第22話 妹よ。①

「なぁ清ちゃんコレなんだけど、今回は新ちゃんとノブに行かせてみねぇか?」

「そうねぇ、あの二人で大丈夫かしら?」


 母さんと洋次さんが、俺とお屋形様のことを、なにやら話てるのが聞こえた。


「なに?」

「んーっ、これなんだけどね。あんたとノブさんに行かせてみたらどうかって洋次さんが…。」


 母さんから封書を渡された。


「へぇ〜、全国酒蔵秋の利酒会。いつも母さんか洋次さんが、行ってたんじゃなかったけ?」

「そうなんだけどよ、新ちゃんも酒造りに本腰入れる気になった事だし、まぁノブの方は鬱陶しくらいやる気満々だからさぁ、二人とも酒の味がわかる方だし勉強になるんじゃねぇか?」

「面白そうだね。ノブさんはきっと喜ぶよ。」

「じゃあ行ってらっしゃいよ。」

りくも連れていい?」


 大沢 陸は俺の高校の後輩で、入社二年目の蔵人だ。

 何故かばあちゃんは俺の高校のPTAまでやっていた。

 その関係で卒業生の就職を頼まれることがあるらしい。

 歳も近い俺たちは気が合った。

 たまに二人で愚痴ったりする。ほとんどが洋次さんとお屋形様のことなのだが…。

 別に嫌ってるわけではなく、ただ二人とも時々ウザいのだ。


「陸くん?そうねぇ…。」

「そもそも糸里酒造は社員旅行だってないし、酒が飲めるくらいしか特典ないじゃないか?」

「失礼ね。酒粕や甘酒もあげてますっ!」

「それのどこが嬉しい特典なんだよ?福利厚生悪すぎ。」

「はいはい、わかりました。」


 半ば強引に許可をもらい俺たち三人は、利酒開催地である大阪に行くことになった。

 関西に行くのは、中学の修学旅行で行ったくらいなので、三人ともワクワクである。

 開催日が金曜日の18時開演なので、俺たちは奮発して一泊分の自腹を切り二泊三日で行くことにした。


 1日目 利酒会

 2日目 USJ+大阪観光

 3日目 京都観光


 とスケジュールを立てたのだが、ここでもお屋形様は戦国武将ならではの発言を連発し、陸と漫才みたいな会話になる。


「ぬぁに?京にのぼるのか?」

「まぁ大阪からなら上るかな?」

「うぅむ…、朝廷の者が今の儂を見たら腰を抜かすであろう。ふっ。」


 いや、もう皆んな死んでますから…。


「ノブさん、京都に住んでたことあるんですか?ちょう亭って舞妓さんとか居る所ですか?」

「陸は朝廷に仕える磨衣子殿をご存知か?」

「いや、僕みたいな庶民がお座敷なんか無理スよ。」


 てな具合で変な感じに会話が成立している。


 陸。お前が俺以上にバカで良かったよ…。


 お屋形様はお濃さんに散々嫌味を言われたらしい。


「よろしゅうございますね。男は赤子が出来ませぬから、いつでも自由でっ‼︎」

「飛行機など大きな重き物が飛ぶなど、私たち過去の者には理解できませぬなぁ。」


 お濃さんは羨ましくて仕方ないらしい。

 その度なんだかんだ言い訳をして、母屋に逃げ込んでくる。


「おゝ新太、京に登る時の装束なのじゃが、これで良いかのぅ?」


 ゲッ⁈

 羽織袴って、マジかよ?

 そんなの着てる奴、正月番組に出てるタレントと成人式にしか見たことねぇーーわっ!


「失礼がないようかみしもに家紋も入れさせたのじゃが、良い出来栄えであろう?」


 やめてくれーーーっ!

 しかも紫の地に金の家紋って、どんな趣味だよ?

 それじゃあ利酒会じゃなくて仮装パーティーじゃねぇえか⁈

 なんて言えばいいんだ?

 こんなにリキ入れてんのに、ダメ出ししたらマズイんじゃねぇか?

 考えろ、考えろ、俺!


 ピンポン!ヒラメキマシタ!


「んーー、俺じゃわかんないから親父に相談した方がいいよ。」


 新ちゃんナイース。


「おゝ、そうじゃのう、父上にお聞きした方がよいのぅ。では、早速。さんきゆうぅじゃ新太。」


 プッハハハーーー

 父さんぶっ飛ぶぞ。

 クッフフッ

 こっそり覗いてやろ。


 そっと居間を覗くとお屋形様は、さっき俺に見せたのと同じ様に、羽織袴を広げて親父にも見せて意見を聞いていた。


 ダメだ、今にも吹き出してしまいそう。


「おおっ、これは見事な羽織袴じゃないか!裃がまた素晴らしい!ノブさんはやっぱり和装でないと。戦国武将とだもんねぇ。」

「いやぁ父上にそう言って頂けて、安心致しました。」


 ぬぁあにいぃぃぃい!

 親父め正気を失ったのか?


「ちょっと待ったあぁ‼︎」

「なんだよ、大声だして。」

「他に言うことあるだろ?もっと違う、ほら…?」

「ああ、着たとこ見せてよ。」


 ばっ、ばかぁぁあ!そうじゃないだろ?


「おっ、これは気づきませなんだ。着てみぬと分かりませぬなぁ。では失礼して着替えて参ります。」


 お屋形様は変なスキップをして、離れに着替えに戻った。


「どーーすんだよ?この始末!」

「面白い趣向じゃないか。」

「ふざけんなよ。一緒に歩く俺と陸の身になって考えろよ。」

「お前が振ってきたんだろーーが?」

「もう、なんの騒ぎなの?騒々しいわね。」

「母さん聞いてよ…。」

「着替えて参りました。いかがですかな?」


 はやっ!


「ノブさん、何事⁈」


 母さんはあまりに意表を突かれ、固まってしまった。


「利酒会に行く時の装束を見立て頂こうと思いまして、ちょうど良かった母上如何ですかな?」


 お屋形様は自信満々に袖を広げひと回りした。


「ノブさん…、そんなに堅苦しい会じゃないから、他の人はその…、もっと軽装でいらっしゃるから。ねっ?えっとぉ〜、スーツ、スーツでいいのよ。持ってたでしょう?スーツ。」

「はぁ…、そうでありましたかぁ…。」


 お屋形様は裃を着けていてもわかるくらい、ガックリと肩を落とした。


「そんな大切な衣装は、もっと特別な…、そう!赤ちゃんが生まれて命名式とかお食い初めとかの時とかに着るといいわ。」

「なるほどぉお、そうでありましたか?あい、わかりました。有難う御座います母上!」


 お屋形様は自慢のとんでもない衣装を着る機会があって、安心したみたいだ。

 流石は母さん。俺と陸も旅先で大恥をかかずに済んでホッとした。

 次の日陸にも話して聞かせると、二人で爆笑した。



「お父さん居る?お母さんが呼んでるわよ…、って何やってんの⁈」


 彩綾は自分の父親が、大きめの糸電話みたいな型の物を、ノンちゃんのお腹に充てているのを見てドン引きした。


「赤ちゃんとお話してるんだよぉ。バイバイまた明日お話ちまちょうねぇ。」

「これで、お腹の赤子と話が出来るそうで、毎日お話に来て下さっているのですよ。」

「お父さん、キモい。」

「親に向かってなんて言い草だ?赤ちゃんが聞いているんだから、変な言葉遣いしてはいけません!赤ちゃーん、彩綾おねぇたんみたいになっちゃダメでちゅよぉ。」

「早く行きなさいよ。母さんに叱られるわよ。」

「はいはい。」


 父は名残惜しそうに、蔵に戻って行った。

 全く恥ずかしい父親だと彩綾は思った。


「お腹大っきくなったね。来月には産まれるんだね?」

「はい、10月17日の予定です。」

「触っていい?」

「はい。」


 恐る恐るお腹に手を当てると、ボコっと動くのが手に伝わってビクリとした。


「赤子が姉上に触って頂いて喜んでおりますよ。」

「私は…、いい姉上になれるかなぁ…。お兄ちゃんは大丈夫だよ。あれでもいいお兄ちゃんだと思うよ。」

「いい兄上のお手本があれば、彩綾ちゃんもいい姉上になりましょう。安心しておりますよ。」


 お兄ちゃんも私が生まれる時、同じような気持ちになったんだろうか?

 大人の自分でさえ父親が新しい子供に浮かれているのを見て、淋しく感じる時もあったりするのだ、幼かったお兄ちゃんはもっと感じたかも知れない。

 けれど、お兄ちゃんは優しかった。喧嘩しても必ず負けてくれ、危険な事から守ってくれる。

 ノンちゃんが言うように、お兄ちゃんの良いところをお手本にすれば自分も良いお姉ちゃんになれる気がしてくる。


「産まれたら絶対見に帰ってくるからね。」

「はい。」

「お父さんがごめんね。面倒くさい人で…。」

「とんでもない。ほんにようして貰うて感謝しきれないのですよ。それに引き換え殿ときたら…。」


 マジかい?

 実の娘でもあんなことされたら張り倒してしまうわ。


「そうだノンちゃん、いい言葉教えてあげる。現代ではね、ありがとうって意味でウザイって言うのよぉ。」

「ウザイ、で御座いますか?」

「そう、もっと感謝を込めてウザイ!」

「ウザイ!」

「もっと大きな声で、ウザイ‼︎」

「ウザイ‼︎」

「上手よ。」

「ウザイ‼︎ウザイ‼︎はぁ何やらスッキリ致しますねぇ。良い言葉を教えてくれてウザイ‼︎」

「クスクス、凄い使い方も上手。お父さんに言ってあげてね。」

「はい。」


 これでお父さんも少しはおとなしくなるかもね。とほくそ笑んだ。



「お濃、帰ったぞ。」

「殿、お勤めご苦労様に御座います。」

「ノブさん、お帰りなさい。」

「うむ。」

「今日、彩綾ちゃんが良い言葉を教えてくれました。」

「ほぅ?」

「現代では、有難うと言う意味でウザイと言うそうです。」

「ウザイ?」

「もっと心を込めて、ウザイ!」

「ウザイ!」

「もっと大きな声で、ウザイ‼︎」

「ウザイ‼︎」

「なんだか言うと気分が軽くなる言葉ね。」

「うむ。流石は才色兼備な沙彩ちゃんじゃのう?」

「チョー、を付ければもっといいんじゃないかしら?チョーウザイ‼︎」

「ちょうとは?」

「チョー、とびっきりとか凄く沢山とか大きいを超える時に遣うらしいわよ。」

「チョーウザイ‼︎チョーウザイ‼︎チョーウザイ‼︎」


 三人はそれぞれの顔を見合わせ連呼した。


「いい言葉をおもいっきり言うのって、気持ちいいわぁ」

「ほんに日頃の疲れが吹き飛ぶようです。我が子の為にも現代の言葉も勉強せねば。」

「うむ、良い心がけじゃ。」



 翌日…。


「ノンちゃーん、調子はどう?赤ちゃんも元気でちゅか〜。」

「父上、気にかけてくださり、いつもチョーウザイでございます。」

「ノン…ちゃん…?」

「はい、チョーウザイと思うております。」


 笑顔いっぱいに言うと、父上は血相を変えて、離れを飛び出していった。


 その頃酒蔵では…。


「ノブ、今日から冷やおろしをするからな。」

「冷おろしとは、春に絞った酒を秋まで寝かせ、二度目の火入れをせず出荷する酒のことでしたな?」

「最初の頃に教えただけなのに、よく覚えてたなぁ。」

「いやぁ、じっと我慢した酒はさぞ旨いであろうと楽しみにしておった次第で…。」

「じっと我慢した酒かぁ。上手いこと言うじゃねぇか。」

「師匠様のお陰です。いつもウザイ‼︎でございます。」

「なに?」

「チョウウザイ‼︎といつも思うております。」


 あまりにも胸を張って言ってのけた暴言に、洋次さんや周りの者達は唖然とし固まった。


 いつも騒がし蔵の中が、真夜中の蔵の様にシーンと静まり返った。


「ぬぁんだとおぉぉお⁈もっかい言ってみろい!」

「はい!チョウウザイ‼︎‼︎でございます!」

「ちょっと、ノブさん何言ってるの?そんなこと言うものじゃないわよ。」

「いや、しかし昨日彩綾ちゃんが我が妻に、最上級の有難うの言葉はチョウウザイだと教えて下されたのです。なので感謝の気持ちを述べたのですが…。何故言うてはならんのでしょうか?」

「なんですって⁈彩綾が教えたの?」

「はい、そう聞きましたが…。」


 蔵のあちらこちらからクスクスと声を殺した忍び笑いが聞こえだし、我慢しきれなくなった陸はタガが外れてしまい笑いが止まらなくなってしまった。


「陸、お前は笑い過ぎなんだ!」


 怒る洋次さんを見ると陸は、余計に笑いが止まらなくなり、周りにいた蔵人さんに蔵の奥に連れて行かれた。


「とにかくノブさん、その言葉は使っちゃダメよ。私、彩綾と話してくるわ。」



 酒屋の店番をしていると、顔を痙攣らせた父さんが離れから飛び出してきて母屋に向かった。

 続いて母さんが早足で店の前を横切り、母屋の方へ行った。


 なんかあったのかなぁ?

 まったく毎日退屈しない家だ。


 ダラダラと棚につまみの袋を補充していると、ガシャンと酒屋の戸が乱暴に開けられた。


「彩綾は?彩綾はどこだ?」

「東京に帰ったよ。駅まで送ってくれって言われて、さっき送って行ってやったけど。なんかあったの?」

「ぬあぁにいぃぃぃ?連れ戻せ!今すぐ連れ戻して来い!」

「無理だよ。もう電車に乗ってるよ。あいつ何やらかしたの?」

「彩綾ったらねぇ…、」


 両親から事の次第を聞いた俺は、陸に負けないくらい爆笑した。


「笑い事じゃなあぁぁい!」

「だって…、それは父さんが悪いよ。彩綾だってさぁホームシックになっててもおかしくない時期だろ?なのに父さんが赤ちゃん赤ちゃんって、お濃さんにかまうから面白くなかったんじゃないか?」

「そうよ、そうよね?」

「母さんも怒ってたじゃないか?」

「でも新太の言うのももっともだなぁって。彩綾だってノブさんが洋次さんに言うなんて思ってなかっただろうしね。」

「お屋形様とお濃さんには、俺から注意しとくから。そろそろ配達の時間だろ?」

「そうね。はやく配達行って新太を蔵に戻してちょうだい。」

「はいはい。」


 父さんはまだ納得できないみたいで、しぶしぶ配達に出かけた。

 父さんが出ていった後、母さんは爆笑し一言言って蔵に戻った。


「なんだかいい気味。赤ちゃんは新しいオモチャじゃないんだからね。」


 母さんも父さんの大人気ない行動に呆れていたんだろうな。


 その夜、離れでお屋形様たちにウザイの意味を教えた。


「なんと!酷いことを言うてしもうたのぉ。」

「左様でございますねぇ。」

「彩綾もまさかお屋形様が洋次さんに言うなんて計算外だったと思う。ただ父さんを少しおとなしくさせようとしたんだと思う。そこは計算通りじゃないかな。二人とも怒ってないし…。」


 ウザイの本当の意味を知ったら、死んでお詫びをとか言い出すかと思ったが意外に冷静だった。それどころか三人はプッと吹き出した。


「ここだけの話じゃが…。本当の意味を聞いて申し訳ないとは思うのじゃが、晴れ晴れした気分なのじゃ。ぷっふふ。」

「実は私も…。」

「私もよぉ。」

「えっ?マリーちゃんも誰かに言ったの?」

「うん。拓海のママンに言っちゃった。あははっ。」


 ええぇぇーーーっ!


「チョーウザイって言ったら泣いちゃったの。うふふ。」


 そりゃあ泣くわな。

 マリーちゃんのこと実の娘みたく可愛がってんだから。

 笑い事じゃねぇわ。

 拓海がなんとか取り成してくれて、外人だから仕方ないと理解してくれたらしい。

 父さんは一升瓶を抱えて拓海の両親にお詫びに行った。

 まったく恥ずかしい親である。


 頭がいいというのも、無駄なこともあると言えるのがよく分かった。

 悪気はなかったんだろうが、人騒がせな妹だ。


 しかし、口には出さないが三人は…、

 それぞれのことを…、

 父さんのことを…、

 洋次さんのことを…、

 拓海のお母さんのことを…、


 超ウザイと思ってたんだね…?


 俺も思ってまーーーす。









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