第16話 さらば、織田信長。

 お濃さんが出産するまで、三人が元の時代に戻るのは延期となり、今まで通り俺の実家で暮らし、サルと徳川さんは、漫才の修行を続けたいと言うので、東京の俺の部屋で暮らすことになった。


 しかし、本来ならここでマリーちゃんは、泣いたり喚いたりして、大騒ぎするパターンなのだが…?妙に落ち着いている。呑気ささえ感じるぐらいだ。


 やはり、拓海や俺たちには迷惑かけられないと、悟って観念したのか?


 だが俺は三人が現代こちらに、残れる方法はないものかと、まだ諦め切れずにいる。



「じゃあ、先に東京に行くわね。」

「行ってらっしゃい。俺たちも明日の昼頃には行くよ。」


 サルと徳川さんに出会って1カ月程過ぎた頃、サルと徳川さんがお笑いライブに出るというので、折角なので皆んなで見に行こうという話になり、マリーちゃんは一足先に前日から東京に行き、俺たちはついでにお屋形様とお濃さんの引越しをする為、明日の朝早く出発することにした。



「おサルさん、徳川さん。こんにちは。」

「おや、マリー殿。来られるのは、明日ではなかったか?」

「ええ、実はサルさんと徳川さんにお話があって、私だけ先に来ました。」


 マリーちゃんは、この国とは比較にならない程の、大国の王妃だと紹介されていたが、まだ若く可愛らしい少女の様なあどけなさがある人物だった。

 だが今のマリーちゃんは、可愛らしい少女のあどけなさはなく、大国の王妃としての威厳を放っていた。

 サルと徳川家康はいったい何事かと訝しみながらも、マリーちゃんの話を聞くことにした。




 翌日俺たちはワゴン車と配達用の軽トラ2台で、朝早く東京に向かった。


 親父め!


「ノンちゃんは妊婦さんだからワゴンの助手席ね。若い奴の運転じゃあ心配だから俺が運転するから。」


 親父はそう言って、ちゃっかりワゴン車に乗り込み、俺はお屋形様を助手席に乗せ、ボロっちぃ配達用の軽トラの運転をさせられるはめになった。


「一度ぐらい車の運転をしてみたかったのう…。」

「お屋形様…。」

「新太には無理ばかり言うて、すまなんだのう。」

「他には、他にやってみたい事ないんですか?」

「そうじゃのう…。飛行機にも乗ってみたかったし、他所の国にも行ってみたかった。酒造りをもっと学んで、自分の酒を造って月を愛でながら呑みたかった…。」


 チラリとお屋形様を見ると、目尻りに涙が滲んでいるのが見え、俺は慌てて目を逸らした。


「戯言じゃ。現代ここに来て、沢山の奇天烈な物にでおうた。今では自転車も楽々と乗りこなせる。抹茶らっては格別じゃ。菓子作りもやってみると嵌ったわい。過去むこうに帰っても続けるとしよう。無論酒も後生に残るほどの銘酒を造ってやる。楽しみにしておれ。」

「ええ、楽しみにしてます。でも俺も負けませんから。」

「ワッハッハハ。そのいきじゃ!新太ならやれると信じておる。」


 嫌だ…。嫌だよ!

 そんな事言わないでくれよ!

 何とかして現代ここに、残るって言ってくれよ!

 赤ん坊だって産まれるんだ。親ならちゃんと成長見届けろよ!

 言いたくても言えない言葉が、胸いっぱいになって今にも口からはみ出しそうになる。


 俺は何であんな物作っちまったんだ?


「新太、儂らは後悔などしておらぬ。むしろ感謝しておるのだ。いい夢を見させて貰うた。その上子まで授かったのだから果報者じゃ。自分を責めるでないぞ。」

「お屋形様…。」



 昼前には東京に着き軽く昼食を済ませ、お屋形様とお濃さんは荷造りをし、両親と紗綾はマリーちゃんと一緒に買い物に出かけた。

 俺の部屋はサルと徳川さんが使っているせいか、どうにも居心地が悪い。

 例えばこの火鉢型のストーブ。こんなの何処で手に入れたんだか…?ヤカンがのせられているが、網には餅や魚を焼いた後が残り、部屋中に匂いが染み付いていた。

 きっとコンロを使うのが怖くて、このストーブで用を足していたのだろう。

 俺は窓を全開にして空気を入れ替えた。


 夕方になりサルと徳川さんが出演するライブハウスを訪れた。

 二人の漫才は上手いとは決して言えないが、ネタは良かった。


 サルはそのままの名前で面白いけど、徳川家康は見たまま過ぎて面白くないので『六釣助平衛むっつりすけべえ』と芸名をつけられたらしいが、本物の徳川家康だと知ったら顔面蒼白もんだろうなぁ。と思ったがそうでもなさそうだ。

 師匠のコンビニ店員さんは、飄々とした感じで面白ければいいじゃんってノリだった。



 今夜は全員こちらに泊まるので、お屋形様の部屋に母さんと紗綾とお濃さん、俺の部屋にお屋形様とサルと徳川さんと父さんと振り分けられた。


「お屋形様、本日は我等の為にお越し頂き恐悦至極にございます。」

「うむ。しかし竹千代の芸名はえらく的を得ておるのう?プッハハ」

「それならば殿と奥方様のほうこそ、皆に妙に馴れ馴れしく呼ばれておられる様ですが…?」

「ここでの呼び名じゃ。親しみがあるであろう。二人も同じように呼ぶがよい。」

「そんな、滅相もございません。」

「遠慮するな。ほれ、、呼んでみぃ。」


 気性が荒く気位の高い織田信長が、馴れ馴れしくあだ名で呼べなどと…、あり得ぬ。これは罠か?絶対そうに違いない!

 お屋形様は儂らの忠義を試されておられるのだ。過去あちらにいるお屋形様との親密さを疑うて、言う通りに呼んでも、呼ばなくても謀反の疑いありと見られる。


「どうした竹千代?」

「ノ…、ノ…、信長様。お許し下さい!その様な馴れ馴れしい呼び方は、忠義に反します。」

「相変わらずの堅物者じゃのう。猿!おまえが呼んでみよ。」

「えっ?私が…、でございますか?」

「そうじゃ。ノブさんと呼んでみぃ。現代ここでは、その方が都合が良いのじゃ。」


 徳川殿でさえ呼べないものを、どうして儂が呼べよう。

 この様な場所で手討ちになるなど、まっぴら御免じゃ。

 どうしたものか…?


 サルも徳川さんもダラダラ汗をかいてる。

 社長をあだ名で呼べと言われてる様なもんだけど、そこまで頑なにならなくてもいいのに。殿さんってそんなに怖いのか?


「お屋形様、あんまり虐めちゃ可哀想ですよ。二人とも困ってるじゃないですか?」


 俺の一言でサルと徳川さんの顔が、パッと明るくなった。


「なんじゃつまらぬのう。」

「つまらぬぅ?」

「ああ、面白うない。」

「面白うないぃ?」

「その言葉お屋形様と言えど聞き捨てなりませぬ!」

「そうじゃ、我等はサムライズ。徳川殿、お屋形様に我等の真の実力を、見ていただこうではないか!」

「おゝそうじゃ、そうじゃ。」


 二人はスクッと立ち上がり、リビングの両端に分かれ、小走りでお屋形様と俺の前に駆け寄って来た。


「はい、ど〜も〜サムライズで〜す。」

「六釣殿、最近バイト始めたって聞いたけど、どう?」

「それが、この間…。」


 と漫才を始めた。

 どうやらサムライズの芸人魂に火を点けてしまったらしい。


 しかし冷静にこの状況を見ると、今俺の前には織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という有名な戦国武将BIG3がいるわけだ。

 やはりサインぐらい貰っておくべきか?

 写真も一枚ぐらい撮らして貰っちゃおうかなぁ。


「あれ?なにやってんの?」


 お濃さんの部屋に行ってた父さんが戻って来た。


「父さん、漫才だよ。」

「見ればわかるよ。何でまた漫才?新ネタの練習?」

「違うって。黙って見てなって。」


 話は現代に生きる侍の、トンチンカンな勘違いを笑いにしたものだったので、二人にはピッタリ当てはまり面白いと思った。

 お屋形様も所々笑っていたので、二人は満足した様だ。


「話はよう分からん所もあるが、面白かったぞ。」

「猿さんの突っ込みは上手いし、徳川さんの台本棒読みって感じも個性的でいいよ。

 いやー、さすが弟子入りしただけはある!才能あるんだね〜。」


 親父の感想を聞き、徳川さんは撃沈してしまった。

 どうやら棒読みは、面白くするためではなかった様だ。


「それよりさぁ、コレコレ!」

「父上これは?」

「ムフッ、ノブさんこれはぁAVって言ってね。女の子があんな事やこんな事してるのが見れる素敵な物なんだよぉ。」

「なんと!あんな事やこんな事を…。」

「皆で見ようと思って借りてきたんだよん。」

「何が借りてきたんだよんだ⁈

 どこの世界に息子と一緒にAV見る親父がいんだよ!」

「ここっ‼︎」


 エロバカ親父は悪びれもせず、楽しそうにディスクを再生した。


「お屋形様、儂は先に失礼して休ませて頂きます。」

「なんじゃ、六釣助平衛竹千代。父上が一緒にと誘おうてくれておるのに。」

「芸名と幼名を繋げんで下さいっ‼︎」

「お屋形様の言う通りじゃぞ、六釣助平衛殿。好きなくせに。見たいんじゃろ?無理をしても損するだけじゃぞ。」


 徳川さんは、ふざけたサルとお屋形様に肩をガッシリと組まれ、身動きがとれなくされながらも、抵抗していた。

 だが、そうこうするうち画面には女の子が、あんな事やこんな事をする様子が映り、喘ぎ声が聞こえ出し、徳川さんは見る見る顔を真っ赤にしたが、チラ見しているのを皆見逃さなかった。


「殿ぉ〜。母上がこれを夜食にと…。」


 ヤバイ!お濃さんだ!


「新太、早く消せ!消すんじゃ!」


 なぜか焦ったサルがリモコンを手にしてしまい、ボリュームを上げてしまった。


「この馬鹿猿めがぁ!音を大きくしてどうするんじゃ!よこせ。」

「あっああ、相済みませぬ!」


 サルは慌ててリモコンをお屋形様に渡したが、間に合わなかった。


「殿‼︎いったいこれは?このあられもない姿をした女子は⁉︎」

「おっ、お濃、落ち着け。」

「早く消しなされ!サル、竹千代、見るでない!穢らわしいぃぃい!」


 お屋形様が手にしたリモコンを取り、俺は俯いたまま電源を落とした。


「まだ女子を知らぬ新太もおるというのに、この様ないかがわしき物を…。」


 いや、知ってますってば。


「これはじゃなぁ、つまり、その、ほれ新太の為にじゃなぁ。」

「さよう、さよう。新太が見たいと言うので、我等も仕方なく…、のう六釣助平衛殿。」

「この状況で芸名はやめてくれんか?」


 お屋形様、サル、徳川さん…。

 酷い、あんまりじゃねぇーーーか?

 これが武士のやり方か?

 戦国武将BIG3のする事なのかーーー?


「まぁまぁ、ノンちゃん。そんなに怒るとお腹の子に障るよ。新太が初めての時に失敗しないよーにって、つまり教育なんだよ。」

「そうそう、儂らは女子を知っておりますから、この様なつまらぬ物を見なくても良いのですが、先輩として教えてやるのが務めかと…。」


 親父まで⁉︎

 裏切るのか?そもそも見ようって無理やり持ってきたの、アンタじゃねぇーーーか!


「猿、しらじらしい事を言うでない。過去あちらに帰った折には、寧々に土産話として聞かせるゆえ覚悟致せ。

 殿、私しばらく宿下がりさせて頂きます!」

「宿下がりと言っても…、どこへ行くつもりじゃ?」

「ちょうど紗綾ちゃんの部屋が空きますゆえ、母屋に参ります!まりぃちゃんも拓海の所におりますから、殿は一人ぽつんと離れでお過ごしなさいませ!」

「おっお濃…。」

「ふんっ‼︎」


 お濃さんは、プンプン怒って出て行った。

 お濃さん、母さんと紗綾に告げ口するかな?絶対するよな…。

 親父もお屋形様もサルも徳川さんも、ぜってぇーーー許さねぇからな!


「もう、寝るっ‼︎」


 俺はベットのある部屋に入り、バタンと大きな音を立ててドアを閉めた。


「父上、新太に謝った方が良いのではないか?」

「アレは苦し紛れとはいえ、女子を知らぬ新太には酷じゃったのう。」

「何を言うか?徳川殿とてかぼうてやらなんだくせに。」

「そうじゃ、そうじゃ。竹千代は子供の頃より自分だけ良い子ぶるんじゃ。」

「そもそも、最初に罪を被せたのはお屋形様ではないですか?」

「まあまあまあ、明日には忘れてるから。大丈夫だって。」

「何を呑気に他人事みたいな言い方しておるのです父上。お濃の奴、母上と紗綾ちゃんに告げ口しておりますぞ。」

「新太も母さんも、そんなの気にしないって。」


 ムカァーーーッ!


「全部聞こえてんぞ!俺はお濃さんにも、母さんにも、特に紗綾には誤解されたくねぇーーんだよ!」


 俺は言いたいことだけ言って、またドアをバタンと閉めた。


「新太ぁ、機嫌なおせよ。悪かったって。」

「うっせー!誰も入ってくんな!」


 ムカつくーーー!


「新太、すまぬ。お濃は腹に子がおるゆえ、些細なことで気が高ぶるのじゃ。過去の時代では儂が側室を持っても恨み言も言えず、影で泣いておった。この時代に来て初めて自分の気持ちを正直にぶつけて来れるようなったから、儂もつい新太に罪を被せてしもうたんじゃ。明日、正直に話すゆえ許せ新太。」


 俺は腹わたが煮えくりかえっていたので、お屋形様の謝罪の言葉も無視して眠った。


「興醒めしたし、俺たちも寝るか。」

「儂と赤井殿は、いつもここの床に寝て居りますので、殿と父上はあちらの部屋でお休み下され。」

「そうか?では、其方らもゆるりと休め。」


 お屋形様とクソエロ親父は隣の部屋に引き上げた。


「徳川殿…?もう眠られたか…?」

「…ん?なんですかな赤井殿。」

「起こしてすまぬ。徳川殿は今のお屋形様をどう思われる?あの龍の様に気高く気性の荒かった織田信長様が、ここでは牙を抜かれたようじゃ。新しき世というのは、人をここまで変えてしまうのであろうか?」

「儂は幼少の頃、織田家の人質として信長様の近くにおり、あの方がうつけ者と呼ばれていた頃を知っておるが、あの方を変えてしまったのは、むしろ過去の時代の方かも知れぬ。

 激しく厳しく自身の成した事を、振り返って悔やんでいては生きてゆけぬ、城主としての務めを果たす事も出来ぬ、そんな時代が元はおおらかで天真爛漫だったあの方を変えてしまった様に儂は思う。この時代に来て元の織田信長様に戻られたのではあるまいかのう。」

「そうなのじゃなぁ。もしもお屋形様が元の時代に戻られたら、過去あちらに居られるお屋形様、青木殿と言われたかの。青木殿はどうなるのであろう。やはり現代こちらに戻されるのであろうな?」

「そういう取り決めの様じゃな。」

「戦で功さえあげれば、儂みたいな百姓のせがれでも取り立てて下される、そんな依怙贔屓のない所や、信長様の強い野心に惹かれ家臣になった。」

「そうじゃな。気性の激しさを思えば、危ない綱渡りではあるがな。あの方は人を惹きつけるものがあるの。」

「はっはは、その通りじゃのう。

 武力の力か富の力。二人のお屋形様は全く別人じゃが、目指すものは同じ。」

「両方持ち合わせておれば天下無敵。」

「ならば儂らのとるべき道は、ひとつじゃな?」

「うむ。」


 翌朝、お屋形様はお濃さんに完全に無視され、面目をなくした。


「お兄ちゃんったら、いやらしぃ〜。」

「違ーーーうっ!誤解だ!」

「ぷっ、ムキになっちゃって。お母さんも私も分かってるわよ。どうせお父さんの仕業でしょう?」


 はぁーーーーっ、理解力のある母と妹で良かった。


 キャアッ!


 直ぐ後ろで短い悲鳴が聞こえ振り返ると、紗綾はサルにマリーちゃんは徳川さんに捕まっていた。


「あんたら何してんだ?二人を離せよ!」

「猿、竹千代、血迷うたか⁈」

「儂らの欲しい物を渡してくれれば二人は無事に返す。」

「欲しい物?」

「スマホじゃ。儂と徳川殿をここへ導いたあのスマホを返してもらおう。」

「返すも何もアレは俺のスマホだ。それに今あのスマホを手にしてどうするつもりだ?」

「ふんっ、儂らは元の時代に戻るのじゃ。」

「何を馬鹿げた事を、帰るのはお濃が子を産んでからと話したではないか?」

「その様な戯言を誰が信じるものか?お屋形様はこの時代に未練タラタラではないか?その様な気構えで戻られて、明日をも知れぬあの厳しい時代で何が成し得る?」

「この信長を謀るとは、それなりの覚悟があっての事であろうな!今一度言う二人を離せ!儂の命に叛くことはゆるさぬ。」

「そなたはもう儂らの主人ではない。儂らは青木殿を織田信長として認め家臣となると決めたのじゃ。分かったら早うスマホを寄越せ。」

「拓海、助けて!早くスマホを渡してあげて!」

「わかった。スマホを持ってくるから、二人に手荒な真似しないで下さい。」

「人質なら私一人で充分でしょ?紗綾ちゃんは関係ないんだから離してあげて!」

「黙れ!念の為じゃ。」


 そう言うとサルと徳川は二人の首筋に小刀をあてた。


 いやぁあああーーー。


 マリーちゃんは悲鳴をあげた。


「いやぁ、拓海助けて。死にたくない…。ギロチンになんてかけられたくない…。」


 マリーちゃんは、元の時代に居れば避ける事は出来ないギロチンの刑と今首にあてられた小刀が重なってしまったのだろう。

 ショックで気絶してしまった。


 拓海は急いでスマホを取りに向かった。


「サル、まりぃちゃんは過去の時代に戻ると、無実の罪で首を刎ねられるのです。どうか小刀を納めておくれ。」

「猿、竹千代、其の方等が誰の家臣になるかは、好きにすれば良い。だが、青木は平成の世の人間なのだ。我等の時代におってはならぬのじゃ。儂が戻り歴史を戻さねばならぬ。」

「ふんっ、何を呆けた事を…。青木殿を過去に遣わせたのはお屋形様ではないか?儂らを、過去の時代を捨てた者にとやかく言われとうないわ。」

「青木殿こそ我等が主君。戦乱の世を変えて歴史を作っていくお方じゃ。

ある日青木殿は団子を食べながこう言われた。

 我等三人はこの団子じゃ。

 一つ目が私だ。この国を良き国にする為の計画を立てる。そう言いい一つ目の団子を食べた。次は猿、私の想いを継いでこの国を変え成し遂げるのだ。そう言うと二つ目の団子を食べよと、儂の口元に差し出した。そして家康、猿が完成させた信長の計画を代々受け継いでいくのだ。三つ目の団子を家康殿が食べると頷き、こう言われた。

 我等三人が食べた後に残ったこの串が、この国の歴史、我等三人の生きた証となる。」

「あの方は立場を超え、我等三人と言うて下さった。家臣ではなく同等だと…。いや、我等だけではない。畑仕事の人手が足りなければ、進んで手伝いに行き、人一倍汗を流しておられた。」


 いや、青木は何もしなくても、人一倍無駄に汗をかいていたと思うが…。


「儂らに必要なのは、其方のような腰抜けではない!」

「儂を腰抜けじゃとぉ?」

「そうじゃ!腰抜けも腰抜けの負け犬じゃ!」

「この信長を愚弄するとは、覚悟あってのことであろうな?許さぬ!」


 お屋形様は目を細め、今まで見た事もないほど冷徹な視線になると懐から小刀を出し構えた。


 サルと徳川は一瞬怯み、紗綾とマリーちゃんを捕えた腕に力を入れた。


「ノブさんやめて!私は抵抗しない。徳川さんマリーちゃんを離してあげて。」

「紗綾…。」

「お兄ちゃん、お母さん、ノブさんに無茶しないように宥めて。私は大丈夫。」

「相変わらず気丈な女子じゃ。」


 部屋のドアがバンと大きな音を立て、スマホを手にした拓海と父さんがドカドカと入って来た。


「スマホを持ってきた。さあ二人を返してくれ!」

「紗綾、大丈夫か?昨日はあんなに和やかだったのに、どうして…?」

「新太、スマホを持ってこい。」


 俺は拓海からスマホを受け取り、二人を睨みつけた。


「また可笑しな真似をするでないぞ。」

「お兄ちゃん、普通に渡してよ。」

「其方はヘタレじゃから、儂らには敵わぬ事を忘れるな。」


 おまえらぁあ!

 何でこんな緊迫した雰囲気の中でも、俺をバカにするの忘れないんだよ?

 しかしバカにされた事で緊張感が吹っ飛び、俺はサルの顔面をめがけてスマホを投げつけた。


 …が、ナイスキャッチされてしまった。


 スマホを受け止める為に手を緩めた隙に、紗綾はサルの手から逃れ母さんに駆け寄り抱きついた。

 しかし、まだマリーちゃんが徳川に捕まっているから手が出せない。


「スマホが手に入ったのじゃ、まりぃちゃんを離せ。そして儂を一緒に連れ帰れ!」

「殿…?」

「お濃、必ず向かえに来る。無事に儂の子を産むのじゃ。良いな?」

「殿、お待ちしております。どうかご無事で。」


 お屋形様…。こんな形で帰ってしまうなんて。


「戯けた事を!子を持つ親の気持ちはわからぬが、正妻に子が出来るのを待ちわびる者の気持ちは分かっておる。その様な未練がましい者を連れ帰ることなど出来るものか。」

「猿…?」


サルは目を潤るませたが、ブルブルっと顔を振ると深々とお辞儀をし、そして自分に言い聞かせるように言った。


「さらばじゃ、織田信長様。信長様に仕えた事生涯忘れませぬ。」

「お濃様、無事に元気な赤子をお産み下され。」


「待て、猿!竹千代!」


 サルと徳川は互いに顔を見合わせ頷くと、スマホを見つめ消える瞬間マリーちゃんを突き放した。

 拓海はマリーちゃんを受け止めた。

 突き放された衝撃でマリーちゃんは目を覚まし、事の次第を聞いた。


 お屋形様とマリーちゃんは、サルと徳川がいた場所を見つめ、ただただ茫然とし二人は同時に同じ言葉を呟いた。


「どうして…?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る