第四話~神さまウォッチ~

 昼間になって起きだした同居人を、ゆづるははた迷惑な大声で困惑させた。


「あうあうあう。えうえうえう」


「そうか、それなら七福神アプリがあるよ。ほんとうは八柱、神様が居るんだけど、まあ置いておいて。一柱呼び出すごとに福がくるんだ」


「それで?」


「八柱そろうと、願いがひとつかなう」


「へえ! スマホで神様を呼び出すなんて、魔法みたいだなあ!」


     ×   ×   ×


 ゆづるは道端でドーベルマンを連れた、いじめっ子にあってしまった。


「お、ゆづるじゃねえか。歩きスマホなんて生意気だぞ」


「ふんだ、七福神の力を見せてやる!」


 

 ピカー!



 あたりが白い光に包まれていく。

 ゆづるのスマホに毘沙門天が映る。

 いじめっ子の連れたドーベルマンが尻尾を巻いて逃げ出した。


「うわー! なにがなんだかわからないけど、逃げろー」


 いじめっ子は去っていった。


     ×   ×   ×


 ゆづるは近所の自販機前をふと、通りがかった。


「ふんふふ~ん。いい気分だなっと。あ、ジュース飲みたいな。でもお財布持ってきてないぞ」


 ちゃりーん、と音がして、光る画面を見ると、大黒天が笑っている。

 ポケットから小銭が出てきた。


「わーい。これでジュース飲もうっと」



 ゆづるの同居人は、部屋のすみで密かに心配していた。


「ゆづるくん、大丈夫かな。ねがいごとがかなえばいいけど」


     ×   ×   ×


 空き地では友人たちが野球をしている。

 ゆづるは大きく手を振った。


「おおい、ボクもまぜてよ」


「え、いいけど。道具は持ってきている?」


「家からとってくる!」


 がしゃーん! 


 そのとき、ガラスの割れる音が。

 みんな逃げてしまう。


「こらー! どこのどいつだ!!」


「しまった、逃げそびれちゃった」


 すっかり弱ったゆづるに、大丈夫だよと福禄寿が笑った。


「これはおまえさんがやったのかね」


 硬いボールには五年三組五十嵐ミキオ、と書かれている。


「いいえ、ボク……」


 泣きそうになるのをこらえていたら、怖いおじさんが名前を言ってみなさい、と言った。

 きっと、親と学校に連絡されるんだろうな、と情けない気持ちでゆづるは名前を言った。


「金城ゆづるです……」


「うん? このボールはおまえさんのじゃないのか」


「ご、ごめんなさい。本当に、あの」


「む、わかればよろしい」


 どういうわけか、おじさんは行ってしまおうとする。

 不思議に思っていると、ピコーンと弁財天が出てきた、愛嬌のあるエクボがすてきだ。


「おじさん、おわびにボク、肩をおもみしましょうか?」


 ゆづるは怖いのも忘れて、ニコニコとして言った。

 おじさんはつられるように笑って、いいよいいよ。気持ちだけで。君は気持ちの優しい子だなあ、と去っていった。


「案外、気のいいおじさんだった」


 弁財天がウインクをバッチリきめて、画面から消えていった。


     ×   ×   ×


 そのまま道端を歩いていると今度は、クラスで一番かわいい女の子を見かけた。


「りんなちゃん! おおい、りんなちゃん!」


「ゆづるくん」


「どこいくの?」


「これからピアノ」


「がんばってねー」


「ありがと。ゆづるくん」


 ゆづるは心の中でありもしないことを空想し始める。


『ああ~かわいいなァ、りんなちゃん。ボクが、りんなちゃんの一番忘れられない人に、なれないかなあ……』


 ピロロン、とポケットの中から綺麗な音がする。吉祥天が現れた。

 ゆづるは夢からさめたようにはっとして、前方を見た。


「あ!」


 狭い道路を、突き抜けようとするダンプカーがりんなちゃんのいる方向へ向かっている。


「あぶない! りんなちゃん!」


 すんでのところで、ゆづるは彼女を守りきった。

 道路のはしで折り重なって、彼女は泣いてしまった。


「ありがとう、ゆづるくん……」


 ピッコーン! と恵比寿が現れた!


「こんなこと、なんでもないよ。ボクが、君を守ってあげる」


「ゆづるくん……すてき」


「ボクが、どんな敵が現れても、やっつけてあげる」


「わたし、ゆづるくんのお嫁さんになりたい……」


「え?」


「でも、今はピアノのお稽古に行かなくちゃ」


 ぽっと頬を染めてりんなちゃんは行ってしまおうとする。

 ゆづるはうわずりそうになる声で、叫んだ。


「ボクの、お嫁さんになって!」


 ピロリ~ン


 と、布袋が現れた。


「ほんとう? ゆづるくん、うれしいっ」


「えへへへへ……」


『夢ならさめないで欲しいなあ。いや、もうこのまま死んでもいい!』


 ピロポロリン


 八柱目の寿老人が現れた。

 と言っても、ゆづるの目にはもう見えない。


『まずは結婚でしょ? そして二人で暮らして、子供も出来て、年齢を重ねて、そしてそして! ああもう、究極りんなちゃんに看取られて死ねればそれでいい!』


     ×   ×   ×


 ぽくぽくぽく……。

 金城家で木魚と読経の声が響いていた。


「いい子だったのになあ……」


 ボールを握ったおじさんがご焼香をあげて言った。


「わたしをダンプカーからかばったとき、きっとどこか打ったんだわ。わたしのせいだわ。うわーん」


 ゆづるの部屋に居着いていた同居人は、焦ってアプリを回収した。


「おい、七福神、どうしてこんなことになったんだ!」


「いやあ……彼はちょっと結論を急ぎすぎたようだねえ。結婚もしないうちから、彼女に看取られたい、っていうんだから。ちょうどあのタイミングしかなかった……」


 うんうん、と七福神たちはうなずきあった。


「ゆづるくんったら~」


                END

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