第4話 男とは結婚したくない!

 花見の夜、俺は家出の予定も忘れて、黒龍とアパートに帰った。ほんの少し昼寝をしただけなのに、午後からの退屈な研修が楽に過ごせ、機嫌が良かったので、帰らないと言ったことを忘れていたのだ。


 しかし、ドアを開けた瞬間にそこに居座っている3人を見て、家出の件を思い出した。くるりと向きを変えて出て行こうとしたが、黒龍にしっかりと捕まって中に入らされる。


「我が君、お疲れ様です」


 にこやかに出迎える青龍、小さなテーブルに乗り切れない程の料理を作っている白龍、先にお風呂にする? とスーツを脱がす赤龍。黒龍もサッサとスーツを普段着に着替えて、ちゃっりとテーブルについている。


 俺は今夜こそはっきりと結婚など無理だ! と宣言して、部屋から出て行って貰おうと覚悟を決めた。


 覚悟を決める? そう、俺は11歳の時から10年間は龍人達が大好きで、側にいるだけで満たされていたのだ。


 黒龍が同じ大学に入学した時も、驚いたが内心では嬉しかった。ただ、友達を追い払ったり、女の子は全員が黒龍に夢中になってしまうのには閉口して、少し不満に感じていたが、家族から離れた東京で、天宮の本家が用意してくれた屋敷での共同生活は楽しかった。


 でも、21歳の時の龍神祭でまたしても祭宮にならされて、神殿で一夜を明かした時から俺は龍人達を避けるようになった。


 本家には、幼い女の子もいるので俺は祭宮になるのを辞退したいと言ったが、既に盟約を結んでいるので他の娘は駄目だと当主から真剣な顔で頼まれた。


「もう、大人なのに……」


 子供なら祭宮も仕方ないけど、成人男子がする必要がないだろうとブツブツ言いながら、風呂で身を清め、祭宮の衣装に着替えた。


「まぁ、美しい……」曾祖母は亡くなり、祖母や母親は祭宮姿の俺を見て、何故か複雑な顔をする。そりゃ、子供ならいざ知らず20歳過ぎの男の巫女様姿は見るに堪えないだろう。


 輿を担ぐ人達は大変だろうと俺は同情したが、前の龍神祭より人数が増えていた。


 鄙びた龍神祭だった記憶なのに、天宮一族と村人だけでは無さそうだ。姉や女の人達は、お客様の接待で忙しそうだと俺は首を傾げる。


 祭宮の装束をつけた俺に見知らぬ人達が恭しく挨拶をしていたが、前の龍神祭ではなかったと考えながら、輿の中でバランスを取る。石段を登っているので、うっかりすると輿から転がり落ちてしまう。怪我もするだろうが、格好悪いじゃないか。


 人々が俺を置いて神殿から帰るのを見送ると、4人の龍人が座っていた。


「男が祭宮だなんて変だよねぇ~御免ね、10年に一度の龍神祭なのに、可愛い女の子の方が良かったよね」


 全員の口から否定の言葉が発せられた。


「聡しか私の花嫁はいない!」


 白龍の口を赤龍が慌てて押さえる。


「花嫁? まぁ、祭宮は龍神の花嫁さんだけと……そういえば盟約の詳しい内容は大人になったらわかると言っていたけど、何なの?」  


 龍人達は顔を見合わす。


「まだ、時期がきていないのでしょう」と言う青龍に、俺は不思議に思って、もう大人だよと再度問い詰める。だって21歳だもん。


「盟約はいつまでも一緒にいることではないの? 時期って何?」


 龍人達は顔を見合わせて、21歳になっても子供っぽい俺に誰が説明するかを目で押しつけあった。


「我が君は黄龍なのです」


 それは前に聞いたけど、俺には自覚はない。


「黄龍は私達の花嫁なのです」


 理解不能な言葉を俺は聞かされて動揺する。


「一緒にいるって盟約は交わしたけど……確か、祭宮は龍神の花嫁なんだよね! もしかして、俺が龍の花嫁なのか?」


 やっと盟約の内容を理解してくれたと龍人達は頷いた。


「でも、俺はれっきとした男だし、女の子と結婚して……」


 黒龍が大学に入学して、近づく男も女も追い払っていた行動の真の意味を理解した。


「まだ黄龍の自覚は無いのですね」


 少し寂しそうな青龍の言葉に、俺は龍じゃない! と拒否する。 


「もう少し大人にならないと、黄龍は目覚めないのよ」


 赤龍が華やかな髪を掻きあげる姿は、俺の好きなポーズだったが、自分が男に好意を持つことが許せない。


「時期がくれば自然に黄龍になれるさ」


 大学に入学して、東京で天宮の用意してくれた屋敷での共同生活で、毎日おいしい料理を作ってくれていた白龍が俺は大好きだったが、見知らぬ龍人に見えた。


 信頼していた龍人が自分を花嫁にしようと思っていたという事実に、俺は混乱して怒りを覚えた。白絹の布団の意味を理解して、神殿の隅に逃げ出して固まった。


「我が君……我が君の意志に反して、私達が襲うとでもお考えですか?」


 悲しそうな青龍の瞳に、自分が傷つけてしまったのだと俺は気づいた。


「でも、僕は男だから……」


 龍神祭の夜から、俺は龍人達を避けだした。


 天宮家が用意してくれた屋敷に疑いも無く住んでいたが、それも牢獄に思える。大学に入学してから黒龍に邪魔されて友達もいなかったが、自力で生活しようと心に決めた。


「卒業後は実家の近くに就職しようと漠然と考えていたけど、天宮家の本家に関わりたくない」


 天宮家は前から地域の名門だったが、この10年で勢力を強めていた。俺が龍人達と盟約を結んだ事と何か関係があるのかは不明だが、龍人と結婚をする気がないので関わりたくない。


 しかし、自立するにはお金も必要だ。俺は親からの仕送りで暮らしていたので、バイトすらした経験がなかった。甘えていたのだ。そして甘やかしてくれていた本家の意図を知った後では、そんなのに甘えてはいられない。


「両親は天宮の本家から責められるかな……」


 俺は両親からも独立しなければと、就職活動とバイトに明け暮れた。そうして貯めたお金で狭いアパートを借りたし、龍人達に護られて暮らしていたせいで世間知らずのぼんやりした性格だったが、どうにか内定も貰えた。


「これで自立できる!」真っ当な生活をして、普通の成人男子として女の子と恋をするのだと、俺は着々と計画を実行した。


 なのに、黒龍は同じ会社に就職するし、卒業を前に引っ越したアパートには龍人達が付いてきた。俺は何百回も「出ていけ!」と怒鳴ったが、今夜は腹を据えて話し合おうと思った。


「僕は男と結婚する気はないから、お願いだから出て行って下さい。こんな狭いアパートで暮らすのは無理でしょう」


 これで自分の言いたい事は伝えたと俺はホッとしたと同時に、胸がチクリと痛んだ。狭いアパートは沈黙が重たく支配した。


「我が君、私達は黄龍である貴方から離れることはできません」


 青龍の辛そうな声に俺は胸をえぐられる気持ちになったが、堪えて無言を貫いた。


「そうねぇ……聡ちゃんは男と結婚したくないのよねぇ~なら、私達が女になればOKなんじゃない?」


 俺は赤龍の言葉が理解できない。驚いて赤龍を見ているうちに、赤毛の迫力のある美女が嫣然と微笑んでいた。


「赤龍?!」


 トップクラスのモデルも裸足で逃げ出すほどの凄い美貌だ。赤毛は長く腰までカールして流れ落ちているし、ボンキュウボンのナイスボディだ。


「これで聡ちゃんも満足でしょう? 明日はデートしましょうよ」


 赤く染めた爪で、顎を上げられキスをされそうになった。


「赤龍! 我が君に何をする!」


 青龍の手が赤龍の指を乱暴に俺の顎から放させる。


「青龍、酷いわねぇ~聡ちゃんは嫌がって無いわよ。ファーストキスを頂くチャンスだったのに」


 しかし、俺が美女にポッとしているのに気づいて、青龍は愕然とする。


「そうか! 人型の時は女性になれば、聡は気持ちが楽になるのだな!」


 195㎝を超えている白龍の女装など見たくない! と俺は止めようとしたが、和服に割烹着を着たしっとりとした美女が現れた。思わずポッと見惚れる俺に、青龍と黒龍も焦りだす。


「ちょっと待ってよ! 皆はそれで良いの?」


 稟とした青龍や、ちゃっかりした黒龍の女装姿など見たくない。俺は必死に止める。


「聡君は男だから男姿の私達と結婚したくないと気持ちを抑えている。だから、黄龍にならないのかも」


 そう言うと黒龍は常に俺の側にいただけあって、好みのタイプの美少女に変身する。小柄の守ってあげたくなるような可愛い子ちゃんが俺の好みなのだ。


「あっ! 聡ちゃんのタイプは迫力美女じゃなくて、そっちなのね」


 赤龍が悔しそうに赤い爪をかむ。


「我が君が黄龍になるのを拒む要因は除かなくては……」


「青龍! 女装なんて駄目だ!」俺は稟とした青龍が大好きなのだ。


「我が君……」青龍は口に出さなくても俺の心が伝わった。


「とにかく、このアパートは狭すぎるわ! 天宮家は何やら権力者と画策しているし、新しい住処が必要ね」


 今日の花見で私が昼寝していた間の話を聞いた。天野本家の爺様は、権力者が大好きなのだ。


「俺はクビになりたくない」


 東洋産業は一流企業とは言えないかもしれないが、俺が精一杯就活して内定を取った会社なのだ。


「そんな事はさせませんよ」


 青龍はにっこりと笑う。思わず見惚れてしまう。


 赤龍は一件落着と言わんばかりに、家の相談を始める。俺は出て行くなら勝手にしたらいいと文句を言ったが、割烹着を着た和服美人に美味しそうなご飯を渡されて、うかうかと食べてしまった。食欲に負けたのだ。

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