第11話 俺のスマホ再び

「お兄ちゃん、お願いがあるんだけど。」

「断る!」


 バシッ!


「まだ何も言ってない!」

「何も殴ることないだろ!」

「大学受験の前日お兄ちゃんの東京の部屋に泊まるから!」

「勝手に決めんな!お願いじゃねぇのかよ?」

「はいはい、お願いします。泊めて下さい。」

「断る!」


 バシッ!


「だからなんで殴るんだよ!」

「ちゃんとお願いしたじゃない!」

「お願いされても嫌なもんは嫌なの!」

「どうしてよ?」

「嫌だから。」


 別に断る理由があるわけじゃない。ただ嫌な予感がする。俺の中で警告サインが出ているからだ。


「お兄ちゃん、私知ってるのよ。」

「何をだよ?」

「中学の時に咲ちゃんって子に変な告り方して振られたでしょ?」

「なんでおまえが知ってんだぁーーーっ?」

「ふっ、私の情報網を舐めないでよね。」


 あれは人生最大の汚点。あゝ思い出したくもない思い出が蘇る。


 中学三年の時だ。

 同級生の岡野咲に淡い恋心を覚えた少年新太は、卒業前に告白しようと決め彼女を校舎の裏に呼び出した。


「糸里くん、話ってなに?塾があるんだけど。」


 なかなか言い出せない俺に痺れを切らして彼女が問いかける。


「岡野咲さん、俺、俺はぁ君のことこと、ことが、ずっずっと頭痛でしたあ!」

「はぁ?」


 あわわわっ、なに言ってんだ俺⁈

 落ち着け俺。落ち着くんだ。


「俺とぉ、おっ…。」

「おっ?」

「お、おつ…、お疲れ様でしたぁ。」


 俺はあまりの恥ずかしさに慌てて走り去った。

 今でもあの時の彼女のポカンとした顔は忘れられない。


「そっそんな昔のことでぇ脅しにのると思ふなよぉ!」

「ほーーーんと分かりやすい。動揺しまくり。プッハハハ。」

「うっさい!ダメだったらダメなんだよ。」

「あらそう?じゃあもうひとつのネタ出しちゃおう。

 お兄ちゃん、あの人達この時代の人じゃないんでしょ?」


 なんだってぇぇえ⁇

 この妹は今なんっつたんだ?


「…。はっ?何言ってだおまえ。」

「ふうーん、やっぱりね。」

「何がだよ?」

「今一瞬間が空いたよね?」

「ばっばかじゃねぇの?くだらない事言ってないで勉強しろ。」

「じゃあ受験日1月15日だから、よろしくね。」

「だからぁ…。」

「嫌とは言わせないよ。お父さんとお母さんがあの三人のことコソコソ話てるの聞いたんだから。」

「なに‼︎なんて言ってたんだ?」

「聞きたいんだぁ。聞きたいよね〜。気になるよねぇ」


 クッソオォーーー。この毒舌の腹黒妹め!


「わかった。その日は俺の部屋に泊まっていい。但し父さんと母さんが許可したらな。」

「クスッ、お兄ちゃんが許可取ってくれるんでしょ?クリスマスイブの時みたいに。」


 この悪魔!

 弱みに付け込む術は天下一品だ。


「わかった。」


 俺は紗綾の条件をのみ、離れにいる拓海を呼んで紗綾の話を聞くことにした。


「1回目は父さんと母さんがお兄ちゃんの所へ行って、翌日帰ってきた時。

 タイムトラベルとかタイムマシンとかって、何バカな話してるんだろうって聞いてたら、なんとかして三人を過去に戻さないと大変な事になる、もしもあの人達にバレたら新太も拓海さんもただでは済まないだろうって言ってた。」

「あの人達って?」

「わかんない。2回目はクリスマスの夜。ノブさん達をここに呼んで、自分達が見守る方がいいだろうって話してた。」

「だから正月に三人を連れて帰って来るように言ったのか?」

「そうだと思う。お父さん達の話し信じてなかったけど、ノブさん達に会ってみてなんか分かった気がした。マリーちゃんはともかくノブさんとノンちゃんは変だよ。現代いまの人らしくない。時代劇の人みたい。」


 お屋形様もお濃さんも言葉遣いや立ち居振る舞いが、なかなか現代いま風に慣れず、癖が抜けずにいた。

 このままでは紗綾どころか蔵人さん達にもバレてしまうかもしれない。


「あの三人はお父さんとお母さんの様子を探ってるでしょ?かなり下手だよね。あんなんじゃあバレバレ。」


 そんなことまで見抜いていたとは、さすが腹黒妹。


「紗綾ちゃんはどうやって探ったの?」

「それは秘密。教えられないよ。そっちは何を探ってるの?」

「そうだねー。事実を言ったところで誰も信じないだろうから、僕たちはあの三人の事を秘密にはしていない。だけど君たちの両親は秘密にしようとしてるんだよね?その理由かな。でもあの三人はここに残ることになったから、おじさんたちの思い通りになって良かったんじゃない?」

「ふうーん。」


 拓海はどうでもいい事の様に言った。

 そもそも三人を実家に連れて帰って来たのは、拓海が両親を不審に思いそれを探るためなのに、反応が薄くて肩すかしをくらった気分だ。

 紗綾もいつもなら根掘り葉堀り質問攻めにして聞き出して、自分の都合良くもってくのに意外に素っ気なく興味がないみたいだ。

 やはり三人の本当の正体を知らないせいだろうか?


「じゃあ受験の時は新太の部屋を使うといいよ。約束だからね。受験日も僕が大学まで送ってあげるよ。同じ大学受けるんだろ?」

「本当?助かる。ついでに勉強も教えて欲しいなぁ。」

「いいよ。」

「へぇ〜、拓海と同じ大学受けるのか?頭いいんだな。」

「薬学部だけどね。」

「薬剤師になるのか?」

「ばっかじゃないの?薬学部に行ったからって薬剤師になるとは限らないでしょう。私は新薬を開発する仕事がしたいの。」

「おまえは口から毒吐いてんだから、毒薬まで作んなよ!」


 バシッ!


「痛ってぇー。直ぐに暴力振るう癖を治す薬でも作れ!」


 ビシッ!バシッ‼︎


「痛ってぇーーーっ。」

「さぁてとっ、お風呂に入って寝ようっと。じゃあよろしくね。」


 毒舌にして暴力的な腹黒紗綾め!

 もしも紗綾が将来スゲー新薬を開発することが出来たとしたら『魔女の劇薬』と呼ばれるに違いない。


「なかなかのしたたかさだ…。」

「紗綾のことか?」

「ああ、今後は家で三人のことを話すのはやめよう。あののことだから、また情報を集めてくるだろうけど欲しがるなよ。どんな交換条件出してくるか分からないから。」

「興味なさそうだったけど?」

「ああいう頭の良い娘は人から直接聞いた言葉は鵜呑みにしないもんさ。」

「俺の妹を歪んだ奴みたく言うなよ。」

「みんなが新太みたいに単純じゃないってだけさ。」

「どぉーーせ俺はバカだよ!」

「プッ、自分で言うなよ。じゃあ俺も帰るわ。」




 受験日の前日拓海は紗綾を連れて東京へ帰って行った。

 紗綾に聞いた話は今のところお屋形様たちには伏せている。

 お屋形様を蔵人として洋次さんが買っているのは間違いないが、父さんと母さんが三人を監視する為に呼び寄せたと聞いたらショックだろう。


「新太、仕事前にとれえにんぐをするぞ!体を鍛えておかんと洋次殿のお役に立てぬからのう。ワッハッハハ」


 前にもまして張り切っているんだから。

 はぁーーーーーっ

 もう四六時中このテンション勘弁してくれ!


「新太、父さん配達があるから店番お願い。ノンちゃんとマリーちゃん出掛けてるの。」

「いいよ。」


 やった!力仕事から逃れられる。

 酒蔵の仕事と違って酒屋の店番は楽勝だ。

 ワレモノの商品は父さんがやってくれてるから(俺が落として割ってしまうという危険を回避する為だけど…。)ツマミの補充や商品整理と電話番だけで、のんびりとしていられる。

 しかし『あの人たち』って何者なんだろう?

 他のタイムトラベラーのことなのか?

『大変なことになる』っていうのは、過去に戻されるってことなのか?


 ドサッ、ゴツン


「キャアッ、痛っ!」


 振り返ると東京に着いている筈の紗綾が、尻もちを着いていた。


「紗綾?おまえ東京に行ったんじゃないのか?」

「おっ、おっ…。」

「おっ?」

「おっにいちゃん!」

「なんだよ?忘れ物か?」

「ここって…伊豆?」

「おいおい、明日は受験だってのに頭強く打ったのか?どれ見せてみ。」


 バシッ


 紗綾の頭を見てやろうとした手を払いのけられた。


「なんなのこれ?」


 紗綾が差し出した手には、スマホが握り締められていた。


「紗綾…。このスマホはおまえのじゃないのか?」


 紗綾は大きく首を横に振った。


「どこにあった?」

「お兄ちゃんのテーブルの上。前に使ってたやつ?」

「ああ。」


 俺は慎重に紗綾の手からスマホを取り上げた。


「説明してよ!」


 紗綾にしては珍しく動揺しているようだ。それも仕方ない当然のことだ。


「タイムスリップ…。いやテレポーテーションか?」

「はぁ?」

「瞬間移動だよ。」

「訳してもらわなくてもわかるわよ!」

「落ち着けよ。とにかく東京に戻ろう。話はそれからだ。」


 俺は紗綾を連れて東京に戻った。

 紗綾の話によると、ついさっき紗綾は拓海に東京の俺の部屋に案内され、夕方まで休憩して食事に行く約束をし、部屋の前で別れた。

 部屋に入るとテーブルの上にスマホがあるのが目にとまり、手にとると電源を入れ起動させてしまった。その瞬間体がグラッと大きく揺れ気づくと酒屋にいる俺の前に現れたという訳だ。

 この妹のことだスマホの中に面白いネタがないか調べるつもりだったんだろう。

 また俺に無理なお願いをする為に…。


「紗綾ちゃん大丈夫かい?」

「拓海さん。大丈夫。だいぶ落ち着いたから。」

「今、お茶を淹れてあげるよ。お腹はすいてない?」

「お茶だけもらう。まだ何か食べる気分じゃない。それよりちゃんと説明して欲しい。私には聞く権利がある。でしょ?」


 俺と拓海は事の次第を代わる代わる話し、紗綾は口を挟むことなく静かに聞いていた。

 そして話終えるのを待って質問してきた。


「あの人たちは誰なの?」

「織田信長、その妻の帰蝶、そしてフランス国王ルイ16世の妃マリー=アントワネット=ジョゼフ=ジャンヌ・ド・アブスブール=ロレーヌ・ドートリシュ。」

「織田…、信長?あの毒饅頭で喉を詰まらせて窒息死したって間抜けな…、いえ、違う。この歴史は新しい。そうもっと前に習ったのは、本能寺で明智光秀の謀反にあい殺される。どうしてこんな間違った歴史を覚えたのかしら?重要な歴史なのに…。」

「母さんから聞いた話では、何らかの事情で歴史が塗り替えられると、タイムトラベラー以外の人は新しい歴史に記憶が塗り替えられ、タイムトラベラーだけは正しい記憶が残るらしい。」

「でも歴史で習った信長とノブさんってイメージ違うね。」

「あれでも現代の生活に慣れた方なんだ。最初は何処に行くにも小刀持ってたんだから。」

「マリーちゃんは人妻よね?それって不倫よね?略奪愛じゃない?拓海さん大胆だねぇ。」

「確かにお互い友達以上の気持ちになったよ。でも違うんだ。ルイ陛下から頼まれたんだ。王妃を安全な場所に連れて行って欲しいと…。ルイ陛下も一緒にと説得したけど断固拒否された。自分にはこの国を守る責任があるからってね。」

「そうだったのか?」

「お屋形様だってそうさ。もしあの時に頼みを断ったら、あの人は僕たち二人を殺してでも、このスマホを手に入れただろう。」

「てっきり金に目が眩んだのかと…。」

「まあ8割ぐらいは…。ハハハ。それより何でちゃんとしまっておかないんだよ。」

「いや、俺出した記憶ないんだけど…。俺のスマホは青木が持って行ったし、返してきたのは俺のじゃないって青木も言ってたんだけどなぁ。」


 念のため青木が以前返してきたスマホをしまった引き出しを調べた。


 ある…。

 コレは確かに青木から返してもらったスマホだ。

 青木が返してきた時に確認したキズがあるから間違いない。

 じゃあ紗綾が見つけたスマホは…?


 三人(ほとんど頭のいい拓海と紗綾だが)で話し合った結果、織田信長に成り代わった青木がバカな死に方をしてしまった為、行き場をなくしたスマホは元の主人である俺の所に戻ってきたのだろう。と予測した。

 こんなヤバイ物に主人と思われるなんて、もう取り憑かれてるとしか言いようがない。

 もはやオカルトじゃねぇーーーか!


「この事はお父さんたちには黙っていてあげる。それから私が力になってあげる。」

「力になるって?」

「お兄ちゃんたちは、お父さんとお母さんが何故三人のことを伊豆に残したのか気になってるんでしょ?それと『あの人たちに知られたら大変な事になる』っていうのも、私がいろいろ探ってあげる。」

「いいんだよ紗綾ちゃん。紗綾ちゃんにまで迷惑かけたくない。」

「拓海さん大丈夫よ。この事で何も要求したりしない。私もあの三人をこの時代に残してあげたいだけだから。約束します。」

「さすがに紗綾ちゃんは呑み込みが早いね。わかった協力をお願いしよう。」

「ただし絶対にスマホは使わせないからな。これだけはどんな駆け引きにも応じない。」

「そっかぁ!そのスマホを使えばいいんじゃない?何年か先に行ってあの三人が無事にいるか確かめればいいのよ。もしも過去に戻ってたら何故そうなったかも分かるじゃない?」

「ダメだ!このスマホを使うのは絶対良くないことが起きる気がする。それに何度も試した訳じゃないんだ。もしもタイムトラベル中に不具合が出たらどーすんだ?確実に現在に戻れる保証なんてないんだぞ!だから絶対に使わせない!」

「あぁぁあ、こんな便利なお宝持ってるのに使わないなんて勿体なぁい。」

「バカ!こんなもん便利でも宝でもない!」

「新太でも真面な事言えるんだな。プフッ。」

「笑うな!」

「ごめんごめん。紗綾ちゃん新太の言う通りだよ。危うい物を信じちゃいけないってのは、紗綾ちゃんも分かってるだろ?」

「まぁね。でもちょっとだけ興味あるのもホント。ドラえもんみたいじゃない?お父さんとお兄ちゃんが手を組めば『どこでもドア』も作れるんじゃない?プフフッ」

「バ〜〜カじゃね?」

「そろそろお腹空いたね。何か食べに行こう。」


 俺たちは晩ご飯を食べに出かけるついでにスマホも貸金庫に預けた。

 紗綾にスマホの正体がバレたいじょう安易に部屋に置いておくなんて危険は犯せない。

 だが、紗綾が俺たちの仲間に加われば、必ず何かしらの情報が掴めるだろう。

 けれど今は心配な気持ちの方が大きい。

 紗綾が無謀な事をしなければいいのだが…。

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