二、仲良し三人組

学校はいつもは八時に始まるが、水曜日は九時に始まる。中学校でも、大学のように曜日によって始業時間が違う。クレモン、アレックス、チボーは同じクラスの仲良し三人組。家も近いから、学校への行き帰りもいつも一緒だ。


「なんでそんなに重いの?」


「教科書全部持って帰るから。」


チボーは背が低いせいか、おしりの上までずり下がるリュックを背負っていると一段と足が短く見える。


「歴史・地理と物理・化学なんて宿題もないし、持って帰らなくていいよ。ボロボロにしたら買って返さなきゃならなくなるぜ。下手に持ち歩かない方が良いよ。」


ペラペラのカバンをもつアレックスは言う。教科書は買取ではなく貸出だから、学年末に学校に返却する。もし破れてたり汚れてたりしたら当然弁償だ。


「でも昨日は歴史・地理の宿題はあったよ。」


「げ!そうなの?」


クレモンにそう言われて驚いたのはアレックスじゃなくて、毎日全部の教科書を持ち帰るチボーの方だった。


校庭に入ると、あちこちで生徒たちが挨拶のビズをしている。ほっぺとほっぺを付ける挨拶だ。リヨンの辺りでは左、右と二回する。地方によって三回、四回と回数が異なる。わざと


「ちゅっ!」


と大きな音を出す人もいる。

クレモンたちも、行き交う男友達とほっぺを合わせてビズをしながら教室へ向かった。


歴史・地理は一時間目だ。クレモンたちは四の二という組だ。四は十四才の学年、二は全部で七つあるクラスの二組という意味だ。フランスの中学校は四年あり、一年生から順番に六、五、四、三という数字になっている。ちなみに小学校は五年間しかないので、中学卒業年齢は日本と同じになる。


各クラスの教室はなく、担当の先生の部屋へ毎時間移動しなければならない。

三人は、歴史・地理のシャルブイエ先生の教室へ向かう途中、マリンヌに会った。中学生にしては大人びた雰囲気を持っているが、マリンヌは派手な方ではない。やや茶色の髪の毛は長く、前髪はない。落ち着いた淡い色合いの口紅を付けている。だが、学校ではやりのマニキュアは明るい色を使っていて、足にもペディキュアを塗っている。フランスの中学校では、化粧は禁止されていない。


「マリンヌ、ボンジュール。元気?」


「おはよう。クレモン。元気よ、そっちは?」


「うん、元気。でも何で今学校に来たの?確か今日は、マリンヌのクラスは八時から授業だったんじゃ?」


「今日はね、一時間目の国語の授業が急に休みになったの。昨日の晩、お父さんの携帯に突然連絡が入ったから、スコラネットで確認をしたら、休みだって書いてたの。」


横で聞いていたチボーが話に割り込んできた。


「へぇー、ちゃんとインターネットでチェックしてるんだ。俺なんか一度も見たことないよ。」


「だから、間違って朝早くに俺んちのピンポン鳴らすことがあるんだよ!もうそれはやめてくれよ、チボー。」


クレモンがそう言うと、マリンヌは、相変わらずバカねとでも言わんばかりの軽蔑に満ちた眼差しをチボーに投げかけた。が、アレックスが視界に入ると途端に、


「サリュ、アレックス!」


と満面の笑顔で挨拶していった。


「あいつ、いつもアレックスには嬉しそうな顔するよな!」


アレックスやクレモンより背も小さく、運動も苦手なチボーはぶつくさ言いながら教室に入った。チボーは小学校の頃、手足が短いこともあってか、エリソン-ハリネズミ-とあだ名されたこともある。今でも陰でそう言われている時もあるのだが、チボーが狂ったように怒るので、みんなもう大っぴらには言わなくなった。


アレックスはモテる。アレックスの前でいい顔するのはマリンヌだけじゃない。仏領ギアナ出身の父に似てやや浅黒い肌で、髪の毛はジェルでばっちり決まっている。顔立ちは整っているし、背も高く、運動もできる。女の子のあこがれの的だ。チボーが先に教室に入っても誰も気付かないのに、アレックスが入るとクラスの女の子は揃って教室のドアに目をやった。


授業が始まる前は、全員起立をする。先生の合図で着席。それから先生が出席を取る。今はコンピューターやネットを使うのが普通だから、出欠もパソコンを使う。パソコンの学級簿に出欠を記録すれば、オンラインで職員室に通知が行く。無断欠席者がいれば即座に親に電話が入る。スコラネットにすべての情報が入るので、学校の成績も親が手に取るように分かるようになっている。テストの点数を隠してても無駄なのだ。親にとってはありがたい仕組みだが、子供にとっては逃げ場がない。


シャルボニエ先生も各クラスに一つずつ設置されているパソコンを開いて出席を取り始めた。


「よーし、全員いるな。さ、今日は宿題があったろう。みんなやってきたか?」


クレモンは忘れ物をしない。宿題もきっちりやる。アレックスは宿題があることは分かっているが、ほとんどしない。


「先生、この宿題は明後日までのはずです。ほら、見て下さい。僕の連絡帳には明後日の金曜日の欄に書いています。」


チボーは、自分が宿題をしていないことを正当化しようと先生に連絡帳を見せた。ネットやパソコンを使う環境が整っていても、昔ながらの紙を使った方法もまだまだ健在だ。


「チボー、何言ってんの?みんな今日の日付のところに書いてるぜ。」


後ろから、「またか」とばかりに呆れた声が聞こえる。耳元まで伸びているクリクリでボサボサの髪の毛が、いかにもだらしない感じに見えてしまう。


「チボー、書き間違えたな。まぁ、お前はいつものことだ。今日は勘弁してやるが、白板を写すときはちゃんと私の書く日付を見て書きなさい。」


「アレックス、またやってないのか。いい加減にしろ。校庭を一時間ずっと走らせるぞ。」


アレックスは頭を引っ込めて反省の顔色を見せるが、


「その方がいいや。走るだけならずっと走ってられるし。」


とこっそりクレモンに目で合図をした。


「宿題は十五、六世紀のリヨンについて調べて来る、だったな。簡単なことでいいと言ったのに、なんでやってこない生徒がいるんだ。クレモン、どんなことを調べてきた?」


「はい、十五世紀のリヨンは、国際定期市が年に四回開かれていて、いろんな国の商人たちが取引していました。特にイタリアの商人が多くて、彼らは銀行取引のようなものもしていたし、とてもレベルの高い病院もあって、『ガルガンチュア』『パンタグリュエル』を書いたラブレーが、リヨンのオテルデュー病院の院長でした。それから、印刷技術も盛んで、有名な印刷業者にセバスチャン・グリフという人がいました。印刷があるということは、出版も多く、いろいろな本が出版されました。そのお蔭で新しい思想も発達し、エチエンヌ・ドレのような人文主義者-ユマニスト-が活躍しました。」


「ほぉ、クレモン、素晴らしいな。さすがだ。ブラボー!」


先生はほめてくれたが、実はガストンおじさんの受け売りだ。しかし、普段から成績の良いクレモンはただ聞いて書き留めただけの内容も疑われることはない。


シャルボニエ先生は、教室に備え付けのプロジェクターのスイッチを入れて、クレモンが発表した内容の説明をインターネットの画像を使って説明し始めた。プロジェクター、インターネット、パソコンは全ての教室に常設されている。生徒たちのプレゼンも、パワーポイントを使用するのが当たり前。教室によってはインタラクティヴなホワイトボードもあり、タッチペンでホワイトボード上をクリックすれば画面が変わったり、黒板モードにすれば昔懐かしい黒板に白いチョークを使って書くような設定にもできる。


シャルボニエ先生はウィキペディアから画像を引っ張って来て、ユーチューブの映像なども使いながら説明を続けている。


「それにしてもクレモン、すげーよな。どうやって調べたんだ?」


チボーがこっそり聞いてきた。


「ここだけの話だぞ。おじさんに教えてもらった通り書いただけ。」


クレモンはチボーに正直に答えた。


クラスの友だちも、クレモンには一目置いている。嘘をつかないし、嫌味のない賢さを持つクレモンは、みんなに信頼されているのだ。その証拠に、クレモンは、デレゲと呼ばれる学級代表に選ばれている。


デレゲは、立候補した生徒の中からクラスの生徒による投票で選ばれる。当選した生徒は、定期的に開かれるクラス会議に出席する。このクラス会議は、担任の先生、各教科の先生、そして学級代表で構成される。クラスの問題を話し合うだけでなく、生徒の成績を決める場所でもある。数値で表される成績の他に、特に賞賛すべき成績を取った生徒には、褒め言葉が付け足される。良い評価から順に、「フェリシタシオン(最優秀)」、「コンプリモン(優秀)」、「アンクラージュモン(激励)」という具合に。こうしたモンション(評価)が成績に着く生徒は上位数人に限られている。クレモンはクラス会議で、こうした先生の評価を聞く立場にある。


「昨日のクラス会議、おれ、どうだった?モンションついた?」


「私は?コンプリモン?」


クラス会議の翌日は、クレモンはこういった質問攻めにあう。


朝から三時間立て続けに授業があり、二十分の休憩時間になる。そこで活躍するのはアレックスだ。みんなでバスケをしたり、サッカーをしたりするのだが、ほぼアレックスの独り舞台。

バスケのシュートは百発百中、サッカーのドリブルは誰も止められない。フランスには先輩後輩の関係はない。学年が違っても普通に会話もするし、一緒に遊んだりもする。ましてや中学でも落第があるから、学年と実年齢は必ずしも一致しない。休み時間に上級生と一緒にスポーツをすることもあるが、アレックスは何をやらせてもとびぬけてうまい。アレックスが攻めるゴールの近くには女子生徒がたくさん集まってくる。途中でサイドチェンジすると、その女子生徒たちもサイドチェンジする。


しかし、休憩時間が終わり、また続けて二時間の授業が始まると、今度はクレモンの独壇場。英語もフランス語も、数学も、クレモンは常に学年トップクラスの成績だ。二〇点満点のテストでは、どの教科も毎回十五点以上で、平均点を下回ることはない。数学も得意だが、歴史・地理も得意で、苦手な科目はほとんどない。しいて言えば、SVTと言われている生物地球科学で少し点を落とすくらいだ。言語も苦手ではない。オプションで取っているラテン語は二十点を取ることもざらにある。


一度、担任でもあるシャルブイエ先生に、


「クレモン、どうしてお前はチボーやアレックスといつも一緒にいるんだ?もっと勉強のできる友だちがいるだろう?」


と聞かれたことがある。


「先生、みんなと仲良くしていますよ。でも、チボーとアレックスは幼稚園の時から友だちだし、ちゃんと僕のことを助けてくれるんです。公園で遊具から落ちそうになった時は、アレックスが手を出してくれたから落ちずに済んだし、父と言い合いになった時は、チボーが間に入って父をなだめてくれたんです。」


「そうか。それは良いことだ。だが、お前もチボーとアレックスをもっと助けないと。何しろあいつらは宿題一つして来ないじゃないか。」


「そうですね。でも一緒に勉強するときもあります。」


「もっとその回数を増やしてくれないと、彼らのためにならんぞ。」


「分かりました。頑張ってみます。」


とは言うものの、学校が終わった後も、クレモンたちは近所のバスケットコートとサッカーグランドでもう一汗かいて帰る。家に帰るのは十八時ごろ。だが、春先の五月ごろはまだまだ明るい。これでももっと遊びたいのを我慢しているくらいだ。


クレモンのうちは至って幸せな家庭だ。父のジャック、母のサラ、妹のエマの四人家族だ。両親は共働きだが、いつも父か母のどちらかがエマを小学校へ迎えに行く。アレックスの弟サシャもエマと同じ小学校に通っている。


小学校の送り迎えが当然のこの国では、終業時間近くになると、閉ざされた学校の門の前が、雑談を交わす親で溢れかえる。フランスでは狭い場所で肩ぶつけ合うさまを、イワシのように、という。十六時半ごろ、学校の近くにはイワシのように人が集まる。フランスのどこにでもある光景だ。


クレモンの母サラと、アレックスの母役のカミーユもそこで我が子を待っている。


十六時半を過ぎて、門が開いた。担任の先生が先頭に立って生徒を連れて来る。クレモンの妹のエマは、母親のサラの顔を見たとたん、門の前の階段を駆け下りてきた。


「ママン、もう少し公園で遊んでいい?」


エマの後ろには仲良しのマエリスがいる。


「いいわよ、マエリスと遊びたいんでしょ。じゃぁね、カミーユ。私はエマを連れて公園へ行くわ。」


「オーケー、サラ。サシャは外で遊ぶのが好きじゃないみたいだから家へ帰るわ。いつも家でフレデリックの帰りを待つの。同じ女でもやっぱり産んだお母さんが良いのかしらね。彼女、もうすぐ帰ってくるから。じゃ、また明日。」


両親ともに女性の場合、何と呼んで良いのか分からないが、フレデリックの妻のカミーユが、黙って近寄ってきたサシャを連れて帰った。二人は家へ向かう帰り道、チボーの母クラウディアに出会った。


「あら、久しぶり、クラウディア。」


「あら、カミーユ、久しぶりね。さっきうちのチボーがあなたんちのアレックスと一緒にクレモンのうちへ行ったところなのよ。」


「いつものことね。ところであなたは仕事帰りなの、クラウディア?」


「そうなの。今からモノプリで今晩の買い物しなきゃ、うちに何もないから。あ、でもアンテルマルシェの方が安いかしら?」


チボーは今の家では一人っ子だが、半分兄弟-ドゥミフレール-が生みの母の方にいる。お父さんはフランス人、生みの母はアルメニア人で、離婚した後、お母さんは生活能力が十分ではないという理由からか、チボーは大半をお父さんと過ごすことになった。悪い言い方をすれば、母は父にチボーを取られた、ということだ。二週間に一回、週末をアルメニア人の母の家族のところで過ごす。平日はずっとお父さんの家だ。


アルメニア人の母は、その後すぐに再婚し、子供ができた。その子がチボーのドゥミフレールの妹だ。お父さんも去年再婚し、今はポルトガル人の奥さんクラウディアと一緒に過ごしている。子供はまだできていないが、おなかに子供がいる。


しかし、チボーはまだ慣れないからか、よく母親の名前を間違える。ただその原因はチボーにあるだけではない。


「カリネ、愛してるよ。」


「(怒)私はクラウディアだから!」


こんな家庭の会話を良く耳にするせいかもしれない。


ポルトガル人の母クラウディアはチボーを実の子のようにかわいがってくれる。やはり手料理を美味しく食べてくれると嬉しいものだ。チボーはその点、天才的においしそうに食べる。


「チボー、今晩何が食べたい?何でも好きなのを用意したげるわよ。」


「うーん、ポテトチップスがいい!それと甘ーいボンボンと!」


「残念ながらそれはダメね。体に悪い物は食べさせられないわ。」


「でもさっき何でもいいって言ったじゃない?」


「そうね、じゃあっさり前言撤回。あなたの好きな物を全部聞いていたら添加物だらけで早死にさせちゃうわ。」


ブー、とでも言わん顔付きで口を尖らせたが、その顔がよほど可愛く見えたのか、クラウディアはチボーの頬を両手でわしづかみにして額にキスをしてあげた。


「んー!かわいいエリソンちゃん!」


「その呼び方はやめてよ!」


怒りで鼻がピクッと動いた。その様子もまたハリネズミみたいだ。


冷静沈着、賢明できっちりした性格のクレモン。容姿端麗、運動神経抜群だが、勉強をしないアレックス。ぼんやりしていておっちょこちょいだが、子供らしい可愛さを残すチボー。この三人は学校だけじゃなく、地域でも有名な仲良し三人組だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る