第7話 昔出会ったあの○○○(1)

 それまでマンション暮らしだった10歳のわたしは、庭のある家に住めることになっておおはしゃぎだった。


 あの秋の日、夕暮れ時になっても、わたしはまだ庭で遊んでいた。


 まるで森のように生い茂る木々が、コンクリートブロックを積み上げた庭の塀のすぐ向こう側に広がっていて、その森まで自分のうちの庭のように思えて、それがとても素敵なことだと感じていた。


 だから。


「こっちで遊ぼうぜ」


 塀の上にちょこんと腰かけた、自分と同じくらいの年ごろの男の子に声をかけられて、わたしはためらうことなくうなずいた。


「いいよ」


 男の子の服装が見慣れないものだとか、小さな男の子が大人の背の高さほどもある塀の上にどうやって上ったのかとか、そういうことは一切気にならなかった。


 差し出された小さな手を掴むと、その手は少しひんやりとしていて、気持ちよかった。

 わたしの手をぎゅっと掴み返すと、男の子はひょい、と軽々とわたしを塀の上に引き上げた。


「すごい!」


 高いところにのぼったわたしは、大興奮だった。

 そこから見下ろした庭は、自分がさっきまで遊んでいた庭よりも広く見えたし、後ろに広がる森の木々も、高いところから見ると下から見上げた時の風景とは全く違っていた。


「行こう」


 男の子は同じくらいの身長のわたしを抱きかかえ、ふわりと塀から飛び降りた。

 わたしはちっとも怖くなかった。


 頼りがいのある友だちと一緒だったし、鎮守の杜の暗さも、ぽつりぽつりと立つ燈籠の灯りのおかげか、怖いと感じるほどではなかった。


「ねえ、なにして遊ぶの?」

「なにして遊ぼうか」

「追いかけっこ?」

「いいね。追いかけてこいよ」


 それまで掴んでいたわたしの手を離して、男の子は走り出した。


「いいよ。わたし、走るの速いんだから!」


 水色の服を着た男の子の姿は、ずっとわたしの目の前にあった。だからわたしは、その背中を見失うことなく、追いかけた。


 どれだけ走ったころか、疲れたのか、男の子がふいに足を止めて、こちらを振り向いた。


 チャンスとばかりに、わたしは男の子に飛びついた。


「つーかまーえた!」


 すると、ぐらり、と男の子の体が、後ろに傾いだ。


「おれの勝ちだ」

「えっ!?」


 そんなに強くぶつかったわけじゃないのにという驚きと、男の子の言っている意味がわからない困惑とで混乱するわたしを見て、男の子がにやりと笑い、わたしの背中に手をまわした。


 一緒に倒れながら、その時になってわたしはようやく気づいた。

 男の子のすぐ後ろには、池が広がっていることに。


 きゃあと声を上げる間もなく、ごぷり、と池がわたしたちを呑み込んだ。

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