第五戦 天才の集う場所

 町への被害を最小限に食い止め、いち早い事態収束に一役買ったリグレッタは町の皆に感謝されるも、まだ兵役に着いていなかった事もあり、基地から呼び出しを受けていた。


「はぁ……」


 分かっていたこととはいえ、思わず溜息が漏れてしまう。

 基地にたどり着いて、中に入るために手続きをしていると、不意に声をかけられる。


「あの~、もしかしてリグレッタさんですか?」


「え?あれ?ミリーさん?」


「はい~ミリーですよ~」


 彼女はミリー・スタンバット。

 リグレッタと同じ養成所に通う、工作科の友人だ。

 おっとりした性格で、普段は抜けたところが多いものの、工具を握ると人が変わったようにはきはきと喋る。

 これでもこの町の養成所では一番の成績で、試作段階の兵装の一部は彼女が作った物が元になっているものもある。


「どうしてリグレッタさんがこんな所に~?」


「えっと、実はかくかく云々で……呼び出し食らっちゃったんだ…………」


「あら~、私も似たようなものですね~」


「………………はい?」


「実はあの戦闘で~私、被弾したARMsを直してたんですけど~……アップグレードしたのが不味かったらしくてお呼びが……………」


 人の事言えないけど、何やってるんだろうこの子は……と思ってしまったリグレッタなのであった。



◇◇◇◇



「新人が入るそうですよ」


『熱烈歓迎』


「新人?」


 兵舎に集まった422部隊員、ガレッタ、ロウ、そしてアルスは休憩がてら話をしていた。

 話の発端は、ガレッタが小耳に挟んだ部隊員の増員に、新人を当てると聞いた事が始まりだ。


「それ情報の出所どこだよ」


「我らが隊長です」


「確定事項じゃねぇか!」


「お口が緩いので、簡単に聞き出せますよ?」


 がばがばの情報統制である。


「いや、それ言ったらガレッタ先輩も俺らに言ってる時点で緩いんじゃねぇか……」


『右に同じく』


――――ドン!

 箱がへこんだ。


『理不尽!』


 ロウが垂れ幕を出して抗議するも、誰も見ていなかった。


「とにかく、そういうことですので近く紹介があると思います。アルスも先輩になるのですから、心しておくのですよ」


「りょーかい」



◇◇◇◇




「失礼します」


 尋問室に通されたリグレッタを待っていたのは、先の作戦でコンタクトをとった422部隊の隊長であるメリナダであった。

 強面のムキムキ軍曹でなかったことに安堵するも、まだ期の抜ける状況ではなかった。


「ようこそ、よく来たね。まあ、そこにかけたまえ」


「はい」


 リグレッタが着席したのを確認して、メリナダは手元にあった資料をポイッとゴミ箱に投げ捨てた。


「それって、必要なものなんじゃ……」


「ん?ああ、尋問するのには必要だが、今回は無駄なものだからな。気にするな」


「はあ……」


「それよりも、今回の問題をどう相殺しようかお互いに考えようじゃないか?」


 そう言ってメリナダは不敵な笑みを浮かべる。


「相殺?」


「そうだ、今回の事は正式な記録として残ってしまっていてね。誤魔化すのには少々骨が折れそうなんだよ」


「申し訳ありません」


 実際問題、リグレッタが行った事は軍の矜持を著しく傷つける行為であり、許される事ではなかった。


「いや、それはいいんだ。おかげで私たちも助けられたからね。それで、今のところ誤魔化しきるためには、君の同意が必要なんだ」


「えっと、私に出来る事でしたら、構いません」


「早期兵役同意書にサインをしてほしいんだが、本当に構わないか?」


「それは、今すぐにでも兵士になれってことですか?」


 メリナダは静かに頷き


「そうだ。正確には、君はすでにその同意書にサインしていて、兵役に着く予定であった……という事にして、今回は少々順序が前後してしまったということで、上層部に話を通すつもりだ」


「なるほど、私は人手不足になっていた422部隊にスカウトされたという事にするわけですね。特質性の高い422部隊には、それ相応の能力を持った人材が必要……」


 それを聞いていたメリナダの頭の中に?が浮かぶ。


「今回の実績を元に押し通しつつ、旋律の再来と持ち上げられている私が配属する事によって422部隊の地位回復もできる……というわけですね」


「さすがは旋律の再来とよばれるだけはあるな……私はそこまで考えてなかったぞ…………」


 もう冷や汗だらだらのメリナダであった。


(あれ?なんか今盛大に地雷を踏んだような……)


「よし、決めた。君は私の部隊で引き取る……いや、何が何でも私の元に来てもらう。覚悟しておくといい」


「は、はい!」


「明日、追って指示を出す。それまでに寮の荷物をまとめ、すぐに動けるようにしておけ」


「わかりました!」


「『了解』だ。上官の指示にはそう答えるように!」


「りょ……了解!」


「いい返事だ!……フッ、よろしく頼むぞ」


 そう言って、メリナダはやさしく微笑んだ。




◇◇◇◇




 先に尋問を終えたリグレッタは、友人のミリーを門の前で待っていた。


(なんか、ものすごく時間がかかってるような……)


 リグレッタが早かったというのもあるが、それでも門の前で待ち始めてすでに2時間が経過していた。

 そんな事を思っていると、扉を開いてミリーがげんなりした様子で出てきた。


「ミリーさん!」


 出てきたミリーに手を振って呼びかける。

 すると、ミリーは半泣きでリグレッタに勢いよく抱きついた。


「リグレッタさん~!私~良かれと思ってカスタムしたんですよ~!それなのに~親方さんに『扱えるやつがいない物を作るとは何事だ!』って~すごく怒られたんですよ~!」


「何をやらかしたか大体想像出来たよ……」


 リグレッタの脳裏に、装着したARMsに押しつぶされる装着者たちが思い浮かんだ。


「それで、処分はどうなったんですか?」


 リグレッタにそう聞かれ、ミリーは離れてからいつもの調子で


「それがですね~『お前は放置しておくと何をしでかすか分からないから、私のところにこい』って~親方に強引に早期兵役同意書にサインさせられたんですよ~」


 プンプンといった様子でミリーは答える。


「それじゃ、ミリーさんも現隊入りするんですか?」


「はい~……も?ということはリグレッタさんもですか~?」


「うん、そうですよ!同期ですね!一緒にがんばりましょう!」


「がんばりましょう~。私はもうしばらく色々発明する生活を送りたかったですけど~」


 ボソッと不満を漏らすミリーに、呆れて苦笑いをする事しかできないリグレッタであった。




◇◇◇◇




「…………というわけで、先の作戦で協力してくれたリグレッタと、引っ掻き回してくれたミリー・スタンバットが配属される事になった」


 部隊長室に集められた422部隊員は、メリナダからそう知らせを受けていた。


『いいね』


「彼女は当然ですね。それだけの実力もありますし、反対する理由はありません」


「リグはまあ、仕方ないにしてもだ。後半は完全にお荷物じゃねぇのか……」


 そう言って半眼で呆れるアルスに、他の二人も同意してメリナダに説明を求める。


「いや、ミリーは私の教え子でな……先の作戦でARMsの補修を手伝っていたらしいのだが、調子に乗って常人では扱えないほどにカスタムアップしたらしくてな……方々からクレームが来て、結果的に私が監督役にさせられた…………」


 そう言ってメリナダは頭を抱えて溜息をついた。


『この師ありてこの弟子あり』


「うまいこと言っても何も出ませんよ」


 箱から垂れ幕が下がり、一瞥することなくガレッタが一蹴する。


「そういうわけだ。明日、二人の身柄と荷物を引き取りに行く。アルスも同行しろ、男手がいるからな」


「了解……男手ならロウ先輩も……」


 そう言いながらロウの入っている箱を見ると


『予定があるから無理。ごめんね』


 と、最後にテヘぺろっとマークのついた垂れ幕を下げてるのを見て、アルスは初めてガレッタのロウに対する扱いに納得がいった。


「……この箱殴っていいか……」


『お願いやめて!』


「後で私が粗大ごみに出しておきます」


『ヒィ!』


 ロウの部隊内ヒエラルキーがさらに下がったのであった。




◇◇◇◇




 翌日、軍用トレーラーに乗ってアルス、メリナダは訓練校の学生寮に来ていた。

 もちろん、リグレッタとミリーを迎えるためである。


「そういや、本人たちはどこ行ったんだ?」


 トレーラーの前に置き去りにされたアルスは、そんな事をいいながら空を見上げていた。

 メリナダは手続きのため、一人学生寮の寮監と話をしにいっている。


「さっさと終わらせてぇんだけど……」


 そう言って背伸びしたところで、メリナダが学生寮から出てくる。


「来い、アルス」


「了解了解」


 メリナダに案内され、学生寮の中に入っていゆくアルス。

 玄関をくぐったところで、例の二人がアルスを出迎える。


「ようこそお兄ちゃん!」


「よろしくです~」


「ああ。リグには色々言いたい事はあるが……それは後にするか……」


 程ほどに挨拶を済ませ、それを見計らってメリナダが


「さて、荷物を運び出すぞ。まずは少ないほうからだ。どちらが少ないんだ?」


「それなら、私のほうが少ないと思います……ダンボール3個しかないので」


「わかった。そっちは俺が一人で運びこんでおく。隊長はそっちのミリー……だったか?そっちを見といてくれ」


「ああ、そうさせてもらう」


 そして二手に分かれて、荷運びの作業に入った。




◇◇◇◇



「リグ……家具はどこだ?」


 リグレッタの部屋に入ってからのアルスの第一声はそれだった。


「ないよ?」


 目の前に広がるのは三個のダンボールが真ん中にぽつんと置かれている、なんとも寂しい光景だった。


「ん?テレシアから支援してもらってたんだよな?」


「うん、してもらってたよ」


「それで机とか本棚とか買わなかったのか?」


「だって、勉強なら校舎ですればよかったですし、本なら図書室にいっぱいありましたよ?それに、ここを出てからのほうがお金がかかると思って貯金に回してました」


 もう涙が出た。


「わぁーたから、もうなにも言うな……」


 そう言ってアルスはダンボールを持って、何もなくなった部屋をリグレッタを連れて後にした。



◇◇◇◇




 早々にリグレッタの荷物をトレーラーに積み込んだアルスは、メリナダのいるミリーの部屋の前に来ていた。

 そして、その扉を見て絶句する。


「大丈夫なんだろうな……この部屋…………」


 そこには立ち入り禁止の張り紙や、高圧電流、危険物取扱所などのシールまでが貼っていて、とどめが放射線系ハザードマークである。


「ホントにここ学生寮かよ……」


「あ、お兄ちゃん」


 後から遅れてきたリグレッタが、扉の前で立ち尽くすアルスに声をかける。


「どうしたんですか?」


「いや、これ見て本当に人の住処かどうか考えてたんだよ」


「あぁ……最初はみんな同じこと言うんですね…………」


 アルスが勇気を出してドアノブに手をかけようとしたところ中から怒号が聞こえてきた。


「この馬鹿者が!」


 驚いて扉を急いで開けると、今度はゴンッと鈍い音が響き渡る。


「親方~痛いですよ~」


「お前が人の言いつけを守らないからだろう!」


 アルスとリグレッタの目に映ったのは、頭に幾つものタンコブをつくって半べそかいているミリーと、未だかつて無いほどに怒り狂っているメリナダの姿だった。


「何度も作業所以外で作業するなと言っているのに、貴様は部屋を作業所並みに改造した挙句、一級危険物まで持ち込んで…………!」


「いや~ここを作業所にしちゃったから問題ないかな~」


――――ゴン!


「あいたぃ!」

 容赦なくメリナダの拳がミリーの脳天を直撃する。

 それを見てアルスが、言い知れぬ恐怖に駆られる。


「なんか……怖ぇ……」


 それに声を出さず、コクコクと頷くリグレッタ。

 そんな二人を他所に、メリナダの説教は終わる気配がなかった。


「……とりあえず、運んじまうか…………」


 アルスは近くの木箱を持ち上げると


「重っ!?」


 それからアルスがミリーの部屋の荷物を運び終えるまで、メリナダの説教は続いたのであった。




 それからしばらくして、アルスはミリーの荷物をトレーラーに運び終え一息ついていた。

 そこにリグレッタがやってきて、差し入れに缶コーヒーを持ってきてくれた。


「お兄ちゃん、お疲れ様」


「ああ、サンキュー」


 缶コーヒーを受け取り、プルタブを起こす。

 そして一口含んだところで、甘味のない、苦味だけがアルスの口内に広がる。

 よく見るとブラックだった。


「で、隊長の怒りは静まりそうか?」


「うーん、そろそろだと思うけど……ミリーさん、頭がたんこぶで大変な事になってるし…………」


「ありゃ音からして強力だったからな……」


 思い出すだけで背筋に悪寒が走るアルスであったが、テレシアの拳骨に比べれば威力は大してなかったりする。

 テレシアによく叱られていたアルスは、そのときの事を思い出してこう言った。


「地面にのめり込むよりは遥かにいいだろうよ……」


「たぶんそれ、お兄ちゃんだけだと思うよ」


 リグレッタはアルスが何を言いたいのか理解したようで、呆れたようにそう言い返していた。


「リグレッタさ~ん」


 噂をしているところに、たんこぶをこさえたミリーが寮から出てきた。


「容赦ねぇな隊長……」


 ミリーに続いて寮から出てきた隊長に、アルスが声をかける。

 それに答えるように、メリナダは手に持った資料を見せつけて


「当然だ。これを見ろ、補修修繕に二百万だぞ?これでもだいぶおまけしている位だ!」


「それ誰が払うんだよ……」


「私たちの部隊運用費から天引きされる」


「おい、何か言う事はあるか後輩……!」


 そう振られたミリーは、満面の笑みで


「よろしくお願いします~♪」


 すかさずアルスはミリーの両ほほを引っ張った。


「いひゃいれす~!」


「お兄ちゃん、ほどほどに…………」


 リグレッタにそうたしなめられ、アルスは手を離す。


「リグレッタに免じてこれくらいにしといてやる。後は働いて返せよ」


「はい~肝に銘じます~」




◇◇◇◇




 それから、メリナダは運転席、リグレッタは助手席に座り、残りの二名はトレーラーの荷台に乗り込む事になった。

 メリナダはエンジンをかけると、リグレッタに


「お前には聞きたい事があるんだ。道すがら聞かせてもらえないか?」


「あ、はい。分かりました」


 そしてトレーラーを発進させ、道路に出たところでメリナダはリグレッタに指を刺して資料を手にとらせる。


「それが何か分かるか?」


「これは……特別教導生徴兵許可証明書……私の徴兵許可書ですね」


 それを確認したメリナダは、難しい顔をして


「それを上層部に催促しに行った時にな……なぜあの時、お前は追撃を進言しなかったのか……と言われたんだが、何か心当たりはあるか?」


 とリグレッタに尋ねる。


「…………」


 その問いに思いつめたように俯くリグレッタに、メリナダは声色を変えることなく問う。


「あるんだな?」


「はい。全体的な戦闘結果を把握しきれていなかったので、確実な事が言えない状況だったので何も言わなかったんですが……恐らく、こちらでの戦闘結果が影響して、北東で行われていた奇襲作戦は大敗したものと思われます」


「ふむ、続けてくれ」


「こちらで敵が潔く撤退しましたよね?」


 リグレッタに言われたとおり、空母を落とされた敵は撤退した。

 しかしそれはそれで妙だったりする。


「そうだな……確かに、最低限の戦力をあの時点では温存していた。無理をすれば、こちらの防衛線を砕くのは容易かっただろうな」


 そうだ、あそこで落とされたのは空母と戦線に投入されていたコクーン数隻であり、戦力の大多数は空母の中に温存されたままだったのだ。


「ですが撤退をする道を選びました。それは、こちらから仕掛けた奇襲部隊が、こちらに増援を送る様子がなかった事が一番の理由です。恐らく、こちらに増援を寄こせないほどに切迫した状況になっていて、あのタイミングで撤退し、挟み撃ちにしたものと思われます」


 そう答えたリグレッタに目を丸くするメリナダ。


「そこまで予測していたのか?」


「はい。といっても、あの段階ではプランの一つでしかありませんでしたが……」


「なるほどな……ほかにも作戦プランがあったわけだ」


「一応は……」


 どこまでも底の知れないリグレッタに探りを入れるように、メリナダは恐る恐る聞いてみる。


「聞かせてくれ」


「はい。一つは奇襲部隊からの増援があの段階で来た場合、そのまま挟み撃ちにして制圧する作戦です。あとは双方増援が来ない状況……つまり、こちらの奇襲が成功、あるいは早期に敗退した場合、一旦町を放棄して、こちらの奇襲の成功の是非によって行動指針を固めるつもりでした。成功していた場合、奇襲に出ていた部隊にこちらに増援を要請、後退した私たちの部隊で市街戦を仕掛け、袋のねずみにするつもりでした。失敗していた場合は、あらかじめ前線の町や基地に仕掛けられている、技術漏洩を防止するための爆破装置を起動させ、町を完全に放棄。敵の戦力が整う前に、奪還作戦の申請を上層部にして、私たちは補給部隊の強襲、補給路を断って、こちらは準備が整い次第、奪還作戦を遂行するつもりでした……以上です」


 たった一部隊、一つの戦闘の是非だけでそこまで秀逸な作戦を立てていたことに、メリナダは怖気すら感じた。


「流石だな……情報が限られていたというのに、そこまで作戦を立てれるとは恐れ入る」


 その手腕が噂通りの戦律を思わせた事もそうだが、何より彼女はまだ14歳の子供だ。これから戦場に出て、さらに成長すれば間違いなく英雄と謳われるほどになるに違いない。

 そんなメリナダの心境とは裏腹に、リグレッタは申し訳なさそうに頭をたれる。


「いえ……ただ、上層部はこちらの敵を殲滅してほしかったみたいですが…………」


「みたいだな」


「こちらがそのまま殲滅戦をしようとしたら、時間稼ぎもできるかどうかわかりませんでしたし、恐らく、多大な被害を出して戦局が一気に悪化する可能性もありました。あの選択が最悪だったとは、私は思っていません」


 上層部の意向を気にしつつも、強い意志を示すようにそう言って顔を上げる。

 それを見て、メリナダはやさしく微笑みながら


「私としては満点だよ。よくやってくれた」


 と、彼女なりのエールを贈る。


「ありがとうございます」


 リグレッタがそう礼を述べるが、メリナダは表情を元に戻して


「ただ一つ忠告だ」


 そう前置きをして、懸案事項をリグレッタに告げる。


「先の奇襲作戦で師団長が戦死してな、上層部の連中はお前が意図的に敗退するプランを選択して、師団長を死なせたのではないかと思っているようだ」


「そんな!」


 つまりは、リグレッタの実力を恐れた上層部が、彼女に命を狙われる危険性があるかもしれないとあらぬ疑いをかけたのである。

 もちろん、そんな訳が無いのだが……。


「安心しろ、私はお前がそんな事をするつもりがなかった事くらいは分かっている。ただ、この件でお前は確実に目をつけられている。身辺には気をつけておけ」


「……はい」


 この件を重大視して、彼女を消しに掛かる輩がいないとも限らないのだ。

 嘆かわしい事である。


「まあ、おかげで説得する必要もなく、お前を今や窓際部隊である私の所に引き抜く事ができたのだがな……」


 彼女の才は活かしたい……だが、それ以上に手綱を握るのが難しい。

 どこの指揮官も、獅子身中の虫を抱えてまで成果を挙げたいとは思っていないようで、結局のところ『帝国の暴れ馬』と揶揄されるメリナダの部隊が欲しがっていた事もあり、どうせまともに扱えないのならと、422部隊への配属がスムーズに決まったのである。


「厄介払いですね……」


「そう気を落とすな。お前の身辺には私たちも十分気をつけるし、何より問題だらけの精鋭の集まりだ。今更問題の一つや二つ、どうという事はないさ」


 そう言って、メリナダは微笑んでみせる。


「ありがとうございます!……これから、よろしくお願いします!」


「ああ、よろしく頼むぞ」




◇◇◇◇




 メリナダとリグレッタが話をしていたころ、トレーラーの二台に荷物と一緒に乗り込んだアルスとミリーは


「抑えろ!崩れたら怪我じゃすまねぇぞ!」


「ひぃ~!」


 今にも倒れてきそうな荷物と格闘していた……。


「アルス先輩がちゃんと固定しないから~」


「その固定用のベルトを引きちぎるようなもんをどうしろってんだ!」


 詰め込んだ荷物に重量物が多く、走り出して早々に荷崩れを起こしたのである。

 結果として荷物を固定していたベルトの一本が限界を向かえ、今はこうして二人でどうにか支えている状況だったりする。


「……言っておくが、これ大半テメェの荷物だからな」


 そう言われてミリーはしばし考えた後


「…………てへっ♪」


 誤魔化そうと可愛子ぶってみた。


「よし、基地に着いたら覚えてろよ新人……」


 だが、アルスには色気が通じなかったのであった。

 それから一拍おいて、ミリーが


「アルス先輩~」


「あ゛?なんだ?」


「『新人』じゃなくて~。私は『ミリー』ですよ~」


「いや、知ってるけどよ……」


「『新人』だと~リグレッタさんと一括りになってしまうので~。これからは『ミリー』と呼んで下さい~」


 確かに、その呼び方だと一括りになってしまうなと、アルスも思った。

「わーったよ……ミリー、これでいいか?」


 仕方ないとばかりに、アルスはミリーを名前で呼んだ。


「はい~よろしくお願いします~。あ、ちなみに~『ミリー様』でも構いませんので~」


「……人を怒らせて楽しいかテメェ…………」


「いえ~それほどでも~」


「褒めてねぇからな…………!」


 そんなこんなで基地までの道中、アルスは怒りが蓄積されながら荷物を抑える羽目になるのだが、ミリーが実は力を入れていなかったのは秘密である。

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