第33話 アクアプロジェクトを売り込むぞ!

 俺はアクアプロジェクトを中国に売り込む為に、上海市の職員達との会議に出席していた。といっても、新入社員の俺や黒龍は、資料を配ったり、パワーポイントの操作とかで、話し合うのは原田課長や前田主任と山本支店長だ。


 休憩時間に、俺はこそっと黒龍に疑問をぶつける。


「東洋物産の上海支店の社員もいるのに、何故僕達が呼ばれたのかな?」


 全く李大人の思惑に気づいていない俺に、黒龍は呆れ返る。


「さぁね、多分、李大人の気紛れだろう。そんなことより、昼休みは二人でご飯を食べに行こうよ」


 俺は、相変わらずマイペースの黒龍に呆れた。


「原田課長や前田主任や山本支店長と一緒に、食べなきゃいけないよ。それに、昼食後は上海支店に行ってから、青龍の家に接待の用意を手伝いに行かなきゃ駄目なんだよ」


 青龍や赤龍が屋敷をどうやって手配したが、白龍が今ごろは築地で魚介類を買って帰ってるさと、全く考えてない俺を黒龍は笑った。


✳︎


『でも、まぁそんな聡も可愛いよなぁ。今夜は李大人の接待かぁ、何を考えているかはお見通しだが、私達は聡の側を離れたりしない。それにしても、接待なんて邪魔くさいな。せっかくの海外出張なのに、全然デートどころじゃない。昨夜も邪魔されたし、明後日こそは夜景を見に行こう!』


 李大人が龍を中国に呼び戻そうとしているのは、四龍とも気づいていたが、黄龍である聡が日本にいる限り、側を離れたりはしない。ある意味でアクアプロジェクトの契約を結び、聡を上海に留めれば、四龍も留まるので、李大人の考えも的はずれでは無いのだ。



 東洋物産の上海支店は、本当にこじんまりとした事務所で、日本から一人、山本支店長が派遣されていたが、あと三人は現地で雇用した中国人だった。


『山本支店長って、何かおどおどした感じだね……失敗でもして飛ばされたのかな? まさかね?』


 午前中の上海市との会合には出席していたが、昨夜の李大人の屋敷には招待されていなかった山本支店長は、まだ三十代なのに髪の毛が薄くなっているので、くたびれた中年に見えた。原田課長と前田主任も、東洋物産の支店長らしくない山本の態度に苛つきを隠せない。


「もっと自信を持って、アクアプロジェクトを売り込んで貰わないと困るよ。それに、現地で採用した三人の日本語は酷いじゃないか、もっとしっかり話せる社員はいないのかね」


 本社の課長にビシバシ指導されている山本支店長は、だらだらと汗を流す。


「私は中国語も苦手ですし……李大人なんて大物の接待など無理です」


 前田は、山本支店長よりも、黒龍はもちろんだが、聡の方がマシだと溜め息をつく。原田課長は、山本を何故この上海の支店長にしたのかと、人事部に腹を立てた。


「李大人は、ここにいる天宮君の親戚の家で接待することになった。山本支店長は、これからあの二人と天宮家に行って、詳しい内容をチェックしてくれ。あっ、聡君、黒龍君、青龍さん達に、くれぐれも宜しくお願いしますと伝えて下さい」


 山本支店長は慣れない上海支店で疲れきっていたが、アクアプロジェクトを受注して、その功績を手土産に日本へ帰国させて貰おうと、彼なりに頑張っていた。


「天宮君達の親戚の家で、李大人を本当に接待するのか?」


 新入社員が海外出張で舞い上がり、いい加減な事を言っているのではと、山本支店長は疑ってかかる。


「そんなに文句があるなら、山本支店長が李大人の接待をアテンディングしたら良いじゃないですか? こちらは、別に構いませんよ」


 狭いエレベーターの中で、新入社員の黒龍に威圧されて、山本支店長は、この頃の若者は礼儀がなってないと内心で愚痴った。黒龍と聡は、李大人が上海に滞在中はお使い下さいと、手配してくれた黒塗りの高級車に何も考えずに乗り込んだが、山本支店長は訝しく感じる。


「何故、李大人はこのような配慮をして下さったのだろう?」


 黒龍は、李大人が龍を中国に留める為に、あらゆる手段でご機嫌を取っているのだと、内心で舌打ちする。


「ええっ! やっぱり変ですよねぇ! こちらが売り込む立場なのに、李大人は屋敷で凄い御馳走を食べさせてくれたのですよ。その上、アクアプロジェクトが契約できたら、満漢全席で三日三晩もてなすとか……何だか立場が逆な感じですよね」


 新入社員の聡の言葉に、山本支店長は希望の明かりを見た。


「李大人はアクアプロジェクトと契約できたらと、仰ったのだな! なら、私も帰国できるかもしれない! 天宮君、今夜の接待は絶対に失敗できないぞ」


 俄然張り切りだした山本支店長に、聡は驚いた。


「それは、そうですが……」


 アクアプロジェクトが契約まで持ち込めたら、山本支店長は帰国するどころか、巨大プロジェクトを実施する責任者になるのではと聡は思ったが、黒龍に着くぞと、話の腰を折られた。


『山本なんぞの愚痴に付き合うつもりもない。アクアプロジェクトが受注されたら、本社からもっとしっかりした支店長が派遣されるだろう。山本は中国の奥地にでも飛ばされるか、日本の地方都市にでも左遷されるかだな』


 黒龍は、まともな支店運営ができてないに呆れていた。山本支店長は、日本の地方都市へ転勤できるなら、今すぐにでも飛んで行きたい気分だった。


『上海の支店長なんて、他の奴が辞令を受けて、苦労すれば良いんだ。それに、単身赴任はもうこりごりだ! 友里ちゃん、パパは絶対に日本へ帰国するからね!』


 冴えない山本支店長だが、家ではマイホームパパだ。


「さぁ、李大人をしっかりと接待して、アクアプロジェクトを売り込むぞ!」


 可愛い娘の為に帰国しようという熱意のせいで、この夜の接待は大変な結末を迎えることになる。

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