第5話 クリスマスキャロル

「新太、本当に一緒に行かぬのですか?」

「クリスマスは恋人たちの日ですから、四人でいっぱい楽しんで来て下さい。」


 今日はお屋形様とお濃さんにとって初めてのクリスマスイブだ。

 マリーちゃんはカトリック教徒だが、こんなお祭り騒ぎのクリスマスは初めてのことだし、彼女ならきっと気にいるだろう。

 拓海の案内でウィンドショッピングして丸の内のイルミネーションを見て、食事して初めてのクリスマスを満喫する企画である。

 そんなカップルを邪魔するほど俺は野暮じゃない。それに…。


「いってらっしゃーい。」


 ん〜〜っ、久しぶりの一人だあぁぁぁ。


 この7カ月夜寝る時以外は大抵誰かといる生活をしているので、一人暮らしが恋しいと思うことがあった。

 お気楽、自由、適度に無責任。ああ、なんて解放的なヒ・ビ・キ

 今日は思いっきりゴロゴロダラダラ過ごすつもりだ。


 ゴロゴロ…。


 ダラダラ…。


 ゴロゴロ…。


 チックショーー。


 お屋形様とお濃さんのせいで規則正しい生活が身についてしまった。

 暇を持て余すってこんな苦痛だったとは…!

 俺はもうゴロゴロダラダラ出来ない体になってしまったのか!


 こうなったら俺もクリスマスらしく過ごしてやろうじゃないか。

 で、やって来ましたケンタッキー。

 クリスマスの定番と言えばフライドチキンだぜぃ。

 クリスマスなので贅沢にオリジナルチキン4Pにサイドメニューのビスケット、サラダ、ツイスターもつけてみましたぁ。

 そしてクリスマスの定番映画ホームアローン。子供の頃に妹の紗綾さあやと観ていた、懐かしい思い出の一作だ。


 帰ってクリスマスだ!


「クリスマスケーキはいかがですかぁ」


 おっと俺としたことがケーキを忘れるところだったぜ。


「一番小さいの下さい。」

「はい。ありがとうございます」


 よし、これで完ぺき!


 ジングルベル、ジングルベル、鐘ならせyey♪


「鐘ならせじゃないよ!鈴がなるだよ!」

「あっそうだっけ?

 …。

 …。

 …⁈

 紗綾‼︎」

「もう遅いよ!お兄ちゃん!」

「お前なに人ん家に勝手に入って寛いでんだよ?」

「そんなことどうでもいいでしょ。」

「いやいや、よくないだろ?何しに来たんだよ。来るなら来るで連絡しろよ。どうやって入ったんだよ?」

「質問はひとつづつにしなよ。開いてたよ。無用心だね。どーせ一人淋しくクリスマスしてるんだろうと思って来てあげたんでしょ。」


 なんてこった、鍵をかけ忘れるなんてあの三人の影響に違いない。


「余計なお世話だよ。」

「ふーんだ、一人で歌なんか歌ちゃって、しかも間違えてるし。鐘を鳴らすのは大晦日の夜だから。」

「ほっとけよ!あっ母さんから電話だ。」

「出ちゃダメ!」


 紗綾は慌て俺の携帯を取り上げた。


「返せよ!」


 携帯を後ろに隠して、フンとそっぽを向く。

 着信音は切れたが返そうとしない。

 こいつは訳ありとみた。


「理由を言えよ。なんで母さんと話されると困るんだ?」

「何でもないよ。」

「何でもあるだろ?母さんには外から電話してもいいんだぞ。」

「わかったよ…。」


 ぶっきらぼうに携帯を俺に返すと、理由を話し出した。

 どうやらクリスマスイブは俺の所に来て遊びたかったが、許可して貰えなかったので黙って来たらしい。

 今は事情が事情だからなぁ…。

 でもまあ、四人は留守だし夜まで帰っては来ないだろう。久しぶりに遊んでやるか。


「わかった。遊びに連れてってやるよ。」

「ほんとう‼︎」

「ああ、そのかわり母さんには連絡するからな。黙って出て来たら心配するだろ?俺がちゃんと言ってやるから。」

「へぇーーお兄ちゃんもたまには頼りになるんだぁ。」

「お前なあ、今すぐ連れて帰る選択もあるんだぞ!」

「んもぅ、お兄ちゃんったら冗談通じないねぇ。」

「何処か行きたいとこあるのか?」

「渋谷!」

「はいはい。母さんに電話するから早く用意しろ。」


 母さんに連絡を入れ、紗綾は明日帰すから安心するように伝えた。

 お屋形様たちにも今日は俺の部屋に来るのは遠慮してもらおう。


「新太!新太いる?」


 ゲッ!この声はマリーちゃん。なんで?

 てかインターホン鳴らせよ。俺ん家はみんな出入り自由すぎるだろ!


「新太…。あら、お客様?

 新太ったら私たちがいない間に女の子連れ込んじゃってぇ。ふふん。やるじゃない。」

「マリーちゃん!これは妹の紗綾。ったく誰にそんな言葉教えてもらったんだ?」

「へぇ新太の妹?あんまり似てないね。紗綾ちゃん良かったね。私はマリーよ。よろしくね。」


 マリーちゃん、あんた毒舌すぎだろ!


「拓海の彼女だよ。フランス人なんだ。」

「はじめまして紗綾です。兄がお世話になってます。」

「そうね。ふふっ、新太は天然だし頼りないけど優しいところもあるからね。ほっとけないのよねぇ。」

「そうなんですよね〜。」


 なんだこいつら。言いたい放題言ってくれんじゃねぇか?

 いつ世話になったよ。そもそも世話してんの俺だぞ!


「マリーちゃん、他の三人はどうしたの?今日は夜までクリスマスデートの予定でしょ?」

「それよ!それ!拓海ったら教会に行かないって言うのよ。そんなの変でしょ?変よね?」

「いや、俺たちクリスチャンじゃないから、教会に行く発想がないんだよ。」

「ハッソオ?ってなに?」

「ああ、思いつかなかったというか考えてなかったんだと思う。悪気はないんだ。マリーちゃん宗教の話全くしないから俺もうっかりしてたよ。マリーちゃんカトリックだよね?」

「そうよ。」

「カトリックの教会探してあげるから明日行くといいよ。」

「ダメだよお兄ちゃん。カトリックの人はイブに教会でミサをするんだから。でしょ?」

「そうなの。イブに教会に行って神への感謝とイエスの誕生を祝う大切な日なのに、拓海ったらひどいわ。」

「クリスチャンじゃなきゃわからないよ。拓海はマリーちゃんを喜ばそうと計画立てたんだから責めちゃ可哀想だよ。」

「お兄ちゃんったら女心がわかってない。そんなだから彼女の一人もいないボッチクリスマスなんだよ!」

「…ぅざ」

「なに?」

「何でもない。じゃあ今からカトリックの教会探して行ってみよう。マリーちゃん拓海に連絡して。」

「もう私が教会探すから、お兄ちゃんが拓海さんに連絡して。マリーちゃん、ごめんねうちのお兄ちゃん鈍くて。」


 ずっとバカにされっぱなしで少しばかり頭にきた俺は拓海にキツい言い方をしてしまった。拓海は教会が決まったら知らせて欲しいと言っていたから、一緒に教会に行くつもりだろう。



「お屋形様、お濃さん。マリーちゃんは新太の家にいました。」

「それは良かった。すぐに行ってやろう。」

「いえ教会に行くそうなので、そちらで合流します。いつも我儘でお二人に迷惑かけてすみません。新太と変わりますからお屋形様たちは、このままクリスマスデートを続けて下さい。」


 お屋形様とお濃さんは顔を見合わせ、互いに頷きお濃さんが口を開いた。


「拓海は少し誤解しているのではないかと思いますよ。」

「どういう事ですか?」

「先日まりぃちゃんから聞かれたのです。どうして殿についてこの時代に来たのか?不安じゃなかったの?と…。」

「その事は儂も不思議に思うていたのじゃ。儂が拓海らと共に平成の時代に行こうとお濃に言うたら、お濃は何も問わず明るく『はい、参りましょう。何処へでも殿と一緒に参ります。』とこたえおった。お濃なに故じゃ?」


 確かにお屋形様は俺と新太が、タイムスリップで現れたのを目の当たりにしたのだから、ある意味納得して俺たちについてきた。しかしお濃さんは違う。


「お濃さんはタイムスリップの話を信じていなかったのですか?または理解していなかった?」

「いいえ、私は拓海が現れた時から、私たちの時代の者ではないと知っておりましたよ。私の世話をしておる者が、殿の元に妙な客人が来たと知らせてくれましたので、こっそり二人の様子を見に行ったのです。その時から知っておりました。」

「もしかして俺たちが部屋で話ている時ですか?新太が感じた気配はお濃さんだったんですか?」

「はい。」


 クスクス笑うお濃さんをお屋形様は呆れ顔で見る。


「全くはしたない女子じゃ。」

「私は殿の側を離れないという事でございますよ。話をまりぃちゃんに戻しましょう。

 まりぃちゃんは拓海が隠し事をしているのを知っているのですよ。

 きっと拓海はまりぃちゃんのことを思うて言わぬのでしょうが、まりぃちゃんは知りたいのです。ちゃんと拓海の口から聞きたいのですよ。自分の事で好きな人が秘密を抱えているのは嫌なものです。たとえ良かれと思うてのことでも。ならば打ち明けて一緒に支えおうていきたいと願うのが女子でございます。」

「お濃さん…。」

「拓海には言いにくい事なのですが、まりぃちゃんが教会にこだわるのは、残してきたご主人のためだと思うのですよ。きっと神の前で自分の罪を認め、ご主人の事を祈りたいのではありませぬか?だから今日まで教会に行きたいと、拓海に言い出せなかったのではないかと思いますよ。」

「儂らは西洋の宗教のことはわからぬが、お濃の言う通りだと思うぞ。

 拓海まりぃちゃんを教会に連れていき、ちゃんと話をして参れ。まりぃちゃんは其方を選んだのだから、拓海もまりぃちゃんと真っ直ぐ向きあうのじゃぞ。」

「お屋形様、お濃さん。ありがとうございます。

 行って来ます。行ってちゃんと話て来ます。」




 紗綾が目黒でカトリックの教会を見つけた。

 目黒駅までマリーちゃんを送り、拓海とバトンタッチする。

 お屋形様とお濃さんは二人でも大丈夫だというので、紗綾が行きたいという渋谷に来た。


「ところで樹貴たつきはどうしてるんだ?」

「さあ。」

「さあってことないだろ?彼氏なんだから。」

「…。あっ!あれ可愛い。」


 雑貨屋を指差し店内に引きずっていかれた。

 いくら鈍い男と呼ばれた俺でも、紗綾が話をそらしたと明らかにわかる。

 樹貴は近所に住んでいる紗綾の幼馴染で彼氏だ。この気が強い妹と付き合えるのは樹貴以外いないだろう。

 喧嘩でもしたのか?問い詰めるとまた暴言を吐くに違いない。

 雑貨屋を出ると何処か目的の場所があるらしく、クリスマスに色づく街を歩き出した。


 ファッションビルに入るとガラス細工のアクセサリーショップに入った。

 女子の買い物に付き合うのは苦手だし、アクセサリーとか興味のない俺だが、この店のガラス細工には惹かれるものがあった。

 今まで透明なガラスに色付けしたか絵が描かれている物しか知らなかったけれど、この店のガラスはガラスの中に色んな色が入っているみたいで神秘的な感じがする。


『商品はイタリアのベネチアングラスを直輸入した物です。

 全て一点ものとなっております。』


 なるほどイタリアのガラス細工なんだ。

 ペンダント、ピアス、時計なんかがあった。

 自分へのクリスマスプレゼントだろうか?紗綾はペンダントを物色している。


 よっしゃあ、ここは兄貴らしくクリスマスプレゼントしてやるか。


「気に入ったのがあれば言えよ。買ってやるから。」


 ウヒッ、俺って妹思いの良い兄貴って感じじゃね?


「いい、自分で買うから。」

「遠慮すんなって。」

「いいの!」

「なんだよせっかくクリスマスプレゼントしてやろうと思ったのに!」

「いいの、お兄ちゃんには他の物買ってもらうから。」

「あーーそうですか、はいはい!」


 そう言って紗綾は、またペンダントの物色に戻った。

 こうして見ていると悩む気持ちもわかる。しかも一点物となれば仕方ない。

 紗綾は悩んだ末にひとつ選んでレジに並んだ。


「お待たせ。お兄ちゃんも何か買ったの?」


 持っていたこの店の紙袋を指差して言う。


「ああ、どれも綺麗だったな。何か食べに行くか?」

「うん。プレゼントも買ってね。」

「はいはい。」


 紗綾はニットの帽子が欲しいといって、ちゃっかり帽子と揃いのマフラーまで買わされた。


「お兄ちゃん、どうして東京に来たの?」


 紗綾はボンゴレのパスタをホークでくるくる巻きながら聞いてきた。


「どうしてって?んーー、とくに理由はないけど、地元にいても見慣れたもんばっかだし、仕事もたいしてなかったから、じゃあ東京に出てみるかって感じかな。」

「お兄ちゃん黙って出ていったから、みんなびっくりしたんだよ。大変だったんだから。」

「なんで?ちゃんと東京に着いてから連絡しただろ。」

「普通事前に相談とかするでしょ!」

「ああ、あの時は相談とかしたら母さんに文句言われそうだったからさぁ。」

「男ってみんな勝手なんだよ。後はなんとかなるって自分勝手に好きなことばっかりして、まわりの人を振り回すんだから。」


 今日の紗綾は荒れ気味だ。

 原因は樹貴じゃないかと思うが、こっちから聞くと頑なになるのが紗綾だ。


「悪かったよ。でもそうやってバカやりながら成長するんだよ。で、女の方が精神的に大人だから男を窘めてバランスとれてんじゃないか?たぶんさ、父さんと母さんもそうだろ?」

「そう…だね…。」


 そろそろかな?


「樹貴、イギリスに留学するって。相談もしてくれなかった。全部決まってから報告するんだもん。何にも言えないじゃない?酷くない?」


 やっぱり樹貴が原因か。


「誰だって決心が出来るまで話できないもんだろ?おまえに相談したら決心が鈍るかもしれないじゃないか。」

「そんなの樹貴が本気なら反対しないよ。」

「バカだなぁ。反対とか賛成とかの問題じゃないんだ。おまえを淋しがらせるのがわかってるから、おまえに相談したら心が揺れてしまうからだろ。」

「うん。わかってる。わかってるけど…。」

「二人がこれから先も続く運命なら日本とイギリスの距離なんかなんてことない。樹貴が忘れられない、いい女でいろ。」

「うん、うん。」


 紗綾は俯いて何度も頷いた。

 ペンダントは樹貴へのプレゼントだったらしい。紗綾の誕生日に樹貴は、あの店のペンダントをくれたそうだ。

 イギリスに留学する樹貴にも同じ物を持っていて欲しかった。互いに唯一無二でありたいという気持ちを伝えたかったそうだ。

 きっと樹貴も同じ気持ちで紗綾にプレゼントしたんだろう。

 最初からそう言えばいいのに素直じゃない妹が可愛く思えた。

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