に。それは誰でもできることじゃない。弟さんは助けられなかったかもしれないし、貴方もこうして死んでしまって結果として無駄に終わったのかもしれないけれど、そうだとしても、貴方のその行為は決して蔑まれるようなものではなかったと、私は思う」


「……やれやれ、嬢ちゃんに慰められるとはな。むず痒い。俺だってそう考えたいもんだ。でもやっぱり、当事者となればそうスマートにはなれねえ。だが、そう言ってくれると、少しばかり救われた気分になるよ、ありがとな」


「……いえ、事情もよく知らないのに過ぎたことを言って、ごめんなさい。でも、どうしてもこれだけは言わなくちゃ、と思って」


「いいってもんよ、少しくらい生意気な方が可愛げがあるもんだ」


 焼死が左手で早見の頭を撫でた。それは優しくそっとというようなものではなく、わしゃわしゃと乱暴な撫で方だったけれど、とても暖かく感じた。早見も居やがった様子はない。


「妹もいたら楽しいだろうなとは、思ってたんだ。なんかその小さな願いことが叶ったようで嬉しいよ。さて、俺の話も終わったことだ、気分入れ替えて最終決戦といこうぜ」


 そう焼死は言ったものの、まだ路は続く。俺達は談笑しながら歩き始めた。なんだろう。懐かしい感じがする。俺にも生きていた頃、こんな風に誰かと歩くことがあったのかな。




 あれからたっぷり二日間ほど歩き、俺達はようやく即死達のアジトに着こうとしていた。


「この体に慣れて疲労感がないとはいえ、歩き詰めだと感覚狂うな……。車で移動中に襲われるよりかはマシかもしれないけれど」


「いいウォーミングアップになったじゃねえか。体は十分あったまっただろ?」


「そうね、もう、最終戦よ」


 俺達はある工業地帯に来ていた。工場のような大きな建物が路に沿って並んでいる。人がいないので音はせず静かだ。


「やっと来たか。待っていたぞ」


 ある建物から男が二人現れた。


「鑑境谷に早見、そして名前は存じ上げないが焼死だな。わざわざここまでご苦労」


 スーツを着ている男が喋った。こいつを俺は見たことがある。一瞬だったからよく覚えていないけれど、


「即死だな」


「そうだ。一度見ただけだがよくわかったな。私が即死だ。そしてこっちが爆死。私のチームメイトだ」


 即死の後ろにいた男が軽く一礼する。どうやら協力関係にあるのは間違いないようだ。


「何故協力関係を結べたのか知らないけれど、二人ともここで死んでもらうわ」


「威勢がいいな。能力もそんなに残っていないのに大した自信だ。しかし、驚いた。まさかそちらが三人にまで増えるとはな。私としてはそちらの方が不思議だ」


「世の中には物好きな人間がいるもんなんだよ」


「全く、そのようだ」


 即死が腕を組んで頷く。その様子は余裕そうで、これから戦う人間の雰囲気には見えない。


「――即死、お前に一つ訊きたいことがある」


 俺は話を切り出した。


「――なんだ」


「……俺達が。俺達が勝って、やろうとしていることを知っているんだろうか。俺達は、ただの私利私欲で死神に成ろうってわけじゃない。俺達がやろうとしているのは――」


「勿論、知っているぞ。そこの早見にも既に概ね話は聞いている。死神に成って力を得、死神ゲームの存在を抹消する。確かこんな話だったな。これの為に力を貸せないかと訊かれたよ。私は断ったが」


「! 知っていたのか。ならなんで――」


「何故? 何故だと? 理由は簡単だ。君達のやろうとしているそれに私は関係ないからだ」


「――え?」


「私はもう既に死んでいる。この状態が君達の案によって改善されるのであればそれに乗ってやることも一考する価値があるが、そうというわけでもない。爆死を裏切ってでも、自らの勝利を捨ててまでも手に入れる価値が君達の案にはない。私にメリットのない提案を何故私が受けなければならないのだ」


「でも、このままじゃ、このままじゃ多くの人たちが司者に――」


「だから、。仮に君達の話が真実であるとして、これから多くの司者が生み出され辱められるとして、それのどこが私に関係があるという。何の関係もない。何人司者が生まれ死のうが私には何にも関係ない」


「じゃあ、お前は、この現状を何とも思わないって言うのか。こんな、狂った殺し合いが続くことに何の違和感も覚えないって言うのか」


「極論だな。まるで私が狂っている人間であるかのような物言いだ。そのような言い方は嫌われるぞ。私とてこの死神ゲームに思うことがないかと訊かれればあると答えるだろう。このような腐った古臭い儀式は改修されるべきだ。もっと人道的で効率的な方法があるだろう。よってそれを模索するための君達の努力は評価に値する」


「なら、なんで」


「……人に訊く前に少しは自分で考えたらどうだ。いいか、君達のその行為は確かに道徳的には正しいのだろう。正常な人間の思考が正方向に傾けば君達と同じ結論に至るかもしれない。だが、君達のその正しさは絶対的な正しさではない。君達の中の、君達の尺度の中での正しさにしか過ぎない」


「……は?」


「絶対的正義などこの世にはない。結局のところ、私達は自身の正義に従い、行動して正義を為すしかないのだ。己が信じる正義を貫く。例えそれが一般的に悪と言われようとも」


「……」


「君達の眼から見れば、私達こそが悪だろう。己の正義執行を邪魔する障害物でしかない。だが君達もまた、私達から見れば自分の正義執行を邪魔する障害物でしかないのだ。そこに絶対的な善悪など存在しない。あるのは意見の衝突だけだ」


「……」


「そして、意見の衝突が行われた時、己の正義の旗を堂々と掲げることができるのは勝者だけだ。勝者が正義。勝利こそが絶対。この世の真理だ。例え勝者が悪であったとしても。この世に絶対的な善悪など存在しないが、主張はできる。勝者のみがその主張を許されるのだ。わかったか、青臭い若人よ。今の君に言い聞かせようとしても無理なのは重々承知の上だが、先程の物言いを私は気に食わなかったのでね」


「……なんとなく、理解できた。即死達にも、やらなければならないことがあるんだろう。でも、やっぱり納得はできない。今まで死んでいった司者達の為にも、俺は、俺達は勝たなきゃならないんだ」


「そうだろう。それでいい。単に私が君達に協力せず、敵対したというだけ。それだけのことだ。気にするな。世の中様々な思想を持った人間が存在する。否定するだけ時間の無駄だ。気に入らない思想は勝って押し潰せばいい。そのために私達はこうして向かい合っているのだろう」


「……ああ、俺達が勝って死神ゲームを終わらせる!」


「……ふん」


 即死はスーツの中から煙草を取り出し、一本口に咥えて火を点けた。


「――これではまるで悪役だな。慣れたが」


「おい、即死。何時まで話をするつもりだ?」


 爆死が即死にそう言った。爆死は今にも襲い掛かりそうな殺気を放っている。


「これで終わりにする。……さて、では早速始めようか。最後の勝負を。確か君たちは爆死には焼死、私には標的と出血死の二人で来るのだろ? 私達もそれでいいぞ」


 即死が煙草を地面に捨て、踏みつける。それと同時に即死の目の色が変わった。目つきが鋭くなり、俺達を睨みつける。


「っ! ばれてる……っ!」


「でもそうするしかないわ」


「こっちから誘う手間が省けたんだ。策を弄するまでもねえ。んじゃよ爆死! こっちに来な!」


 焼死が爆死に向かって大きく手を振り、建物の中へに入った。


「爆死、遊んでやれ。お前ならできるだろう。お前はお前の正義を為すといい」


「はいはい。そういう勝ち方がいいんだろ? 今更文句はねーよ。さて、サクッとバラしてやらァ!」


 爆死は焼死の挑発に乗った。焼死が入った建物に爆死も入っていく。


「……これで一対一だな」


 爆死を見送った即死がそう言った。


「焼死がな。お前は二対一だ」


「……? 何を言っている。私も、一対一だ」


 即死が言った瞬間だった。


 俺の意識は一気に削り取られ、闇の中に消えた。



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