第43話 黄龍の飛翔

『聡! 誰と交尾飛行したい?』


 黄龍が身体の中で同居しだして、ほぼ1年が過ぎた頃、段々と満月の夜が辛く感じるように聡はなっていた。


『僕は男と結婚なんかするつもりは無いから……黄龍が好きにすれば良いよ』


 それが出来ないから尋ねているのだと、黄龍は苛立ちを隠さない。普段の超然とした黄龍らしくない余裕が無い態度で、聡は交尾飛行の欲求を抑えきれないのだと悟った。


『多分、私は次の満月の夜に交尾飛行をする! 聡にも影響が出るのは確実だから、相手を選ばしてやろうと聞いているんだ』


 はっきりと宣言されて、聡は真っ赤になった。


『ごめん……本当に僕には選べない!』


 男と結婚するつもりは無いが、自分の中の黄龍が子孫を残したい欲求に従うのを止める事もできない。


『わかった! なら自分で選ぶ!』


 誰を選べば良いのかわからない聡だが、そう言われると、ちょっと待って! と黄龍を止めた。


『僕は……を選ぶよ』


 蚊の鳴くような声に、黄龍は笑って頷いた。





 龍神祭が行われる真夏の満月の夜、金色に鱗を煌めかして黄龍は空に飛び立った。




『離せ! 白龍!』


 優雅な交尾飛行を下で眺めて暴れる黒龍を、白龍と赤龍で力ずくで押さえ込む。白龍や赤龍も、黄龍には惹かれるが、聡が選んだのなら邪魔はしたくないし、黒龍に邪魔をさせないつもりだ。


「ほら、酒でも飲め!」


 黄龍が青龍と他の空間へ飛び去ったので、残された三龍は焼けつくような欲望から解放されたが、失望感からがっくりと座り込む。


「酒なんかで……」と怒りながらも、黒龍は酒を瓶ごと飲む。いくら飲んでも酔えないのが悔しい。


 三人は暫し無言で月を眺めて酒を飲んだ。あの聡が居なくなったのだと思うと、居たたまれない。


「聡は……アクアプロジェクトを最後までしたかっただろうな……」


 聡が東洋物産に就職したから、黒龍は就職したにすぎなかった。聡が黄龍として、青龍の卵を産み、子龍を育てるなら、東洋物産にいる必要は無いのだが……


「そうだな……聡は、清潔で安心できる水を皆に飲ませたいと考えていた。黄龍になっても、同じ気持ちだろう」


 白龍は、黒龍に酒の入ったグラスを渡してやりながら、東洋物産でアクアプロジェクトを続ければ良いと賛成する。


 赤龍は、スクッと立ち上がると、アクアプロジェクトの要ともいえる貯水ダムを見に行こうとする。


「おい! 変な手出しは無用だぞ」


 黒龍がそんな真っ当な言葉を言うとは、赤龍と白龍は呆れて苦笑した。


「そうだよ~! 変な手出しは御免だね!」


 えっ! と三人は後ろを振り返る。そこには聡が立っていた。


「聡! 何故? ここにいるんだ!」


 さっき、青龍と交尾飛行に飛び立った聡が平然とした顔で立っている。黒龍は、ガシッと肩を抱き締める。


「黒龍! やめろよ!」


 男と抱き合う趣味は無いと、押し退ける聡は、前のままだと黒龍は笑う。


「ねぇ、どうなっているの?」


 赤龍と白龍は、聡にも酒の入ったグラスを渡して説明を求めた。


「僕がアクアプロジェクトを気にしているので、黄龍が時間を遡って帰してくれたんだ。青龍は子龍を育ててから、此方に帰ってくるよ。黄龍も、夜中には子育てしに彼方にちょこちょこ行くってさ!」


 それで良いのか? 他の龍達は理解不能だったが、こうして聡がここにいるのが嬉しい。


「聡? 腹が減ってないか?」


「そういえば、お腹ペコペコかも! あちらでは一月過ぎていたんだよ」


 白龍は、何か作ってやろうと台所へ向かう。


 聡は台所から良い香りがしてくるのを、深呼吸する。穏やかな満月の夜を心より楽しむが、側に青龍が居ないのが少し寂しい。


「なぁ……聡と青龍は……?」


 野暮な質問をする黒龍の口を、赤龍は手で押さえる。


「あっ! まぁ、気まずいのは仕方ないよね……」


 あれっ? と、赤龍と黒龍は聡ににじりよる。


「まさか……青龍とは黄龍とだけが?」


「何を考えているんだ!」と真っ赤になって聡は怒り出す。


「男と結婚するつもりは無い!」


 台所で、味見をしていた白龍は、まだまだお子様の聡にたっぷりと美味しいものを食べさせてやろうと微笑んだ。

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