第20話 規則十九条 蒼い海

 一人で使うには豪勢過ぎる部屋で着替えを始める。


「テレッテーぼうすいぱんつ~」


 一人で秘密道具を出すみたいなモノマネをするが誰も見てない、むしろ見てないからこそモノマネをする、旅行は隠された自分を解放するというがまさにその通り。

 上半身にTシャツを着て居間へ向かう。

 違う部屋では四人が着替えてるのだろう、わーだのきゃーだの声が聞こえる。

 スケベな奴なら此処で鍵穴などを覗くのだろうが、俺は平凡タイプなので真っ直ぐ居間へ向かう。

 備え付けてある冷蔵庫をあけると、日本では見た事ない赤い缶、たぶんコーラと思われる物が入ってるので一本頂くとする。

 冷えていて美味しいがコーラの味はしない。まさと思い一気に飲み干すとその缶を眺めた。


「やほーおまたせー。あーシュウちゃんそれビールよ」

「あ。やっぱし? 飲んじゃった……」

「まぁいいか、ここ日本じゃないし」


 先に来たテンの呟きを聞かなかった事にして空き缶をゴミ箱へとすてる。

 遅れてくる声と共に足音のほうへ向き直ると、ビキニ水着姿のアヤメさん八葉、それにマルタがゆっくり廊下を歩いてきた。


「どや!」


 俺の前でターンをしてみせてくるマルタ。それぞれお揃いの水着を買ったのだろう色だけが、テンが黒。アヤメさんが青。八葉が白。マルタが赤の組み合わせだ、腰にはパレオも巻いてある。


「どや! と言われても、あのなんていうか似合ってます」

「ってシューイチ君ウチのほうじゃなくアヤメみていうんかい」

「少し恥ずかしいですが、褒めてもらって嬉しいです」


 八葉も俺の近くで小さな声で聞いてくる。


「変じゃないかな?」

「全然変じゃないよ。うん、似合ってるとおもうよ」

「よっし、全員そろったし早速泳ごうか?」

 

 浜辺で全員で体操をしてから自由行動になる、八葉が一番で海に入る。


「海がしょっぱーーーっ! おねーちゃん早く早く」


 海なんだから甘かった困る、俺は笑いながら八葉をみる。


「私達もいきましょうか?」


 俺の手を自然に引いてくれる、マルタも誘うとしたら既にビーチパラソルの下でサングラスをかけてビールを飲みながらテンと将棋を打っていた、普段と変わらないな。

 何しに来たんだあの人達は……。

  

「つめた~!」


 海水が気持ち良い、恐ろしくて此処がどこか聞いていない。日本の海ってこんな気持ち良いものだったのかと思い込む。

 波に揺られて空を見上げる、てっきりアヤメさんは山育ちと思い込んでいたので泳ぎは不得意と思ったが普通に泳いでた、しかも俺より速い。

 今は八葉と共に競争している。泳ぎについていけない俺はこうしてプカプカと浮いて空を眺めるのである。

  

「おーい。お昼にしよやー」


 砂浜からマルタの声が聞こえる。

 俺はそのまま遠くにいる二人に伝えたのだが、何故か此方に来ない。


「あやめさーん。お昼だってー」


 聞こえないのかと思い近くに進むのだが、何故か遠ざかる。

 数度やり取りを繰り返すと、そのうちに八葉だけがよって来る。


「アヤメさんは?」

「あーアヤメおねーちゃん、水着ながされちゃった」

「へ? まじで?」


 よく漫画で水着が流されるシーンはあるが嘘と思っていたが、実際は、流される物らしい。遠目でみると必死で胸の辺りを隠してる。


「あー……ん、マルタ呼んでくる」


 必死で浜辺まで泳ぎマルタに説明する。

 最初は笑っていたマルタだが、しゃーないやっちゃなと独り言を言った後浜辺のほうに歩いていった。


「あ、ひどーい負けそうになったからって試合放棄よマルちゃんっ!」

「いやーアヤメに感謝しないとなぁ。勝負は偶然流れたって事で」

「もー」


 テンがむくれているが、直ぐに笑みにかわる。


「シュウちゃん良く見て起きなさい、マルタの本気よ」


 浜辺から何をおもったのがアヤメさんが泳いでいたほうを静に目を細め見詰めはじめる、俺は後ろ姿を見ていただけなのに辺りの音が一瞬消えた感覚に陥る。


「八葉ーーー! あっちの底に沈んでる」


 その大声で俺の意識が覚醒する。見ると八葉がマルタの指示された海底から水着を探し当てたらしい。


「どっちもすごい」


 素直な感想をマルタにかける。


「どやー」


 本日二度目のどやである。


「素直に凄いんですけど、もっと他の時に使ったほうがかっこいいかなと」

「せやな、ま、水着流される事はよくあることさかい」

 

 俺がシャワー室で海水を流しているとアヤメさんも戻ってきた。


「先ほどはすみません」


 たわわな胸を水着で隠したアヤメさんが凄い赤い顔をしている。

 裸を知らない訳じゃないですし大丈夫ですよ。そんなジョークを言って場を和ませよう思ったけどやめて置いた、海にくると開放的になるといっても其処まで開放はしない。


「いや、うん。大事がなくてよかったです」


 意味はよくわからないが、返事を返しておく。


「あの!」

「はい?」

「私なんかと海にきて楽しいですか!?」


 小さな声で質問してくる。目は真剣そのものだ。


「うん。普通に楽しいよ? 俺の家の親ってさ基本自分の好きなようにさせてくれるけど、その分放任主義も入ってるからさ、海とかも家族で行ったのは小学生の時が最後だよ」


 急な質問で返答に困るが素直に答える。


「だからさ、こうして皆と海にきて騒いでるのは楽しい、一つ文句を言えばここが日本でありますようにぐらいかな」


 俺の言葉に顔が花が咲いたように明るくなる。


「よかった……私も男性と一緒に海に来たのは初めてで私は楽しいんですが秋一さんがどう思ってるのか先ほど一人になった時に考えてしまって、実はもう一人の私の手紙に私は幸福者だから秋一さんを逃がすなよ。と書いてありまして……」


 俺はとっさに首を左右にして回りを見渡す、よし誰も居ない。


「そんな事考える事ないのに、それに俺は……旨くは言えないけど消えたアヤメさんも今のアヤメさんも好きかな。そんな優柔不断な俺なんだけど、今のアヤメさんと一緒で余計に嬉しいよ」


 ああ、やっぱりアヤメさんの顔がヤカンのように色が変わっていく。


「はいーそこイチャイチャしない!」

「ぐふ」


 いつの間にかきてた八葉に胸の辺りを指で弾かれる、物凄い痛い。


「おねーちゃんも早くシャワー浴びて、二人が首を長くして待ってるよー」

「あ、ごめんね八葉。直ぐいくから」

 

 その日の昼食兼夕食は豪勢なバーベキューで舌鼓を取ったのであった。

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