第3話 規則二条 あの子の秘密

 俺は雪乃さんを押し倒す感じで無言で見詰め合う。


「へ……へっくしょい!」


 寒さのせいでくしゃみが出てきた。


「まぁたいへん。管理人さん、早く着替えを! ああ、どうしましょうお風呂の用意してないし、ご飯も」


 よくわからない状況であるが、とにかく着替えたほうが良さそうだ。


「風呂は後にしますよ。取りあえず着替えてきまっ……くっしょい! 大丈夫です馬鹿は風邪引かないって言いますし」

「で、でも、夏風は……あっごめんなさい」


 迷信であるが馬鹿は風邪引かないが夏風は馬鹿しか引かないと言うのを教えてくれたのだろう。

 両側に積もった雪から必死で這い出る。


「さ、早く」


 食堂を追い出されるように俺の自室へ押し込まれる。

 雪お掛けで降り注ぐ熱した油は全て中和されたのか裸になって体をみると火傷は負ってない。


「よかったー……火傷なさそうだ」


 疑問は残るが食堂の掃除もしないといけない、直ぐに着替えをし食堂へと戻る。

 雪はまだ高く積もっており、雪乃さんの姿は見えない。

 先ほどよりも高く積もってみるのは気のせいか。


「雪乃さーん。俺の着替え終わったよー」


 暖簾を潜り報告する。

 

「雪乃さーん?」

「あのっ。まって、待ってくださいっ! こっちに入って来ないでっ」

「入って来るなと言われても、この雪じゃ入れないよ、大丈夫? 埋もれて出て来れないとか?」

「あ、あのっ私は大丈夫、大丈夫ですか……」


 大丈夫を連呼する人で大丈夫な人を見た事が無い。

 あ、あぶないなと思い、必死で積雪された食堂の中へ進む。


「ぢめたい……」


 雪の中心に雪乃さんが手を振っている。と思ったら身を返して必死に逃げようとしていた。

 着物なのに器用に雪を掻き分け外に出ようとする雪乃さんを捕まえる。


「大丈夫? なんだろね、この雪。流石に怪現象にもほどが……あれ?」


 涙眼の雪乃さんが振り向くと、その手からかすかに吹雪が出ている。

 思わず手を見た後に顔をマジマジと見ると、赤い顔から青いに顔に変わりふっと倒れる。


「ちょ。ちょっと……気絶した? おーい」

 

 両手で肩を揺さぶる。


「雪乃さーん! 戻ってきてー! 気絶していると悪戯するよー」

 

 俺が抑えた肩がビクっとなる。


「ダメですっ! あれ。管理人さん?」

 

 目の焦点が俺を見てくる。

 

「えーっと、気付いた? 取り合えず……掃除しよう」

 

 俺と雪乃さんは無言で掃除をする。

 意識がしっかりした雪乃さんは困っていたが、とりあえず掃除してから話をしようと提案して今に至る。


 雪乃さんは二階からバケツをもってきて二人で雪を詰めては外の大浴場に捨てる作業。

 ちらっとみると凄い悲しそうな顔をしてる。

 濡れた場所を雑巾でふき取り、大丈夫な天ぷらもレンジで温めなおす。捨てるのはもったいないからね。

 御飯の支度をして10人は余裕で座れるテーブルに俺と向かいあって料理を並べる。


「よし、完成だ! 雪乃さーん御飯できたよー」

「有難うございます」

 

 お礼は言ってくるもののすごい暗い、御通夜のようだ。弱ったなー……女性がこんな時どうすればいいんだ。

 ふと数年前の晩飯前に父親と会話を思い出す。

 『いいか、秋一。女性ってのはな秘密が多いんだ、年齢や体重、過去もそうだ。さらに父親の俺が知らない間に母親がブランド品のカタログを見てるのも秘密だぞ! 』

 『それは貴方とペアの時計がほしいから見てたのよ。』

おかずを両手に持ってこっちの会話に混ざる母親。


 そうか!そうだよね。父ちゃん。見なかった振り、何事も無かった事で通す事にする。


「それじゃ頂きますー!」


 大き目の声を出してみるも反応が薄い。思い切って喋る。


「雪乃さーん、暗い顔しないで御飯食べよう。いやー世の中には不思議な事って沢山あるからさ。俺の学校のクラスにも『スプーン曲げでるぞ!』とか『実は俺は暗黒の黒竜を右腕に飼ってるんだ』ってのも居るからさ。手から雪がでるぐらい平気だって。他の人に知られたくないなら俺も黙ってるしさ、元気だそ?」


 ひっそりと食べてる雪乃さんを励ます。


「それに、この天ぷらも美味しいよ」


 女性の秘密には深入りしない。無難な策とおもうが今回はコレに頼る。

 雪乃さんは驚いた顔をしてこっちを見ている。

 笑顔だけと思っていたけど色んな表情あるんだなー、女性は可愛い。


「なにも聞かないんですか?」


 こっちを見ながら聞いてくる。


「んーよくわからないけど、俺も助かったし。きにしないきにしない。雪乃さんの柔らかいお尻も堪能できたし」

「お尻? も、もうっ! だ、ダメですよ変な事はっ!」

「そうそう、食事は楽しく食べよう。笑って笑って」


 俺と同じ年齢の可愛い女性が箸を使って御飯を食べてる。そのしぐさがまた可愛い。

 それだけで俺も御飯が食べれそう。


「あの……」

「ぱい?」


 口に御飯が詰ってるせいで返事がおかしい。


「先ほどから御飯しかお口にいれてませんかけど」


 しまった!雪乃さんを見ながら食べてたらオカズ食べるの忘れてた。


「白飯が好物なんだ!」

「まぁ、そうなんですか?」

 

 よし少し笑っている。


「あ、そだテレビでもつけてくるね」

 

 誤魔化すために、食堂にある大型TVをつけにいく。


「あのですね。近藤さん」


 背中から声が掛かる、しかも今回は管理人さんではなく近藤さんだ。


「あー同じ年齢って聞いてるし、呼び捨てでもいいよーなんなら秋一って呼び捨てでもいいし」


 そして、俺はアヤメと読んでいいですか? を心の中だけにしまって置く、大体一六歳の男女を同じ屋根の下で暮らすってのが間違っている。

 雪乃さんの親は何をしてるんだ、あの不動産のおっさん事、山さんもそうだし。

 俺の父親に居たっては、母親に見えないように親指を立てて応援してくる始末だ。

 リモコンをいじりならが考え込む。


「では……秋一さん、昔話って信じますか?」

「昔話っておとぎ話? 桃太郎や浦島太郎かな、信じる信じないの意味がちょっとわかんないけど、話は好きだよ。小さい頃良く読んでもらったよ」


 TVでは野球中継が映っている。


「そうです、その昔話です。その人達はもう居ないんですけど。その中に雪女って話あるんですけど」

 

 まるで実際に居た人みたいな喋り方をしている。


「うん。知ってるよ、助けた雪女が女性に化けてが尋ねて来て、反物を織るんだけど、出来上がったのは傘で、その傘を売りまくって気分のいい男はもっともっとってせがむんだよね。んで作業中は覗くなって約束を破った男が氷付けになって死ぬやつだよね」

「あの……鶴の恩返しと傘地蔵も混ざってますし、最後は最愛の人は殺しません」

「あれ? そうだっけ?」


 TVでは相変わらず野球中継が映っている。丁度スリーボール、ワンストライク、ツーアウトバッターは四番、逆転のチャンスだ。


「何も聞かない優しさをもった近藤さん、実は私、その雪女なんです」

「へぇー……便利だねーえ……?」


 『四番打ちました!逆転です!軽やかに回っています!』

 TVではアナウンサーが叫んでいる。

 振り返って雪乃さんをみてみる。

 真剣な顔して今にも泣きそうだ。

 TVの前で間抜けな顔をしている俺と真剣な顔の雪乃さん。

 『雪女なんです』発言から相手にかける言葉がない、冗談かと思いたい気持ちと、さっきの事が、いや数々の怪現象の事が説明でき納得する自分が居る。

 俺が黙って要ると、雪乃さんが喋る。


「実は私は世間一般でいう雪女いえ妖怪なんです、人の社会を良く見るためと、他にも大きな理由があるのですが、このアパートに住む事になったんです」

「はぁ……」


 相変わらず間抜けな声を出して居たと思う。


「先ほどのは私を助けた近藤さんを助ける為に力を出したのですが、余りにも突然出したのでコントロールが旨く行かず、あのような有様に。どうが周りには噂を広げないでもらえますか?」


 捨てられた子犬いや母犬のような顔で懇願してくる。


「いや……さっきも言ったように俺は喋る気もないし。いきなり妖怪だって言われても、ちょっと不思議な力を使える人にしか見えないし、でも約束する事で雪乃さんが安心するなら、秘密にするよ」


 安請け合いだが、これで安心するなら安いもんだろう。 


「本当ですか! 有難うございます」


 ふかぶかとお礼をしてくる。


「そんな大げさな」

「いえ、妖怪の……雪女の秘密は大切なのです。いくら不思議な力を持っているからといっても最終的には人には勝てません。古来よりそれで絶滅した仲間も多いのです


 朝からドタバタ騒ぎで流石に疲れてきた。


「よし、雪乃さーん疑問も解けたし今日はもう休もうかあ」

「はいっ、そうですね。ご迷惑をお掛けしますか宜しくお願いします」

「いやいや。コッチこそ、あっお風呂入る? 用意しようか?」

「疲れているのに、大丈夫です。近藤さんはお先に休んでいてください」

「はーい」


 食堂に残る雪乃さんに手をふり自室に戻る。

 布団を出して直ぐに横になる。


「雪乃さんって着物だよな……着物って下着をつけないって聞いたけど……あのモニっとしたお尻って直接触ったことになるのか」


 先ほどの感触を空中で確かめる。

 縁側から見える大浴場施設からは煙突が見え、その湯気が煙となって夏空に上いく。


「妖怪かぁ、見た目は普通の女の子なんだよなぁ、やっぱ悪い奴に捕まると解剖されるのかな。いや俺が守らないと……」


 考え事をしていたらそのまま意識がなくなっていった。

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